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第48話 お姉さんだとしても



 王都から地元に帰ってきて、約一週間が経過した。

 現在ようやく、王都で習った範囲とは微妙に違う自校の学習範囲を頭に叩き込んで、クラスメイト達の学習状況に追いついたところだった。

 三年生の学生期間は残りわずか。もう、すぐそこに卒業試験が迫っていた。


 試験は二つ、ペーパーテストと各教室の担任が行う実技試験がある。


 ペーパーテストは、三年間の総まとめなので真面目にやっている生徒なら、おそらく苦労に見合った成果……合格を手に入れられるだろう。

 だが、実技試験の方は、そう簡単にはいかない。


 各教室の担任が行うのだが、試験内容はその年の担任に任されており、それぞれが違う内容になっているのだ。

 故にこれといった攻略方法などは存在せず、その合格基準も担任事に大きく変わってくる。


 今までの例を見てみると、ある時は、教師一人と生徒が多対一の状況で戦いあったり、ある時は生徒同士で戦ったり、ある時は傭兵とか山賊まがいの連中と戦わされたりと、試験の数だけ種類も状況もまったく異なる。とても予想などできないだろう。


 だが一応、著しくその年度の学生に不利なものにならないように、試験内容の決定は校長の許可が必要だ。なので不真面目な(例えばツヴァンのような)教師が決めた内容であっても、そう極端な物にはならないはずだった。

 試験内容は、前もって一週間前には公表されるため、備える時間も十分に用意されてはいる。準備不足で困るという事もなさそうだ。


 それでも予想できなかった事実が、ステラの頭を悩ませるのだろう。

 ステラの難事に関わる体質や、ツヴァンの面倒嫌いな性格が掛け合わさって、とんでもない事にならなければいいのだが。





 退魔騎士学校尾 校舎前 掲示板

 そんな風に一抹の不安を抱えつつも、試験内容が告知される一週間前の日がやってきた。

 登校してすぐ、校舎の前の掲示板に張り出された用紙の内容を見る為に生徒達が集まっていた。


「今年は、教室対抗の集団戦闘、なのね……」


 ステラはその内容を読み上げる。


 試験内容はその名の通り集団戦闘だ。

 他の教室の生徒との戦闘をこなして、それで合否を決めるようだ。

 今年は個としての強さをみるのではなく、集団としての戦闘をみるつもりらしい。


 何でも、初めての授業の時の乱戦の成績を考えて判断したのだとか。


 それはステラとしても非常に納得できる判断だったので良いが、問題は別にあった。

 最後まで読んでみて、我が目を疑う。


「って、何よこれ……」

「あっ、ステラちゃん早いね。ニオはこれからだよ。何々? 何が書いてあるの? ふむふむ……」


 遅れてやって来たニオ。彼女が、掲示された紙の内容を上から読んで行って、最後に一番最後の付け足されたかのような文面に目を通した後、ステラの方を見た。


「なるほど、確かに考えてみれば妥当だよね」


 気づけば、周囲の人間もステラの方を見て、なにやら同情の色を含んだ視線を投げてくる。


「何を、考えてるのかしらね、あの先生は……」


 そこに書かれていた内容はこうだ。


 ――なお公平な試験を催すために、以下の二名の生徒の試験の参加を禁止。別途試験をとり行う。


 狂剣士。

 精霊使い。


 だから相手教室の生徒は安心して試験に臨んどけ。


 試験内容については異論はない。だが、他の言い方という物があるだろう。


「ステラちゃん達、すがすがしいまでの特別扱いだよね」


 誰もがきっと不公平だって思えないところが重症よね。






 職員室に顔を出し、ツヴァンに文句を言いに行った。

 当然、色々あったのだが運が悪かったというか、相手の方が一枚上手だったというか、努力は大して実らなかった。それどころか別の問題(と言うのとはちょっと違うかもしれないが)が起きた。


