第49話 一人で考えるよりも
退魔騎士学校 教室
そんなこんなで何とかしてやりたい一心で、色々考えた末に浮かんだステラの代案。
教室に戻ってニオに聞いてもらうが、返ってくる反応は驚きだ。ただしステラの案についてではない。
ニオはステラにくっついてきたライドの方を見つめて言った。
「そんな事があったんだ。ニオ、ライド君のことちょっと見直したかも」
「そうか? ならもっと見直してくれてもいいんだけど」
ニオは得意げにするライドから視線を外してステラに向き直った。
「あ、かすかに見直しただけだったね」
「少ない俺への好感度が、減らされた!」
大げさに落ち込んだ様子をみせるライド。
彼につきあっていても時間と労力の無駄だという事はこれまでの経験上分かっているので、ステラ達は相手にせずに話を進める。
ニオは腕をくみ、天井へ視線を向けながら考え込む。
「それだったらもうちょっと楽しい感じにできないかな。んー、むしろ企画にしちゃうとか? だって考えてみたんだけど、ヨシュア君たちが皆それぞれ一人ずつ聞き込みするのって効率悪いと思うんだよね。先輩達が上手く捕まればいいけど、できない子もいるだろうし、ニオ達も歩くたびに捕まったら何か面倒くさいもん」
最後の方は私情が入っているような気もするが、なるほど確かにそうかもしれない。
皆この期間は期末試験で忙しいし、ステラ達は最後の試験に向かって一層集中しなければいけない時期だ。
一人ずつ話を聞けばいいとしかステラは考えていなかったが、きちんと効率のいい方法を考えなければならないだろう。
「まー、そこらへんはしっかりしてるヨシュア君も考えていると思うけどー。せっかくだからもっと楽しくしたいよね」
確かにどうせなら、つまらないよりは楽しくできればいいと思うけど。
へたな事したら、ピリピリしてる三年生達を刺激しかねないのではないだろうか。
「うーん、ここはしょうがないかなぁ。ステラちゃん、これ他の人にも話して良い?」
「ええ、ヨシュアもいいって言っていたけど、どうするの?」
「ふふん、こうするんだよ」
自分たちの頭では限界があると判断したらしい二オ。
彼女は、教室にいる皆に聞こえるようにと手を叩いて声を張り上げた。
「はーい、皆ちゅーもーく! 今、何かステラちゃんが他人の事とかで困ってる感じだから、助けてあげよーね。はいそこ異論は認めませーん。却下。いいじゃん、いっつもステラちゃんに助けてもらってるんだから、力になってよ。あ、そこの君達もだよ手伝って!」
そんな話をすれば、教室にいた生徒達がわらわらとニオの周囲に集まりだすではないか。
……いつの間に、こんな統率力身に着けたのかしら。
少し見ない間に驚きの成長をとげた知人の姿にステラは衝撃を受ける。
そんな風に集まった者達にニオは大雑把な事情を説明していく。
「……って感じで今説明した通り。はい皆、知恵絞って。ニオ思いつかないから」
他力本願もいい言葉に、クラスの生徒から苦笑やら文句やらが飛んでくる。
その空間は何というか、ニオが中心だった。
クラスの中心としてしっかりと機能している友人の姿があった。
「あ、ツェルト君、何か良い事思いつかない?」
ニオは人の輪の向こうで教室を出て行こうとするツェルトに声を掛ける
「いや、俺は別にないなぁ。……というか、あんまり迷惑かけるなよな」
「ニオ協力してるんだよ、見て分かるでしょ。ライド君みたいな事言わないでよ」
頬を膨らませるニオだが、ツェルトからの反論は返ってこない。
「もーっ、ステラちゃんに協力してあげようって気はないの!? 冷たい! 真冬の氷のように冷たいツェルト君っ!」
「落ち着いてニオ、私は別に気にしてないから」
「だって……」
王都での事を知らないニオはツェルトがずっとよそよそしいままに見えるので、ステラの事を気にしてくれているのだろう。
「あんなに、仲良かったのに……」
「ツェルトは変わってないし、私も変わってないわよ。環境のせいで、ちょっと分かりにくくなっただけ。だからそんなに怒らないでちょうだい」
