第22話 私の勇者
足音もなく唐突に発生した聞きなれた声。
彼がやってきた。
精霊使いの彼は集中力を要する代わりにどこであろうとも瞬間的に移動できるのだ。
ツェルトは剣を一閃、男は回避の為にステラから離れる。
ツェルトは来てくれた。
ステラが目指す勇者とは違うけれど、ステラを助ける勇者はいつだって彼だった。
最初に人質にされていた時の事や、いつか屋敷の中で苦手な貴族に悪口を言われた時の事もあった。迷いの森で助けようとしてくれた事もあるし、カルネらと共に精霊の求めに応じて協力した時もそうだ。
いつだってツェルトは、一番助けが欲しい時にステラの元へ来てくれる存在なのだ。
「お前、ステラに何してんだ」
「貴様……」
「色々裏で黒い事してるようだから、証拠掴んで、確実に叩きのめしてやろうと思ったのに。くそっ、ごめん、ステラ」
ツェルトの声が聞こえる事がこんなにも安心する事だなんて。
特に最近はちょっと離れてたからなおさら、彼の言葉が聞こえるのが嬉しくなってしまう。
「謝る理由なんてないわ。ありがとう。助けに来てくれて」
どうやらツェルトがここのところ忙しかったのはそういう理由があったらしい。
いたずら好きで我がままで考えなしのツェルトが、そんな難しいことをやっていたなんて。
色々驚くところはあったが、詳しい話を聞くのは後だ。
「くそっ、何故うまくいかない……」
小さく毒づいたフェイスは形勢が不利だと判断したらしく、洞窟の奥へと逃げていく。
どこに潜んでいたのか。逃げた彼の代わりに殺到してきたのは表情のない女性達だった。
動きは普通の女性よりも早いが、皆同じで個性というものが感じられない、まるで道具のような動きだった。
彼女らの事は姿を見せるまでまったく気配を感じなかった。
おそらくフェイスの呪術によって犠牲になってしまった人達なのだろう。
彼女達は元に戻るのだろうか。
その前に、どうにか無力化しなければならないのだが。
逃げるフェイスとすれ違うようにいつかの先輩がやってきた。
黒紫の髪に血のような色の瞳、飢えて獰猛な肉食獣を思わせる雰囲気をまとった先輩は、フェイスには目もくれず、ツェルトのいる方へと走る。
「れっ、レイダスっ。僕を助けろ!」
「あぁ? 俺様に命令すんじゃねぇ」
「あそこにお前の大好きな獲物がいるぞ」
「ちっ」
そうして入れ替わるレイダスがおざなりに言葉を投げつけながら、こちらの方へ接近してくると彼は……。
「はっ、何だこりゃあ、面白そうな事になってんじゃねぇかよ」
躊躇することなくレツェルトの周囲にいた女性達ごと切りつけようとした。
「なっ!」
ツェルトが驚きの声を上げる。
それはそうだ、彼女達は元は関係のない人達。ただ巻き込まれただけの人なのに。
ツェルトが慌てて女性達を突き飛ばして回避させるが、代わりに彼は利き腕を怪我してしまう。
「っ!」
女性達は地面に転がったまま電池がきれたようにそれきり動かなくなってしまった。
下手に動き回られるよりはいいが、心臓に悪い光景だ。
とにかくこのままではいけない。
ツェルトが女性たちに気を配り、離れたところに移動しながらレイダスの相手をする。剣を交える二人の様子を見ながら、加勢する為にニオに呼び掛けた。
「ニオ、ニオ! 起きてちょうだい」
「ん……あれ? どうして、こんな所に」
寝ぼけた様子で周囲を見回した後、ニオは「あ、人質になったんだ」と呟いて納得する。
「後で詳しく説明するから、私を助けてくれない?」
「良いけど。って、なんか色々大変な事になってる……!?」
周囲を見回して混沌とした様子に驚く親友。
山の中にいたのに、いきなり洞窟にいて戦闘になってたら驚くわよね。
ニオだけにできるという特別な魔法で、苦心してステラをとらえていた呪術を解除してもらった後、ツェルトの救援へと向かう。
「私の存在を忘れないでくれる」
戦う二人の間に割り込み、さあここからだと思ったものの、気分を害されたレイダスは興ざめした表情になる。
「男同士の戦いに水を挟むもんじゃねぇよ」
「正当で真っ当なものなら、介入したりはしないわ」
「ちっ。今度は邪魔者ぬきで勝負させろよ」
非情に不快そうにステラを一瞥し、その場を去っていった。
追いかけようとするツェルトを引き止める。
自分達ではまだあの男には敵いそうになかったからだ。
少し見ただけだが、あの男の力は桁違いだ。
「えっと、ステラちゃん。さっきも言ったけど、ニオの魔法の事は……」
ステラを助けた魔法の事だろう。彼女はその魔法の事をあまり人に知られなくない様だった。
「分かってる、秘密なのよね。誰にも言わないわ。友達だもの」
「うん、そうだね。ありがと、助けに来てくれて」
事態は落ち着いたが、他にやらねばならないことがある。
命令する人がいなくなってその場にいるだけになってしまった女性達をなんとかしなければならないし、教師達への説明とかもしなければいけない。
だが、その前に……。
ニオに色々言われてステラの今の状況に気づき、こちらを見て顔を赤くするツェルト。
「言っとくけど、不可抗力だかんな」
自分が今どんな格好になっているか、ステラは遅まきながら理解した。
フェイスによって衣服は引き裂かれ、胸元が露わになってしまっている……。
「っ!! そう言うのなら視線をそらしなさい馬鹿!!」
まったく背ける気のないその顔に向けて、ステラは容赦のない拳を思いきり放つ。
女の人の恥ずかしい恰好を凝視するなど、失礼にもほどがあるだろう。
「おごっ。……黄色のレース、だった」
洞窟の壁に打ち付けられて崩れ落ちながらの小さな一言が聞こえてきた。
さっきはあんなに恰好良いって思ってたのに……。
もう一度殴っても、今なら許されるはずだ。
そんなトラブルがあった後、当然の様に野外活動は後日別の場所でやり直しになった。
余談に同じ班員の者達の事だが、ステラまでがいなくなった後に大いに動揺して先生達の助力を求めてリタイヤしていたらしい。被害にあった女性達は病院にて治療を受けている最中だ。
そしてそんな事件を起こしたきっかけであるフェイスは行方をくらませて、その日を境に姿を見せなくなった。