 部屋を出た後、ステラはそこでヨシュアと鉢合わせたからだ。

 ちょうど持っていた紙束を己の担任へと渡したところであるらしい弟は、こちらに気づいていないようだった。


 担任らしき男の顔色は思わしくない。


「はあ、何でこんな事もまともにできないんだ。まるで出来損ないの集まりだな。これ以上見る気がしない」


 ヨシュアの届けた紙束をめくって見ていた男性教師はため息交じりに答え、手に持っていたそれを突き返す。


「でも、今回の課題はクラス全員でとりかかったんです。確かに不足している所もあるかもしれませんけど、最後まで読んでくだされば……」

「時間の無駄だ、やり直しだと伝えておけ」

「……そんな」


 担任教師の取り付く島もない様子にヨシュアは落ち込んだ様子で職員室を出ていく。

 一瞬どうしようかと迷ったものの、結局その背中を追いかけ声を掛けることにした。


「ヨシュア、どうしたの?」

「姉様……」


 そして職員質の外、呼び止めたヨシュアからステラは話を聞いた。


 詳細はこういう事らしい。


「期末試験の前に教室全員でやる課題を出されたんですけど……」


 どうやらその課題が思うように進まなかったらしい。

 内容は、訓練と実践の違いについて、それぞれ考えた事をまとめろというものだ


「皆一生懸命考えてみたんですけど、よく分からないみたいで……」


 扱いは何かに対する研究レポートというよりは、感想文とか論文とかに近いだろう。

 それぞれ考え方が違うのは当たり前だし、これといった答えがないのが常だが、何が良くなかったのかどうやら教師のお眼鏡には適わなかったみたいだ。


「いまいち内容に踏み込めてない、考えが浅いって言われました」


 突き返されたクラス全員分の紙束を抱えるヨシュアは、どこからどう見ても落ち込んでいるようにしかみえなかった。

 姉としては頼もしい所を見せて、弟を何とか励ましてやりたいところだが……。

 良い方法が何も思いつかない。

 かといって、何も言わずいられるわけはなく、


「仕方ないんじゃないかしら、それは」


 ステラの口から出たのはそんなありきたりな言葉だ。


 たった一年学校に在籍しただけの学生に、いきなりリアルな戦場の空気を想像しろといわれても分かるわけがない。

 ステラでさえ小規模な戦闘を経験したのみで、魔物ひしめくような極限の経験なんてものは……、したことがあるわね、何度も。……まあ、今はステラの事はおいといて。


「無茶振りよねそれって、私達は色々あったからそういうのは何となく程度には分かるけど、そういうのって頭で考えても答えが出るものでもないのだし……」


 ……実際に肌で感じてみないと分からない事だと思うのよね。


「そうですよね。でも。かといってまさか実際にやってみるわけにもいきませんし」

「課題を出した教師の狙いはどこにあるのかしらね。こういうのって、闇雲に答えを考えるより、出題者の狙いとか意図をとかを考えた方がいいと思うの」


 あるいはヨシュアたちにどんな答えを出してもらうのを望んでいるか、とか。


 そういう事は気にした方がいいだろう、これからは二年この学校で過ごすつもりならば。

 それは、ペーパーテストで苦しめられたときに、ニオから散々教えてもらったことでもある。

 闇雲に全てを覚えようとするのではなく、教師だったらどの問題を出すのか予想しながら勉強した方が効率がいい、と。


 ステラの実際の経経験上としても、同じだ。今まで戦って来た相手の中に何考えてるか分からない相手がいたけど、そういうのに振り回されるのは疲れたものだ。

 特にフェイスとか。


「問題を出した人の考え……先生の狙い……ですか」


 思案気な様子のヨシュア。

 そこに偶然通りかかった風を装ってライドが声を掛けてくる。


「よー、悩める若人って感じじゃないの。青春してるね」

「貴方、今そこの校長室から出てきたわよね、盗み聞きしてたの?」

「正解。ありゃ、ばれてたの?」


 ステラ達の目の前には校長室があるのだが、その部屋でいったい彼は何やっていたのだろう。

 何かやらかして、お小言でもくらっていたのだろうか。

 盗み聞きみたいな真似をしていたって言うけど、でもそれって中に他の人はいなかったという事よね。


「ちょっと、な。まあ、それは置いといて……それ剣士ちゃんの弟君? 聞くだに結構困ってる様子みたいだけど。あ、俺はライド、よろしくな。活発ちゃん……ニオちゃんと同じ教室の人ね」


 盗み聞きしていた事を謝るよりも、開き直るライド。

 人の弟をそれ扱いしないで。


「そうよ、私の自慢の弟なの」

「初めまして、ヨシュア・ウティレシアといいます」

「それで、声を掛けてきたって事は何か言いたい事でもあるの?」


 むっとした所はあるが、早々に注意するのを諦め話を促す。

 ニオが日常的に噛みついているが、どうにもそういうのに対して彼は面白味でも感じているのか、説教をしてもまったく耳を貸さないのだ。


「色々話してたようだけど、そんなの簡単じゃないの。実戦やってみれば? ちょうどそこに最狂剣士(笑)ちゃんがいるんだし。ほらいっそ、死ぬ気で戦えば何か色々解決しそうでしょ」


