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第35話 ヒロインの危機です



 王都 退魔騎士学校 女子寮

 窓から差し込む淡い早朝の光。室内にわずかに舞っているほこりが、光を反射していた。宇宙に漂う無数の星々のようだ。

 ぼんやりとしていた視界が徐々に鮮明になってきて、頭の中のもやがとれてきた。

 

 ステラは寝ぼけ眼で部屋を見渡す。


 「ふぁ……」


 小さく欠伸をしながら身を起こす。


 そこは、見慣れた家の部屋ではない、簡素な作りの部屋だ。

 自分が今まで眠っていたベッド以外の調度品は机とイス、箪笥そしてテーブルのみ。


「そうだ、私。王都に来たんだったわ」


 自分の現状を確認した後、寝起きでぼんやりしていたステラは頭を軽く振って身を起こす。


「っっ……」


 途端、脳裏を映像がかすめていった。

 王都に来たせいなのか、最近頻繁に前世の知識を思い出すようになったのだ。


 ステラは机の前に行き、ノートを用意してペンをとる。


 思い出すのは主にゲームの内容だ。

 大事な情報なので、いつでも思い出せる様にとステラはこうやってメモをとっている。


 今日新たに加える内容は、原作ステラが介入しない、アリアへのイジメについてだ。


 ステラほどではないが、ヒロインに負けた事をきっかけに対抗心を向き出しにする人物がいる。その人物はアリアにとある嫌がらせをして、その解決方となる(物理的な方の)鍵を校舎のどこかに隠してしまうのだ。

 その事を知らないアリアは、延々とカギを見つけるために探し回ることになり、疲労を募らせてやがては体調を崩してまう。


「時期的にももうそろそろ起こるはずよね……」


 できるだけ傍で見張っていようとこのとき思うステラだが、その決意が一日ほど遅いことは数時間後に知ることになる。






 王都 退魔騎士学校 運動場

 登校したステラは、王都の生徒たちに交じって一日の最初の実技の授業に参加していた。

 

 場所は屋外で、授業内容は剣の型の練習だ。激しく動きまわる必要がある授業の中で、アリアの腕に何かがはまっているのにステラが気づくのは必然的だっただろう。

 それは、可愛い物好きな彼女がするには違和感のある、武骨な鉄製の腕輪だ。

 授業中に装飾品を身に着けるうしろめたさからなのか、彼女は隠そうとはするのだが、バレバレだ。


 もしやひょっとしたら、もうアリアは例のトラブルに巻き込まれているのではないか。

 嫌な予感しかしなかった。


 授業が終わった後、ステラはさっそく彼女へ尋ねる。


「ねえ、アリアその腕輪についてちょっと聞きたいんだけど」

「え、なっ何ですか。何も怪しくないですよ、普通の腕輪です」

「まだ何も聞いてないのだけど……」


 正常な装備品を見に着けてる人がする反応とは思えない反応だ。ますます疑念が深まった。

 しかし、普通に指摘して答えてくれるだろうか。


 隠し事をしている相手の尻尾を掴むにはどうすればいいか。そんな事を考えると、何となく脳裏に方法が浮かんでくる。

 

「……とても素敵な腕輪ね、じっくり見てみたいから外して見せてくれない?」

「えっ、いやその、無理……じゃなくてそんなに良い物ではないですよ」

「……」


 無理。

 ということは外したくとも外せないという事だろう。

 これはもう確定ではないのか。


「私これと同じ物を校内で見かけたことがあるの、とても素敵だったから購入して私もつけてみようかしら」

「だ、駄目です。危険です。それは外そうとすると爆発してしまうんです」

「なるほど、そういう事ね」

「あ……」


 はめられたということが分かり、アリアが口を押えるがもう遅い。

 慣れない頭を使ったかいはあった。

 

