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第42話 一難去ってまた一難



 潰れた遺跡の前でステラ達は荒い息をつく。

 額を汗が流れた。

 今までの人生を顧みても、一番大変だったかもしれない。

 訓練で汗をかくことはあっても、実戦でこんな風に汗をかくことはなかった。


 最初の迷いの森に行った時は、そんな事になる前にピンチに陥って助けられたし。二度目は背後に守るべき人間がいたから、大変だったけどそんなに広範囲には動くことはなかったのだ。

 思えば心の底から、全身全霊で疾走した事など今までになかった。


 足の速さも鍛えるべきよね、これからは。

 もう二度とない事を祈るが、またいつ誰に、何に追われて逃げるか分からないし。


 そんな事を考えて顔を上げると、そこには何故か、カルネの父親……ライドが立っていた。

 カルネの父親は訝しそうな様子で、ライドはにやにや笑いを浮かべながら、二人は話し込んでいるようだ。


 え、どうして?


 息が整うのを待って疑問を口にしようとしたら

 ステラに飛びついてくる少女がいた。


「ステラ様ぁっ、私もう駄目かと思いましたぁ――!」


 アリアだ。

 くたくたの体だったステラは受けとめきれず、後ろへ尻餅をつくはめになる。


「良かったですっ、うぅ……」

「ごめんなさい、心配をかけて」


 いつもの彼女ならステラへ体当たりした事を真っ先に謝る所だが、今のアリアは抱き付いたまま泣いたり喜んだりで非常に忙しいようだった。

 ステラはそんな彼女の背中を安心させるように優しくさすってやる。


 横に視線を向けると、カルネを降ろしたツェルトが地面に寝転がった姿勢で呼吸を整えていた。体力の消耗的には人間を一人背負って走って来た彼の方がひどいだろう。

 傍にいるカルネとクレウスに謝られたり、労われたりしている。


 とりあえず、全員生きている、そんな現実を噛みしめるステラだが、


「何なんだ、一体何が起こったのだ。どうして突然遺跡が崩れ始めた……っ」


 あの男がいる事を忘れていた。

 コモン・イーストだ。


 潰れた遺跡の入り口の前で、何事かを喚いている。


 そんなに色々叫んだり喚いたりして、よく飽きないものよね。


 離れた所で何かを探していたリートが、コモンの所へとやって来て鞘つきの剣を突き付ける。

 彼女はアリア達にでも分かるくらいの濃密な殺気を出して、彼を睨みつけた。


「うるさい黙れ。それ以上口から下らない戯言を垂れ流すようなら、貴様の頭蓋骨をたたき割って、脳みそをえぐり出すぞ」

「ひっ、ひぃっ!」


 機嫌が悪いのか、威嚇するように近くの舗装された石畳の地面を鞘で一度殴りつけて、ちょっとへこませている。

 そんな様子のまま寝転がっていたツェルトに声を掛ける彼女。


「おい、ツェルト。今からそこら辺を調べてこい。倒れてる人間がいたら連れてこいよ」

「えぇっ!? 俺疲れてるしもうちょっとこのまま……」

「い・い・か・ら・や・れ」

「う、はい」


 彼はしぶしぶといった様子で周囲を調べていく。

 その背中を心配そうに見送ったカルネは、父親の方へと向かう。


 二人はライドを交えて何かを話しているようだ。


 さて、ステラはどうしようか。

 ツェルトを手伝おうかとも思ったが、考えなければならない事があった。


「これ、騒ぎになっちゃうわよね」


 これからの事だ。

 ステラ達のせいではないとはいえ、王都にある貴重な古代の遺跡が一つ潰れてしまったのだ。

 然るべき所に説明しなければいけないし、ひょっとしたら迷いの森の時みたいにまた王宮に赴くこといなるかもしれない。いや、確実にそうだろう。

 その時の為に考えをまとめておく必要があった。


 周囲には人の気配が増えてきている。

 いくら人通りのないところに遺跡があろうとも、騒ぎにならない方がおかしい。

 遠巻きに見つめる一般人達を見て、彼らにも説明した方が良いだろうかと悩む。

 

 アリアがそんなステラの様子を見てか言葉をかけてきた。


「思わしくない事が起きたのは事実ですよね。私達がどう言ったところで、ステラ様が……厳しい目で見られてしまうのは変わらないかと思います」


 全部フェイスになすりつけられたらどんなに楽だったか。

 出会った頃からそうだったけど、あの人って本当に余計な事しかしてくれない人よね。


「カルネのお父さんにも話はいっているでしょうね。私達だけならともかく、あの人の信用を勝ち取るのは正直難しいわ。それに、コモン・イーストもいるし……」


 まったく戦力にならないかわりに、この人も足だけは立派に引っ張ってくれるものだ。


 アリア達や、よくは知らないけど先輩だったリートだけならば、ステラの事を知っているだろうし一定の信頼はあるはず。黒幕などではないと信じてもらえるはずだ。

 けれど、カルネの父親とは一、二回しか会った事ないし、まともに話した事すらないのだ。

 怪しまれなかったら良い方で、悪く思われればその人の権限で牢屋に投獄されるなんて事にもなりかねない。


 そこに、ツェルトが人を引きずってやってきて、やっとかという風にリートが荷物みたいに受け取った。

 それ、人よね。物みたいに扱わない方がいいんじょない?

