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第24話 心の変化



 そんな風に店を見て回りながら歩き、ステラ達は目的の湖へとたどり着く。

 近づくと桟橋があって、そこで小さな木の船がいくつか浮かんでいた。近くにいる人に聞くと遊覧船として動かしていると言ったが、結構な料金だ。

 ステラはともかくツェルトには負担になるだろうと思い、乗る事はしなかった。

 情けなさそうな顔をするツェルトに見ているだけで十分だと言い、ゆっくりと湖の周囲を回っていく。


 湖は日の光を浴びてキラキラと輝いている。


「綺麗ね」

「綺麗ででかい水たまりって感じだな」


 水たまりって。

 ツェルトにしたら人の目を奪う湖も水たまりのひとくくりになってしまうのだろうけど、もう少し言いようというものがあるでしょうに。


「こういうものがカルル村に一つでもあれば、もっとあそこも賑やかになるでしょうけど」

「俺はあの村はあのままでもいいと思うぜ、人がきたら忙しくなりそうだし」

「それもそうよね」


 小さな村でこれといった特徴のない所だけど、のんびりとした空気の満ちるあの場所がステラは気に入っていた。


 第一有名なんかになって人が増えたら、貴族のステラがツェルトに会いにいけなくなるし。

 今でこそへたな護衛をしのぐ腕前になったステラで、両親の反対を押し切って自由に動き回っている身だが、昔はただの小娘だったのだし。


 ツェルトに会いにいけなくなるのはだめだ。困る。すごく困る。


「腹減ったな、飯にしようぜ」

「いいわよ」


 湖を落ち着いて眺めるために作られたであろうベンチを見つけて、屋敷から持ってきたお弁当を広げる。

 二人の好物であるアンヌのクッキーもちゃんと持ってきた。


「うん、やっぱステラん家のご飯は美味しいよな」

「でしょ、料理長の腕はすごいのよ。何げに私たちの周囲ってアンヌもあわせて食に恵まれてるわよね」


 最近カルネの作るクッキーもすごく美味しくなってきてるし。


「あ、コーンスープも持って来たわよ」

「汁物まで!?」


 普通の水筒とは別のものを取り出して、ステラは用意していく。

 時間を考えてとっくに覚めているだろうが、それでも美味しく飲めるように作ったというので楽しみだ。 


 並べられたご飯を勢いよく食べていたツェルトだが、不意に動きを止めた。


 ツェルトは自分のフォークに刺さったおかずと見つめ合っている。


 どうしたの?


「こういう時といえば、こういう事するのが普通だよな。ステラ口開けて」

「嫌。何かいたずらするつもりでしょ」

「しないって、ほら」


 警戒はするものの、ステラは小さく口を開ける。

 そこに、フォークに刺したつまんだおかずを押し込まれた。

 これはあれだ、あーんだ。


「っっ!」


 ちょっと何やってるのよ!

 というかそれ、普通女の子の方がやる事でしょ!?

 わ、私はしないけど……。


 口を閉じて、体の向きを百八十度変える。

 口の中にある物体は何やら肉のような味がするが、何の肉かまでは分からなかった。それどころではなかったからだ。


「どうしたんだ、ステラ」

「あむ……っ、何でもないわよばかっ」

「何か俺怒られてる?」


 周囲を見回すが幸いにも近くに人はいないようだった。


 ただ口に食べ物を放り込まれただけなのになんでこんなに恥ずかしいのだろう。


 ニオとかヨシュアにやられたのならまだこんなに恥ずかしい思いを感じなかっただろうが、今ツェルトにやられるのは何だか無性に恥ずかしかった。


 それは二人が恋人(仮)同士だからなのか、それとも別の何かなのか。


「何か肩がプルプルしてるけど。ひょっとしてすっごい怒ったとか?」

「だ、大丈夫よ、大事だいじないわ」

「ステラは大事だいじないときは、大事だいじないって言わない気がするけどなぁ」


 細かいこと気にしないで。

 きっかり三秒の待機時間を使って顔色を元に戻したステラはツェルトに、食事を促した。


「せっかくの料理長が作ってくれてたご飯なんだから、しっかり味わって残さずいただきましょう」

「あ、何か壁作られた感じする」


 余計な事に気づかないで。






 ご飯を食べた後は、来た方とは反対側の方向の道を歩いたりしてアクリの町並みなどを散歩してまわった。


 なんというか、こうしてゆっくり時間を過ごしてると心が安らぐような感じがする。隣にいるのがツェルトだというのもあるが、思えば強くなると決めた時からずっと一心不乱に走り続けて、こういう時間を過ごした事がなかったなと思う。


