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第21話 弱虫を乗り越えるために



 学校外 『ニオ』

 ツェルト達が洞窟に入るよりも少し前。

 ニオやステラを含めた班員数名は、山道を歩いていた。


 しかしその道中、最後尾を歩いていたニオは、背筋が寒くなる様な感覚がして、一瞬ぶるりと体を震わせた。


 山歩きは順調だ。時おり出現する猛獣も速やかにステラが排除してくれるし、メンバーの一人が山に詳しかったおかげで、見落としがちな注意点や危険な行為などにも気をつけて進む事ができた。

 あれほど緊張していたのに、心配していた事はほとんど起きなかった。


 だからニオは、この分なら余裕でいい成績を残せそうと思い、ほんの少し安堵していた。

 時折りツェルトの話題でステラをからかったり、彼女を驚かそうとして背後から忍び寄るも逆に気配で気づかれて、その事実と返り討ちに逆に驚かされたりして、道のりを楽しむ余裕すらあったのだ。……その時までは。


「殺気の気配はよく分かるんだけど、人の気配はまだまだね。ニオだから分かったのよ」

「普通逆だよね。人の気配に気付くより殺気に慣れてるって、ステラちゃんの将来がもうホントに色々心配」

「え、どうして?」


 山登りももう行程の三分の二を過ぎている。終着点までもう少しだ。

 班の皆と一緒なのだから何かあっても何とかできるだろう。そんな楽観すら抱きつつあったのだが……。


「ニオ・ウレム。声を出すな」


 最後尾を歩いて、皆からほんの少し離れた瞬間だった。

 背中から女性の声がして、人の気配を感じた。


「動くな」


 振り返ろうとするが、相手に言われて動きを牽制される。首筋に冷たい凶器の存在を感じた。


「そのまま、指示する方向に歩け。いいな」


 頷きを返し、皆が進むのとは反対の方へ歩かされる。


 ステラちゃん、皆。心配かけちゃうけど、ごめんね。

 班員達の姿が見えなくなる直前、ニオは心の中でそっと謝った。


「ニオ……?」


 そのわずか、数秒後ステラは振り返ってニオの姿がない事に気がついた。






 しばらく歩かされ、ニオが連れていかれた先は洞窟だった。

 薄暗く、湿度が高いせいでじめじめしている。非情に不快な空気が満ちていた。


「ねぇ、そろそろ色々話してくれてもいいんじゃないの?」


 中に入り奥へ進みながら、ここまで連れてきた人物へ問いかけるのだが、反応はない。

 というより、ニオの言葉など聞こえてないかの様子だった。


 道中でもニオに対してかける声に感情の色は窺えず、彼女の表情は平坦なままだった。

 本当に生きてるのかと思わずそう思ってしまうぐらい、目の前の女性からは人間らしさが感じられない。


 気持ちの悪い感覚だ。

 まるで人形でも相手にしているかのような気分になってくる……。


 と、そこまで考えた所で、洞窟の先に男がいるのが見えた。

 その周囲には、数人の女性が立っているのだが。皆、ニオを連れてきた女性の様に表情がなかった。


「フェイス!」


 こんな状況を作り出した張本人。

 驚く事にそれは同じクラスの男子生徒だった。

 最近ステラにまとわりついている様子の困った君だ。


「ニオを連れて来てどうするつもり、それにこの人は何なの!」


 そこまで言ってニオは思い出した。つい先ほどステラに話したこの山の噂について。

 まさかあの話は本当で、攫われたのはここにいる女性なのではないか。だとしたらフェイスはその犯人なのかもしれない。


「人の心配より、自分の心配をする事だ。お前はステラ・ウティレシアを呼び込むための餌となってもらう」

「冗談! 思い通りにならないからって、こんな事するなんて。逆効果にも程がある。アンタなんてステラちゃんが駆けつけてきたら、ボッコボコのギッタギタにされちゃうんだから!」

「ふん、お前もあの女と同じで可愛げのない奴だな。校舎裏に呼びだして、たきつけた不良共に襲わせたというのに、顔色一つ変えやしない。あまつさえ助けに入ったこの僕を邪魔者扱いする始末!」


