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遠い夜明け  作者: じーな
8/22

遺書

 しばらく式場の椅子に座り、古い記憶に浸っていた。何をする気も起きず、抜け殻のように座り込んでいた。


「希美ちゃん?」


 振り返ると佳奈子のおばさんがいた。


「今日は泊まるところはあるの? お家には帰れるの?」


 先ほどまでは佳奈子の家に泊まろうと気楽に考えていたが、いろいろありすぎてそんな些細な心配は吹き飛んでいた。


「いえ……」

「よかったらうちに泊まっていきなさい。今日、私たちはお通夜でここにいるけどあなたは佳奈子の部屋に泊まっていったらいいわ。明日は午前から告別式と出棺があるから、あなたもぜひ参列していって」

「……お気遣い感謝します。お言葉に甘えさせていただきます」

「うちの鍵はかけていないし、お風呂も自由に使っていいからね」

「本当にありがとうございます」


 よろよろと立ち上がり式場を後にする。ブーツをはいて外に出ると公民館のすぐ横に紗也香が立っていた。


「あら、どこに行ったと思ったらまだ中にいたのね」


 今は紗也香の相手をする気力はなかった。無視して通り過ぎようとするが腕をつかまれる。


「なんですか? 放してもらえます」

「そんな怖い顔しないでちょうだい。久しぶりに会ったんだからちょっと話そうよ」


 顔だけ振り返り紗也香をにらみつける。紗也香も敵意の混じった笑みで睨み返してくる。そんななか、ふとあることを思い出した。


「そうだ、紗也香さん。一つ聞きたいことがあります」

「なあに? 答えられることならなんでも答えてあげるよ」

「先ほど佳奈子は自殺したとおっしゃっていましたが、それは本当なのですか?」

「ええ、本当よ。遺書はまだ見つかっていないけど鳥居の山で投身自殺したらしいよ」


 投身自殺。だから事故と勘違いしたのか。


「ある人は事故死したと言っていましたが」

「誰がそんなこと言っていたのかしら? まあいいけど。発見当初は殺人とか事故とかいろんな話が出たけど、ほかの状況から自殺ということで決着したの」

「ほかの状況?」

「岩の上に靴がそろえてあった。それに場所は鳥居の山よ? 村人は普通入らないわ」

「誰も入らない鳥居の山なのにどうして見つかったのですか?」


 だんだんと紗也香は面倒臭そうな顔をし始めた。


「山の入り口の鎖の前に遺体があったのよ。遺体は動物に食い荒らされたみたいに、散らかってたの。だからすぐに見つかったってわけ。もういいでしょ?」


 遺体は動物に食い荒らされていた。だから棺が開いてなかったのか。


「私からも希美に質問があるわ」


 ようやく掴んでいた腕を放してくれた。大げさに服を整え、紗也香をにらみつける。


「あなた、いつになったら東京に帰るの?」

「紗也香さんに言われなくても明日、佳奈子の告別式に出席したらすぐに帰ります」

「そう、私が聞きたかったのはそれだけよ。じゃあね希美」


 紗也香はそれだけ言って、立ち去って行った。聞きたいことはもうすべて聞き出せた。私にもこれ以上紗也香と話す理由はなかった。


「あ、そうだ。一つ言い忘れていたことがあったわ」


 振り返えらずに紗也香は言った。


「村の老人たちは今回の事件を鳥居の山に入った祟りだと言っているわ。もしかしたらあの子、自殺でも事故でもなく祟りに遭ってしまったのかもね」


 鳥居の山は昔から厳として入るなと言われている。その理由として、山の神様に祟られるからというものである。年寄連中たちからすれば村の禁を破ったから罰が当たったとでも言いたいのか。馬鹿馬鹿しい。

 紗也香の言葉に何も答えず、紗也香の後姿が見えなくなるまで見つめていた。


 佳奈子の家は公民館や役場から道路を挟んだ北側の山沿いにある白銀神社である。真っ暗な境内のなか石灯籠だけは常に灯が燈っている。佳奈子の実家は神社拝殿から渡り廊下でつながっている。

 真っ暗な方の母屋に入る。言っていた通り鍵はかかっていなかった。東京ではゴミ出しのわずかな隙に泥棒に入られるとテレビで言っていた。田舎といえども一晩家を空けるのに鍵をかけずに出ていけるのはさすがに不用心が過ぎるだろう。