「ステラちゃんがそういうなら、良いけど……」
そう言いつつも、なおも恨めし気にツェルトが消えていった扉の方を見つめるニオ。
王都であった事は聞かれた分だけ、ざっと皆にも話してあるけが、これはもうちょっと突っ込んだ事情を聞かせてあげた方がいいかもしれない。
「結構な期間離れてるけど、エル様もニオのこと忘れちゃったら、ニオに冷たくなっちゃうのかな……」
その後にぽつりと呟かれた言葉は小さすぎて、ステラには聞き取れなかったが。
そこに、クラスメイトの一人が話しかけてくる。
「あのー、ステラさん」
数学が得意な女の子だ。学年の中で一番の成績を取っていて校内でも割と有名な子だった。
「私達も考えるので、一緒に頑張りましょうね」
「え、ええ。そうね」
なんだか、目の前の女生徒もそうだけど周囲も結構やる気に燃えているように見えて不思議に思えてくる。
試験もあって迷惑するのが普通であるはずなのに、一体どうしたのだろうか。
「私達、今までステラさんに頼ってきてばかりで、ステラさんがいない間それがすごくよく分かったんです」
そんなステラの気持ちを呼んだのか、目の前の彼女が理由を話してくれる。
「それは数字にも実によく表れていて、皆さんの宿題をする効率が10パーセントほど落ちてますし、課題の提出も影響して、平均で二、三日ほどほど遅くなっています。さらに実技では、何と居残りや補修の生徒が三割も増えていて……、数字は偽りを語りません、すべて真実のみ語るんです……はっ、すいません。関係ない事まで」
矢継ぎ早に繰り出される数字の話に頭が付いていけなくなる所だった
否定する気も起きなくなるほどの現実的な証拠を突き付けられて、ステラは違うとも、そんな事ないとも言えないし、反論できない。
ステラがいない間は、どうやら教室には多くの怠け者が発生していたらしい。
確かに、日ごろ分からない事があったら堪えられる範囲で答えたり一緒に考えたりしていたし、提出が遅れそうな生徒には声をかけていたが……。
それで、こんな風になるのだろうか。
「私達、日ごろお世話になってるステラさんにお礼がしたいんです。同じ教室に通う生徒でもありますし、与えられるばかりではなく、助け合わなければいけないと思ったんです。……あの、迷惑でしょうか」
「そんな事ないわ。その気持ちは嬉しい。だけど……」
「そうですよね。私達も頑張って考えます。こうしているうちにも色々考えてみたんですよ。企画や催しものを開催するいにあたっての時間や、所要経費、それに平均の準備時間も、それからそれから……」
すでに了解されたとみなして進んでいく話。
故意なのかそうじゃないのか分からないが、見事なほどにステラに否定させる隙がなかった。
このクラスもニオとかツェルトとか、ライドとかがいるが、よく見るとちょっと変わった人が多いのかもしれない。
珍しくも状況に流されるままになるステラ。
弟の力になりたいだけだったのだが、どこでこんなに話が大きくなってしまったのだろう。
「なるほどー、それ良い考えだね。よし、もう少し付け足してみよー」
あ、ニオのせいだったわね。
退魔騎士学校 運動場
数日後、授業が終わった後の放課後。運動場に生徒達が集まっていた。
内訳は、来たる卒業試験の為にと集団戦を行うニクラス分の三年生と、それを見学する一年生。それにプラスして離れた所には、教師であるツヴァンが一人。
将来を決める試験の練習である事や、見られている事を意識してか、普段よりも真剣な態度で三年生達は取り組んでいる。
それらを目にする一年生たちの反応はこうだ。
「三年生はやっぱり違うなあ」
「実力もそうだけど、気迫が全然違う」
「あんな戦い方どうやって身につけたんだろう」
やはり二年分の経験は大きいらしく、皆食い入るように先輩達の戦闘を見ている。
それはヨシュアも同じだ。
「真剣みが違いますよね。皆さん。最終学年だという事もあるのでしょうけど、この学校で積み重ねた期間が気迫につながっているんでしょうか」
そんな風に言う彼に、クラスメイト達は視線をそらすことなく無言で頷きを返す。