 興奮しながら話すフェイス。

 ニオは呆れながら聞いていた。


 そんな事やってたのか。

 そりゃ、嫌われるわけだよ。


「あの女が来るまでに時間がある、その間お前で遊んで鬱憤を晴らすとしよう」

「……っ、何するつもり」

「ふん、こいつと同じ状態にするのさ。来い」


 警戒するニオを歩かせ、地面に描かれた魔法陣の上へと連れていく。


「これは、呪術……?」


 一般知識にはない魔法だが、ニオは少々特殊な環境で育っている為に、耳にしたことのある単語だった。


「ほう、知っているのか。ああ、僕に強大な力を与えてくれるんだ、お前はこれで、魂を抜きとられた人形になるんだ」

「それで自分に都合の良い存在を作りだすってわけだね。歪んでる」


 はっきりと侮蔑の色合をこめて発言するのだが、相手はまるで気にしてないようだった。

 ここでニオの言葉に躊躇いを見せるような人間だったらそもそも呪術に手を出してはいない


 ニオは魔法陣へと突き飛ばされる。

 魔法陣は光を放つが、しかし効果を発することなく数秒後に霧散した。


「な、何故だ」

「残念でした、効かないもんね」


 狼狽するフェイスにしてやったりといじわるな笑みを浮かべるニオ、自分をとりまく複雑な事情がある為、詳しい事は言えない。言えたとしてもこんな人間に教えてやるつもりはないが。


 どうにかしてステラ達が助けにくるまで時間を稼げないかと考える。

 それとも、自分一人で何とかできるだろうか。


 頭を働かせていると、近づいてきたフェイスがニオの背中を蹴り飛ばした。


「……っ! 思い通りに行かなかったら暴力振るうんだ、最低だね」

「煩い! なぜ僕の力が通じないんだ、一体何をした。言え!」

「君の力じゃないでしょ、借り物の力で偉そうにしないでよ」

「この……っ!」

「うっ……」


 暴力を振るわれ、ニオの体はすぐに傷だらけになった。

 体を蹴られ、上から踏みつぶされ、満身創痍になっていく。


 やりたい放題やってくれちゃって、と心の中で毒ずく。

 ステラなんかは、ニオの事を「言い方が悪いだけで性格は悪くない」と、評してくれるが、本当はそんなに悪くなくもないのだ。


 怪我を負いながらもニオは、相手を睨みつけ、心の中で色々言い返す事を忘れない。


 こんなニオの中身は、いつかのライドの質問にはとぼけて返したが、お腹の中は真っ黒……とまではいかずともに灰色ぐらいにはなってるだろう。


 ステラちゃんの言う事もうちょっと真剣に聞いてあげれば良かったかな。


 ニオは泣き虫だった昔の自分と決別するために、わざと余裕があるような態度をとっていた。

 それは成長するためであり、自分に自信をつけて強くなるために必要な事だと思っている。だが、危険性を正しく認識できないようでは良くないだろう。


 そんなものは臆病だった自分の心を見ないようにしてきただけだ。強くなるならばこれからは、そういった自分の弱さを見つめた上でのりこえる必要がある。

 

