第23話 幼なじみの恋人(仮)になりました
ウティレシア領 屋敷
進級してステラ達は二年生になった。
ステラとしては一年はあっという間だった。式の会場で新入生を迎えた時、一年前の今頃、自分は向こう側だったのだと思うと何とも不思議な心地がした。
習う分野も基礎から発展していよいよ応用に入る。勉強の方もなかなか量が増えてきた。
うかうかしてる内に置いていかれてはたまらない。ステラは相変わらず他の事に気を回す余裕のない学生生活を送っていた。
そんな様子で少し期間が経った頃。
「では、いってらっしゃいませお嬢様。本当に護衛をつけなくてもよろしいのですか」
「いいわ、私はあのレットに鍛えられてるのよ。何かあっても大抵の事なら自分で何とかできるもの」
休日、まだ朝靄の立ち込める時間に、ステラはお弁当の入った手提げ袋を持って馬車に一人で乗り込む。
見送りに来た使用人のアンヌが、一人で行動しようとするステラの身を心配そうに案じるので、安心させるように言って聞かせているところだった。
「それよりアンヌだって今日はお休みをもらったのでしょう? 早く支度した方がいいんじゃない?」
「ええ、ですけどそれはお役目を果たした後ですわ。お嬢様を送り出すのも立派な使用人の務めですもの」
「いつもそこまでしなくてもいいって言ってるのに」
「そういうわけにはいきません」
彼女なりに己の職務に対して譲れないものがあるのだろう。アンヌはステラの言葉に首を横に振って、自分が離れるまでこの場にいるという意思を表明した。
「頑張ってくださいね、お嬢様。料理長も腕によりをかけて食事を作りましたので、ぜひツェルトさんの心を射止めてきてくださいませ」
「もう、アンヌが思ってるような事じゃないわよ」
「あの方も苦労しそうですね……」
「面倒を見るのはいつも私よ?」
そんな若干通じ合ってないような気がする会話をした後、ステラは馬車に乗り込んで目的地へと向かった。
移動中。ステラは走行する馬車内で自分の服装を見つめたり、おかしなところがないかチェックする。そして、今日一日のスケジュールを頭の中に浮かべ始めた。
なぜそんな事をするかと言えば、今日はステラとツェルトが恋人になって、デートをする日だと決まっているからだ。
行き先は、学校で授業を受けるにあたってよく文房具などを買いに来るアクリの町。ステラの学校が湖水の学校と呼ばれるようになったあの町だ。
その名が示す通りこの町は、町の中央に綺麗な湖がある。湖の周辺には、壁を白い塗料で塗った建物が整然と並んでいて、訪れる人々の目をよく楽しませる事で有名だ。
観光地としてもそれなり名が通っていて、旅人なども近くに来たら足を向ける気になる、そんな素敵な場所だった。いつもは用事以外は全く目を向けないが。
アクリ 町の外周
そんな有名な観光名所でもある町の中で、ステラはツェルトと合流した。
ステラは彼を前にして俯く。何故だか無性に恥ずかしかった。
いつも会っている時は、そんな風に思わないのに。
向かい合って立つ二人……ステラとツェルトの服装は、普段と違ってかなり頑張った装いをしている。
まずステラの物はこうだ。服装は白いワンピースに淡い黄色の上着を羽織っていて、髪は背中の腰あたりで橙色のリボンでまとめている。そして首元には普段身に着けない装飾品、星を模ったアクセサリーがあった。
そしてツェルトの方。彼も、普段は着ない一段上の生地の青のシャツを来て、丈夫さなど存在しないような仕立ての上着を軽く重ねている。ズボンはこれまた普段身に着けない汚れが目立つ淡い水色のものだった。
いつもの服装の方がツェルトって感じがするはずなのに、恰好を整えた彼の姿を見ているとそれも悪くないと思えてくるから不思議だ。
ステラと同じように、今日の為に考えてくれた……りしたのだろうか。
姿見の前と箪笥の間を何往復もしたり、服を並べて意味もなく小一時間ほどみつめあったりしていたり……そんな風に考えていたりしてくれたのだろうか。
そうか。
そこまで考えてステラは気づく。
きっと、いつもと服装が違うから、ステラの内心が困惑しているだけなのだろう。
そうに決まってる。
「似合ってるわよ。いつもちゃんとできたら満点あげるのに」
「おかしいな、誉められてるはずなのに、何でかすっきりしない」
しわになってる所もないし、汚れもついていないそう言ってやれば、何故かツェルトは不満そうになる。誉めたつもりなのだが。
「あ、そうだ。言わなきゃダメなのかしら。これ」
「別にステラがどうしても無理だっていうなら俺があいつらには言っとくけど」