 

「なあ、ちょっと物影見てきたんだけど、何でこいつら倒れてたんだ」

「それよりお前……、遺跡の中で確か灯りがどうとか言ってたな?」

「ん? ああ、そんな事言ったな。そういえば」


 リートはツェルトの疑問には答えず、聞きたい事だけを聞いている。

 彼女は考え込んだ末、カルネを呼んで確認に入った。


「我々が来た時に灯りはついていなかっただろう?」

「え、ええ。はい」

「見張りも倒れていなかった。徹夜で眠くてつらいとか、そんなような内容を私達はそいつらから愚痴られたな?」

「はい、確かに話しましたが。それが……?」


 リートは、眉間に皺を寄せて先程よりさらに不機嫌そうになった。そして最後の確認をステラへする。


「我々はどうやらはめられたようだ。フェイス・アローラにな。お前は奴の姿を見たんじゃないか?」

「ええ、奥の部屋にいたわ、すぐに逃げられちゃったけど」


 余裕のある態度で、まるでいつでも逃げられるようにしていたみたいだった。


「えっ、いたのかあいつ!」

「ステラ様をひどいめに合わせた人が!?」


 驚き憤慨するツェルトとアリアとは反対に、クレウスやカルネは冷静だ。


「ほう、だから遺跡に入る為に邪魔な見張りの人間を気絶させ、ステラを誘い込むように灯りをつけたのか」

「ですが私達を通り越してどうやって、奥の部屋に……? いえ、それよりもそれが本当であるならば……」

 

 フェイスがいたというのなら、ステラの身の潔白の証明にもなるのではないか、そう思ったのだろうが……。


「たわけ、犯人候補者の供述を誰が信じる。せめてその場に誰かもう一人いれば話は違っただろうが」


 結局、振り出しに戻ってしまっただけのようだった。

 名案は浮かばない。

 このまま何もしないでいたら、ステラの未来はたぶんあまり良くないものになるだろう。


 満ちる沈黙の中、カルネの父親が、娘へと尋ねる。

 その視線は厳しいものだ。


「魔法を行使できるようになったのか」

「え、ええ、はい。あれがなければ、今頃遺跡を生きて出てはいなかったでしょう」

「知っている、遺跡の通路が塞がれた時、お前は死んだものだと思った」

「見ていらっしゃったのですか。その……ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」

「ふん」


 娘を見る視線がステラへと向けられる。

 貴族の社交場でも戦いの場でも感じた事のない種類の緊張がステラを襲った。

 値踏みするような視線。店で並べられて売られている商品にでもなったような心地だ。


「あの、お父様……。ステラの事は……」

「お前は少し黙ってなさい」

「……はい」


 いつも毅然とした態度のカルネも父親の前に立てば、ただの少女に見えてしまう。

 その二人の前に、ライドが立って、


「まあまあ、そうしゅんとしなさんなって、可愛い娘の命の恩人なんだ。悪いようにはしないでしょ。ほら、だから良いとこ見せるために俺が気を効かせて、この親父さんを連れてきてあげたわけ。そこの優しい感じの桃色ちゃんにも、俺が剣士ちゃんならここにいるって教えてやったの」


 取り成しているようで、さり気に自慢とかが入っている。

 ライドは、まったく普段通りの様子だ。


「今大変でそれどころじゃないけど、すごい気になるな。ライド、何でお前ここにいるんだよ?」

「友人の危機を感じて駆けつけてやったんだよ」

「それはありがたいけど、欲しいのはそういう説明じゃなくてな」


 色々ポーズをとって恰好つけてるライド。

 一人だけ空気が違う。割と切羽詰まった状況であるはずなのに。ニオとは別の意味で危機感に縁がなさそうな人だ。

 なんだかこのまま喋ってても上手くはぐらかされてしまいそうな気がする。


「あ、時間の事なら大丈夫だって、存分に話し合っとけ。まだ兵士はこない。ちょっと王宮で落書きしてきたから、あいつらが到着するまではもう少し余裕があるの」


 王宮に落書き!?


