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第39話 最後の一日



 王都 退魔騎士学校


 交換学生の期間も残り一日となった。

 今日が最後の一日。

 と、なるとステラも感慨深くなる。


 ようやく慣れ始めた王都の景色だというのに。

 これで最後の登校になるのだと思うと、寂しくなってくる。

 そんなわけで割としんみりした気持ちで、校門をくぐり校舎の中へと歩いていたのだが、校内の中に満ちていたのは浮かれた雰囲気だった。


 学校内の変化に首を傾げていると、いつだったかお風呂場で親交を深めた女子達がいた。目の前で、お喋りをしている。

 当然挨拶をしようとするのだが、彼女たちの姿がいつもの姿でない事に気がつく。一人は猫耳と猫しっぽをつけている、そして次の一人は使用人服に何故か忍者が持つような武器のクナイを持っていた。そして最後の一人は豪奢なドレスを身に纏っている。


 と、ステラが近づいたことで、向こうもこちらに気づいたようだ。

 彼女達は、ポーズをとりながら話しかけてくる。


「おはようだにゃん」「まずは、ご主人様にご奉仕するでござる」「私は女王! 道はない。私の通った後に道ができるのだ!」

「お、おはよう。とりあえず聞くけど何をやっているの?」


 ステラのもっともな疑問に、三人の真ん中に立つリーダー的存在の少女が答える。


「何ってステラさん、知らないの? 仮想、ふん装、なりきりよ。みんなやってるこの学校の伝統行事なのよ」

「そういえば、こういうイベントあったわよね……」


 確か、なりきり日和とかいうイベントだったか。

 そうだ色々やらなきゃいけない事があって意識から追いやっていたが、こんな催し物がこの時期に王都の学校で開催されるのだった。


 内容はシンプル、それぞれが自分がなりたい人物になりきって一日だけ過ごすというものだ。


 星見の集いや夜の肝試しと同じく生徒たちの息抜きとして、催されているのだろう。


「じゃあ、貴方達は……」

「私は猫!」「私は使用人で東方の国のシノビでござる!」「女王様とお呼び」


 それぞれなんの真似をしているのかとステラが問えば、三人はそれぞれ自分がなりきってるものを知らせてくれる。


「どうステラさん、どんな感じ? 似合ってる?」

「そ、そうね、良いと思うわ」


 私に感想を求められても困る。

 つい先程まで学校内がこんな事になっているとは微塵も思わず、すっかり忘れて感傷的な気分になっていたのだから。

 気の利いた言葉など出てくるはずない。


「ステラさんはステラさんのなりきり?」


 私が私のなりきりって何?


「うーん、何かステラさんってたまに違うステラさんになるときあるよね、ね?」「確かにこの間コモンって人呼びつけた時とか、違う感じがしたもんね」「偉そうだった」


 それって悪役を演じていた私の事?

 ひょっとして他の生徒達から怖がられてるの?

 せっかく今まで悪役フラグをへし折って来たのに、最後の最後にステラは悪役認定されてしまうのか。

 肩を落としそうになる。


「格好良かったよね、凛としてて」「うんうん、凛々しかった。一年の子もステラお姉様って言ってたよ、あの人……コモンだっけ? 評判悪かったしねー」「素敵、惚れる」


 予想外の所から立ったフラグに怯えるステラだったが、彼女たちの反応は好意的な物のようだった。

 その事実にほっとする。

 最後に怖がられてさよならなんて、さすがに寂しい。


「まあ惚れる腫れるは別として、ステラさんも演劇部に顔を出せば、衣装とか貸してもらえるわよ」

「この際だから、ぜひ」

「むしろ是が非でも」

「か、考えとくわ。それよりほら、いつまでもこんな所で喋っていたら邪魔になるわよ」


 思いのほか強い口調で勧められて、ステラは押されそうになる。

 興味がないなんて直接言うわけにもいかないので、穏便に話題から逃げるためにその場からの退去を促した。


「そうね、もう行こうか。じゃ、またね」「ツェルト君によろしく」「視線、釘づけにしてやんよ」


 騒がしく女子たちは校舎を走っていく。

 元気が塊になったみたいな子達だ。


 彼女らは寮住まいなので、また後で挨拶できるだろう。

 その時に何の衣装を選んだのか、とか聞かれなければいいが……。


 彼女達と同じようになりきっている生徒達を見ながら廊下を歩いていき、教室へとたどり着く。

 扉を開くと、やはりそこも催し物色で染まっていた。


 ゲームの中でアリアは確か勇者になりきっていた。絵本にかかれた絵姿を参考に衣装まで用意してみせたのだが、この世界のアリアは誰にするのだろう。


 というより、この世界の彼女は勇者に出会ったのだろうか。

 幼い頃アリアが勇者に出会い、その強さに憧れを抱くという所がゲームにはあったはずだが……。


「誰であろうと私の前を通ることは許さないわ!」


 そんな事を考えるステラが目撃するのは、ステラの学校の制服を着用し、模造剣を振り回してそこらの悪役が言いそうなセリフを喋って、幼なじみ盛大にを困らせている彼女ヒロインだった。


