表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/213

第25話 試験期間は戦場でした 



 退魔騎士学校 教室内


 カリカカリ。

 ひたすらに紙の上をすべる筆記具の音だけが教室に満ちる。

 カリカリカリ。


 学年の最後……その時期、学校内は戦場になる。

 それは手に武器とって血しぶきが舞う物理的な意味の戦場ではない。精神的な意味の戦場だ。


 二年生の最後、まとめのテスト。

 決して退くことのできない戦いに備えて、学生たちは血眼になって紙の上でペンを操り続ける。


 戦いは長く険しく、そして苦しい。

 ペンを握る手は汗ばみ、着席の姿勢は体の筋肉を凝らせる。長時間の集中は精神攻撃でも受けているかのよう。

 だが、そんな地獄の期間も今日で終わる。


 期末試験。

 学生たちは、己の全力をかけてペーパーテストに戦いを挑みにいくのだ。






 カリカリカリ。

 カリカリカリ。


 机に座りペンを走らせる生徒達の中、ステラも無我夢中になって筆記具で文字を綴っている。

 目の前にある白い用紙を黒く塗りつぶさんが勢いで急ぐ。テスト終了間際、残り時間は少ない。

 迫る刻限を前に、文字を綴り、記号を選び、最後の力を振り絞っているところだった。


 みな眉間に眉根が寄って泣く子も裸足で逃げるような形相になってる気がするが、気にしてなんていられない。


 時間は有限。

 限られた時間の中でステラ達は精一杯走り続けなければならないのだから。


 ……。

 ……。

 ……。


 そして、何枚目かの白い紙に記すべき事がすべて終わった後。


「そこまでだ」


 担任教師ツヴァンの声が教室に響いた。

 途端、時が止まっているのかと錯覚しそうなくらい静かだった教室に、喧噪が戻ってくる。


「終わったー」「肩こっちまうぜ」「解放されたなー」「どれくらいできたー?」


 テスト終了だ。


 長い試験勉強の終わりに何とも言えない疲労感と達成感が湧く。

 手ごたえはそれなりにある。

 一時期覚えなければいけないことの多さにつまづいていたものの、ニオに手伝ってもらったかいあってか、どうにかほとんどの問題を答えにつまる事無く解き終わることができたのだ。


