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第47話 似た者師弟



 ウティレシア領 ウティレシア邸

 その日、久しぶりにステラは我が家へと帰ってきた。


「お帰りなさい姉様!」

「ただいま、戻ったわ」


 扉を開けて、ちょうど近くにいた弟のヨシュアが音を聞きつけて駆け寄ってくる。


「王都はどうでしたか」

「ええ、まあ。色々あったわね」


 ヨシュアの質問に、短い期間に本当に色々あったと思い返す。

 本当に、だ。


 さすが乙女ゲームの舞台、下手にこっちで一年を過ごすよりも明らかにトラブルに巻き込まれる確率が高かった。


 久しぶりに帰ってきた我が家は、少しだけなつかしかった。

 これから休みを一日おいてまた学校だ。


 ニオ達にあったら話したいことがたくさんある。

 クラスメイト達からも色々質問攻めにあうだろう。

 騒々しさに少し苦笑がもれた。


「姉様、どんな事があったのか僕にも色々教えてください」

「はいはい、分かったわ。そんなに意気込まなくても、逃げたりしないわよ」


 ステラは両親に挨拶をしたあと私室にて、ヨシュアに王都であった事を話す。

 初めは楽しそうに聞いていたヨシュアだが、話が進むにつれて、その顔が次第に曇っていく。


 重そうなエピソードはできるだけ伏せて話したというのに、頭の良いヨシュアにはバレバレだったらしい。


「大変な事があったんですね、どうして姉様は僕がいない所でばかり巻き込まれるんですか」


 頬を膨ら前せて、ヨシュアは拗ねている。

 見てて可愛いけど、そんな事を今言ったらさすがに怒られるだろう。


「僕だって、姉様の力になりたいのに」


 私としてはヨシュアの力を当てにするような事態は起きないでほしいんだけど。

 

「ヨシュアには家族を守るっていう大切な仕事があるじゃない。私がいなくてもヨシュアがいてくれるから、安心してお父様やお母様のことをまかせられるのよ」

「姉様……、でも」


 ヨシュア自身は伸び悩んでいるみたいだし、自分の事を弱いと思っているが、それは周囲の人間が強すぎるだけなのだ。

 並大抵の相手に負けるような実力ではないのに、もう少し自信を持ってほしい。


「自信を持ちなさい、貴方は今のままでも十分自慢の弟なんだから」


 その後、次の登校日の学校の持ち物をチェックしたり、持ち帰った王都の品物を整理していると、使用人のアンヌがやってきて、レットからの伝言を伝えられた。






 中庭にやって来るとレットは剣の手入れをしているようだった。

 ステラは練習用の木刀ではなく真剣を持ってきている。アンヌから言われたからだ。


「私に用があるって聞いたんだけど、どうしたの?」

「何、久しぶりに私もお嬢様と剣を交えたくなりまして、一つお付き合いいただけないかと」

「ええ、いいわよ」


 伝えられた持ち物から想像がついていたステラは快くその申し出に応じる。


 学校に通うようになってからは勉強しなければいけないことが増えて、彼と剣を打ち合わせる事もだいぶ減ってしまった。最後に打ち合わせたのはいつだっただろうか。

 今日はいい機会だろう。


 ステラはレットの対面に移動して、剣を構える。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「ええ、お願いしますお嬢様。いつでもどうぞ」


 レットは剣を構えて静かにそこに立つ。途端、彼から濃密な殺気があふれ出した。

 以前ならそれに少しだけ体が反応してしまっていたのだが、今のステラにそんな影響はでなかった。

 王都で修羅場をいくつかくぐって来たせいもあってか、前よりも成長したようだ。


 それがレットにも分かったのだろう。

 穏やかに小さな笑みを少しだけ口元に浮かべている。


 ……なら、貴方の弟子がもっと強くなったってことを教えてあげなくちゃね。


「はぁぁぁぁっ!」


 ステラは気合を込めて、剣を振りあげた。


 二人の攻防はそう長くなかった。

 剣を交え、目まぐるしい剣技の欧州を終えたのはわずか数分後の事だ。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 ステラは荒い息をついて鍔迫り合いになった末、最後に弾かれた剣を拾い上げた。


