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第27話 温もりが離れていく



 その後、ツェルトはステラにひっそりと耳打ちした。 


「この世界から出る方法が分かった」


 やっとここでの日々が終わるのだ。


 夜、ステラは寝静まった牢屋から抜け出す。ツェルトがどこからか調達してきた鍵を使って出る事ができた。

 同じようにして出てきた彼と合流し、音を立てないように移動しながらステラ達は建物の外へ。


 やけにあっさりとしている。

 もう少し、大変になると思ったのに。

 目立った妨害を受ける事はなかったし、障害もなかった。


 フェイスが大人しいのが気になった。彼はツェルトの存在に気づいていないのか、自分達がこうしている事にまったく気づかないのか。彼が作った夢の中なのに、そんな事があり得るものだろうか……。


 建物の外は時間を考えても当然暗い。それに加えて、空に浮かぶ重々しい雲からはバケツをひっくり返したような勢いで雨が降ってきている。遠くで雲間が光り、時折り雷が鳴っているのがせめてもの灯りとなるが、落雷の危険を考えれば手放しでは喜べない。

 夢の中だというのに、天気に悩まされるなんておかしな話だ。


 二人は、その雨の中を移動してどこかへと向かっていく。

 

「それで、これからどうするの?」


 あの場所からは出られたが、まだこの世界の脱出が残っている。


 そう思い問いかけるステラは、隣ではなく前を歩くツェルトに声をかける。その時、また頭痛が襲ってきた。


『こんな所に呼びだして、どういうつもり?』


 そんな内容のセリフが頭の中で再生される。

 これはステラの声だ。

 自分で喋った声を自分の耳で聞くのとは少し違うが、自分の声だと断言できた。

 ずっと思い出せなかった、ゲームのステラの声。


 雨が降る視界に重なる様に、別の景色が見えてくる。その光景の中にはツェルトがいた。


『この役立たずが』


 ツェルトは表情を歪めて、心底不快そうにこちらへ向かって喋る。


『足手まといになるなと言ったはずだ』

『だって、あの子が……、アリアが……』

『言い訳など聞きたくない』


 そういってツェルトは懐から短剣を取りだす。

 視界が揺らぎ、ツェルトの姿が遠くなる。

 声の主は、その場から一歩下がったようだ。


『お前はもう用済みだ。死ね。ステラ・ウティレシア』

『そんな……、やめて、ツェルト!!』


 そこで記憶は途切れてる。


「なに……これ……。なんなの…………」


 言葉で言いつつも、考えていることは逆だった。

 それが何か、他でもない自分は分かるはずではないか。

 だが……。


 知りたくない。気づきたくない。

 そんな事、私には関係ない。

 だってそれは、私のいる世界の事じゃないっ!


 見えた光景は、私が前世でやったゲームのワンシーンだった。

 失敗した悪役のステラを、共謀者であるフェイスが口封じに殺そうとするという場面。

 ステラはその時はかろうじて生き延びるのだが、結局は後でレイダスに殺されてしまう。 


 それは、ひょっとしたらステラが辿っていたかもしれない未来のひとかけら。

 こんなにも肝心な場面なのにステラはこの内容をずっと思い出せなかった。

 ずっと……。


 今まで前世に関しての記憶を思い出す時は、関連する出来事を経験した時だった。

 ステラはこれまで何度もツェルトの顔を見ていたはずだ。

 なのに思いだせなかったのはどうしてか。


 それは、その記憶を無意識に思いだしくないと思ったからだ。

 なぜ? そんなの決まっている。

 その理由は……





 ――――ゲームの中のフェイスがツェルトの顔をしていたからだ。





 クラスメイトであるフェイスの名前を覚えようとしなかったのは、おそらく無意識に興味を持たないようにして記憶を思い出さないようにしていたから。

 ヨルダンの体がフェイスに憑りつかれなかった場合、おそらく本来取り憑かれるのはツェルトだったのだ。


 私が、前世の記憶を思いださなかった場合……ゲームの中のステラと同じ様に成長していた場合は、きっとフェイスに取り憑かれたツェルトは、今見た光景と同じ行動に出たのだろう。


 ステラを殺そうと、剣を……。


 どうして、と思う。

 どうしてこんな事を今思いだすの?


