第46話 ツェルト・ライダー
王都 退魔騎士学校 寮付近
明け方、王宮から解放(というとなんか色々違うような気もすがるが)されたステラとツェルトは寮に戻って、学校の教師達へも一応説明した後、最後の分の荷造りをした。
色々と予定が連れてしまい、手配していた馬車の時間には間に合わなくなってしまった。その影響で、帰るのが一日だけずれてしまったのだが……。
幸いな事に、学校が変わりの馬車を手配してくれることになったし、向こうの家にも連絡は入ったので、大きな問題はなかった。
そうして一日だけ延びた時間は、生徒達のアイデアによって有効活用される事になった。開かれたのはお別れ会だ。
休日だというのに、寮生ではない生徒達も集まって、賑やかしく開催された。
場所は、寮の前の庭。燃えるような夕焼けの下。
食べ物や飲み物を集めて、それぞれが賑やかに時間を過ごす事になった。
「ステラさん、短い間だったけど、楽しかったわ」
「また会えるといいわよね」
「今度は色々他の事も聞きたい」
一週間同じ教室で勉強したクラスメイトや、お風呂場で知り合った女の子達ともじっくりと話をする事ができた。
前世の記憶を思い出さなければ私はここに通う生徒だったのだろう。
短い間に触れあった彼らとこうして別れの挨拶をする事に、ステラは不思議な気持ちになってくる。
記憶を思い出す前のその世界では、悪役としてのステラだから、おそらく彼女らとは深く関わり合う事がなかっただろう。
それが何故か、遠くの学校にいるこの世界のステラの方が、(短い期間とは言え)こんな風に仲良くしているなんて、よく考えてみると本当に不思議だ。
そんな風に考え事をしていると、ツェルトがこちらに近づいてきた。
「人気者だな」
「貴方だって、色々声を掛けられてるじゃない」
「ステラほどじゃないって」
「どうしたの? 何か話があるんでしょ?」
「話がなきゃ、ステラの傍にいられないのか?」
「そういうわけじゃないけど」
色々話をしていたことはあるし、分かってるけど、やっぱりまだまだ気まずいというか。
戦闘してた時は気が紛れてたから良いけど、冷静な状態だと色々考えてしまうのだ。
「念の為に言っておくけど、俺ちゃんと最初の方からステラはステラだって思ってたからな」
ほら、色々あったからちゃんと話してなかっただろ、とそんな事を言われる。
そう言えばそうだ。
いきなり影が大量発生したり、遺跡が崩落したのだ。
余計な事を考えている暇などなかった。
「まだそんな事気にしてたの?」
結構気にしていることは隠しておいた方がいいだろう。
カルネに看破されたのを思い出すが、取り繕えるものなら取り繕いたい。
「あれ、意識されてなかった!? 気にするよ、気にもするぜ。何て言ったってステラは俺の」
「俺の?」
「俺のー……おもちゃだから?」
「あっそう」
「あ、今のは照れ隠し的なあれで、本音は違うから今言うから」
ふざけた事を言い始めたツェルトに冷たい視線を向けると、彼はうろたえて慌てて言葉を撤回する。
「えーと、これは言ってもいいよな。ステラと約束したからだ。一緒にずっと傍にいるって。約束は守るもんだろ? だから俺は、何があっても、どんな事になってもステラの傍にいるし、そこから離れない」
「そう……」
そんな事を、私は貴方と約束したことがあるのね。
だから貴方は私を気遣ってくれるし、色々してくれたのね。
そういえばそんな様な事を遺跡でも聞いたな、と思い出す
ほんの少し寂しい気持ちになったが、今はその正体には気が付かないようにした。
「でも、どうして私の事を私だって信じられたの? 客観的に考えると、私って相当怪しかったと思うんだけど」
私、未だにどうしてあの遺跡に行ったのかとか貴方達に言ってないし。
王宮での説明はカルネのお父さんがうまく言ってくれたようで、それに乗っかる形になりはしたのだが。
「そんなの決まってるだろ、ステラの事はずっと見てきたから分かる、……って言いたいけどな。本当の所は少し不安だった。だけど、前のステラと今のステラと全然変わってないっていう証拠を見つけられたから、信じたんだ」
「全然想像つかないんだけど、そんな証拠どこにあったの?」
「いっとくけど物じゃないからな、捜しても物体じゃないから見つけられないぜ」
「そんな事いちいち言わなくても分かってるわよ」
「何かこのステラ冷たい」
真剣に話をしていたかと思えば、落ち込んだり驚いたり、ふざけたり……。
「私っていつもこんも面倒くさい人相手にしてたのね」
「そして辛辣! 心が痛い、俺死んじゃうよ」
大げさに頭を抱えて、悶えるツェルトを見るステラは呆れ顔だ。
「貴方って、打ち解けると全然感じが違うのね。もっと冷たい人かと思ってた」
「そうか? 言っとくけど、これステラ限定だし、他の人間の前ではしないからな」
あまり関わる事がなかったせいというのもあるが、ステラのイメージとしての彼は、つい最近まで冷静で有能な人で固定されていた。
ステラより剣の腕があり教室でい一番強いし、あの先輩のリートの指示に従って色々やってるみたいだったから。
「何か色々評価されてそうな気がするけど、嬉しくないのはなんでだろうなぁ」
そこに新たに付け足すのは……。
