第40話 孤立無援
ステラの言葉を聞いたツェルトはすんなりとその場所へ案内してくれた。
まるで最初からここに来ることを知っていたみたいに。
その遺跡の入り口は人家のない場所にあった、地下へ続く階段の前に立ち入り禁止の看板が立っている。
「リート先輩に王都の町について色々無理やり教えられた時は、うんざりしたけどな。聞いておいて良かったぜ」
「あ……ありがとうツェルト、助かったわ。もう戻りましょう」
「ん、中に入らないのか?」
一人なら迷わず入っている所だが、彼を巻き込みたくなかった。
「ええ、今日は……」
そういって彼を帰そうとするのだが、信じられないことにツェルトが看板の先へと足を踏み入れて入った。
「俺達はいつだって一緒だろ。この先に何かがあるんなら俺はステラと進む事を選ぶぜ」
「待って、駄目よ。ツェルト」
どうやらステラの思惑は見破られていたようだ。
先へ進んで行ってしまう彼を、ステラは慌てて追いかけていく。
本当に危険なのに。
もし、自分が連れてきたせいで彼が危険な目に合ったらと思うと、いてもたってもいられなかった。
この時点でもう少し注意を配っていれば、ステラ達はある点に気付けたかもしれない。
いつもならこの遺跡の前に立っている見張りの兵士が、今は物陰で気絶しているという事実に。
遺跡の中は薄暗かった。
それでも壁に掛けられている燭台には明かりが灯されていて、動くこと自体に不便はなかった。
遺跡はいつもこんな風に明るいのだろうか、いやそんなわけはない。
間違いなくこの先には何かある。
予感ではない、それはおそらく確定事項だろう。
「ツェルト! 待って」
先に入ったはずのツェルトの姿はほんの少し遠い所にいる。
ステラは急いで先を進む背中を追いかけた。
しばらく歩いていくと景色が一変した。
ここ、地下よね?
そこには、思わず疑問に思ってしまような景色があった。
見上げれば満点の星空。
美しい空の景色があった。
ゆらゆらと、星の光が瞬いてる。
どういう仕組みで作られているのだろう。
「すごいわ、一体どうなっているのかしら」
まるで星の海の中にでも放り込まれたかのような心地になって、思わず警戒心を解いてしまうくらいだ。
「確か、えっと……古代に勇者を支えた白き巫女が勇者の事を思いながらこの景色を作った、とか考古学者が言ってるらしいぜ。遺跡自体はもっと別の人間が作ったみたいだけど」
「ツェルト……」
どうして彼がそんな事を知ってるのだろうか。
「リート先輩に教えてもらったんだよ。ま、とにかく先へ進もう」
「駄目よ、ここには私たち以外に誰かいるわ。まともな装備もないのに奥に進むのは」
「ああ、それなら大丈夫だろ。奥にいるのは知り合いだから」
「え……っ?」
ステラはツェルトの方を見る。だがこちらに背を向けているため、表情は見えなかった。
「行こうぜ」
ステラは胸の内にざわめきを抱えて奥へと進んでいく。
けれど、その道を進む事が何かとてつもない破滅へと繋がっているような気がしてきて、早くもステラは立ち止まりたくなった。
遺跡の奥へと進んでいくと、天井が高くなって開けた場所に出た。
光量が少しだけ増えて、明るくなっている。
その先には大きな扉があり、そしてここいるはずのない三人の人物の姿があった。
卒業した黒い髪の先輩に、同じく学校を出て今は国外で政治について学んでいるはずの、青い髪の友人。そしてつい先日アリアを困らせたイースト家の一人息子だ。
「え、カルネと……リート、そしてコモン・イースト? どうしてここに?」
王都の、それもこんな遺跡の中に彼女等がいること自体あり得ないのに、さらにその二人の横にコモンがいるなど意味不明すぎる光景だった。
「どういう事だ、何でそいつがそこにいるんだ」
二人の存在については何も言わないが、コモンの存在はツェルトにも予想外だったらしい。
「どこからか、私達のやろうとしている事を聞きつけて。すみません、私のミスです」
「迷惑この上ないがな、本当に。十士でなければ叩き出してやるところだ」
カルネが申し訳なさそうにツェルトに頭を下げ、リートは嫌なものでも見るかのような視線をコモンに向ける。
「とにかくこれ以上こんな場所にはいられん、さっさと話を進めてくれ」
「リート先輩が命令形で喋らないなんて珍しいな。いや、そんなに待ってないだろ。通路にあんな風に灯りまでつけて」
「灯り……?」
怪訝な表所を見せて考え込むリートを横に、コモンが我慢できないといったように叫び出す。
「もういいだろう! とっととそこの裏切り者の女を捕まえればいいではないか。こうして奴が知るはずのない遺跡に来た事は事実。証拠として十分ではないか!」
天井の高いその場所に、コモンの声はよく響いた。
私が裏切り者?
