真説!「狼の側」から見た「赤ずきんちゃん」(改訂版)
真説!「狼の側」から見た「赤ずきんちゃん」(改訂版)
Ⅰ
昔々 ある国の大きな森の中に、人の背丈以上もある大きな灰色狼がおりました。彼は、この三日間、何も食べていませんでした。それもそのはず、この国の王が宣言した、国土開発計画のために、森が次々と伐採され、つぎつぎにキツネやクマゲラの生存範囲が狭められ、その数が減っているのに加えて、獲物に飢えたハンターどもが、自然の法則を無視して、狼の食糧を獲り尽くしてしまったからです。兎も鹿も、もはや数えるほどしかいなくなってしまいました。博愛主義者として、肉食動物界ではあまりに有名で、しかも賢明な狼は、この上自分が狩りをすると、兎も鹿も絶滅しかねないことが判っていたので、ワラビやドングリで飢えをしのいでいたのです。
彼が、兎たちの食べ残したゼンマイを食べるために、林道に出た時のことです。ちょうどそこを、赤ずきんちゃんが通りかかりました。赤ずきんちゃんは、この国で最も愛らしい女の子です。某誌企画の「将来恋人にしたい女の子」コンクールで、ナンバーワンの座を三年連続でキープしているほどです。
彼女は、小さなバスケットを持っていました。その中味が、ケーキとバターであることは、匂いで判ります。狼は、グーグー鳴るお腹を気にしつつ、ふさふさしたしっぽを振りながら、赤ずきんちゃんの前に来て、言いました。
「赤ずきんちゃん、どこへ行くんだい?」
彼は、優しい赤ずきんちゃんなら、あのハンター達と違って、食べ物をわけてくれるかもしれない、と思ったのです。
そんな、彼の切なる願いを知ってか知らずか、赤ずきんちゃんは無邪気に笑いながら、言いました。
「うん!病気のおばあさんに、ケーキとバターを持ってってあげるの。とっても優しいおばあさんなのよ」
(そうか、病人のお見舞い品をとるわけにはいかないな……)
狼は、そう思いました。しかし、空腹には耐えられません。お見舞い品を横どりするのは、彼の主義に反するのですが、
(おばあさんに直接頼めば、あるいは……)
そんな考えが、狼の脳裏にひらめきました。しかし、そのおばあさんの家の位置が判りません。そこで彼は、赤ずきんちゃんに聞きました。
「そのおばあさんは、遠くに住んでるのかい?」
「そおなの!ほら、あの風車小屋の向こうにあるの。村一番すてきなお家よ!」
それを聞いた狼は、
「道草を喰わないで、早くおばあさんのところへ行ってあげなさい。森の中には恐しいハンターどもが、ウヨウヨしているからね」
と言うと、ふさふさしたしっぽを一直線に伸ばして、一目散におばあさんの家に向かって走り出しました。
Ⅱ
もし、赤ずきんちゃんのおばあさんが、彼女の言う通り「とっても優しい」人だったら、この飢えを少しでもいやしてくれるかもしれない。と、彼は考えたのでした。
狼は、おばあさんの家まで来ると、扉をノックしました。
「誰だえ?」
中から、確かに優しそうな、おばあさんの声が聞こえて来ました。狼は思わず、
「狼です」
と、言おうとして、慌ててやめました。
「人間なんてものは、全くあてにならない」
これが、狼の持論です。無邪気な子供だけが、狼の信用でき得る唯一のものなのです。
そこで、彼は、
「私です。赤ずきんよ」
と、彼女の声を真似て、言いました。裏声で、ブリッコをして……。
自分でやって、思わず赤面するような声でした。でも、そのせいでしょうか。おばあさんも納得したようです。
「カギは開いてるよ、入ってきておくれ」と、おばあさん。
狼は、一瞬、戸を開けるのをためらいました。嘘をついた罪悪感が、彼をとらえたのです。でも、飢えには勝てません。彼は思い切って戸を開けました。
「あの~、食べ物を少しわけてもらいたいんですけど……」
「ギャーッ!」
おばあさんの行為は、狼の予想を激しく裏切りました。おばあさんは、この世のものとも思えないような悲鳴を上げると、伏せっていたベッドから飛び出して、病人とは思えない勢いでキッチンに逃げ込みました。
(やっぱり嘘をついたのが、いけなかったのかな)
狼はそう思うと、なるべく彼女を安心させようと、勢一杯の笑顔で、ふさふさしたしっぽを振り振り、キッチンの入口まで行って、震えているおばあさんに言いました。
「嘘をついて、すみません。しかし、私もお腹が空いているのです。何か、食べ物をわけてくれませんか?」
狼は、勢一杯の誠意を込めてそう言いました。が、残念な事に、この言葉は耳の遠いおばあさんには、正しく伝わりませんでした。彼女には、
「俺は、飢えてるんだ。お前を食ってやるぞ。イッヒッヒッ……」
と聞こえたのです。彼女は恐怖のあまり、気を失ってしまいました。
「あ、こりゃいかん」
狼は、おばあさんをベッドにもどしてやろうと思いましたが、彼には、抱き上げるという行為ができません。ただ運ぶだけなら1トン以上のものも運べますが、おばあさんを引きずるわけにもいきません。とりあえず、近くにあった大きめのタオルをおばあさんにかけてやると、