 もし、勇者を目指さずに普通の貴族でいる事を選んでいたら、その私はこんな風に時間を過ごしていたのだろうか。


「ねぇ、ツェルトはどうして……どんなきっかけがあって騎士になりたいって思ったの?」


 格好いいからとか強そうだからとか、そういう漠然とした話は聞いてたけど、なりたいという思いを抱いた根本的な理由……ツェルトが私の隣で頑張り続ける行動の本当の理由については聞いた事がなかった。


「うーん、立派な理由なんてないけどな。人に強いところを見せたい、格好いいところを見せたい、そういう適当な理由だったと思うんだよな。でも、やり続けてるうちに色々見えてきてさ、騎士になるのも悪くないなと思ってる、そんな感じかな」


 何とも曖昧な答えだが、それだけなのだろうか。


「ま、ステラが頑張ってるから、だ。いつまでもずっとステラの傍に居続けたいっていう理由が一番だよ。騎士を目指すのも、強くなるのもその理由があるからだ。だからステラが強くなるのを止めたら俺も止めちゃうかもな」

「そうなの……」


 取りあえず相槌を打った後、「ん?」となる。


 って、え……………?


 今彼は何かとんでもないことを言わなかっただろうか。

 ステラは思わず足を止めてツェルトの顔を見る。


 ???


 私が理由? 私の為?

 なんで、どうして。

 だって、でも、他に何かどうしてもならなきゃいけない理由があるんじゃなかったの? だから頑張ってるんじゃなかったの? 私が理由ってどういう事?


「何で……私を理由にするの?」

「それは、あれだよ。俺がステラの事を好きだから」

「……」


 いや、でもそれってそれって、つまりツェルトは私の事……。


 違う。


 いつもの言葉だ。

 いつもの様に彼は自分に言ってるだけだ。

 だって、いつもこんな風に言ってるじゃないか、彼は。

 でも直接、好きだっていわれた事なんてあっただろうか。


「……もう、からかってるんでしょ」

「俺はいつだって本気なんだけどな」


 そうなの?

 そういう言葉なの。

 えっ、でもそんなの困る。


 いや、何が困るんだろう。

 別に困らないんじゃないか。

 困らない……、のだろうか。


 そもそも私は彼のことはどう思ってるのか。

 一緒にいたいし、いてくれると嬉しい。これからもそうであってほしいし、こ……恋人がするような事をツェルトにされても、嫌……じゃないかもしれない。


 じゃあ、それってつまり好きってことじゃないのだろうか。

 え……? そうなの? ほんとに?

 私はツェルトのことが……?


 ???


 そこまで考えたところでステラは色々と限界だった。


「あれ、えぇっ、ステラ!?」


 常日頃鍛えた体力を発揮して、その場を則離脱するべく猛ダッシュして逃げた。




 

 そのまま半日くらい行方をくらますのがセオリーなのだろうが、生憎と今ここにいる自分はステラだ。

 そう簡単にお望みどおりにはならないようだ。


「すいません、誰か女の子を見てませんか!」


 若い女性が焦った様子で通りに行きかう人々に声をかけている。

 難事の予感。

 だが、それを放っておけるステラでない事は、自分が一番よく分かっている。


「どうかしたんですか?」


 声を掛ける、彼女の問いに答えられるかなんてまだ決まってないのに、それでもその人は少しばかりほっとしたような様子を見せる。三十代くらいのその人は不安で仕方がないといった様子でステラへ説明し始めた。