何? どういう事?
カルネが宥める様な口調でコモンへ話しかける。
「コモン・イースト、それだけで決めつけるのはどうかと……まだそうと決まったわけでは……」
「何だと、この私に意見するのか貴様、私はゆくゆくは十士となる人間だぞ!」
「それは、可能性であって確定の話ではないでしょう」
二人が言い合う間にも、ステラは何が起こってるのか分からずその場に立ち尽くすことしかできなかった。
呆然としている内に、真面目な友人が言葉の応酬を終わらせた。
「とにかく、ステラ・ウティレシア。貴方はこちらからする質問に答えてくださればよいのです」
カルネは、納得できない様子のコモンを置いて話を進める事にしたようだ。
「この遺跡は古代に生きた、ある大罪人が作ったものです。制作意図は不明ですが、この先の部屋には強力な魔物が封印されていると考えられているため、王はこの場所を危険な施設だと判断しています」
そこでカルネは一息ついて硬い表情でこちらへと問いかける。
「ステラ・ウティレシア、貴方はその遺跡に何の用があって足を運んだのですか?」
ステラはその言葉に気づいてしまった。
裏目に出たのだ。
ステラは今、良かれと思ってした行動に苦しめられている。
カルネが話した事実は知っている、全部ステラがゲームで得た知識だ。
だがそれは、この遺跡が人々を害するというゲーム内での事実があって手に入れたものだ。
遺跡に用があったのは、悲劇を未然に防ぐため。
でもそれを説明するには、到底信じてもらえないことを話さなければならない。
ここまで自分の行動の指針を決める上で頼ることが多かった前世の知識。それがまさか、ステラを苦しめる事になろうとは……。
どうしよう……。
「お願いします、答えてくださいステラ」
「それは……」
できない。答えられない。
説明できるわけがない。
ステラのそれは到底受け入れられるようなものではないのだ。
言葉に詰まるステラに、コモンは指を突き付ける。
「言えないのなら、私が教えてやろう! この遺跡の作り主の……その大罪人の名はフェイス・アローラ。お前はフェイスなのだろう」
「っ……!! 違うわ、私はフェイスなんじゃない!」
そうだ、ステラが説明できない場合、他にうまく説明できる話があるではないか。
それはステラがフェイスに体を乗っ取られていた場合だ。
遺跡の作り主なら、場所を知っていて当然だし、ここにくるのも当然なのだから。
私は正真正銘ステラ・ウティレシアだ。
それは自分が一番よく分かっている。
けれど、彼女達にそれを証明できる手立ては、ない……。
「ちょと待て、場所の事は俺が……」
「ツェルト、貴方も最初から私がフェイスだと思ってたの?」
「ステラ!? それは、違う!」
隣に立っていたツェルトから身を引いて距離をとる。
「違うものか、貴様は見張っていたのだ。ずっとその女がフェイスかどうかをな。おかしいと思っていたのだ。交換学生は互いの学校で毎年一人を選ぶもの、なのに今年はこちらからは一人で、向こうから来たのは二人だった。ふん、薄汚い平民にしては知恵が回ったな。ツェルト・ライダーはステラ・ウティレシアの監視役で追加された人間なのだ!」
コモンの言葉に、ステラは目の前が真っ暗になっていくような感覚になる。
今まで見ていた光景は全てまやかしだたというのか。
ステラの事を心配しながら、こちらを気遣う素振りを見せながら、怪しんでいたというのか。
「それは……、本当なの?」
「交換学生の事は本当だ、だけどそれは……っ」
ツェルトの言葉を最後まで言わせないようにコモンの笑い声が上がる。
ステラはカルネの方に視線を向ける
「貴方も私がフェイスだって疑ってるの……?」