「おばあさん、すいません」
そう言ってから、ソーセージを三本ほどもらいました。
狼がソーセージを食べ終わったころ、誰かが戸をたたきました。
「おばあさん、いる?私よ、赤ずきんよ」
(遅かったじゃないか。道草を喰うなと言ったのに)
狼は、そう思いましたが、そんなことを考えている場合ではありません。おばあさんは、覚醒する気配もありません。これでは、せっかくおばあさんに逢いにやって来た、赤ずきんちゃんが可哀そうです。
「しかたがないなァ……」
狼は、溜め息まじりに呟くと、素早く、おばあさんの替えのナイトドレスと、ナイトキャップをかぶって、ベッドにもぐり込みました。
そして、務めておばあさんの声を真似て、言いました。
「お入り、カギは開いてるよ」
赤ずきんちゃんは、戸を開けて、中に入って来ました。そして、バスケットをテーブルの上において、ベッドのかたわらまで来て、驚きました。
「まあ、おばあさん、どうして、そんなに大きな、毛深い手をしているの?」
これには、狼は困りました。でも、とりつくろうよりほかありません。
「そ、それはね、お前を抱きやすいようにだよ」
「じゃあ、どうして、そんな毛深い足をしているの?」
「それはね、腕白な女の子を追っかけやすいようにだよ」
「じゃあ、どうして、そんなおっきなお耳なの?」
「それはね、お前の声がよく聴こえるようにだよ」
「じゃあ、どうしてそんなにおっきな目をしているの?」
「そ、それはね、お前の可愛い顔を見やすいようにだよ」
「じゃあ、どうして、そんなとんがった歯をしているの?」
さあ、ここまで来て、とうとう狼にはネタがなくなってしまいました。しょうがない、と、狼は口の中で呟くと、ベッドの上に身を起こしました。
「それはね、私が狼だからだよ」
Ⅲ
狼は、赤ずきんちゃんの反応を、首をすくめて待ち構えましたが、彼女は、あのおばあさんのような、嫌な反応はしないでいてくれました。さっき、森の中で逢った時と同じように、優しい微笑みで受け入れてくれたのです。
そこで、狼は、赤ずきんちゃんに全てを話しました。彼女は、彼に同情して、言いました。
「そうだったの、かわいそうな狼さん。でも、おばあさんも、きっと判ってくれるわ」
「ありがとう。優しいんだね」
狼は、赤ずきんちゃんに頬ずりをしました。赤ずきんちゃんは照れて、クスクスと笑いました。
ちょうどその時です。おばあさんが意識を回復したのは。おばあさんの目には、狼が、いまにも赤ずきんちゃんを食べようとしているかのように見えました。
「ギャ~ッ!!」
おばあさんの再度の悲鳴に、狼も、赤ずきんちゃんも、飛び上りました。ところが、運悪く、この声を聞いたのは、この二人(?)だけではありませんでした。ちょうど、タイミング悪く、この家付近を歩いていた、狼の食糧を奪い、生物学的平衡を破壊する、狼の天敵にして自然への虐殺者・ハンターがいたのです。
「どうしたっ!」
ハンターは、おばあさんの家の戸を叩き壊して、乱入して来ました。
「狩人さん、そいつを殺して、早く!」
「こいつ!」
「狼さん、逃げて!」
おばあさんと、ハンターと、赤ずきんちゃんの言葉が交錯しました。狼は、もう一度赤ずきんちゃんに頬ずりすると、ふさふさしたしっぽをー振りして、窓の外に飛び出しました。
ハンターは、窓から身を乗り出して、狼目がけてライフルを撃ちました。
「やめて!狼さんを撃たないで!」
赤ずきんちゃんの叫びは、ハンターの耳には入りませんでした。彼はただ、二メートルを超す灰色狼に気をとられていたのです。
ドギューンッ!
遂に、ー発の弾丸が、狼の肺と心臓を貫きました。時速80キロで走っていた彼は、倒れてから、地面を20メートルもすべって、やっと止まりました。
ハンターが、次いで赤ずきんちゃんが、彼のところへ来ました。赤ずきんちゃんは、ハンターを押しのけて、狼の頭を抱き上げました。
「狼さん、死なないで!」
赤ずきんちゃんは、泣きながら叫びました。狼は、そんな彼女をなぐさめようと、頭を持ち上げ、彼女に頬をすりつけようとしました。でも、彼は激しくせき込み、ロから大量の血を吐き出して、そのまま息絶えてしまいました。
「狼さ一ー一ん!」
赤ずきんちゃんは、狼の頭を抱きしめ、いつまでも泣いていました。
※ ※ ※
それ以来、赤ずきんちゃんは、一度もおばあさんの家を訪ねなくなりました。そして、週に一度は、あの狼の死んだ場所へ行って、そこに来るまでにつんで来た、野花の花束と、ケーキとバターをそなえるのでした。彼女のバスケットには、あのふさふさとした、狼のしっぽがくくりつけてありました。
おわり
初出 : 1988年2月28日 某高校文芸部 部誌
2016年9月22日改訂
2016年9月27日一部訂正
こんな内容ですが、別に狩人を否定している訳ではありません。