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第43話 ――騎士ステラ――



 ステラとツェルトは剣を手に、巨大化した影の相手を務める。

 攻撃を加えていくが、しかし相手の防御は予想以上。とても固い。

 まともな攻撃で倒せる相手ではないだろう。


 回避、回避と相手の攻撃を避けて距離をとると、ふと影が向きを変えた。


「……なに?」


 敵は視線(全身のっぺりしていて目どころか、鼻も口も存在していないが)を野次馬へと向け、目の前で剣を向けるステラ達を無視。そして、次の瞬間には方向転換してそちらへ向かい始めたのだ。


 当然集まった人々から、悲鳴が上がる。


 影は、そちらへと向かいながら手当たり次第に物を壊し始めた。

 パニックを起こした人たちが逃げまどい、大きな混乱が発生してしまう。

 それ以上、好き勝手をさせるわけにはいかない。


「っ、貴方の相手はこっちよ!」


 ステラは近づいて小石を拾って投げつける。

 無視されたら回り込むまで、と思っていたが生憎その必要はなかった。 

 影は再びステラへと視線を移した。

 どうやら近くにいるものに反応して攻撃をしかけるようだ。


 一般人に被害を出さないためにも、ステラ達はつかず離れず相手の注意を引く必要がありそうだ。


「く、やはりもう一度魔法を使うのは無理ですね。ステラ、私達は町の人達の避難をさせます、応援の騎士達も連れて来ますので、それまでにどうか持ちこたえてください」


 背後からカルネの声。

 毅然とした様子で、自分の成すべき事をまとめたようだ。

 こういう時は本当に頼りになる。


 カルネはこの状況で何が最善の行動になるのか、すぐに考えたようだ。


「ええと、そこの貴方……確かアリアと言いましたか、貴方は回復魔法ができるのならその魔法だけでステラの手助けを、そちらの貴方……クレウスでしょうか。貴方は町の人の避難をお願いします。近くの建物の中を一軒ずつ見て周ってくださいませんか」

「はいっ、分かりましたっ!」

「仕方ない、適材適所だ。アリアくれぐれも無茶はしないように」

「大丈夫ですよ。頑張りますから」

「僕は君のそこが心配なんだよ」


 役割を割り振られたアリアとクレウスの声。すぐに互いにやるやるべき事をこなし始める。


 一瞬後、ステラ達の体を淡い光が包んだ。

 鉛のように重かった体が軽くなっていく。

 アリアの治癒魔法の効果だ。

 さすがヒロイン、効果は折り紙付きだ。 


 そして、そこにリートが発言。


「カルネ、お前は混乱している一般人を宥めに行け、騎士団の方は、私とこの愚か者で行く。十士じゅうしの息子の顔を使って連中を引きずり出す分だけには使えそうだからな。逆の役割は無理だから妥当だろう」

「ええ、そうですね。お願いします」


 カルネは頷きを返した。そして、周辺の物影からこちらを窺っている人々へ向かっていった。

 リートは文句を言うコモンを引きずって、王宮の方へと走っていく。


 不思議な心地だ。

 同じように剣を持って戦いの場に立つ事はないけれど、こんな風に同じ目的をもって誰かと互いに協力し合う事なんてなかった。


 思い返してみれば過去は、小さな手助けがはあれど……、ステラはいつだって、どんな時でも、基本一人で敵と戦ってきたのだから。


 こんな風に同じ敵を倒すために、誰かを守るために、皆で協力したことはなかった。


 力を合わせるって、なんだか少しだけ安心する……。


 見えない力で背中を守られてるようなそんな感じに近くて、悪い気持ちではなかった。


「皆が頑張ってくれてるんだもの、勝つ……とまではいかなくても守らせてもらうわよ」


 そして今までしてきた戦いの目的とは違って守る為の目的を決めて、ステラは剣を振り続ける。


 だがそう意気込むステラの視界に何か小さなものが動くのが見えた。小さな子供が近づいてきたのだ。


 えっ、なんで、こんな所に?


 疑問に思ってよく見てみると、それは見知った顔だった。

 ステラが診てもらった病院で出会った男の子の兄弟だ。


 ツェルトの気が付いたようだ。


「あいつら、何で……」

「どうしてこんなところに、危ないから下がりなさい!」


 ステラ達が声をかけると、思いがけない言葉が返って来た。


「姉ちゃん兄ちゃん、お願いだ、助けてくれよ!」

「お母さんがまだ家の中にいるんだ!」 


 兄と弟が、真っ青な顔をしながらこちらへ向かって悲痛な叫び声をあげる。

 