「…………、理由を、理由を述べてくださいステラ・ウティレシア。理由さえあれば私は貴方を捕縛せずに済むんです。ですからどうか、私を納得させられるだけの理由を……、ステラ」
絞り出すような声、だけどその内容はステラを肯定するものではなかった。
「もう良いだろう、さっさと捕まえてしまえ。理由など後で拷問なりなんなりして吐かせればいい」
「お前……っ、少し黙れよ。さっきから余計な事ばっか言いやがって」
「なんだと、貴様っ! 平民のくせに」
コモンとツェルトが言い合いになるが、その内容はほとんどステラの耳に入ってこなかった。
脳裏に冷徹な声が蘇る。
記憶の底から顔を覗かせるその情報に含まれているのは、思い出したくもない言葉ばかりだった。
『足手まといになるなと言ったはずだ』
気持ち悪い。足が震える。
「いや……」
寒い。苦しいかった。
『この役立たずが』
ステラはその場から後ずさる。
貴方はまた私を裏切るの?
ツェルトが、ステラを裏切るの?
違う、裏切るも何も最初から彼は味方などではなかったのだ。
「も……う、ぃ……ゃ……。こんなの……」
『死ね、ステラウティレシア』
それは、今まで忘れていたもの。
ヨルダンという男が消したはずの記憶だ。フェイスが見せた、最初の夢の光景……。
ツェルトが助けに来てくれて、でもそのツェルトが私を殺そうとした記憶。
あいかわらずその夢以外で彼の事は思い出せない。
けど、その時何を思ったのかは思い出せる。
裏切られた、信じてたのに。
彼だけはずっと私の傍にいてくれるって思ってたのに。
好きって言ってくれて、私もきっと……だったのに。
「な、何で……、わ、私が偽物だから? 私が弱いから? 私が一人でなんでもできる子じゃないから……っ、離れてくの……? 何で……っ、何でっっ!?」
「ステラ……っ!?」
頭を抱えて苦し気にうめくステラに ツェルトが駆け寄ろうとするが、
「来ないで!」
ステラはその場から逃げ出した。
「ステラ!」
誰かの声が背中に聞こえてきたが、ステラはその声について何も考えなかった。
ただ一刻も早くこの場から逃げたかった。
だが、数歩もしないところで足は止まる。
目の前にアリアとクレウスが立っていたからだ。
どうして彼女達がここにいるのか。
分からない、だが……。
二人は鞘から剣を抜いて構える。
ステラが思わす背後の事も忘れて後ずさろうとした時……。
アリアが声を放った。
「詳しい事は分かりませんが、これだけははっきりと言えます。私達はステラ様の味方です!」
アリアは剣をステラの背後へと向けた。
「どうしてステラ様が泣いてるんですか、誰がステラ様を泣かせるような酷い事をしたんですか。それが誰であろうとこの私は許しません。このアリア・クーエルエルンが!」
アリアの堂々とした言葉に、カルネが戸惑いの声を挙げる。
「私達は……、その……」
「弱き者を助け、民の命を守るのが騎士の務めです。たとえ身分がそうでなくとも、私は騎士です。不当な目にあっているのが友達であるならなおさらの事、剣を持つ理由になります」
そこにいるのは、この場にいる誰よりも騎士らしい少女の姿だった。
優し気な雰囲気は、思わず守ってあげたくなるような儚げな雰囲気は、一体どこにいったのか。
彼女は、どこまでも強くて、まぶしくて、凛々しい。
数日間一緒の学校に通っていたが、彼女のそんな姿は一度も見た事がなかった。
「わ、私達は、彼女の身の潔白を……」
「何を言っているコルレイト、裏切り者の女の仲間に耳を貸す必要はない。とっととそいつを捕まえろ」
「貴方は黙っていてください!」
カルネがうろたえて、コモンが喚き散らし、アリアが普段にない態度で叱責する。
「ステラ、大丈夫か……」
急な展開に、めまぐるしく変わる状況についていけずへたりこんだステラに、ツェルトが近づいて手を差し伸べるが。
