再会
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「大浅郵便局前。お降りのお客様はお忘れ物のないようお気を付けください」
黒の傍片の神鏡を壊したり失くしたりしないよう、また他人に見られないよう首に下げたまま上着の中にしまう。
荷物をまとめてバスを降りる。郵便局の向こうにある豚舎からのむせ返る臭いがする。乗客のいないバスを見送ると、耳に入る音は、国道沿いに流れる沢の遠い水音くらいである。
「とりあえず佳奈子に会わないと」
さっきの夢では佳奈子がバス停まで迎えに来ていたが、今回は佳奈子どころか誰もバス停周りにいない。目が覚めたとき、この世界はタイムマシンで来る過去の世界のようなイメージであった。しかし黒神は常に私の夢であるということを強調していた。単純に時が巻き戻っているわけではないのだろう。
「例えばですけど」
この夢の世界はわからないことが多い。だがこれからの出来事を考えると一つだけ確認しなければならないことがある。
「もし私がここで死んだらどうなるのですか?」
神鏡は上着の中に仕舞ってあるが、テレパシーのように黒神の声が直接頭の中に聞こえた。
「そなた次第じゃ。そなたが夢と思うなら夢から覚めるだけじゃが、現と思うなら死ぬ。夜明けまでは夢と現の入り混じる世界。それゆえそなたの意識次第じゃ。当然夜明け以降は現になるので当然死んだらお仕舞じゃ」
「私次第ってどういうこと?」
「だからそなた次第じゃ。そなたがこの世界をどう思うかによるから、わしも分からん。それゆえ無謀は冒すな」
「わかりました」
「それと……まあよい。そなたこそわが神託の巫女よ。改めて言うがこの鏡には気を払え」
黒神もこの夢も完全に理解し納得したわけではないが、佳奈子を救う唯一の方法にすがるほかなかった。
沢に架かる橋を渡り、暗くなりかけている村に入る。相変わらず実家の前の道は避け、役場前広場の方へ出る。思わず公民館に目を向けるが消灯しており、人のいる気配もない。少なくとも葬式はやってなさそうだ。村役場は二階の一部の窓から光が漏れている。
誰にも見つからず佳奈子の家へ行けそうだと思っていたところ役場から誰かが出てきた。とっさに隠れようと思ったが広場のため隠れる場所はない。無理に隠れようと思えば、身を隠すこともできそうだ。しかし向こうの人物は既にこちらに気づいている様子である。ここで隠れたり、道を引き返したりする方が不審に思われる。いろいろ考えたがどうせ夢の中だ。深く考えなくてもいいだろう。
「こんばんは」
思い切って、また自然を装って挨拶をしてみた。
「え……あんたなんでこんなところにいるの?」
顔を伏せ足早に避けようと思ったが、その声に思わず見上げた。
「紗也香……さん」
「やっぱり希美だよね? なんでここにいるの?」
よりにもよって一番会いたくない人物に会ってしまった。黒神は望み通りの世界と言っていたが、なんだったのか。
「…………」
「おい、ちょっと待ちなよ」
紗也香を無視して通り過ぎようとするが、腕を掴まれ引き寄せられる。
「だからなんでここにいるの? いつから?」
「紗也香さんには関係ないです」
「っ……、あんたもう二度と帰ってこないはずじゃなかったの?」
「だから関係ないです。私がどうしようと紗也香さんには関係ないです」
「じゃあ何しに戻ってきたの?」
腕をさらに強く握られる。適当にかわせるだろうと思っていたが、思った以上に紗也香はしつこく聞き続けてくる。
「佳奈子に呼ばれたの!」
「それで、何をするの?」
「さあ、特に決まってないけど同窓会みたいな感じじゃない? 遅くても明後日には東京に帰るから」
「佳奈子が……そう、分かった。じゃあね」
掴んでいた腕を放すと同時に私を押してきた。倒れそうになり、よろめいたが、何とか踏みとどまる。紗也香を睨みつけるがもう背中を向け帰って行った。
「なんだあいつ」
関わりたくないなら話しかけてこなければいいのに。ぼそっと悪態をつき、しわの寄った袖を直す。もうすぐ佳奈子の家だ。気分を切り替えよう。
白銀神社の石段を登っているとき、ふと思った。今日私が佳奈子の家にお世話になることを佳奈子は知っているのだろうか。先ほどの夢では佳奈子が迎えに来ていた、ということから事前に何らかの方法で知らせていたのだろうか。
すでに石段を登りきり、佳奈子の家の前である。いろいろ考えていても仕方がない。どうせこれは夢なのだ。思い切って呼び鈴を鳴らす。
「ごめんください。田中希美です」
家の中の音が一瞬止まったがその後玄関に向け足音が近づいてくる。玄関に灯が燈り、人影がすりガラス越しに見える。この期に及んで拒絶されたらどうしようと不安になる。
戸が開かれ佳奈子が顔を覗く。
