第34話 それが二人の正しい関係
退魔騎士学校 寮内
病院から帰ってきた後。
他の寮生よりも少し遅れて寮の食堂でご飯を食べた後、ステラはお風呂へと向かった。
「これで全部かい?」
「はい、お願いします」
脱衣所では、寮生の世話をしているお手伝いのおばあさんに出会い、洗濯の必要な衣類を渡した。
こうして会うのは初めてだが、その人は七十……八十くらいはありそうな歳の人だ。しかしそんな老齢の身にしては、しっかりとした身のこなしで、危なげなくそして実に鮮やかな手並みで、寮内の清掃やら寮生の洗濯やらをこなしていた。
「わざわざ遠くからおいでさなったんだってね。困ってる事はないかい?」
「いいえ、みんな親切にしてくれますから」
「そうかいそうかい、そりゃあ良かったね」
「はい」
自分の事のように嬉しそうに喜んでくれるお手伝いさんは、ふと話の話題を変え、ステラの首をひねらせた。
「昼は孫たちが世話になったね」
「え?」
思いがけない言葉だ。
ステラが思い出す心当たりは、紙飛行機の子供達しかない。
「娘が病いを患っていてね。蓄えはあるけどあたしもお金を稼がないといけないから。面倒を見てくれて助かったよ」
「病院の前にいた紙飛行機の子達の……おばあさんなんですか」
「ああ、そうだ。コマとか言う面白いおもちゃをもらったとか言って喜んでたね」
それはツェルトがやった事だ。
ステラが感謝を言われる事ではない。
しかし、おばあさんはステラの手を取る。
「娘さんなのに、手がこんなになるまで剣を握るなんて大変だねぇ。何か困った事があったらいつでも言うんだよ」
何やらおばあさんの中ではステラは苦労の多い人生を送ってきた上、苦渋の決断として剣を握ることを決めた、そんな少女になっているようだった。
訂正したかったが、よく考えてみるとあながち間違った事ではないような気がして、何とも言えなくなった。
「がんばりな」
「あ、ありがとうございます」
そのままおばあさんはにこにこしながら部屋を出て行く。
ステラに祖母はいない。前世の自分の祖母も早くに亡くなっている。
だから自分はおばあちゃんというものがどういうものなのか、今まで知らずに育ってきた。
だけど、周りから話を聞くことはできたので漠然としたイメージはあったのだ。
優しいとか、温厚だとかいう事を聞くこともあれば、口うるさいとか、気難しいとか、そんな話もあった。
ひとくくりにはできないし、人それぞれが違うのだろうと思ったがステラとしての大まかなイメージは前者に偏っている。
きっとおばあちゃんがいたらあんな風なのだろう。
ステラは先程出て行ったお手伝いさんの顔を思い浮かべながら、そう思った。
両親よりは近くではない場所で、いつも優しくにここにこ笑っていて、自分の背中を見守っていてくれる存在。
なるべく思い込みや色眼鏡などで人を見て判断しないようにしているステラにしては珍しく、初対面のやり取りだけででいい人なのだろうと結論づける出来事だった。
「今度会ったら、名前聞いておかなきゃいけないわね」
お世話になるのは短い間だろうが、せめて名前を呼んでお礼を言えるくらいの関係にはなりたいとうステラは思った。
しかし、人の縁とはどこでつながっているか分からないものだ。
この分だと、自分の身近にいる人間も知らない間に、思わぬところで関わっていることもあるかもしれない、とステラはそう思った。
そんな風に考えながらお風呂へと向かうと、声が聞こえてきた。
「あ、噂のステラさんよ」「綺麗な髪ね」「以外に、大きい……っ」
遅い時間だというのに、湯気が満ちる浴槽の中に複数人の少女の声がする。たまに居残りを食らった生徒がこの時間を使用すると聞いていたので、多分そうなのだろう。
彼女らの視線はステラの方に向けられる。
興味津々、といった感じに。
「えっと、何か私の話をしていたみたいだけれど」
ステラが彼女たちに尋ねると、三人の中の真ん中の少女が言葉を返してきた。
「ねぇ、貴方って勇者に会った事あるんですってね」
「え、ええ」
「どんな人だったの? どういう機会で出会ったの?」
どうやらこの少女はこの三人組のリーダー格的な存在らしい。おまけによく口もまわるようで、矢継ぎ早に疑問をぶつけてきた。