実戦さながら、とまではいかずとも彼らには伝わるものがあるらしかった。
そして練習が終わった後は、疲れた先輩たちに水やタオルを持ってたりし、その代わりに一年生たちが話を聞く事になった。
これなら一度に消化できるし、双方の時間の無駄を極力削れる形になっているだろう。
ステラ一人では思いつかなかった事だ。
皆で額をつき合わせて考えたからできた事。
あのままだったら絶対自分一人で何とかしようと思っていた。
数の力は時として、純粋な力ではどうにもできない難事を解決する力になるようだ。
今もクラスの男子が後輩たちに貴重な経験を話していて……。
「そうそう、ステラがさー、女生徒目当てで校内に入ってきた不審者を捕まえた時はびびったぜ」
「あの時は、ツェルトに引っ張られて来ていきなり協力させられたもんな。ま、容赦なくぶっ倒したけど肝が冷えたぜ」
「あと、いつだったか、野外活動の時クマが出てきて、それとも戦わされたよな。いい経験だからとか言って呼ばれて、なあ、なにげに俺たち扱いひどくないか?」
そんな事はないと思う。
たまたまそういう場にい合わせるからよ。
とにかく話がはずんでいるようでなによりだ。
本人ほどではないが、割とステラの影響でデンジャラスな学生生活に付き合わされている先輩達の話は一年生にとって、尊敬を抱くに値するものだったらしく、最後の方ではヒーローインタビューで憧れのヒーローを前にしているかのように目をきらきらさせていた。
「何か俺、彼女できなくてもいいや。弟子をとって可愛がることにする!」
「騎士になったらきっとこんな感じなんだろうな、ちょっと感動だぜ!」
「何か、悪くないよな。尊敬されるって!」
まったく予想外だったが、三年生たち自身もそれぞれ今回の事で、色々と得るものを得られたらしい。
そんな様子で、それぞれの生徒を対象に聞き込みをしている生徒達だったが、時間が経つにつれて次第にステラの周りに集まり始めた。
「それで初めて魔物と戦った時はどうなったんですか!」
「え、ええと……私は勝てなかったんだけど、その時勇者様が現れて……」
「勇者様に会ったんですか! それで剣を握る道へ進もうと思ったんですね」
「そ、そうなるわね」
あっという間に一年生の集団に取り囲まれてしまった。
熱意溢れる様子で聞かれては無下にすることもできず、勢いに押されつつもステラは一言ずつ丁寧に答えていく。
運動場 『ニオ』
その様子を離れたところで見つめるニオは呟く。
「ステラちゃんってば、あーなること予想できなかったのかなぁ。ぶっちゃけ、この中じゃ一番ステラちゃんが色々経験してきてるのに」
さらにぶっちゃければ今回の催しなどしなくても、ステラ一人が自分の経験を話して聞かせればそれで済んだことなのだが……。
「でも、それじゃあ。ステラちゃん一人でずっと頑張る事になっちゃうしね。ニオ達ステラちゃん程強くないから、こういう時くらいは力になってあげたかったし」
「友達思いなのな」
ニオの独り言を聞きつけたらしいライドが当然のように隣に立つ。
図々しさを感じつつも今だけニオは許してやることにした。
「そうだよ、ニオは友達思いの良い子だもん」
ニオは胸をそらして自慢げになる。
ただ自分には心に決めたが人がいるので、一歩分となりの男から距離を開けることは忘れないが。
「利用しようとしてた初日の腹黒発言が嘘みたいだな」
「そんな昔のこと覚えてたんだ。ニオ気にしてないのに」
「当然のように言ってるけど、それ、本人が一番気にしなきゃいけない事じゃないの?」
「それがニオだし。大体きっかけなんて何だっていいじゃん。今のニオにとって、ステラちゃんは大事な友達。それが大切! でしょ?」
「違いねぇ」
そんなこんなで最後にステラが、自分の剣技を見せて歓声をもらったり、威圧を使って気の弱い生徒を失神させて慌てたりして、先輩と後輩の課題と試験にまつわる交流会は幕を閉じた。
そしてそんな手間暇かけた一年生の課題は、再提出を経て、担任教師から無事合格点をもらえる事になったのだった。