「あの、五歳ぐらいの女の子で私の娘なんですけど、茶色の髪で赤い服を来た子を見かけませんでしたか」

「いいえ、見かけませんでした。はぐれてしまったんですか」

「はい、朝の早い時間からなんです。もう半日経つのに、家にも戻ってこなくて」


 五歳くらいの女の子が半日も行方が分からない、か。心配になって当然だろう。

 ステラの前世の世界、住んでいた国も比較的安全だったが、それでもそのくらいの年の子の行方が分からなくなるのは、思わしくない事態だった。


「ごめんなさい、力になれなくて」

「いいえ、ありがとうございます」


 礼を言って去っていくその人の後ろ姿は、非情に不安そうに見えた。

 女性を見送った後、何か力になれる事はないかと考えていると、ステラは自分の記憶に思い当たる節がある事に気が付いた。


 あの、帽子の店のショーウィンドウ。

 それだ。

 ステラは一度ガラス越しに、女性が話した特徴通りの子を見ていたのだ。


 もうあれからずいぶん時間が経つ。

 同じ場所にいる可能性は限りなく低いだろうが、一パーセントでもあるなら行かないという理由にはならないはずだ。


「ステラ! あ、思わず声かけちゃったけど、これ良かったのか。ここはそっとしておくのが……」

「ツェルト! もうちょっと私に付き合って。帽子屋の所に戻りたいの」


 追いついてきたツェルトに事情を説明して、ステラは歩いてきた道を駆け戻った。





 通りをかけて帽子屋に戻り周囲を見回すが、やはり女の子の姿はない。だが代わりにその店の主人から話を聞くことが出来た。


「その子ならお兄さんらしき男の人と一緒に歩いていくのを見た。確かあっちの方向に行ったはずだが」


 店の主人に礼を言い、その方角へ足を向ける。


 そのお兄さんが女の子の家族なら、本当に半日も行方が分からなくなるなんて事はないはずだ。

 だとすると、何らかの犯罪に巻き込まれているのかもしれない。

 急いで見つけ出さねばならない。


「もうちょっと具体的な事が分かればいいんだけど」

「方向だけじゃ、難しいな」


 情報の少なさに嘆いていると、ステラを呼び止める声がした。


「そこの貴方、探し人なら湖の近くにいますよ。一度戻られるといいでしょう」

「どうしてそれを……」


 ステラは発せられたその言葉に驚いて立ち止まり、声の主を見る。

 女の人だ。見覚えがある。


 幼い頃ステラは、旅の占い師に災難に見舞われ続けると占われた事があるのだが、目の前にいるのはまさにその人だった、記憶と寸分たがわぬその姿に二度驚く。あれから十年ちょっとは経つと思うのだが、まったく姿が変わっていない。