「そ、そうね……、見た目は普通の人だったわよ。でもすごく強くて格好良かったわ、私がどんなに頑張っても魔物を倒す事はできなかったのに、彼は一瞬で倒してしまって」
「魔物と戦ったことがあるの!?」
「え、ええ七歳の時に」
「七歳ぃ!?」
あの子が言ってた通りだとか、アリアの寝ぼけ発言じゃなかったのね、とかそんな発言がお風呂に反響する。
どうやらアリア経由で話題の勇者にステラが会った事があると聞かされ、話を聞きたくなったらしい。
それからも根ほり葉ほりと色々な事を聞かれて答えていくのだが、ステラが内容を話していくうちにその興味の対象は段々と、別の方向に向いていったようだ。
「ステラさんってすごいのね。七歳の時に村を救うために、魔物ひしめく森へ向かうなんて」「そのあと夜盗と戦ったり、偽物の商人を捕まえたり……」「そこにあるの二つの丘がうらやましい。いいえ、あんなの脂肪の塊よ……」
それぞれ頬を紅潮させ、夢中でステラについて知り尽くそうと言葉の嵐を使って襲い掛かってくる。
騒々しい雰囲気の中で、ステラはひたすら目を白黒させるのみだ。
勢いについていけない。
でも、確かこの年代の少女達ってこんな感じが普通だったような。
前世の学校でも良く見かける光景だ。
私の周りにいる人達が特殊なのかもしれない。
そんなこんなで話し続ければ当然の事だろうが、
お風呂から出る事には、全員のぼせる寸前でふらふらになっていた。
脱衣所で着替えながらふらつく三人娘たちの面倒を見るのはステラだ。
騒がしくしていた三人の少女達は、今は大人しくなっている。
ステラとしてさっきみたいに話の種としてしてつつかれるのは落ち着かないし、他人の面倒を見る方がやっぱり安心するものだ。
「あんまり急に動かない方がいいいわよ。後で水を飲んだ方が良いかも知れないわね」
「あ、ありがとう。そうさせてもらうわ……。ステラさんて、こういうのすっごくて慣れてそう。やっぱり色々あったから人生経験豊富なのね」
これはそういう問題でもないような気がするが。
まあでも確かに、誰かの具合が悪くなった時や、誰かが怪我をした時とかの応急処置法はパッと浮かぶのよね。
「きっと燃え上がるような情熱的な恋とかもぉ、したことあるんでしょうね」
「それはまだないわね」
「えっ、ないの!?」
あの話からどうしてそこにつながるのかは分からなかったが、ステラはきっぱりと正直に答えた。
そしたら思いきり不思議がられる。
「てっきり、もう色々経験してるかと思ったのに、ねえ」
「どうやったら彼氏ができるか教えてほしかった」
「恋人募集中」
なるほど、恋バナがしたかったのか、そしてあわよくば自分の参考にと企んだわけである。
しかも、なんというかものすごく切実そうな様子だ。
ステラとしてはそんな風に恋に憧れる気持ちがよく分からないのだが。
「恋って、そんなに良いものなのかしら」
「良いに決まってるわ! むしろ悪いなんて言わせない!」「恋は栄養」「むしろ乙女の栄養が恋!」
素直に疑問をこぼせば、ものすごい勢いで三人に詰め寄られた。
急に動いたら駄目って言ったのに。
後、女性しかいなといっても着替え中なんだから、はしたないわよ。
「恋ってね、とても甘くて心臓が高鳴って、眠れなくなるものなのよ!」
ステラとしては、それは病気にかかっているだけなのではないかと思うのだが。
「ステラさんにはいい人とかいないの? たとえばほらよくステラさんの事を見てるあの人とか…。えっと誰だっけ、鳶色の髪の彼」「確かツェルト・ライダーとか言ってたような」「格好よかった」
ツェルト?
彼は、どうだろう。
いや、どうもこうも考える前に答えなど決まっているではないか。
「彼とはただの友達よ」
これ以上話に花を咲かせて、三人が風を引かないようにと話を切り上げる。
詰め寄っていた一人に衣服を指示して、とりあえず着替えなさいと指示だ。
後は寮の食堂にでも言って彼女達の為に水でももらってこなければ。
「なーんだ」「そっかぁ」「友達……」
背後に三人のそんなやりとりを聞きながら脱衣所を出て行く。
ステラとツェルトの関係は友達だ。
そう彼に言われたのだから。
二人の関係は、それが正しいはずなのだ。