「そんなの俺だってやんないぞ、何やってるんだよお前」

「すげぇ、ツェルトから常識的な事言われてるよ」

「お前、ほんとに何でこんな事してるんだよ」

「何でって言われても理由なんてないし。しいて言えば、面白い事の味方?」

「はぁー?」


 ツェルトが信じられない目でライドの事を見てる。

 そういえばたまにニオも同じような目をしてる時があるわね。


「とにかく、奇策でも愚策でもいいし、冥土の土産でもありがたい土産でもいいから、考えたり探したりしとけ、な?」


 色々言いたい事も、聞きたい事もあるのだが、確かに早急に考えねばならない。






 ステラが思考を戻しかけた瞬間、ツェルトの声がした。


「あっ……。今、消えた」


 胸に手を当てて思わず、といってようなそんな間抜けな声だった。

 彼は首をひねっている。


 何が? と尋ねようとした瞬間、それは現れた。


 目の前の空間に急に殺気が膨れ上がる。

 黒い靄みたいなのが出現して、瞬く間に人型の影になった。

 大きさは普通の人間二回りほど大きい、巨大な姿になった影がそこにいた。


 その影が、傍にいたステラへ向かって腕を振り下ろす。


「っっ!!」


 ステラはバックステップで回避。一瞬後に、今まで立っていた地面が何者かの攻撃を受けて陥没する。

 コモンが化け物だとかなんとか騒いでいるが、意識に入れてる余裕はない。


「どうして、まだいるの……」


 遺跡は崩れたし、そもそもペンダントは壊れたはずなのに、なぜ外にいるのか……。

 ステラは星雫ほししずくの剣を出現させようとするが違和感に気づく。


星雫ほししずくが……」


 剣が出現しないのだ。


 影がこちらへ向かって再度腕を振るってくる。

 

「――くっ!」


 ステラはやむなく、普通の剣を抜いて回避に専念。相手の観察に入る。

 動きは鈍いが、力は驚異的。


 普通に逃げる分には苦労しないだろうが、かと言ってこんな町中で放っておくわけないもいかない。

 横に並んで剣を構えるツェルトが信じられないといった声を挙げる。


「まさか、こいつ魔物じゃない……。これは精霊だ」

「精霊!? これが」


 ステラの知ってる精霊はボールみたいな球形の、ふわふわした毛玉のような存在だったはずだ。

 そんな精霊と目の前の存在が同じなどとは、思えなかった。


「でも実際精霊の気配がするんだよ。魔物の気配もするけどな。俺は精霊使いだから分かる」


 にわかに信じられない話だが、精霊使いである彼がこうもいうのだから実際そうなのだろう。


「俺、思うんだけどさ。魔物に精霊が憑くことがあるなら……その逆もあるんじゃないか?」

「そんなこと……」


 あり得るの?

 だって精霊は実体がないけど、魔物に実体はあるし。

 逆なんて聞いたことがないわよ。


「それがそうだとしても、どうしてこんな事になるの……?」


 とりあえずツェルトの言葉を信じるにしてもそうなった原因が分からない。

 そういえば、カルネが推測を口にする。


「このような状態になった仕組みは分かりませんが。もしや、ステラがペンダントを壊した時、あの場にいた影の何体かが、破壊を免れるために彼の精霊に憑いて避難していたのではないでしょうか」


 それで、憑いたのが一体だけではないから、こんな巨大な姿に膨れ上がったと。

 それなら、確かにあり得るかもしれない。

 確証なんてないし、ただの予測以上にはならない話だけど、今の状況ではそう考えるのが妥当だろう。


 ステラは影の攻撃を避けながら、仮の結論として頭に置いておいた。


「どんなに馬鹿らしい仮説でも、目の前で起こってるんだったらありでしょ。俺は面白いから採用。剣士ちゃん、がんばれな」


 どこか他人事なライドが無責任に声援を送ってくる。

 まるで観客席にでもいるかのような言葉だ。

 彼の言葉を聞いていると目の前で起こってる事態が現実味を失くしてきそうだ。 


「わ、私もお手伝いします」

「アリア、君はもう下がっていろ。体力が持たない」


 新たな敵の出現に呆然としていたアリアが立ち上がるが、ふらつく彼女をクレウスが引き留めて心配そうにしている。


「少しそこで休んでなさい、私達なら大丈夫だから」


 クレウスも初めての実戦でかなり消耗しているだろうし。二人は戦力としては当てにはできない。


 本当のところを言えば辛い。

 遺跡の中で四方八方の敵を蹴散らしたあと、全力疾走したのだ。

 心底休みたかった。


 だが、そうも言ってられない。

 誰かさんのお世話のおかげで応援の兵士たちが来るのはもうしばらく後、ここで今戦えるのはステラ達しかいないのだから。


「私達で、やるしかないわね」



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