第41話 大切な友達を守る為に
「傍にいたいから学校だって一緒に通ってたんだし、こんな所までついてきたんだよっ!」
背中合わせに立つステラとツェルト。
ステラはその状態に安堵を覚えている自分に気づく。
私は、こんな風にずっと戦ってきた気がする。
背後から彼の声がかかる。
「俺はステラを信じてるよ。ずっと見てきた俺が保証する。ステラはステラのままだ、何も変わらない!」
呼吸をするよりも自然に二人は息を合わせ、敵を倒していく。
顔が見えないのに、言葉も交わさないのに、私は次に彼がどんな風に行動するのか手にとる様に分かった。
そこに、彼には負けないとばかりに新たに声が発生した。
「わ、私だって信じてますよ! ステラ、貴方はまぎれもなく私の知るステラ・ウティレシアその人であると、友人である私が見間違えるなんてありえません。ですけど……っ、しょうがないではありませんか、私は十士の娘なのです、立場があるのですから……っ」
カルネの声がする。彼女はまだここにいたのか。
「私だって、本当は誰よりも強く貴方の潔白を証明したいんです……っ!」
「カルネ……」
そして、彼女に続いてアリアの声まで聞こえてくる。
「そうです、ステラ様はステラ様です! さよならなんてそんなの駄目です。そんな悲しい事を言わないで下さい」
「ようするに、ここを守りきる事ができれば僕達は逃げずにすむのだろう、ならつきあうしかないな」
そしてクレウスもだ。二人は地上へ進もうとする影を通路の前を陣取って食い止めるつもりでいるようだった。
「アリア、クレウス……」
言葉にできない思いが胸に溢れてくる。
二人とも、実力が追いついていないはずなのに、懸命に剣を振るっているのだ。
ステラと違って実戦経験だってそんなにないはずなのに。
「ステラは一人なんかじゃない、ちゃんと仲間がいてくれてるんだよ。だから一人ぼっちだなんてそんなこと考えるな」
ツェルトの言葉。今の私はまだそれを信じきる事はできない。
でも目の前の光景は受け入れようと思った。
彼女達が、ステラの為に命を懸けて教えてくれているのだから。
「皆……、ありがとう」
感謝の言葉は聞こえただろうか。
聞こえなくても、今は良い。
何もかも片付けて、生きてここから出てもう一度言うから。
ステラは目の前の敵に集中する。
相手の攻撃は極めて単純だ。
敵意は感じるものの、拳を当てようとか、蹴りを放とうとかそういうレベルではない、こちらに近づいてきて触れようとしている、彼らがしかけてくるのはただそれだけだった。
それさえ気を付ければ、ステラ達は相手に後れをとるような事はないだろう。
だがそれでは駄目なのだ。
相手を圧倒して道を切り開く必要がある。
開いた扉からは際限なく影が放たれている。
今は良くとも遠からず限界が来てしまう。
「アリア、大丈夫か!?」
「まだまだいけます、私だって剣ぐらい振れるんですから」
おそらくは自分よりも、アリアやクレウス達の方が早くに。
回復魔法での支援が得意であるアリアは実戦には不向きだ。
今はうまく立ち回れているように見えても、その状態は長くは続かないだろう。
「どうにか、あの部屋まで行かないと……」
ここにいる二人だけで、どうにかしなければならない。
「ステラ、考えたんだけど、これくっつけたらもっと強力になると思うか?」
「これってどれ?」
「精霊の剣」
「何言ってるのよ貴方、どこかで頭を打ったりした?」
「うん、久々だな」
どんな名案が出てくるかと思えば、ただの意味不明な発言だった。
「いやだって、俺は精霊使いだからともかく、ステラは本当ならその剣は使えないはずなんだし……」
「使えてるわよ」
「使えてるな、っとそういう事じゃなくて。元は一つだったんじゃないかって思うんだけど」
「それは……」
確かによく考えてみるとおかしい。精霊使いでもないステラが精霊の力の宿った剣が使える理由は、未だ分からない。
使えるのだから、使えるものだと思い込んでいたのだがそれが何かの間違いでそうなっているだけだとしたら……。
ツェルトの契約している精霊に詳しい事を聞きたかったが、識別のルーペは壊れてしまってるし。(そういえば、あの二回目の迷いの森の件、事情を聴いた精霊がいたがあれはひょっとしてツェルトの契約した精霊だったのか)