子供の相手もできて面倒見がいい。騎士ならば当然ともいえるけど、強大な敵に臆す事なく度胸もあるし、他人の為にも命をかけられる。
そして、……信頼できる人間だという点。
それが今のステラから見たツェルト・ライダーという人物についてだ。
「でも、これからも俺を見て色々評価してくれると、嬉しくなるぜ」
「そう、客観的な事実って力を伸ばすためには大事だものね」
「ちくしょうっ、遠回し過ぎたか!」
結構良い所が多いのに、それがどうして親しい人と話すときにはこんな風になるのだろうか。残念でたまらない。
「もうちょっと格好良くすればいいのに、ふざけてると変てこな人だって言われるわよ」
「もう散々言われてるぜ!」
主にステラとかステラとかステラとかにな、とツェルトが肩を落とし始める。ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「まあ、アレだよな。照れくさいっていうのがあるんだよ」
「照れるとおかしくなるの?」
「あと特定の人の前で何か気持ちがぐーってなった時とか」
「テンションが上がった時にあんな風に、うざったくなるのね」
「なんだこの俺分析、めっちゃ恥ずかしいな」
「なるほど、今照れてるからおかしいのね」
「恥ずかしい!」
今までずっと避けてきたのが馬鹿馬鹿しくなるような、そんなやり取りだ。
きっと、多分、あのフェイスの夢の中に出てきたツェルトは偽物だったのだろう。
あの時あの夢の中にいたステラは混乱していて、そう思えなかったかもしれない。
信じるには疑問が残るやり取りもあった。
けれど、今ここにいるステラは、やはりあれは偽物だったのだと結論付けた。
「私、もう貴方から逃げたりしないわ。これからは、ちゃんと見てツェルトって人を分かっていこうと思う」
「あ、やっぱり逃げられてたんだな。うん……、まあ、こっちこそよろしく頼むな」
王都での交換学生の期間、最初は乗り気じゃなかったし、困難な事はたくさんあったけど、来てよかったとステラはそう思った。
そうして、
忙しすぎる怒涛の交換学生の期間は終わったのだ。
手配された馬車の前で、見送りに来てくれたアリアとクレウスと最後に話をする。
ヒロイン達としっかり関わっただけではなく、王都の危機まで未然に防ぐことになるとは、きっと来る前は思いもしてなかったし、予想もできなかっただろう。
残念ながらその対価として、ツェルトの契約精霊が何らかのダメージをうけたのか星雫の剣は使えなくなってしまったり、謎の魔法(ツェルトはステラの魔法だと言ってくれてるが、どうにも信じきれないでいる)の恩恵ははあれきりで終わってしまったけれど、それでも得た物の方が多いと言えるし、かけがえのないものを学べた気がする。
「ステラ様、短い間でしたがありがとうございました」
アリアがこちらに向かって深々と頭を下げる。
だから、そんな風にしてもらうと居心地が悪いのだけど、言っても聞いてくれないわよね。
「こっちこそ、楽しかったわアリア。また会えるといいわね」
「はい、ステラ様!」
笑顔で言葉を返すアリアに、そういえばとずっと気になっていた事を言葉にした。
それなりに一緒の時間を過ごしたのだから、いい加減改めてほしいと思っていた事だ。
「さま付けはなしよアリア。呼び捨てで呼んでちょうだい。私達、友達でしょう?」
「はい、ステラさん」
いつまでもそれじゃ、他人行儀で寂しいもの。
言うべき事は全ていったとばかりに馬車に乗り込もうとした時、王都の町で聞いたあの兄弟の声がかかった。
「姉ちゃん! 兄ちゃん! 良かった間に合った」
「これでお礼言えるねお兄ちゃん」
二人は、寮のお手伝いさん……ではなく、アムリタさんに連れられて、学校までわざわざ足を運んでくれたようだった。
「お母さんを助けてくれてありがとう、直接言いたかったんだ」
「おりがとう、お姉ちゃん、お姉ちゃん」
嬉しいけど、言うべき人は他にいるわよ。
「貴方達のお母さんを助けたのは、そこのお兄さんのクレウスよ。お礼は彼に言ってあげて」
「それなら、もう言ったよ。町であの時待ってたら、この兄ちゃんが連れてきてくれたんだ」
「でも僕達、お姉ちゃんやお兄ちゃんにもお礼が言いたくて」
クレウスの方を見ると頷きが返ってくる。
目の前で送り届けたのなら、きっと安心できたでしょうね。
「ありがとう。俺達やお母さんや皆の為に、あの怖い化け物をやっつけてくれたんだろ。剣振ってるの格好良かった」
「僕達も頑張れば、お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいな恰好いい騎士になれるかな」
子供達から送られるのはまぶしいくらいの純粋な感謝の気持ちだ。
騎士としては何よりも最高の褒美だろう。
格好いいばかりでもないし、大変な事が多いだろうけど。今は言う必要はないだろう。
「ええ、そうね。きっとなれるわ。守りたい人たちの事を一番に考えて頑張れば、ね」
最後にアムリタさんからの声を掛けられる。
「若い娘さんなのに立派だね。孫達と娘を助けてくれてありがとう」
「気にしないでください。騎士だったら当然の事ですから」
私はあの子達の前では騎士になるって決めたんだもの。
そうして、ステラ達は馬車に乗り込んで、いつまでもこちらを見送ってくれる人達へと窓から手を振って別れた。