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第29話 弟が入学してきました



 退魔騎士学校 


 ステラの世界から大切だったかどうかも分からない、一人の幼なじみが消えても世界は変わらずに進み続ける。

 

 入学式、始業式があって、学年が一つ上がった。

 気が付けばステラは三年生。

 とうとう最後の年になった。


 それはそうと三年になったので、二つ年下であるヨシュアが学校に入学してきた。


 入学式を終えたばかりのヨシュアの傍についてステラはニオと共に学校の校舎を案内する。


「皆さんがまっすぐ帰宅している中で姉様は剣の腕を磨いていたんですね」

「そうよ」

「あの時遅くなった理由がやっと分かりました」


 ヨシュアがステラらしいと苦笑する。

 学校に自分の弟が入学してくるなんて。

 見慣れた風景に家族がいる光景はすごく新鮮だ。


「ねぇねぇ。ニオ聞きたいんだけど、ヨシュア君って見た目すっごく繊細そうなのに、ステラちゃんみたいに実は戦闘狂なの?」

「ちょ、ちょっとニオ!」


 式が終わった後くっついてきたニオが、いきなり人の弟に向けて失礼な発言をする。


「ヨシュアは私と違って優しいのだから、相手を血まつりにあげてやろうとかそんな事考えたりしないわよ」

「えっ、じゃあステラちゃんはそういう事考えてたの? ニオびっくり」

「そんなわけないじゃない、もう」


 物の例えに決まってるでしょう。

 そんな例えがすらっと出てきた自分に驚きが湧いてこないでもないが、それは脇の方にでも置いておく。

 友人のひどい発言に憤慨していると、ステラの傍から苦笑が聞こえてきた。


「ニオさんと姉様は仲が良いんですね」

「そうよ、だって友達だもの」

「そこで照れ隠しに否定しないところがステラちゃんの良いところだね」


 そんな風にニオとうるさく会話しながらも、校舎を巡っていく。


 だがヨシュアが、そんなステラとその隣の空間を見て、時折り寂しそうな視線を向けるのには、気がつかなかった。






 ヨシュアに校舎を案内していってステラ達が最後に戻ったのは、出発地点の式の行われた会場だった。


「ここが訓練室よ」

「ステラちゃんが初日に訓練した所だよ」

「そうよ。……ってニオ、どうして知ってるの?」

「だってその場にいたからね」


 初耳だった。

 思い出話に花が咲きそうになるが、それではいけない。

 今日という日を迎えて緊張しているだろう弟に、ステラはお姉さんらしくしなければいけないのだから。


「いくら訓練だといっても怪我をする事はあるわ。授業だって教師がついていても不測の事態なんていつでも起こるの。だからいつも気を引き締めてなさい、ヨシュア」

「はい、姉様!」

「おー、ステラちゃんがお姉さんしてる、格好いいー」


 ニオが賞賛のまなざしを向けパチパちと手を鳴らしてくる。

 さっきから茶化したり、誉めたりしているが、ニオも先輩として後輩に色々教えるべきなんじゃないだろうか。

 本人は、しっかりした先輩など目指していないようだけど。

 そんな事を指摘すれば、「それはステラちゃんに任せるよ、ニオは賑やかし担当ね」と丸投げされた。


「それにしてもヨシュア君、本当に剣とか握って戦えるの? 見る限り、ステラちゃんをか弱くして深窓のご令嬢にしたみたいだけど」


 ニオ、その言い方じゃ私が深窓のご令嬢には見えないみたいに聞こえるけど?

 

 だがまあ、彼女の言いたい事も分かりはする。見た目がヨシュアの魅力と可愛さを存分に引き出しているから、剣を振りまわせるようには見えないのは当然だろう。誰だってそう思えるだろうし、仕方がない。

 けれど、ヨシュアはあのレットに剣を習っているのだ。

 そこらの人間が楽に勝てる相手ではない、とステラが自信を持って言うのは身内贔屓ではないはずだ。


 ……それでも、とステラは思う


「ヨシュアはちゃんと強いけど、貴方の言ってる事も分からなくはないのよね」


 今も十分だが、小さい頃ヨシュアはお人形さんみたいな可愛らしさを放っていた。

 男らしさとは無縁の細見で華奢な体つきだったし、きっと絵描きに描かせたらいい目の保養になるだろうと思えるくらいの愛らしい顔立ちだし、中性的でどこか儚さを感じさせる声なんて特に、もうしっかりと見守って常に守ってあげたくなるくらいだし。