「はぁ、疲れたぁ、お疲れステラちゃん」

「そっちこそ、お疲れ様。全部解けたわ、ありがとう」

「どういたしましてー」


 ステラは共に戦った戦友と手を合わせ、労いの声を掛け合う。


 お昼前。本日の授業はこれでお終いだ。

 教師が出て行った後、生徒達は思い思いに話をしたり行動したりしていた。

 みな、長い闘いの後の解放感を感じながら、これからどこかへ遊びに出かけたり、何かを食べに行ったりするらしく、はしゃいだ声を上げて話をしている。


 ステラ達も同じくでツェルトとニオを交えて、これから町に繰り出して遊びに行くつもりだ。


「いい加減俺も、その輪に入れてくれよな」


 そこへ、困ったようにライドが話しかけてくるのだが、応答するニオは額に血管を浮かべそうな態度だった。


「やだよ。ライド君は一人で遊んでたらいいじゃん。お呼びじゃないもん」

「呼ばれてなくても出てくのが俺なの。何? まだあの時の根に持ってんの?」

「あったりまえでしょー。ライド君のせいで、口が滑ったニオはエルに要らぬ誤解されちゃったんだよ。すっごく困ったんだからね!」

「それ結局は自業自得でしょうに。いい加減水に流しなって。なあ? 剣士ちゃんもそう思うよな?」


 ケンカでも始まりそうな雰囲気で言い合う二人。

 ライドに同意を求められて、ステラは頭を抱えそうになる。


 どうやら自分の知らない間に何かあったみたいだが、ニオがその時の事をあまり語りたがらないので、二人の仲をうまく仲裁できる自信がないのだ。


「私には判断しかねる問題なんだけど、ツェルト助けてくれないかしら」

「ん、ステラに呼ばれたような気がしてやって来た俺だけど、どうしたんだ?」

「察しがいいわね」


 まあ、あんな調子で言い合ってるんだから気づくのも当然だろうけど。

 ツェルトは二人を見て、腕を組んで考え込んだのち、一つ頷いた。


「これってあれじゃね? 痴話ゲン……」

「そんなわけないでしょっ!」

「あ、なんかやばい予感」


 迂闊な一言を言いかけたツェルトに大して、ニオが矛先を向ける。


「大体ツェルト君がこの人の手綱ちゃんと引いてないから……」

「飛び火してきた! いやほら、俺手綱を引かれる側しかあんまり経験ないっていうか……」


 これは収まるまで時間がかかるかもしれないわね。

 それだとこれからの時間が少なるのだが、言い合っている当人たちは自分の首を絞めてることに当然気づいていない様だった。

 さて、どう取り成そうかと考えたとき。


「おーい、ウティ……じゃなくて狂剣士、俺会議で忙しいから代わりにこれ運んどいてくれよ」


 教室を出ていったはずのツヴァンが戻ってきて用事を押し付けたのだった。


 そのあだ名、いい加減止めてくれないかしら。

 一年の初めての授業の時以来ずっとそうなのよね。


「ちょっと、先生。それぐらい自分でやってよ、ニオ達これから用事あるんだから」

 

 ニオ、そのセリフ。少し前の自分に言ってほしかったわ。





 そんな経緯があってステラは、渡された箱を保管すべき場所へと運んでいる最中だったが。


 大変な事になった。


 先ほどまで学校の廊下を歩いていたはずなのに気が付いたらステラは、よく分からない薄暗い空間にいたのだ。

 

 一体何が起きたというのか。


 前触れはなかった、と思う。

 本当に気が付いたら突然おかしな場所にいた。

 機械の電源を切りでもしたかの様に、突然ステラの記憶が途絶えているのだ。

 一体これはどういうことなのだろう。


 情報を得る為に辺りを見まわしてみるが……。

 暗くて何も見えやしない。

 音もないし、人の気配もない。


「ここはどこなの?」


 こうなった経緯について何とか思い出そうとするが、ここのところ鳴りを潜めていた頭痛に襲われたる。ひどく頭が痛んだ。

 記憶さえあれば、どうしてここにいるのか分かるはずなのに。


 しばらくどうする事もできずに立ち尽くしていると、背後から男の声がかかった。


「ごめんなさい、僕のせいで」


 聞きなれた声だった。

 振り返る。

 弱々しい表情を浮かべるのはフェイス・アローラその人だった。


「っっ……! 貴方、どうしてここに」


 ステラは身構える。注意深く相手の挙動を観察しながら、距離を取る。

 確か彼は行方不明になったはずだが……。


「ステラさんは学校でフェイスの呪術にかかり夢に捕らわれてしまったんです」

「えっ」


 そこで私はようやく思いだした。


 そうだ。頼まれた荷物を運んでいる時に学校に現れたフェイスと遭遇し、呪術によって動きを封じられてしまったのだ。それで意識を失って……。


「私、魂を抜きとられちゃったの?」

「いいえ、まだ、大丈夫です。気をしっかり持ってください。この魔法は、完全にかかるまで時間がかかります。心の弱みが膨らむのに応じて強力になっていくので、けっしてあの人の罠に呑まれてはいけません」