「えっ、でも貴方達のお母さんは病院にいるはずじゃ……」


 兄弟二人はかなり混乱しているのだろう。

 知るはずのない事を知っているステラに疑問を挟むことなく普通に応答してくる。


「退院したんだ、でも絶対安静って言われて家に」

「お母さん、一人じゃ歩けないんだよっ」


 その言葉を聞いてステラは唇を噛む。


 兄弟二人は暴れまわる影の方を気にしつつも、必死にこちらへ視線を向けている。


 きっと怖いはずだろうに、逃げてもいいはずなのに。

 あの兄弟がこんなところにいて、今ここでステラに助けを求めている。


 きっと、その人の家はこの近くにあるのだろう。

 影が暴れまわっているこの通りの近くに。

 だから危険だと分かっていても兄弟は、ステラ達に近づいてきたのだ。

 

「お兄ちゃん、お母さん大丈夫だよね? ねぇ?」

「あったり前だろそんなの!」

「でも……」


 背後から泣きそうな男の子の声。


「騎士の姉ちゃんや兄ちゃんが戦ってくれてるから大丈夫だ。いざとなったら俺がお母さんを助けるし、だから絶対大丈夫だ!」

「お兄ちゃん……」


 だからまだ騎士じゃないって言ったのに。

 だが、それを指摘するのは野暮だろう、むしろ…。


「私達に任せなさい! 貴方達のお母さんは絶対助かるわ!」


 ステラはそれに乗っかってやることにした。

 多めに距離を開けて、背後にいる子供たちへ頭上に剣を掲げて見せる


「貴方のお母さんは私の仲間が絶対に見つけ出して助けてくれる、この化け物は私たちが必ずやっつけるわ! 騎士ステラ・ウティレシアがこの剣にかけて約束する!!」 


 騎士の身分でもないのに、名前を騙る事になるけれど、どうか今だけは見逃してほしい。


 だから、不安がらないで、怯えないで、怖がらないで。

 私たちが必ず、その闇を切り裂いて見せるから


「俺も格好つけたかったなぁ。ステラってここぞというとこで、何かこう光るんだよなぁ」

「ふてくされないの。やりたかったら貴方もやればいいじゃない」

「二番目だし、それに俺がやっても説得力ないと思うぜ。というかまあ、ああいう言葉はステラだからきっと効くんだよ」

 

 見れば、兄弟たちは瞳を潤ませつつも安心したようにこちらを見つめて、その場から退避しようとしている。


 良かった。これで信じてくれなかったらどうしようかと思った。

 たったいまステラは騎士としての誓いを、約束を言葉かたちにした。

 なら守らなければいけない、皆を。


 思えばステラは、今まで強くなろうとばかり考えて戦ってきて、結果に求めるのは勝利だけだった。

 でも、今回は違う。

 皆の気持ち、守るべき人々の安全、自分の事よりも優先すべき事があるから……。


 敵の拳を避け、近くで風が通る音を聞きながら、ステラは気づいた。


「ツェルト!! 私、分かったわ!!」

「すごい良い笑顔だけど、何がだ?」

「騎士になるってこういう事なのね!」

「よく分かんないけど、俺言うぜ。たぶんそうなんだろ!」


 強くなりたくてたくさん悩んで、泣いて、子供みたいに駄々をこねたりして、ずいぶんと格好悪い醜態をさらしてしまったと思う。

 でも、だからこそ助けてくれる皆の事が分かったし、弱い人の不安に怯える気持ちも、大切な人を失うかもしれない恐怖の気持ちも分かった。


 騎士という存在とは。

 騎士になる事とは。

 確かに関わった誰かや、これから関わっていくであろう誰かが平和に過ごしていく未来を守る事だ。


 それらの答えを得たステラは、自らの剣に願いを込める。


 例え偽物でも、今だけは私は騎士になるわ。

 だからどうかお願い、私に皆を守らせて。






 王都 一画 『ツェルト』


 その様子を見たツェルトは隣で考えていた。


 俺があれこれ考えて悩む必要、なかったのかもな。

 大変な事があって、もうステラは剣を握れなくなるんじゃないかという場面が何度もあった。


 けれど、完璧とは言えずともステラはそれらをちゃんと乗り越えて、今も剣を握り続け、さらにはもっと高みへと目指そうとしている。


 気丈に振舞ってても根っこは弱くて普通の女の子だと、彼女の事を思っていた。

 不器用で強がってて、危なっかしいから支えてやりたくて、だから自分は傍にいたのだ。


 でもそれだけじゃない。

 どんな苦難があっても諦めずに足掻いて、どんな状況でも誰かへの思いやりを、優しさを忘れない。

 自分が思う正しさをしっかり持ってて、それは誰が何を言っても曲がることがない。

 彼女にとって大事な事とは、変わる事はないし、誰にも変える事は出来ない。


 ステラ・ウティレシアは揺るがぬ思いを持った優しい女性。

 弱くて強い、ツェルトの想い人だ。 



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