「……っ!」
その手からのばれようと身を引くステラに、彼は傷ついた表情になった。
事態は膠着している。このまま、時間だけが緩やかに流れていく、そう思いきや、突如地響きが足元を襲った。
「遺跡が……」
ステラは悟った。その意味を。
動き出したのか。今、この瞬間に。
奥にある扉が開き、そこから、人の形をした影のようなものがあふれ出してきた。
ツェルトが驚く。
「あれは、まさか魔物か。だけど、なんであんな姿してるんだ」
雰囲気はステラ達の良く知る魔物そのものだ。敵意もさっきも、禍々しい雰囲気さえ感じる。
けれど形はまるで人間のようだった。
それらは、近くに立つカルネ達を襲おうとする。
「カルネっ、そこから離れて!」
ステラは立ち上がり、星雫の剣を出現させて駆ける。
影たちはカルネの前に出たステラの動きに追従するように殺到してくる。
動きはまばらで遅い、だけど、あの影に触れられたら終わってしまう。
人々は苦しんだ後、物言わぬ存在となり果ててしまうのだ。
それは画面越しに一度見たことのあるステラにしか分からない事実。
「こいつらに触れちゃダメよ、カルネ、ここから逃げて」
「ステラ、わ、私は……」
「アリア、クレウス、お願い!」
うわ言のように何かを呟きながら、ぼうっとしているカルネを彼女達に任せてステラは前に進もうとする。
魔物の発生を止めるにはあの部屋の中に入って、そこにある遺物を壊すしかない。
部屋の中にあるのはアリアの持っているものとよく似た星のペンダントだ。
武器がなくとも容易に壊せる代物だが、そこにたどり着くまでが問題だろう。
「こっちへ、早く避難してください」
背後でアリアの声がする。いがみ合っていた事など忘れて今は純粋に心配しているようだった。
上手く動いてくれているようで助かる。
「ひぃぃ、助けてくれぇ」
「本当はあまり助けたくはないんだが、したないな」
クレウスはコモンを助けているようだ。アリアがあんな目にあったというのに、できた人物だ。
「そこの君は?」
「心配は無用だ、私はその男ほど無能ではない。放っておけ」
リートの方はよく知らないが、声の調子からして大丈夫だろう。
ふと隣に気配がする。彼だ。
なんで当たり前みたいにそこにいるのだろう?
貴方は私を裏切ったんじゃないの?
離れた所からアリアの声がする。
「ステラ様も早くこっちに………」
「私は大丈夫だから、カルネ達を連れて早く逃げなさい、遺跡の外へ出て!」
「そんな、ステラ様を置いて逃げるなんてそんな事できません!」
「足手まといだって言ってるの! それに、騎士だというのなら守るべき人間を優先しなさい」
剣を振り、影を引き裂きながらステラは叫び返す。
授業で見た彼女達の実力を考えるに、ステラ達の方が力が上であるというのは本当の事だ。そして、彼女達に、この場の影の相手をさせるのは辛いという事も分かる。
嫌がるアリアをクレウスが連れていき、カルネ達が退避していくのを見てステラは呟いた。
「……さよなら」
死にたくない。
けど、自分がやらなければいけない事だ。どうせ死ぬなら一人になる前がいい。皆を守って死にたい。
こうして身を挺して守ってあげれば、優しい彼らの事だ、きっとステラが死んだ後も一人にはしないでいてくれるだろう。
「だから……、ここで私と共に終わりなさい」
この先には一歩たりとも行かせないから。
そう思い、倒すべき敵を見据えるのだが……。
その影を切り裂く姿があった。
「まだ俺がいるって。さよならなんて一生聞いてやる気ねーよ! 一緒にここを生きて出るからな!」
鳶色の髪が目に入った。
「どうして……」
「そんなの決まってるだろ、俺がステラの傍にいたいからだよ」
(※11/20 人物についての描写を付け足しました)