「アリア、気持ちが昂るのは分かるが。もう少し大人しくしてくれないか」


 傍にいるクレウスの方は、なりきりはしてないようでいたって普通の制服姿だ。

 そこで、剣を振りまわしていたアリアがこちらに気付いて駆け寄ってくる。


「あ、ステラ様! どうですかこれ」

「どうって言われても」


 返答に困る。


「ステラ様とおそろいです、むしろ私がステラ様です。えへへ……、さっきの似てましたか」

「発言はともかく、私はそんなに無闇やたらに剣をふりまわしたりしないし、周囲の注目を集めたりしないわね」


 遠回しにいくら好きでも周囲を困らせる言動はいかがなものかと注意をしておく。

 個人的な感想の方は……、ちょっと勘弁してほしかった。


「そ、そうですよね。すみません」


 さっきまでの勢いはどこにやら、しゅんとなるアリア。

 だが一転して楽しそうな表情を見せ、彼女は放課後の予定についての話を始める。


「放課後は私にまかせてください、ステラ様! こういう事もあろうかと頑張ってお店を調べてきましたから」

「そ、そう、よろしくお願いするわね……」


 先日の一件で自分の我がままに付き合わせてしまった事を気にしていたアリアは、そのお詫びにと今日ステラへ王都の町の案内をする予定なのだ。

 もちろん当然のようにクレウスもついてくるようだった。


「ああ、いくら遠くはない場所だといっても君を一人にするのは不安だからね」

「もうっ、クレウスは心配症です」


 後は、彼だ。


 教室の中で、微妙な顔をして生徒達を眺めているツェルトにアリアが話しかける。


「ツェルトさん、おはようございます」

「ん? アリアか、おはよう。さっき聞いたけど、なりきり日和だっけ? 何か凄いな」


 せっかく王都に来たのに、町を見ずに帰るなんて寂しいだろうし、お別れの前に皆で賑やかに集まって騒ぎたい気持ちも分かる。


 ステラとしては、彼に対してどんな感情で接すればいいのか未だに測りかねているのだが、それで仲間外れにするなんて事まではできない。この数日間の交換学生の期間のおかげで少しずつ彼に対してどう付き合っていけばいいのか分かりかけてきた気もするので、同行するという話には思ったよりはそんなに抵抗感はなかった。