「でも、だとしたら一体どうするつもり? 方法なんて……」
分からないのに、と言おうとした瞬間。
影の攻撃がやんだ瞬間に彼が動く。
「ひゃ……」
右腕を掴まれた。
そしてステラの剣に、ツェルトが自分の持ってる剣を近づける。すると、彼の剣はステラの剣へと吸収されるように姿がほどけて消えていった。
「お、できた」
できた、じゃないわよ。
いきなりやられたら、びっくりするじゃない。
ともあれ、彼の試みは成功したようだ。手の中にある物体はわずかに質量を増して、刀身を長く伸ばした。
粘土とかじゃないんだからくっつけたら増えるって……。
でも、純粋な物質なのではなく精霊の力を集めてできた剣だから、可能と言えば可能……なのだろうか。
ステラは試しに剣を振ってみる。
一振りで、剣の前にいた影達が猛風の被害にでもあったかのように倒れていく。
洒落にならない威力だった。
「これを持つべきなのは貴方よ」
ステラはその剣をツェルトに渡そうとするのだが断られる。
「それはステラが使ってくれよ、絶対その方がいいって、これ俺の勘な」
勘って、そんな曖昧な……。
とにかくこれで突破口は開けそうだ。
「ツェルト、私を一度だけ援護してくれる?」
「一度じゃなくったって、ステラの頼みなら何度だってやるぜ」
「……ありがとう」
本当に何度でも聞いてくれるような気がして、思わず口元が緩んだ。
力を振り絞り、奥の扉を睨みつける。
「あの扉の奥まで行くわ!」
「よし分かった、まかせろ!」
ツェルトに周囲の余計な影の露払いを任せて、ステラは一心不乱目に前の敵だけを排除して進む。
奥へ行くほど影の密集率は高くなり、その分危険も多くなるが、それはこちらの攻撃も通りやくすなるということだ。
「密集してたらいい的よ。……はぁぁっ!」
影の集団を切り飛ばして、その末路を確認することなく扉の中、部屋の内部へ。
その部屋は今まで通ってきた部屋に比べたら小さな部屋だった。
そこに、一人の男が立っているのが見える。
その男は、フェイスだった。
「貴方は……っ!」
しかし、彼は忌々しそうな顔をして、その場から一瞬で姿を消してしまう。
非常に気になるが、今は彼よりも優先させるべき事がある。
部屋の奥の台座に置かれている星のペンダント、ステラは駆け寄りその鎖を剣で断ち切った。
星雫の剣から光が弾ける。
精霊の憑いた魔物を斬った時と似たような手ごたえだった。
その瞬間、際限なく生まれてくる影の発生はとまり、残る影は姿を消していった。
「お、終わった……の?」
何やら妙なフラグを回収しそうな言葉を言ってしまったが、生憎と消えたように見せかけたフェイスが襲ってくるような第二のバトルにはならなかった。
ステラはただのペンダントとなってしまったそれを指でつまみ上げる。
「アリアのと似てるわね」
見たところはただの普通の装飾品だ。何も知らない人が見たら、こんな物からあんな恐ろしいものが発生していたとは、考えにくいだろう。
そういえば、ゲームにはトゥルーエンドというものがあって、そこではアリアが持つ月のペンダントについての謎が明かされる事になるとか聞いた事があるのだが、生憎とステラはクリアしてないのだ。
「こんなに苦労するなら、もう少しちゃんとやっててほしかったわね。今更言っても意味ないでしょうけど」
いくら楽しかろうがのめり込もうが、あの時点で前世の私にとっては、たかがゲームのシナリオだったのだ。
こんな目に遭うなんてまさか思わなかっただろうし、それは無茶がすぎる要求だろう。
「おーい、ステラー。大丈夫かー」
ツェルトの声が部屋の外から聞こえてくる。
ステラは一つ息を吐いてその声に返事をした。
終わったと思った。
だがそう気を緩められたのは短い時間だけだった。
ペンダントを見せて事情を話した後、アリア達と合流し遺跡を出ようとしたのだが、その瞬間さきほどのフラグが回収されてしまったのだ。
地響きがして、高い天井から、パラパラと小石が落下してくる。
「こういうのあれだよな、お約束っていうんだよな」
「馬鹿なこと言ってないで、逃げるわよ」
ツェルトが頷きながらそんな事を言うが、どうでもいい。
今はここから出るのが先決だ。
段々と揺れが大きくなってくる。
せっかく、敵を倒しても生き埋めになってては意味がない。