 ステラがツェルトに殺されるなんて……そんな場面を。

 いや、違う。あれはステラじゃない。彼もツェルトではない。

 別人だから関係ない。

 分かっている。分かってはいるが……。


「ステラ、お前はこんな事を考えた事はないか?」


 記憶の物ではない目の前にいるツェルトの声、頭の痛みをこらえて私は顔を上げる。


「どうして俺がお前の傍にいるのか。どうして助けてやっているのか」


 嫌な予感がして、耳を塞ごうとしたけど、彼に乱暴にその腕をとられてしまう。

 顔を耳に寄せて、囁くように言葉が告げられる。


「教えてやるよ。それはな、お前が貴族の娘だからだよ。魔法が使えなくても貴族の家の娘だったから、人質にされた時も助けたし、ずっと傍にいたんだ」

「っ……嘘……そんなの」

「嘘じゃない。利用できる価値がなきゃ、何でお前みたいな剣ばっかり振るう可愛げのない、面倒事ばかりの女の側にいるんだ。思いつく理由はあるのか?」


 信じない。嘘だ。

 ツェルトは、彼は、そんなひどい事言わない。

 困らされたりわがまま言ってきたりするけど、いつだってステラの事を思って行動してくれた。

 だから、そんなのは嘘なのだ。


「貴族の近くにいれば、偉い人間と知り合えるかもしれないし、贅沢だってできる。お前は俺に利用されてたんだよ。でももうそれも用済みだ」

「うそ……うそ……違う、そうよ。貴方は偽物、幻なんでしょ?」


 目の前にいる彼はステラの知ってるツェルトじゃない。

 フェイスだ。

 そうに決まっている。


「ステラ。アクリの町のショーウィンドウ、二人で帽子を見たよな」

「……?」


 ふいに穏やかになった声、ステラは言われている内容がどういう事か分からず、疑問の色を表情に浮かべるしかない。


「湖で遊覧船に乗るかって聞かれたけど、結局乗らなかったよな。あの町に行くまでステラは俺が騎士になりたいと思うようになったきっかけ聞かなかったよな。後、アンヌの焼いたクッキーは俺もお前も美味しいって思ってるし。隠し味に、果物の種が入ってるとアタリって事にしてたよな」