 幼い頃に何度もバレバレなのに隠そうとする行為を、飽きるほど追い詰めて叱ったかいがあるというものだ。

 でも、私の周りで隠し事しそうなのってニオぐらいしかいないのよね。

 ステラはいったい誰にそんな事をしていたのか。


 とにかく、問題が起きてしまったなら、それについて対処しなければならないだろう。


「アリア、私に詳しい話を聞かせくれる?」

「う、はい……」





 アリアから聞いた内容はこうだった。


 コモン・イーストという日常的に平民を差別してやまない男子生徒がいるのだが、アリアはその生徒に目を付けられ、嫌がらせを受けているらしい。

 しかし、嫌がらせと言っても今までは大した事がなかったのだという、せいぜい遠くで陰口を言われたり、小さな失敗をこれみよがしに嘲笑されたりするくらいだったそうだ。


 だがある日、授業で実技の力試しの為に模擬線を行ったのだが。その戦いでコモンが屈辱的な負け方をして以来、嫌がらせが冗談では済まされないものになった。


 その一つがアリアが今している腕輪だ。

 先日アリアは、どうしてそんな罠にかかったのかは分からないが、うっかり彼の用意した爆薬の詰まった腕輪をつけてしまったらしい。


 一応はコモンが学校のどこかに隠した鍵さえ見つかれば外れるらしく、腕輪にある鍵穴に差しこんで危険は回避できるようになっているのだが……。


 それがまだ見つからないでいるらしかった。





 話を聞いてステラは率直な感想を述べる。


「うっかりしすぎよ」

「うぅ、すみません……」


 どうしてそんな見え見えの罠にかかったりしたのかと問えば、だってクラスメイトですし、と言葉が返ってくる。

 身に覚えがあり油断した事があるステラにはそれ以上何も言えなかった。


 しかしイーストか。


「親子そろって悩ませてくれるのね」


 小さい頃家を訪ねてきて、ステラの事を散々脳無しだの罵詈雑言を吐いてくれた人間にそんな家名の人間がそういえばいた事を思い出す。

 あれはちょうどカルル村で疫病の話が問題になる直前で、忙しい両親は席を外さなくてはならなくなり、そんな時に尋ねてきたラシャガル・イーストはステラに対してもう本当に、色々と言いたい放題言ってくれたのだ。


 悪役と主人公がそろって同じ家の人間に悩まされるとは、奇妙な縁にも程がある。


「それで、他に場所の当てはあるの?」

「いえ、毎日探してはいるんですけど……」

「はぁ、行き詰まってるのね」

「はい……」


 今外れていないのを見れば分かる事だが、状況は芳しくないようだった。

 

 仕方ない。さっそく例の知識の出番の様だった。

 今まで未来に起こりうる不幸以外、大きな事柄で役に立ってこなかった知識だが、友人の力になれるのは助かった。






 退魔騎士学校 校舎裏手 飼育小屋


 放課後、学校の裏手にある飼育小屋を訪れる。

 アリアの腕輪を外す鍵を手に入れる為だ。


 職員室から適当な理由を言ってもらってきた鍵を使って中へ入る。

 中には、小さなウサギが数匹。

 ウサギ達は赤い目で突然の侵入者を見つめ、首を傾げる。


 可愛い。


「っと、見とれてる場合じゃないわね」


 そのまま愛でていたいのはやまやまだが、ぐっとこらえてステラは一羽ずつウサギを調べていく。

 すると、その中の一羽に、首に紐が括りつけられているものがいた。

 そこには、小さな鍵が吊り下げられている。


「大人しくしててくれると嬉しいけど、そうもいかないわよね」


 ステラは腕まくりをしてウサギ達と睨み合いに入る。


 この世界のアリアを同じ目に合わせないためにも、ステラは早く鍵を手に入れるべきだろう。

 

「本気でいかせてもらうわ」


 小動物相手にと侮らずに、ステラは全力でウサギを捕まえにいった。


 ちなみにゲームの方は、ヨシュアが識別のルーぺを使って精霊にお願いをして探し出してもらっている。さすがヨシュアである。厳密にはそのヨシュアは自分の弟ではないが、褒めずにはいられない。


「こらっ、待ちなさいっ!」


 飛び跳ねるウサギと追いかけっこしながら、ステラはこんな仕掛けを施したコモンのことを考える。


 性格が悪い上に、こんな悪知恵まで働くとは……イースト家の人間は大丈夫なのだろうか、色々と。


 コモン・イーストはおそらくラシャガルの息子だろう。興味はなかったが、ステラとて一応貴族なので、社交場などに顔を出せば、イーストの領主は一人しか子供がいないとか、領民に対する態度がすこぶる悪いとか色々と噂が入ってくるのだ。


 後は、個別に……。 


 コモンはプライドが高く、自分の意にそぐわない事は全て他人のせいにして、強引に親の力を借りて何とかしようとする人間だいう事や……、


 ラシャガルは一地方の領主でもあるのだが、カルネと同じく王宮で政治に携わる人間、十士じゅうしでもある。傲慢で自分の思い通りにはいかない事はこの世の中にはないと思い込んでいて、貴族の血筋を大切にするが、平民への扱いはひどくただの労働力か何かとしか見ていないような人間だ、という事などだ。


 今更だが、そんな人間が国の中枢にいることにステラは不安を感じえない。

 この国は大丈夫なのだろうか。いきなり国家が崩壊したりしないか。心配になる。


「よし、捕まえたわよ!」


 そんな事を考えているうちにも、苦労の末ウサギの捕獲に成功した。

 もふもふの毛並みが気持ちいい。


「大人しくしてなさい、すぐに済ませるから」


 腕の中で暴れるウサギに対して、できるだけ穏やかな声で語りかけ、その首にかかっていた紐をはずしてやる。紐には小さな金属がついている。これが例の鍵だ。

 やっとの事で手にしたそれを失くさないようにしまいながらも、もうちょっとだけ、とウサギを堪能していると飼育小屋の外から声がかかった。


「何やってるんだよ、ステラ」


 そこにいたのはツェルトと、そしてクレウスだった。



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