夜半
旧友である秡川佳奈子に呼ばれ三年ぶりに故郷に帰ってきた。宴会ののち禁足地の深夜の鳥居の山で肝試しをすることになった。そこで何者かに佳奈子が殺された。
あまりにも突然で、あっけなく、訳が分からず理解も感情も目の前の出来事に追いつかなかった。でもすべてを思い出した。
そうだ。私は佳奈子の死を回避するために黒神と結んだのだ。それなのになぜ、こうなるまで忘れていたのか。何もかもが遅すぎる。
「なにゆえわが神鏡を手放した!」
首からさげた鏡から黒神の恐ろしい声が聞こえる。
「この鏡がないと夢と現の区別がつかんのじゃ。それにわしの声も聞こえん」
佳奈子を殺した人影がこちらに向かう。健太はすでに参道を駆け下り、とっくにその姿は見えない。先ほどまでは恐怖と焦りがあったが、今は妙に冷静で健太を薄情で情けない男だと思った。息を深く吐き出すと、健太とは逆に参道を駆け上がった。
「まだ夜半じゃ。夜明け前に取り戻したのは不幸中の幸いであるがの。黒鉄神社へ急げ」
運動不足のためか、石段を駆け登ると息が上がる。
「それにしても酒臭い巫女じゃ。こんな巫女はほかに居らんぞ。身を清めてもおらんだろう。わが社に穢れを持ち込むな」
「いいから少し黙ってもらえます」
すべてを思い出した。しかしあまりにも遅すぎた。そんな情けない自分に何よりも苛立っていた。他でもない絶好のチャンスをみすみす逃したのだ。
先ほど引き帰した鉄の扉まで戻ってきた。佳奈子から預かった鞄から鍵を取り出し、扉を開ける。さっきは知らなかったが、その先に何があるのかは既に知っていた。大鳥居をくぐり、境内を駆け抜け、社殿の扉を開けた。
「もう一度よ。何度でもやってやる」
灯の燈った本殿の中には黒神が待っていた。
「何度もできると思うなよ。かようなしくじりをすれば次はないと思え」
黒神が強烈な視線で睨み付ける。背格好は私よりも小柄であるが、圧倒的な威圧感がある。
今度は自分から横になる。当たり所が悪く怪我はしたくない。
「次こそ成し遂げよ。わが神託の巫女よ」
そして再び夢を見る。
そしてここに戻る
登場人物紹介
田中希美……大学進学で村を出た女の子。主人公
秡川佳奈子……希美の親友で白銀神社の女の子。丁寧な口調で礼儀正しい。
川田健太……希美と佳奈子の同級生の男の子。祖母は旅館(民宿)を営んでいる
守山紗也香……希美たちとは2つ年上の女の子。お祖父さんは村長で村の有力者
黒神……山の神社の神さま。すごい力を持っているかもしれない