「やっぱり……レットは凄いわね。勇者の友人を務めるだけあるわ」

「いいえ、私などまだまだですよ。お嬢様の剣に比べれば、情熱も目的もない負けないだけの剣です」

「殺気は感じるわよ」

「常に、剣を交える者には命のやりとりをしていると思って振るえと、師から叩き込まれてますので」


 ステラにはよく分からないが、それだけではレットは満足していないらしい。

 彼は、刀身に移った自分の顔を無言で見つめている。

 どことなく悲しそうに見えるのは、ステラの気のせいだろうか。


「私には何もないのです。私はただ厳しい環境で生き延びるために剣の腕を鍛えてきました。その行為に好き嫌いも存在せず、ただ呼吸をするように、振るってきたのです。お嬢様を見ていると私は時々無性にまぶしく思えてきます。私と違ってお嬢様の剣には、たくさんの想いが込められているようですから」


 まるでその事が残念でならないみたいに言いながら、レットは剣の手入れをこなし、その刃を鞘へと納めていく。

 その手つきはどこまでも丁寧で、彼の言うように何もないとは思えなかった。


「レット……。何もないって言うなら私の方こそそうよ。私は誰かの為にとか、何かをしようとかそう思って剣の修練をしてきたわけじゃないの」


 今ならばともかく、もしレットがこれまでのステラの剣に何かを感じていたというならそれは間違いだ。

 ステラこそ自分の為に、何もない剣を振るっていたのだから。

 レットのように誰かに教えられるような強くて凄い剣でもない、ただ未熟なだけの剣を。


「いいえ、お嬢様。お嬢様はご自分で気づかれてないだけでしょう。貴方の剣からは溢れんばかりの優しさや思いやりを感じます」

「そんな事ないわ。それを言うならレットの剣だって力強くて、凄いと思う。稽古をしてる最中だって私に余計な怪我をさせないようにって気遣いしてるのがちゃんと伝わって来るもの。何より貴方は、剣がやっぱり好きだと思うの。だって、何もないなんて言った時のさっきの貴方、すごく悲しそうに見えたわ……」

「私が悲しんでいる、と。ご冗談を」

「こんな時に冗談なんか言わないわよ」


 まるで信じられないとばかりに首を振るレットに、ステラは教えてやる。

 レットこそ、自分で自分の事に気が付いていないだけなのだ。


「貴方は剣が好きだと思うわ。じゃなきゃ、そもそもこんな話しないもの、それって真剣に考えてるって証拠でしょう? それに……、いつも剣の手入れをしている時、貴方の手は優しい手をしているから」


 そう言ってやると、レットは驚いた顔をする。

 剣の師匠であり一回りも二回りも、それ以上も年の離れている彼にそのような表情をさせる事は滅多にない。

 

「優しい……ですか? そんな言葉をかけられたのは長い人生の中でも、お嬢様が初めてになりますな。いつも、言われるのは血塗られた手であるとか、汚らわしい手であるなど、そのような言葉ばかりでしたので」

「……ひどいわね。気にする事ないのに。そんな事を言う人はそれこそ、心が血塗られてるか汚れてるかのどっちかよ」


 自分の尊敬する師に何という暴言を吐いたのか。

 ステラがその場にいたら、威圧でも使って黙らせているところだ。


「……お嬢様の師であれて光栄です。教えているつもりが、私こそ、貴方に教えられているのかもしれませぬ」


 憤慨しているステラを見てレットは、穏やかな口元だけではない笑みをほころばせた。


 そうして、久しぶりに帰った我が家での、自らの師との剣の語り合いを終え、つかの間の休みは過ぎていった。



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