 めちゃくちゃな事言わないで。

 そんな事きっと、ツェルトでも言わないわよ。

 というか、何だろう。さっき言葉の後ろにニュアンス的に、何かとても失礼なものが付け足されたような気がするのだけど。


「たぶんだけど、実戦が不可能だって分かってて、この課題は出されたのよ」

「そうかもな。でも戦った方が面白そうじゃん」


 駄目だ、話にならない

 却下に決まっているだろうに。

 そんな事で大事な弟や、下級生を危険に晒せるわけない。


「それより、弟君は剣士ちゃんに何か言う事があるんじゃないの?」


 ライドはヨシュアの持っている紙束に視線をやりながら言葉を掛ける。

 それ、人のだから勝手に読んじゃ駄目よ。

 そしてライドは、こちらに身を反転させ、ステラにも声を掛ける。


「剣士ちゃん、いくら恰好いいところみせたくても。そりゃないぜ、なあ?」


 大げさに肩をすくめられるが何に対して言われているのか、意味が分からない。

 ライドは今度はヨシュアに言葉をかける。


「人に物を頼んでおいてお願いしますの一つもないなんて都合がよすぎると思わないか、頼んでない? そうかそうだな。勝手にやってる事にすりゃ、自分の面子を保てるもんな」

「ぼ、僕は……」

「剣士ちゃんも。うん、甘やかしすぎだな。頼まれてもいないのに、勝手に面倒見ちゃって、子離れできてない証拠な、あっこの場合は弟離れか……」

「ライド……」


 言いたい放題言ってくれた後は、何か反論でもあるのか、と自慢げな様子でこちらを見つめてくる。

 人を刺激するような言動であるが、言われている内容は至極もっともなものだ。


「貴方ツェルトに時々性格悪いって言われない?」

「ああ、よく分かったな」


 分かるに決まってるじゃない。

 今、そう思ってるんだから。


「でも、ありがとう。貴方みたいに、辛口だけど指摘してくれるのは助かるわ」

「だけど、ちょっと怒ってる、と」


 そうね、もうちょっと言いようってものがあると思うし。

 でも、ふざけている様に見えるけど、意外に考えてる時もあるのね。


「ま、あいつに困ってたら力になってやれよって言われたからな」

「ツェルトね……」


 ステラの面倒をわざわざ人に頼むなど、彼しかいないだろう。

 ということはまた自分が何か行動できないような状況にでもいるのかもしれない。

 そういう事、内緒じゃなくてステラにも知らせてくれればいいのに。


 どうしてそんな回りくどい形で、恰好つけたがるのだろう。

 男の子だから?

 守られてるばかりじゃ、私は何も返せないじゃない。  


「あの、姉様」


 ヨシュアの不安そうな声に意識を戻す。

 そうだ今は、言わなければいけない事があったのだ。


「ごめんなさいヨシュア。貴方のこと自慢の弟だって、よくできてる子だって分かってるけど、どうしても今でも心配しちゃうの。これからはもうちょっとあなたの事を信じてあげられるように頑張るから、許してね」


 王都に行く前に過剰なおせっかいはしないと決めたばかりなのに、こんなのではヨシュアの為にもならないだろう。


「いえ、そんな僕こそ。姉様に大丈夫だって思われたくて、少しだけ強がってました。でも自分の手に負えない事は人に相談するべきですよね……。お願いします、僕達に力を少しだけ貸して下さい、姉様」

「ええ、任せて」


 ヨシュアの真っすぐな視線を受けてステラは頷く。

 真正面から頼られるのって結構嬉しいわのね。

 可愛い弟の為だ、どんな事でも解決してみせたくなる。 


 そんな二人の様子を見るライドは、意味深に笑っている。


「相談ねぇ……」


 まるでその言葉に何かあるとでもいいたげな様に。


 彼の言葉が意識にひっかかったステラは思いついた。

 思えばそれは簡単な方法だったのだ。


「ん……そうよ、相談だわ。自分で考えて分からなかったら聞けばいいのよ!」

「姉様?」

「先輩達に聞くのよ。他の人にも、色々な事を」


 分からないなら聞けばいい。この学校にはたくさん人が、それぞれの経験を持った人達がいるのだから。



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