「希美ちゃん! いらっしゃい。ささ、上がってってください」
「佳奈子!」
思わず佳奈子に抱き付く。すでに二度の喪失を経験している。無事に会えただけでも本来はあり得ないことなのだ。あとは今度こそ佳奈子を助ける。それだけだ。
「よかった。会えてよかった。」
「わ、ちょっと……希美ちゃん。久しぶりだからって大げさだよ」
はっと冷静になる。この佳奈子は何も知らないのだ。これまで私が見てきたことも、これから佳奈子に起こることも。
「そう? 昔からこんなノリじゃなかった?」
「違います……。都会で覚えてきたんじゃないのですか?」
向き合って笑いあう。まるで昔みたいだと少し懐かしく思った。
「あら、いらっしゃい。佳奈子から聞いてるわ。今日はうちに泊まっていったらいいからね」
少し遅れて佳奈子のおばさんも玄関に迎えに来てくれた。どうやらきちんと約束は取れているようだ。
「ごめんね。本当はバス停まで迎えに行くつもりだったんですけど、ついさっきまで役場で会議があって――」
なるほど、何がどうなったかはわからないが、きちんと辻褄があっているのだな。夢だから適当になっているわけではないらしい。
既に食事の用意ができているとのことで、荷物を玄関に置いたまま居間へ向かう。居間の襖を開けると、すでに酒盛りを始めている佳奈子のおじさん、それに健太がいた。
「おう、希美、久しぶり。やっと来たか」
「なんで健太も来てるの?」
「なんでって、今日は希美が帰って来るっていうから佳奈子ちゃんに呼ばれたんだよ」
「三年ぶりの同窓会ですから。ってお父さんも健太くんも、希美ちゃんが来るまで待つって話じゃなかったんですか」
「いらっしゃい希美ちゃん。おじさんどうしてもお酒我慢できなくて、健太くんが付き合ってくれるって言うし」
「もー。あ、希美ちゃん座ってね」
大きな座卓に沿い並べられた座布団の一番端に腰かける。机には御馳走が並べられていた。
「おう、希美ちゃん。長旅お疲れさん。まあとりあえず一杯」
佳奈子のおじさんは既にビールの瓶を希美に向けていた。グラスを差し出そうと手を伸ばしかけるがふと思いとどまる。
「いや、私実はお酒が苦手で」
これから佳奈子が殺されるのを防がなくてはいけない。アルコールが入り、判断力や体調が鈍るのは避けなければいけない。
「一杯くらいどうよ? みんなで乾杯」
「もう、お父さん。お酒は無理に勧めるものじゃないんですよ。お母さん。希美ちゃんに何かジュースありますか」
おじさんはばつの悪そうな顔で瓶をひっこめ、自分のグラスにビールを注ぐ。
「へえ、希美って酒飲めないんか。俺たち三人の中では一番強いと思ってたけど」
飲めなくはないが、弱いは弱い。健太は既にだいぶ酔いが回っているようだ。
「そういえば佳奈子ちゃん、お酒はどうなんさ」
「私はたしなむ程度ですよ」
鬼のごとく酒に強いのを知っているので、思わずツッコみそうになるが抑える。
その後宴会が始まった。楽しい宴会ではあったが、心ここにあらずで存分には楽しみきれなかった。あの状況でどうやって佳奈子を救うか。そればかり一人思案していた。
気づけば健太は佳奈子とおじさんのペースについていけず潰されていた。相変わらず佳奈子は平気な顔をしている。
「佳奈子はお酒に強いね」
「そうです? これくらい役場の飲み会では普通ですよ」
「でも健太は潰れてるし」
「たしかに。でも大学だとこうウェーイ、みたいに飲むんじゃないんですか?」
「一部はそうだけど、だいぶ偏見が入ってるよ。それ」
そう話しているうちふと思いついた。相手は凶器を持っていた。しかも三人いる。だとすると、立ち向かうにはこちらもなにか武器を持って行った方がいいだろう。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
そう言い居間を抜け出す。武器と言っても特に思いつかない。とりあえず廊下の奥の方のトイレを目指す。
「そうだ」
佳奈子の家の勝手は知っている。人がいないのを確認し、トイレの手前の押入れを開け、そこにしまってある工具箱を取り出した。
「とりあえず何もないよりましか」
薄暗い電球の下、工具箱から金槌を取り出し上着に隠した。
「我が神託の巫女よ。聞こえるか」
突然黒神から話しかけられ驚くが、上着から神鏡を引っ張り上げる。
「ほう、鎚を武器とするか。そなたなりに考えているのか」
「相手は三人だし、少なくとも一人は凶器を持っている。だから素手だと厳しいと思って。とりあえず何もないよりかはましかなと」
「よかろう。頭蓋を砕くにも、鏡を砕くにも十分であろう」
「鏡?」
「そなたなりに戦うのはよいが、わしがついていることを忘れるなかれ」
それだけ言って黒神は鏡面から姿を消した。工具箱を元に戻すと薄暗い廊下から明るい居間へと戻った。