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第33話 ステラ・ウティレシア



 王都 退魔騎士学校付近 並木道


 数日後。

 授業が終わった後にステラは病院へと寄った。

 幸いにも学校からそんなに距離が離れてないので助かった。

 土地勘が無い場所で歩き回ると、色々と時間がかかるのもあるし。


 横には付き添いとしてツェルトもいるが、ステラは無言で歩き続ける。


 学校の敷地の外からまっすぐに伸びる並木道は紅葉で美しく、真っ赤に染まっている。

 だがそんな光景を前にしても二人の間に会話は発生しなかった。


 何をどんな風に話せばいいのか分からない。

 友達なのだから、友達らしく接すればいいのだろうが。

 そもそも私達ってどんな風に会話をしていたのだろうか。

 声が出てこない。


「……」

「……」


 そんな風に考えた結果がこれだ。

 ものすごく居心地が悪い空間の出来上がりだった。

 簡易式で、持ち運びもできるとても便利な品物である。

 お一つどうだろうか。

 今なら無料だ。


 ……なんて、誰かさんのような馬鹿な事を考えてどうする。


 誰か?

 誰かって誰だろう……。


 胸の内にもやもやとしたものを抱えたまま、いつのまにかステラは病院へとたどり着いていた。


 建物の前には数人の子供が遊んでいる。


 その中の二人が何やら、一枚の紙きれを巡って言い争っているようだたった。

 二人が互いに紙を持って引っ張り合うものだから、紙がぐしゃぐしゃになってしまっている。


「うぇーん、兄ちゃんがイジワルするー」

「ち、違っ、俺はただこっちのやり方がいいって教えてやろうとしただけだし!」

「ちょっと二人とも落ち着いて。ほら、お兄ちゃんなんだから、弟泣かせないの。ねぇ、もう泣き止んで。悪いお兄ちゃんには私がよく言って聞かせるから」


 男の子の兄弟と友達らしい女の子だ。

 その女の子が近くを通りかかったステラに声をかける。


「あ、あの、お願いがあるんですけど」

「何? どうしたの」

「あそこの木にひっかかってる紙飛行機、とってもらえませんか。そこの友達の弟が木に引っかけちゃって」


 もしかしたら、二人で一つずつで遊んでたのに、紙切れが一枚になったせいで喧嘩が起きたのかもしれない。

 特に急ぐ理由もないのでステラは了承する。


「いいわよ、まかせて」

「あ、ステラ。俺がとるって」

「これぐらいできるわ」


 ツェルトが代わりにと声を上げるが、ステラはさっさと木に登る…ではなく駆け上がって、木の枝に引っかかっていた紙飛行機をとってきた。

 ポカンとした様子で口を開けて見ていた子供たちへと差し出す。


「はいどうぞ」

「わざわざありがとうございます、騎士様」


 男の兄弟が動かないので、必然的に少女が受け取ることになった。


「気にしないで、大した手間じゃなかったし。それに私、騎士じゃないわよ」

「えっ」


 ステラは準騎士のワッペンを示して、驚く少女へと説明してやる。


「私の身分は準騎士、まだ学生なの」

「そうだったんですか。てっきり本物の騎士様かと思いました」


 少女の言葉にステラは何て答えていいのか分からない。

 騎士になりたくて頑張っているわけでもないのに、少女からの純粋な行為を受け取るのが心苦しかった。


 そういえばアクリの町でもこんな事があった。

 あの出来事は最後にトラブルに見舞われたものの、総合的にはとても楽しかい時間だったと覚えているのだが……。

 確かに、色々お店も見たし湖も綺麗だったけど、一人で行ってどうしてそこまで思ったのか分からない。


「姉ちゃんすげぇな。さっきのどうやってやったんだ。俺でも練習すればできるかな」

「うん、お姉ちゃんすごかった。僕達にも教えてよ」

「えっ……」


 それは無理だと思うのだけど。

 期待のたっぷりのキラキラしたまなざしが痛い。

 そこへ見かねたツェルトの助け船が入る。


「無理だな、あれはステラだからできるんだ。魔物の群れに笑いながら一人で突進できるくらいの厳しい修練を積まなきゃ無理無理」


 ちょっと、いたいけな少年少女に何勝手な事言ってるの。


「そんなんらくしょー。魔物なんて俺たちがやっつけてやる。な!」

「う、うん。お兄ちゃんと一緒に頑張って強くなる」

「もーっ、お兄ちゃんが弟を危ない事に巻き込んでどうするの。はぁ、どうして男の子って危ない事が好きなの?」


 男の兄弟の様子に少女は呆れたような声を出している。

 なんだか普段の苦労がうかがい知れるような会話だ。


「紙飛行機をくれた黒髪のお姉さんだって、危ない事はするなって言ったでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「でも……」