 脈絡もなく紡がれる言葉の数々、でもそれはステラの心をえぐるには十分な言葉だった。

 だってそれは彼と自分しか知らない事実なのだから。


「嘘……、ツェルトなの……? うそ……うそ……、そんな………」

「ああ、俺がツェルトだ」


 ツェルトだけは、貴族とかそういう事とは関係なしにきっと私の傍にいてくれている。

 はっきりと考えたことはないけど、私はそう信じていたのに。


 でも、違う。そうじゃなかったのだ。

 貴族だから、彼は傍にいたのだ。

 それ以外の理由なんかなくて、一緒にいる時もただのステラではなく、貴族としてのステラしか見てくれてなかったのだ。


 そうだ、そうじゃなきゃ、どうしてステラの隣になんかいてくれるだろう。


「じゃあ、あの言葉も嘘なの……? 私を……」


 好きだって、言ってくれたのも。


 ツェルトは残酷に笑みを浮かべるのみだった。

 雷が落ちて、彼の姿が逆光に照らしだされる。


 ステラはその姿を前にしてただ、その場から見つめるだけだ。濡れそばった前髪から雨がしたたり落ちて目に染みた。


「やだ、そんなのやだ……。嘘だって言ってよ。いつもみたいに冗談言ったんだって。私、ツェルトが傍にいないと……、だめ……っ、なの……に……」


 そこまで分かってもなお、ステラの口から出たのは拒絶の言葉だった。

 ただひたすらに信じたくなかった。


 みっともなく取り乱して、必死に現実を否定する言葉を吐き続ける。


 だがそんな風に、子供の様に我がままを叫ぶだけでいるステラに、他のどんな真実よりも鋭利な現実という名の刃物が心に突きたてられた。


「俺はお前なんか大嫌いだった。利用するんだったらもっと別の人間にしとけば良かったと思ってるよ」

「違う……こんなの、こんなのツェルトじゃな………きゃぁっ!」


 ツェルトはステラを突き飛ばす。

 ステラはこらえる事も出来ずに、その場に尻もちをついてしまう。


 ツェルトは剣を手にして、こちらへと振り被る。

 それで私を殺そうとする。

 他の誰でもない彼が。


「いや……」

「死ね、ステラ・ウティレシア……」


 剣が、勢いよく振り下ろされる。







 夢の檻 『フェイス』


「ふん、あれだけ偉そうにしておきながら、この程度で堕ちるとは他愛もない」


 倒れたステラの前でツェルトの皮を被ったフェイスは呟く。

 剣でステラを傷つけることはしてない。

 相手が勝手に自滅したからだ。


「あの時、人形になり下がればよかったものを。俺に……僕に、こんな手間をかけさせて……」


 見下ろすステラの手をとり、フェイスがその甲を指でなぞる。魔法陣が一瞬浮かび上がり、そこから模様がはがれるかのように宙へととけて、消えていく。

 

 それは相手の心を弱らせ、記憶を覗く効果のある呪術だった。

 役目を終えた今、フェイスはもう必要ないだろうと判断し、効果を失わせて魔法陣を消失させたのだ。


「お前は僕の器となることで、その罪を償うんだ……」


 そう言いフェイスはステラへと手を伸ばすが、その手が途中で止まる。


「ぐっ……、俺は……、僕は…………。おのれ、まだ……抵抗するか……」

「フェイス……アローラ、お前の好きにはさせない」


 同じく人物の口からもれるのは、異なる感情を含んだ言葉だ。

 フェイスは苦悶の表情を浮かべ、忌々しそうにする。


「いい加減、無駄な抵抗はよせと……言っている……。俺は、器を手に入れる……っ!」

「やめるもんか。僕はともかく、関係のない彼女を巻き込ませやしない……」

「何を……っ」


 焦る表情のまま、フェイスは淀みのない動作で、ステラの周りに魔法陣を描き続ける。


「僕の力を代償に……、助けてみせる」

「余計なことをするな……っ、止めろ!!」


 フェイスの制止の声もむなしく、魔法陣は書きあがり光を発した。










 気が付つくとステラは見知らぬ場所に立っていた。


 確か、自分は先生に頼まれた道具を運んでいる最中だったはずだ。

 そこでフェイスと遭遇して……。

 気が付いたらここだ。

 周囲を見回す。


 そこは牢屋だった。

 鉄の棒で外と区切られた狭いスぺ―ス。

 そんな部屋の中に自分はいた。内部にはステラの他にもたくさんの人が収容されている。


「ここは……」


 痛みの残る頭を軽く振って、周囲を観察する。

 皆、簡素な服に身を包み、両手には両足には鉄の輪がはめられている。

 もっと情報がほしいと自分の姿を見下ろすと、そこには見慣れた学生服はなく周囲の者と同じ様な服や鉄輪があった。


「どうして私こんな、犯罪者が入れられるような場所にいるの?」


 周囲の人間を観察したり、事情を聞いたりしているうちに誰かが牢屋の前にやってきた。

 私はその人物の方向に視線を向ける。

 そこには……。


「おい、お前ら、労働の時間だ。牢から出ろ」

「ツェルト……?」


 牢の向こう側には、見慣れぬ仕立ての良い服を来た鳶色の髪の彼が冷たい表情で立っていた。

 そして。


 そして…………。









 ステラが夢の世界から解放されたのは、内部日数でそれから数日後の事だった。


 ニオの魔法によって呪術を解かれ目覚めたステラは、その場にいたリートに捕縛されるフェイスの姿を見届ける。

 それですべては元通りになるはずだった。


 だが、そのステラにツェルトの記憶はなくなっていた。




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