 見た事が無い真剣な表情で、ステラが今置かれている状況を説明してくれるフェイス。

 あの彼を知ってる身としては信じられない思いだ。


「どうしてそんなことを教えてくれるの? 貴方、フェイスじゃないの?」


 目の前にいるのはフェイスそのものなのだが、ステラはとても同一人物だとは思えなかった。

 彼は口を開く。

 だが、聞きたい答えがもたらされる前に、目の前にいる彼の顔がぼやけていく。


「本当に気を付けて、貴方にはもう一つ呪術が仕掛けられている。そのせいで精神が弱りやすくなってるんです」


 それは本当なのか、だとしたら一体いつの間にそんな事をされたのだろう。

 思い当たる節はまるでないのだが。


「僕の名前はヨルダン。フェイスと言う人物に乗っ取られてしまった元の体の持ち主です」


 ステラの意識は視界の状況と同じように次第にぼやけていく。抵抗することもできず意識は闇に引きずり込まれていきそうになる。

 途切れそうになる意識の中ステラは必死に彼の声に耳を澄ませていた。


「どうか彼の見せる悪夢に負けないでください」


 そして、そんな言葉を最後に完全に意識は途切れてしまった。






 退魔騎士学校 校門前 『ツェルト』


 いくら待っても校舎から出てこないステラ。

 ツェルトとニオは校門の前に立って、ステラを待っていた。


 いつもなら、求められなくとも手伝うツェルトだが、生憎と今日はライドやニオの喧嘩の仲裁を彼女自身に頼まれてたし、後で話さなければならない相手もいたのでできなかったのだ。


 ライドの方は何とかしたのだが、もう一人の方は中々姿を現さなかった。例のフェイスが起こした事件に関係して伝えたい事がある、という話だったが。


「ステラも来ないし、リート先輩も来ないし。どうなってるんだよ」


 ツェルトとニオは結構な時間待ちぼうけをくらっていた。

 いい加減しびれをきらした二人が探しに行こうとした時、もう一人の相手の方……リートが姿を現した。


「ツェルト、立ち止まって私の話を聞け」

「あ、今忙しいしそれ後にしてくんね?」


 ツェルトはそれどころではないと横を通り過ぎようとするが、


「ツェルト、立ち止まって私の話を・聞・け!」


 回り込まれて仁王立ちで立ちはだかれた。


「それ、歩きながら聞いちゃダメなのか?」

「駄目だ、冷静になる必要があるからな」


 一応理由はあるらしい。

 しょうがないので、ツェルトは付きあうことにする。

 と、初対面であるらしいリートはニオに気付くが。


「お前に関係のない良い話と、お前に関係のある悪い話がある。どちらから聞きたい」


 ツェルトに視線を固定したままだった。

 話を進める事を優先させるようだった。挨拶は二の次らしい。


「えっと、ツェルト君、誰この人」


 ニオのその疑問はもっともだが、今は大人しくしていた方が色々良いはずだと言っておく。

 気に食わない事があると本気で容赦なく暴力振るってくるから、気を付けた方がいい。


 リートは合意が取れたとみて、口を開く。


「フェイス・アローラがこの近辺で目撃された。それで、良い方だが奴の被害にあった女性の何人かが目を……」


 だが、ツェルトは最後まで聞かずに走りだした。

 こんな事ならあの湖の町で会った時に無理をしてでも捕まえるべきだった。






 夢の檻

 ヨルダンという男の最後の言葉を聞き届けて、次にステラが気が付くと、

 腕を掴まれてどこかへと連行されていく途中だった。


「……ここは……」


 そこは石造りの建物中だ。

 ステラを連行する人物達を見ると、みな位の高い人物が着るような仕立てのいい服を着ていた。


「ここは……。きゃっ!」


 どこなのかと尋ねようとするが、そのまえに開いた牢屋に乱暴に投げ込まれた。


「囚人番号、三百四十六番。お前は今日からここで暮らすこととなる。出られる日が来る事を期待しない方が良い。貴族を手にかけた罪は重いぞ」

「ちょっと、何を言ってるの!? 私は人を殺してなんか!」


 まるで身に覚えのない事だった。

 目の前で牢屋が閉められる。ステラは慌てて走り寄り抗議の声を上げようとするが、その声は喉元で止まる。

 鉄格子を掴んだ自分の腕に、信じられない物があったからだ。

 鉄輪だ。


 自分の服を見下ろすと制服でも私服でもなく、ただただ簡素なつくりの服を着せられていた。


「一体どうなってるのよ……」


 次から次へと目まぐるしく変わる状況に、気が滅入りそうだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