そう言えば一日を始める前に言うセリフがあったのだと思い出せば、機嫌を直したツェルトが声をかけてくる。
「言うわ! こういう約束は大事よね。たとえ遊びでも」
「そんな真面目に考えなくてもいいと思うんだけどなぁ」
駄目だ。ちゃんと決まりどうりにやらなければ、意味がないのだ今日は。
「えっと、じゃあお願いねツェルト。こういうの初めてだから、変な所があったら言ってくれて構わないわ」
「お、おう。……大丈夫だよ。変なとこなんて全然ないぜ。むしろ可愛すぎて俺が変になりそう」
「はいはい、分かったから」
「真剣に言ったんだけどなぁ」
肩を落としたツェルトが手を差し出して、ステラがそれを握る。
二人は普段よりもゆっくりとした足取りで町を歩き出した。
なぜこんな事をしているのかというと。
その原因は昨日の放課後に遡る。
その日、突然の豪雨と雷によって授業を終えた生徒達はしばらく帰宅できなくなってしまい、多くの者達が教室で待機していた。その中でステラ達も同じ目にあって、時間を潰すために訓練するか勉強するか悩んでいたのだが、そこにある人物が提案をしたのだ。面白い遊びがあるからやらないか、と。
その提案の主はライドだ。
彼は、先輩から教えてもらった札を使った遊びをしようと言い、ステラ達を強引に巻き込んで、ゲームを始めたのだ。ゲームはところどこと違う箇所はあるものの、おおよそはステラの知っているババ抜きと同じものだった。
途中からは、ニオやツェルトの他の男友達も混ぜてゲームを続けていたのだが、どういう話の流れか最後のゲームでは負けた人間は罰ゲームを受ける、という事になったのだ。
それで、思ったより顔に出やすかったステラが最終的な敗者となってしまい、その場でライドが考えた一日恋人ごっこで出かける、と罰を言い渡される結果になったのだ。
そんなわけで、仮ではあるが現在ステラとツェルトは恋人同士、なのだ。
恋人……。
駄目だ、努めて考えないようにしてきたのに、意識したら心拍数が上がってきた。
ここは冷静に。
冷静にならなければ。
「何か深呼吸してるけど、どうしたんだステラ」
「なんでもないの、気にしないで。深呼吸したくなっただけだから」
「そうか? でもなんだか俺みたいだぜ」
「私はツェルトじゃないわよ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」
ツェルトと同じだなんて心外だ。
私はいたずら好きでもないし、我がままでは決してない。
おかしさは……、確かに最近ちょっとあるかもしれないけど。
「とにかく、せっかく来たんだからいろんな所を回ってみましょう」
「おう、そうだな」
さて、どこから見ていこうかと、そんな風に相談する二人の背後、一区画分ほど後ろに二人の人物がいる事はステラ達の知らない事だった。
アクリ 町の一画 『ライド』
歩くステラとツェルトを見つめるのは一人の軽薄そうな男子学生だ。
「お膳立てしてやってんだから上手くやれよな」
曲がり角の建物から顔を出し、にやにや笑いを浮かべる彼はさらに背後にいる人物に気がつかない。
「こーんな事だろうと思った」
「うわっ、びっくりした。何だ活発ちゃんか。どうしたの? ひょっとしておたくも人の恋路とか詮索したくなる派?」
それは、茶髪に青い髪の瞳をした少女ニオだった。
「そんなわけないよ。ニオ……恋愛事茶化したりするけど、こうやってこそこそ動くの好きじゃないし。茶化すなら、正々堂々特等席に乱入して茶化すもん」
腰に手を当てて眉を立てて怒りの感情を分かりやすく少女は、ライドを肩を引っ張て覗き見をやめさせる。
「良いこと言ってるように聞こえるけど、けっこうひどいのな」
「どーとでも言えば。そこがニオのいーところ」
「開き直った!」
覗き見の実行が不可能だと分かるや否や、ライドはニオの相手をする事に決めたようで、相手に向き直り気になっていたことを尋ねた。
「ちなみにどんな感じで俺の企みはばれたの?」
「女の感。ライド君が罰を決めたのに、後で内容を報告すれば良いだなんて、おかしいと思ったんだ。そんなライド君は良い人過ぎるにも程があるからね」
その通りだった。ライドは初めから二人の覗きをすることを前提にして罰を言い渡したのだ。
「やるならもっと、皆の前でちゅーとかぎゅーとかさせた方が面白いのに」
「確かにそれは面白い」
その場面を想像したらしく、二人して面白そうに笑い声をあげる。
「ま、そういうわけだから大人しくライド君は帰りなよ。ほらほらお帰りはあちらだよー」
