恋の夢
西日が窓から差し込み、あらゆるものの影がその実体以上に虚ろに伸びる。築百数十年の木造校舎に色はなく、人の気配もない。当たり前である。下校時間はとっくに過ぎているのだ。下級生たちも帰宅したのか、遊ぶ声も聞こえない。
橙の光と紫の闇が詰まった教室にただ一人、私はいた。
なんでここにいるのか、これから何があるのかは何となくではあるが薄らとわかっていた。
廊下の方から足音が近づいてくる。見回りの先生だったらその時だ。その時は素直に従い、帰ろうと思っていたが、来たのは先生ではなく健太であった。
「ごめん、お待たせ」
「別に、大して待ってないよ」
そう言い、読んでいた本を閉じた。
「で、用事って何?」
「希美に伝えたいことがあるんだ」
健太の声からは焦りと緊張が伝わる。ついでにこれから何を言おうとしているのかも伝わった。でもこれは、なんとなく伝わったからよいというものではない。声に出して伝えることに意味がある。だからこの先を健太が言うのを待った。
「あのさ……俺、希美のことが好きなんだ。だから俺と付き合ってくれ」
健太の最近の様子から気づいていないわけではなかった。だから大して驚くこともなかった。
でも返事は迷った。正直言って断る理由はない。でもそれ以上に受ける理由も見当たらなかった。健太は幼馴染であってそれ以上でもそれ以下でもない。それに男の人と付き合うということに意味を見いだせていなかった。なぜ私と付き合いたいのか、その理由を健太に問いたかったが、それを口に出すほど私も馬鹿ではない。
ふと健太の表情を見ると焦りと緊張に不安が混ざっていた。
見ていると気の毒である。
「いいよ。よろしくね」
何も考えていなかったし恋愛感情も特になかった。付き合うということが客観的にどういう意味を持つかは分かるが、主観的にはわからなかった。それが分かればいいというのと、幼馴染と気まずくなるのが嫌だから、決して積極的な理由はなかった。目の前の男は安堵の笑顔を見せるが私はどういう顔をすればよいかわからなかった。
空は暗く地も暗い。もうどこにも影は伸びてなかった。