「貴方は良い友達に恵まれているようですね。私としても気がかりだったので、安心しましたわ」

「貴方は一体……」

「時間がありあません、今は私の言葉を信じて行動していただけませんか」


 ステラはその言葉を聞いて一瞬で判断を下す。

 この人は昔、貴族である都合の良い占いではなく、本心から心配してアドバイスをくれたのだ。

 信じるか信じないかの二択なら、当然信じる方を選ぶのが自然だろう。


「分かったわ、ありがとう」


 そう言ってステラは、再び湖の方へ足を向けて、向かう事にする。


「ステラ、さっきのすごい怪しげな人は?」

「知り合い……と言う程じゃないけど、信用してもいいと思うわ。ごめんなさい。後で話すわ」


「その後で」が数年かかるとはこの時のステラは思いもしなかったが。


 その二人の姿を見送った占い師は、感心したように頷いた。


「思い切りの良い判断、さすが私の仕えるお嬢様ですわね」





 湖に着いたステラ達は、その周囲を見回っていく。

 少し歩いて、ちょうど二人が昼食を食べた場所にたどり着いたとき、捜していた姿はあった。


 昼食を食べたベンチの傍に一人の男が立っていた。

 ベンチには女の子が寝かされている。


「……めだ、器には……適さな……」


 小さく呟かれる声は聞こえない。

 何の目的があるかは知らないが今更放っておくなんて選択肢はないだろう。


「その子から離れなさい!」


 ステラが叫ぶと、その人物はこちらを見ずに背中を向けて逃走した。

 追いかけようとするステラだが、ツェルトに先を越される。


「俺が! ステラはその子を」

「……っ、分かったわ!」


 小さな女の子をその場に残して行くわけにもいかず、ステラはその場に残る。

 実力を考えても、彼の方が強いので妥当な役割だろう。


 女の子の様子を見る。

 見たところ怪我を負っているようではなくて、ステラはひとまず安心した。


 しばらくしてツェルトが戻って来た。

 腕に怪我をしているようだった。


「ツェルト、大丈夫なの?」

「ああ、平気だよ。ごめん、逃げられた」

「そう。顔は見た?」

「ああ……、いや……」


 手がかりがないのは少し辛いが、仕方がない。

 とりあえずこの女の子を家まで送っていかなければならないだろう。


「何であいつが……」


 ツェルトが小さく何かつぶやいたようだったが、ステラには聞こえなかった。


 そのあとは、眠っている女の子をツェルトに運んでもらい、女の人が探し回っていた場所まで戻ってきて、そこら辺で聞き込みをしていたその人を発見。無事女の子を、送り届ける事が出来た。


「ありがとうございます。もうなんとお礼を言っていいものやら」

「気にしないでください、犯人は捕まえられなかったのですから」

「そんな、この子が無事だという事だけでありがたいです」


 女性の家の前(もうついでなので、ツェルトにそのまま運ばせて家まで送り届けたのだ)。大げさに感謝を言葉にする女性に、ステラは心苦しい思いになる。

 自分としては満足する結果ではなかったし、むしろ犯人の男を捕まえられなかった事を恥じるくらいだったのだ。

 そこへ、家の中で眠っていたはずの女の子が目を覚ましたらしく、目をこすりながらステラの下へと近づいてきていた。


「お姉ちゃん、きし様なの? 困ってる人の正義の味方なんだよね」

「えっと」


 違うのだが屈託のないキラキラしたまなざしを向けられては、さすがに訂正しにくかった。


「ええと、その、ごめんなさい。騎士じゃないのよ、私は」

「じゃあ、じゅんきし? わたし知ってるよ、きし様の次に強いんだよね」


 まあ、間違ってはいない。

 騎士学校の三年生に送られる準騎士は、騎士にしてもいいぐらいの技量を持っている者でなおかつ経験がないだけの者へ贈られる証明だし。


「まあまあ、いいじゃん。ステラは騎士って事でさ」

「ちょっとツェルト」


 適当なことを言い出したツェルトに注意しようとするが、女の子はそれでもう結論付けてしまったらしい。


「きし様、助けてくれてありがとう」

「あ、えっと、どういたしまして」


 満面の笑顔でにっこり礼を言われてしまっては、もう訂正などできるわけがなかった。


 女の子は嬉しそうにした後、右手をステラの方に差し出す。握手でもしたいのかと思ったが違った。

 その手には、小さな花が握られている。家の近くにでも咲いていたのを摘んで来たのだろう。その手は少し土で汚れていた。


「お花あげるね」

「ありがとう……」


 その花は、ステラの髪の色と似た淡い黄色の色の小さい花だった。





 帰り道で、ステラは女の子にもらった花を見つめる。


 最後の最後にトラブった一日だったが、騎士としての務めを果たすことがどんなことか、少し分かったような気がした。


 女の子の笑顔を見て、女の子が戻ってきた時の女性の顔を思い出してステラは騎士という存在について考える。

 今まで自分を守ることばかり考えてきたけれど、ステラの剣の腕があれば誰かを守る事もできるのだと。その可能性に気づかされた時間だった。


 ステラは並んで歩くツェルトに対して言葉をかける。

 その手は繋がれたままで、自分の手が彼の手と温もりを分け合ってる事について考えた。


 もし今日のようなかけがえのない何かを次も得られるなら、その時も彼と一緒に歩いてたい。


「学校、後まだ二年あるけど一緒にがんばりましょう」

「ん、ああ。そうだな。ステラと一緒にな」


 明日からの日々は今までとは少し違う気持ちで送ることになりそうだ。ステラは今日一日であった心境の変化を感じて、そんな事を思った。



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