「俺、ここまで来て帰んの? もっと別の発想浮かばない?」
「別の発想って」
「例えば、俺が活発ちゃんと町で楽しく遊んでみるとか」
「はー?」
ライドの口から出た提案にニオは眉をしかめて、相手を注視する。
じっとりとした視線を向けられているにも関わらずら、ライドの態度は相変わらずだ。
「穴が開くほど見つめられるってこういう事なのな。良いじゃないの、どうせお互い暇なんだからさ」
「ニオをライド君と一緒にしないでよ。やる事ならありますー。ある。あるんだもん。ほらもう行きなよ。じゃあねー、ばいばい」
「つれないのな。……よしこれで邪魔者はいなくなった」
呆れた様子でその場を離れかけたニオだが考え直したように、数秒後戻って来た。
「今、ニオのこと嵌めようとしてたでしょ!」
町中を歩くステラ達、まだ朝の早い時間だからか、人々の通りは少なく周囲には静かな空気が満ちていた。
とりあえずは名物の湖をめざしながらステラ達は歩いていく方針だ。
「今更だけど、ツェルトは迷惑とかじゃなかったの?」
「いーや、全然。むしろ相手に選んでくれてすっげえ嬉しい」
他に用事はなかったかと思い問えば、彼は嬉しそうに答えてくる。
そうだ。罰ゲームには誰を恋人にという指定はなかったので、ステラはその相手にツェルトを選んだのだ。
「そんなに勉強きつかったの? どこが分からなかかったのは早めに言ってよね。ちゃんと教えるのも時間がかかるんだから」
「喜んだ意味それじゃない! 勉強道具とか持ってきてないからな、俺。やっぱりいつも通りに正しく伝わってないな!」
それなら勉強でストレスたまっていたという事だろうか。そんな事なら、こんな機会じゃなくもいつでも付き合ってあげたのに。
「ツェルトが行きたいって言うのなら、アクリじゃなくても付き合ってあげるわよ」
「それって頼めばいつでもこうやって一緒に出かけてくれるって事? だよな、な?」
変に念押ししなくても、そのままの意味よ。
誤解のしようなんてないと思うけど。
「その通りよ、必要な時はいつでも言ってちょうだい。悪用は駄目だけどね」
「あれ、「ここは調子に乗らないの」とか言って怒られる流れのはずじゃ……」
そんな事言うわけないじゃない、何に対して警戒してるのよ。
ステラだって、ツェルトとどこかに出かけるのは別に嫌ではないし、むしろ楽しみなくらいなのに。
剣を振ったり体を鍛えたりばかりだけど、こういうのんびりしたのもたまにはいいかもしれない。
……剣も勉強もどっちも嫌いじゃないけど、やっぱりそればっかりやってると息が詰まっちゃうもの。
そんな様子で歩いていくステラ達は、多くの店が立ち並ぶ通りへとやってきていた。
「おっ、これステラに良いんじゃないか」
その中の一つの店、小物屋のショーウィンドウを覗いてツェルトが声を上げた
視線を向ければそこには、可愛らしいひまわりの飾りがついた帽子があった。
「素敵ね、このワンピースと合わせたら似合いそう」
「絶対似合うって、いやステラならきっとなんでも似合うと思うけど」
「そんな事言ったら、他の女の子に失礼でしょ?」
「ここで怒られた! うん、なんかちょと安心」
おしゃれに並々ならぬ気を使っているだろう世の女性達に対して失礼だと言えば、何故かツェルトはほっとしたような表情になる。
「でも他の帽子と比べて高いわね、何でかしら。あ、こっちのリボンも可愛いわね」
……取り外し可能…? って書いてあるけど、もしかしてひまわりとこのリボンは付け替えられるのかしら。
どういう仕組みになっているんだろう、ちょっと興味がある。
「うーん、ここでさっそうとステラにプレゼントできたら、格好いいんだろうけどなぁ」
隣を見れば、ツェルトがそんなできもしない事で悩んでいた。
確かに可愛いとは思ったけど、無理してまでほしいとは思わないし、そんなことされたらツェルトに申し訳なくなりそうだ。
ショーウィンドウに映ったステラの背後。何かが動く。
ガラスに映ったこの店の対面にも、面白そうな道具を飾っている店があった。そこを小さな女の子が一人キョロキョロと覗き込んでいたのだ。
十にも満たない歳の位子供だが、こんな所で一人でいて大丈夫だろうか。そう考えているうちに、女の子は店の中へと入っていく。きっと店の人が知り合いか何かだろう。
ステラはつかの間それた思考を戻して、ツェルトに声をかける。
「でも、あっちの方が気になるわね、見に行きましょう」
こういうのは興味がないのを装うのが一番だ、ステラは繋いだ手を引いて他の店へと歩いて行った。