 黒髪のお姉さんが誰かは分からないが、少女が言葉にしたとたん少年達は目に見えて肩を落として元気をなくしてしまう。


「あー、悪いけど俺たち用事があるんだ。だよな、ステラ」

「あ、そうね。ごめんなさい。病院に行かなくちゃいけないから」


 ツェルトの言葉で本来の用事を思い出し、病院へと向かおうとするが、


「えー、つまんないじゃん」

「お姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ」

「こら、お姉さん達にも用事があるんだから無理言っちゃダメよ」


 少年二人が駄々をこね始めた。

 もう少しぐらい遊んであげてもいいかな、ステラはそう思い始めていたのだが。


「まったく、これやるから今度は皆で仲良く遊ぶんだぜ」


 ツェルトが何かを取り出した。


 それは小さな手彫りのおもちゃのコマだった。

 上の先の突起をつかんで地面の上で回してやる。


「すげぇ、やべぇ、何これ」

「わぁ、凄いね」

「東の方のずっと遠い国のコマっていうおもちゃだ、回すと回る。すごい感じに回り続ける。一つやるから大事にしてくれよ」


 先ほどまでの様子がまるで嘘のように、回り続ける駒を見て兄弟が歓声を上げる。

 兄弟ほど夢中になれない少女は、ツェルトへとすまなさそうな顔を向けるが。


「そんな、お兄さんに悪いです」

「いいっていいって。うちにこういう感じの腐るほどあるし、もらってくれよ」

「ありがとうございます、大事にします」


 そう言われれば笑顔を見せて、頭を下げた。

 少女からの感謝の言葉を受けてステラ達は今度こそ病院へと向かう。


「あんな物があったのね」


 この世界にも、という意味で言葉を呟けば、ツェルトが入手した場所を教えてくれる。


「クレウスの部屋に何かあったな。飾り物になってたからもらってきたけど。まだあると思うぜ」

「私は別に……」


 そういう意味で言ったわけじゃないわよ。





 王都中央病院 院内


 病院=清潔、白……というイメージはどこも変わらないらしく、建物の外壁は真っ白で、内部も淡い白色で塗装されている。


 通路を歩いていくと、さすが王都だ、と思った。

 多くの人達が医師の治療を求めて来ているのが分かった。


 国の中心であるこの場所は、様々な分野の優秀な医師が集まっているという話なので、この地域の人々のみならず遠くからもわざわざ人が尋ねてきているのだろう。


 受付でリートの名前を出し紹介の医者を教えてもらう間、ステラは何とはなしに気がかりなことを思い出した。


「あの人達、どうなったのかしら」

「ん?」

「フェイスの呪術に操られてしまった人達のことよ。知ってるんでしょう」


 確か、数人は目が覚めたと聞いているのだが。


「まあ、努力中ってとこだな。何人かは目を覚ましたらしい。カルネが頑張ったからな」

「そう、さすがカルネね。彼女なら本当に頑張ったんでしょうね」


 フェイスの夢から救出された後に話したことだが、ステラの友人であるカルネは話によれば呪術の研究ををするために学校へ来たという話だった。

 なぜその研究をしようと思ったのかはまだ聞いていないが、彼女の努力が実を結んだようで友人としてステラは嬉しかった。

 

「文献もあまり残ってないのに……」

「ああ、大変だったって聞いたぜ」

「それならいつか、全員を助けられるかもしれないわね」


 巻き込まれただけの彼女達が解放される日が来ればいいと思う。


「ははっ、やっぱしステラはステラだなぁ」

「何? 私何か変なこと言った」

「自分の為とか言いつつも他の人間の面倒見てたりするとことか、自分の症状調べに来たのに人のこと気にしてたりするところとかな」


 いきなり笑いだされて、何か彼を笑わせるようなことでもあったのかと思えば。そんなセリフが出てくる。


「そんなの当然じゃない。まったく知らない人間だとしても、目の前で困っているのを見たら心配するのは当然よ」

「うんうん、そう言うと思ったぜ」


 言いつつも、ツェルトは何らかの答えが出たようで一人で納得している。

 置いてけぼりのステラはなんだか面白くない。


 さっきまであんなに決まずい空気だったのに、一人で満足してないでよ。





 数十分かけて高名な医者に見てもらうが、結果は振るわなかった。

 記憶の欠落は、呪術の後遺症。

 それ以上の収穫はなかった。


「と、忘れるところだった。ステラ、ちょっと手貸してくんね?」

「いいけど……」


 ツェルトはステラの手を取って、医者の方へ向ける。


「本人は覚えてないかもしれないけど、一度ここに魔法陣を書きこまれてるんだ。それについては何か分かんないかな」

「えっ、そんな事されてたの私?」


 聞けば、星見の集いの時だという。

 そういえばあの時自分はお酒を飲んで一時的に酔いつぶれてしまったのだった。

 記憶が飛んでいたその空白の時間にそんな事があったのか。


 医者はステラの手をとって、調べるのだが。


「残念ながらこれ以上は何も……。呪術は基本的に、ほとんど解明されてないので」


 何も分からないようだった。


 病院からの帰り道、行きと違って誰かに話しかけられる事もなく、二人が交わす言葉はなかった。

 目指すは学生寮だ。

 自宅から通える距離ではなくなってしまったので、必然的にそういう事になるのだ。


 互いの寮の分かれ道まで歩き、別れの挨拶を口にする


「じゃあ、ツェルト。また……」

「おう……」


 これで息苦さから開放される、そう思った矢先、背中に声がかかった。


「ステラ……。ステラはステラなんだよな」

「何の事?」


 その意味不明な問いかけに、ステラは首を傾げることしかできない。


「何でもない、気にしなくていいよ。じゃ、また明日」

「ええ……」


 そうして、別々の方向へと二人は分かれた。



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