 そんな弟は今でも十分見ようによっては女の子に見える。


「ヨシュアは世界一可愛い、私の弟だもの」

「姉様、嬉しいですけど複雑でどう返せばいいのか僕も分かりません」


 最大限の褒め言葉を言ったつもりだったが、ヨシュアはお気に召さなかったらしい。

 やはり男の子は男らしい事にこだわりがあるのだろうか。


「男の子っていうのはー、強く逞しくなりたがるものなんだよね。ムキムキとか」

「そうですね、僕も大切な人達を守れるくらい強くなりたいと思ってますから」


 ヨシュアがムキムキになるなんて、ちょっと嫌だ。

 可愛い弟がどこかへ行ってしまうではないか。


 いや、他の誰でもない可愛い弟が望むのだ。ムキムキだってマッチョだって受け入れてあげるべきだろう。本当は嫌だけど。


「ヨシュア、一緒にいられるのは一年だけだけど何か困った事があったら私に言うのよ。力になるわ」

「はい、でもどうして姉様はそんなに悲しそうな顔をしてるんですか?」


 何でもないの。可愛い弟を持つ姉はどうしてもこんな顔になっちゃう時があるのよ。





 そんな風に、新しい学年になって新しい顔ぶれが増えて、最後の三年の学生生活は始まっていく。

 二年の時よりほんの少しだけ、真剣味を増した教室の雰囲気の中で、今日もステラは勉強に励んでいた。

 励んでいた、のだが。

 思考はどうしても弟の事にそれていく。


 前世のステラには兄弟はおらず、一人っ子だった。

 家族構成は父と母、そして私の三人。

 祖母や祖父とは別々に暮らしていたし、家で飼っていたペットもいない。


 そんな中、私はひそかに兄弟に対して憧れのような感情を抱いていた。

 兄弟のいる同級生の会話を聞いたりして、賑やかそうでいいなとか、そんな感じの思いを抱いていたはずだ。


 それは、両親が二人とも共働きをしていたのが影響しているかもしれない。

 金銭的に余裕がなかったというわけではない。

 普通だった前世の私の両親が、ただ、ほんの少しだけ、人より働き者だっただけだ。


 家に帰ってこないなんて事はないし、何か学校の行事があれば必ずどちらか見に来てくれた。

 文句なんてなかったし、小さい頃はともかくずっとそうだったので、そんな生活に私は慣れていた。


 けれどそれでも、時々ふとした時に思うのだ。

 寂しい、と。

 友達もいるにはいたけど、大勢というほどではなかったし、家に招くことなんて、年に一、二回あるかないか。

 学校が終わって帰ってきて、誰もない家に一人だけでいるのは少しだけ寂しかったのだ。


 気が付けばステラは、まだこの世界では貴重品といってもいい品である紙に落書きしていた。


 父様と母様と自分とヨシュア。


 三人ではない、四人家族。

 当たり前の事で、今までよく考えた事はなかったけれど、それはとても特別な事のように感じた。


 そんな事を考えていたら、となりに座ったニオが「ステラちゃんが家族計画してるっ、お相手は!?」とおかしな誤解をし始めて、解くのに苦労するはめになった。


 そんな様に、勉強しつつも心配な弟の為にたまに思考を脱線させたりなどしながら、三年生になったステラの学生生活は流れていくのだが……。


 お昼の時間、学校の屋上へ向かうステラをツヴァンが呼び止めた。


「ああ、ウティレシア。お前進路どこにするんだ」

「……? 両親の後を継いで領主になるつもりですけど」

「……はぁ?」


 いきなりどうしたのだろう。

 訝しく思いながらも聞かれた事に答えると、耳を疑ったとでも言うような反応が返ってくる。


「やべ、早まっちまった。……まあ、良いか。いや良くねーよ。推薦出しちまったぞ、黙っとくか、うん」


 何やら聞き逃したら不穏そうな話がもれ聞こえてくるのだが。

 問い詰めた方が良いかも知れない。


「……先生、私にどんな災難押し付けたんですか」

「馬鹿言うな、見るからに災難まみれのお前にこれ以上災難押し付けるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ。面倒は押し付けるがな」


 できれば面倒も押し付けないでほしい。

 毎回授業の準備やら、出席のチェックを代わりにやらされるのも困るのだ。

 あれ以来、荷物の運搬だけは任されなくなったが……。


「とにかくそういう事だから、じゃあな」

「あ、そんな困……」


 ツヴァンは、日ごろ怠惰な姿勢が嘘に思えるように全力疾走して逃げていった。

 大人げない。

 どうせ授業で顔を合わせるのに。



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