「凄いですよね、皆さん。この日の為に衣装制作や小道具制作を頑張って来ましたから」

「いや、俺が言ったのはそういうアレじゃないけど……、まあそっちも凄いよな。気合入ってる」

「せっかくステラ様を演じるんですから、全力で頑張りました。中途半端じゃステラ様に失礼ですからね」


 ステラは(何だか)と二人を眺めがら思う。

 アリアとツェルトが楽しそうに会話をするのを見ていると、胸の内がもやもやしてくるような、そうでないような奇妙な感じがするのだ。何故だろう。


 少し前までならこんな事なかったのに、やっぱり昨日の森の事が効いているのだろうか。


 昨日見た別の世界の物語。

 短い間だったけど、仲良さそうだったわよね。あの可能性の中のステラとツェルトは。

 私達も忘れる前はあんな感じだったのかしら。


 自分の内心の変化に戸惑っているとクレウスに声をかけられる。


「ひょっとして嫉妬してるのかい?」

「そんな事ないわよ」


 考えるよりも先に、否定の言葉を返した自分に少し驚いた。

 何やら含み笑いをこぼして意味深な態度をするクレウス。だが彼は、それ以上何も言わずにアリア達の方へと行ってしまう。


 私は彼の事を覚えてないのに、嫉妬なんてするわけがない。





 その日の授業の終わり、ステラ達は寮には帰らず、四人で王都の町へと繰り出した。

 寮には念のために護身用の道具だけ取りにいって、服装は着替えずそのまま(アリアの服もそのままだ)。

 ちなみに、寮部屋の方はもう八割方片付いているので今から荷造りに慌てる事はほとんどない。


 張り切るアリアを中心に、ステラ達は王都の色々なところを見て回った。

 さすがに地元だけあって、彼女の説明は淀みなく進み色々と情報を教えてくれる。素敵な店や、美味しい食べ物の店などもよく知っているようだった。


 王都の町の片隅、木彫りの商品を並べている店にやってくると、ツェルトが店の店主と意気投合したらしく何やら長々と話しこみ始めた。

 アリアやクレウスは一緒になって、店内の作品を見て周っている。仲良さそうだ。


「坊主、お前さん分かってるじゃねえか」

「ああ、店主さんこそな。やっぱりこういうのは角度が大事なんだよな、角度が」

「そうだ、細かい細部も大事だが、こういうのは見せる面ってのを意識しなけりゃならん。心を込めて作品を作れば、その面も自ずと分かってくるだろう」


 ツェルトと店主が互いに興奮した様子で言葉を交わしている。

 何やらすごく盛り上がっているみたいだが、一体何の話をしているのだろう。ツェルトは彫刻刀を借りて一心不乱に手を動かしているようだが……。

 ステラは興味を抑えきれずに彼の手元を覗き込んだ。


「…………!」

「風になびく髪、そして名前を呼ばれて、さも今振り返ったみたいな感じにひるがえるスカート、そして極めつけは、こう……いまいちこっちの言うことを分かってなさそうな、この天然の表情。最高だな!」

「ああ、最高だ。お前さん、苦労してきたんだな……」

「な、な、な……っ、何やってるのよっ!」


 ステラは叫び声を上げた。

 ツェルトの手中、作られていたのがステラだったからだ。


 慌てて彼の手からステラはステラをひったくった。

 これってよく考えなくてもセクハラじゃない!?

 一瞬見ただけだが、なんかすごい再現率でステラが作り出されていた。

 それってつまり色々知ってるって事よね!?


「何考えてるのよ貴方はっ、もう馬鹿っ、馬鹿っ、本当に馬鹿……っ!」

「はは、悪い悪い。ちょっとふざけた、こんなに怒ってるステラ超新鮮」

「もうっ、反省しなさいよっ!」


 涙目になって怒りを表すステラに実に良い表情を見せるツェルト。

 デリカシーがないというか、何というか。いいように遊ばれてるような気がする。

 今までにこんな風にステラは彼に振り回されてきたのだろうか。


 そんな事がありながらも、ステラ達は王都の町を色々と見て巡っていった。

 時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 今日一日のことは、すごく楽しい思い出になるだろう。


 そんな様な事を思いながら、最後に王都の中でアリア達と別れるのだが……。


 ステラにはまだ、行きたい場所があったのだ。

 というより行かなければならない、が正しいか。


 記憶を頼りに王都の町を歩き、遺跡を探す。


 まだ日暮れまでの時間に余裕はある。とりあえず場所を確かめて、できる事なら遺跡が動き出さないように何とかしたかった。


 ステラは腰につるされているそれの存在を確かめる。

 護身用の剣、学生とは言えステラは望む望まずにかかわらず常に厄介事に巻き込まれる。

 だから特に何かがないとしても、学校外では常に帯剣している状態だった。


 それはアリアやクレウス、ツェルトなども同じだ。

 自分たちは似た者同士なのだ。町の中であっても、完全に油断することは少ない。


 剣の士であるレットからもらった剣の存在を頼もしく思いながら、ステラは記憶の中、ゲーム画面で見たマップを頼りに歩いていく。


 ……のだが、数分もしないうちに考えが甘かった事を思い知らされた。

 一度行ったことのある病院の近くだっていう話だから大丈夫だと思ったのだが。


 平面で見る地図と実際の町は違う。

 王都の町の中で、迷子になっていた。


 アリア達の手を借りればよかったかもしれない。

 しかし、そうするとステラがその遺跡を探す理由を説明しなければならなくなるので無理だ。


 ステラは気が付けば大通りを外れて、人通りの少ない裏路地を歩いている。


 現状を冷静に振り返ってみた。

 これはアレだろう。もう、決定だ。迷子になっているのだ。

 ひょっとして、迷いの森や幻惑の森で迷子になったのは、森の効果とやらではなくてステラが方向音痴だからではないのか。そう思えてきた。


「……一体、ここはどこよ」


 これでは目的地にたどり着くどころか、帰ることもままならない。

 途方にくれているステラの前に、見慣れた人物が現れた。


「こんなところで迷子してるなんて、ステラはもしかして方向音痴って奴なのか?」


 ツェルトだ。人が気にしてることをあっさりと言ってくれる。


「貴方、どうしてここに」

「ちょっと通りかかってな、それよりどっか行きたい所でもあったのか?」

「いえ、ただ王都を散歩してみたくて」

「それならさんざん歩いたろ?」

「そうだけど、もう少し……」


 我ながら苦しい言い訳だと分かってるが他に答えようがない。


「はぁ、ただ……なんて言うってことは本当はそうじゃないって言ってるようなもんだぜ。まあ、つきあうからさ。どこに行きたいんだ? 行きたい所があるんだろ。知ってるとこだったら案内してやるよ」

「そ、それは……」


 ツェルトの目ざとい指摘にステラは困るが、場所だけでも確かめておきたいという誘惑が勝った。


「王都に遺跡があるって人から聞いたんだけど……」



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