「おじゃましまーす……」


 誰もいないと分かっていても、つい口をついて出てくる。電気をつけ佳奈子の部屋に向かう。幼いころから何度も来ていた場所だ。勝手はわかっている。

 二階の佳奈子の部屋に入るが、昔から机もベッドも箪笥も何も変わっていない。部屋には微かに佳奈子の甘い匂いが残っていた。変わってしまったのは私と、いなくなってしまった佳奈子だけである。


「はぁ……なんでまた自殺なんて……」


 上着も靴下も脱がず、ベッドに倒れこむ。長旅の疲れが今になって体に堪える。薄目を開け天井とそこから吊り下がる蛍光灯をぼんやり眺める。

どういう状況なのかは紗也香の話から分かった。でもその理由はまったくわからなかった。つい数日前までこの部屋に佳奈子がいて、このベッドで佳奈子が眠っていたのだ。それが変わってしまったことが信じられない。何もかも分からず、まるで自分の腕や脚を失ったかのような大きな喪失感だけだった。

 でもまだおかしいことがある。鳥居の山は入るなと厳と言われている場所である。確か秡川家が管理していたはずであるが、あえて鳥居の山で自殺をするのだろうか。投身自殺なら国道のところにかかる橋から飛び降りれば確実だろうし、見つかりたくないのならもっと深い山ですればいい。そして何より私と会って話がしたいと手紙を寄越しておきながら連絡がなかったにしても、その前日に自殺をするだろうか。


「何かがおかしい。いや、何もかもおかしい」


 眠りに落ちそうな体に勢いをつけて起こす。頭はどんどん冴えてくる。


「そう、何もかもおかしい」


 そうは考えるが紗也香の話では遺書の類はなかったらしいし、今の私に佳奈子の様子を教えてくれるような人もいない。憔悴しきった佳奈子の両親に聞くのも忍びない。


「今更死ぬ理由を知ったところで佳奈子が生き返るわけではないか……」


 体を支える気力さえ失い、再度ベッドに倒れこむ。

 午後十一時十二分。もうこんな時間か。まあいいや。明日も早そうだしもう寝るか。

 そう思った瞬間、ふと机の上のある物に目が留まった。口の部分をガムテープで封をされた大判の茶封筒が、整然と並べられた辞書や本の間に無理やり押し込められてあった。辞書や本は以前来た時から見覚えがあるが、そこに押し込まれた封筒だけが異物のようで妙に気になった。もう一度体を起こし、その封筒に手を伸ばす。


『田中 希美 様』


「え……!」


 予想外であった。思わず声が出てしまった。その封筒に私の名前が書かれていたのだ。筆跡はおそらく佳奈子のものだろう。


「もしかして私に宛てた佳奈子の遺書……?」


 机の引き出しからカッターナイフを取り出し、ガムテープの封を切る。

 封筒の中から折りたたまれた便箋と何かの鍵束、それにLEDの懐中電灯が出てきた。


「何これ……?」


 とりあえず鍵束と懐中電灯はよくわからないので便箋の方を手に取る。開いてみると佳奈子の直筆と思われる文章があった。


『 田中 希美 様

 

 あなたがいつこちらに戻って来るか、またいつこの手紙を読んでいるのかは、今の私にはわかりません。三日後かそれとも十年後か。いずれにしてもこの手紙を読んでいるということは、私はすでに死んでいるということでしょう。

 希美ちゃんにお願いがあります。どうか私を助けてください。ここには詳しく書けないのですが、鳥居の山の神社、黒鉄神社に日付が変わる午前零時に来てください。そこで全てが分かります。

 同封してある鍵は黒鉄神社に行くために必要なものです。

 今はよく分からないかもしれませんが、私を信じて鳥居の山の黒鉄神社まで来てください。そして私を助けてください。


 どうかよろしくお願いします。


秡川 佳奈子』


 なんだこの手紙は。遺書にしてもダイイングメッセージにしても異様すぎる。それに助けてくれ? もう死んでしまっているのに何をどう助ければいいのか。なぜこんな回りくどい方法なのか。まるで自分の死を予見し、また私がこれを手に取ることまで予定していたのかのような違和感を覚える。そして何よりも鳥居の山の神社に来いというのが不可解である。

 鳥居の山。佳奈子の遺体が発見された場所だ。鳥居の山に何があるというのか。時計を確認する。午後十一時十六分。午前零時に行こうと思えば行ける時間だろう。


 刻々と時を刻む音だけが部屋に響いていた。


ここから先はファンタジー

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