ゲームではこんな事なかったから、油断していたのに。
まさか、フェイスか。
あっさり逃げたと思ったら、こんな仕掛けをしていたからなのかもしれない。
ステラ達は必至で元来た道を戻るのだが、問題があった。
鍛えている自分達はいくら走ろうとも平気だが、基本的に荒事に向かないカルネの体力が持ちそうにないという事だ。コモンやリートは姿が見えないので、もう先に行っているようだった。
「わ、私を置いて先に言ってください」
「そんな事できるわけないでしょ」
足を止めたカルネ、だいぶ息が上がっているようだ。
これ以上彼女が自力で走るのは無理かもしれない。
「友達を置いていけるわけないじゃない」
ツェルトにお願いして、カルネを背負ってもらう。
自分が運べればいいのだが、ステラがやるよりも彼の方が体力があるのだから仕方がない。
「皆で一緒にここから出るわよ」
アリア、クレウスを先頭に、遅れて、ステラ、カルネを背負ったツェルトと続く。
奥で何かが大きな物体が連続して崩落する音がする。
その音は段々と近づいてきているようだった。
前方を走る二人と、後ろにいる三人の距離がだんだんと離れていくのを見てカルネが声を上げる。
「もういいです、私をここに……っ」
「そんなの駄目よ!」
「私は、友人である貴方を裏切ろうとしたのですよ、これはふさわしい罰なのです」
「そんなのっ、仕方ないじゃない、カルネはお父さんの後を継いで十士になるんでしょ。私は全然、気にしてないから……っ」
「嘘です、あの時の貴方はひどく傷ついた顔をしていたではありませんか」
「し、……してないわよ。そんな顔」
ケンカしている場合で場合ではないはずなのに、二人は自然と言い合うような会話をしてしまう。
「私が強くなりたいのは自分の為なの……っ、だからカルネが自分の将来を考えてそうするのは全然おかしい事じゃない。私は、分かってるから……っ」
「ですが……っ」
「ふ、二人とも……、もう少し静かに、してくんね?」
息も絶え絶えなツェルトの声にはっとして二人は黙り込む。
「い、いや逆に沈黙されるのも……何か居心地、悪かったな……」
そうこうしているうちにも、入り口の灯りが見えてきた。
「もう少しだアリア」
「は、はい……っ、きゃあっ」
おそらくこの中で二番目に体力がないであろうアリアが、クレウスに声をかけられた瞬間、足をとられて転んでしまった。
そこに、まるで狙いすましたかのように、天井から石が落ちてくる。
「アリアっ!!」
クレウスの叫び声。だが、遺跡の中に侵入してきた、黒髪の女性が鞘に入ったままの剣でそれを弾き飛ばした。リートだ。
姿を見ないと思ったら、やはりとっくに出ていたのか。
「礼は要らん、とっとと出ろ」
「あ、あり……ふぁいっ」
要らないと言っているのに礼を言いそうになったアリアが舌を噛みながら立ち上がり、クレウス達と遺跡の外へ出て行く。
「近いぞ、早くしろ!」
入り口で待機するリートの警告、言われなくてもステラ達は背後に感じてる。
そこに、カルネの絶叫。
「駄目です、そんな……っ」
入り口を遮断するかのように、目の前の通路が落下してきた石に埋もれていく。
ステラ達はここまできて立ち止まらなければいけなかった。
向こうからこちらを呼ぶ声が聞こえるが、段々と聞こえなくなってくる。
「こんな所で……っ、終わらせるなんて……私は許しません」
「カルネ?」
カルネの声に今まで見た事もないような怒気の色を含んでいるのを感じて、ステラは息を呑んだ。
轟音が迫って来る。
「私は……っ、認めません。私の身ならず友人までをも手にかける運命を」
風もないのに彼女の青い髪がたなびくのが分かった。
「まさか」
貴族であるカルネに魔法の才能はある、だが……彼女の魔法の威力は実際に使えるほどではないはずなのに。
「ステラ、祈っててください」
ふいにかけられた静かな声。
友人としてステラが返す言葉など、決まっている。
「分かってるわ、祈ってる。ううん、信じてる」
閉塞した遺跡の内部を風が通り抜け、ある一点に向けて強まっていく。
小さな風だったそれはうねりをともない、次第に大きな流れとなって……、
目の前の壁を突き破った。
背後の音にせかされるままに、走りぬけたステラ達。
日の光を拝んでわずか数秒後、遺跡の入り口は音を立てて崩れ去った。