 それらをこれから解消していく為にも、何とかこの状況から脱しなくてはならない。


「……っ」


 振るわれる暴力に、痛みに顔をしかめる。

 だが、それでいい。


 こういう奴は自分が優勢になればなるほど隙を作る。

 ニオは隙を伺いながら、確実に相手を無力化できるチャンスを待った。

 ステラやツェルトではないので、真正面から実力の知れない相手に挑む気はない。


 服の下に忍ばせていた短剣に手を振れさせ、準備する。

 それが一体どこなのか。詳しい場所は乙女の秘密なので言えないし言わないが。


「おい、そいつの傷を治せ」

「分かりました」


 しかしどういった風の吹き回しか、フェイスはいったん手をとめて、その場にいた中の一人の女性に命令し、ニオの怪我を治療し始めた。その人は治癒の魔法が使えるらしい。


「何のつもり?」

「勘違いするな、簡単に壊れてしまっては困るだけだ」

「あっそ」


 親切心が働いたわけでなく、どうしてもニオのした事を聞き出したいらしい。


「呪術が消える理由を教えるってやつ、考えてあげてもいいよ」

「何?」

「ただし……っ、大人しくお縄についてくれたらねっ!」


 跳ね起きて、隠していた短剣を繰りだそうとするが、


 割り込んできた何者かに弾かれた。

 先程ニオを治療してくれた人とは違う、別の女の人だった。

 首筋に衝撃を受けて意識が朦朧とする。


「うっ……っ」

「同時に操れるのが一人だけだと思ったか。お前の相手は後だ、あの女が来たようだからな」


 地面に倒れこむニオは完全に意識を失った。






 いなくなったニオを探して洞窟に向かったのはステラ一人だけだった。

 当然、班員達は手分けして彼女の行方を探していたのだが、ステラが一人になった瞬間に、ニオの誘拐をほのめかす手紙が届いたのだ。

 ステラはその手紙の内容にあった「一人で来い」という指示に従って、添えられていた地図の場所までやって来た。


 たどり着いた洞窟の奥、薄暗い闇の中でフェイスが立っていた。

 この後に及んで、彼が偶然この場に居合わせた関係のない人間だとは、さすがにステラも思わない。


 視線を周囲に向けると地面に倒れているニオの姿。近くに視線を向けるが、少なくも見た限りは他に人影はないようだった。


 友人の状態が心配になったが、ニオは気絶しているだけで、怪我とかは特に見られない。

 ステラはその様子にほっとする。


「それで、これはどういうつもりなのかしら」


 ステラは相手を睨みながら、腰に帯びた野外授業用に貸し出された剣に手をかける。

 最悪の場合、人を手にかける事になるかもしれない……とはまだ考えなかった。

 相手はクラスメイトなのだ。どんなに嫌な奴でも。

 できることなら命は奪いたくないのがステラの正直な気持ちだった。


「逃げずに来たようだな。お前が悪いんだ。この僕に気にかけてもらいながら、好意を無下にするようなことをするから」


 フェイスはこちらが攻撃を加えるとはまるで思っていもいないような態度だ。妙に余裕がある。


「別に無下になんてしてないと思うけれど。私には他にやる事があったし、校舎裏の件は正当防衛でしょう?」


 無駄だと思いつつも話しあいでどうにか解決できないものだろうかと考えてみるが。


「うるさい! 女なんて男の後ろに従っていればいいんだよっ、出しゃばるな!!」


 男女差別が過ぎる発言に辟易する。

 ステラのしている事は色々と無駄な努力のようだ。


 仮に力ずくで取り押さえるとしたら、ニオに危害が及ばないようにしなければならない、そう思い、ステラは注意深く相手の様子を伺うが……。


「だから、ははは、こうやって自由を奪ってやるんだよ。動けなきゃお前なんてただの女だ」

「どうやって? あなたに負ける要素なんて……、……っ」


 ステラは失敗してしまった。

 自分自身への注意をおろそかにしたせいで、彼の罠にはまってしまったのだ。


 足元を見ると、魔法陣のような図形が彫られていて、そこから光が湧き起こっていた。

 何らかの魔法なのか、ステラは身動きができなくなってしまう。


「人質のことで気が回らなかったようだな。まんまと罠にかかってくれた」


 フェイスは得意げな様子でそれについて説明する。


 彼が発動したのは呪術というものらしい。

 対価が必要になる代わりに、強大な力を持ち主にもたらすという。

 フェイスはこの魔法で何人もの人間を犠牲にしているらしい。


「まあ、お前を捕まえる以外の用途の魔法陣の分も用意してあるがな……」


 フェイスはステラを捕らえるだけでなく、まだ何か企んでいるようだった。


 そういえばと思いだす。ニオがこの山で女性が行方不明になっているという話をしていたが、まさかこういう事だったとは。もっとちゃんと聞いておけばよかった。


「だが、その前にやることがある。お前はその身をもって自分の愚かさを思い知るのだ。せいぜい泣いて、自らの行いを後悔するんだな」


 フェイスは近づいてきて、ステラの服に手をかける。


 いたぶるようにこちらの服を引き裂き、体を撫でまわす行為に嫌悪感と恐怖が込み上げてくる。


 まさか、そういう事なのか。

 同年代の少女達に対して、恋愛事などにあまり興味を抱いてこなかったステラでも、さすがに彼が何をしようとしているのかは分かった。


 こんなやつと自分が……?

 この先の未来を想像して、恐怖やら怒りやらで体が震えそうになった。


 誤魔化す為に、ステラは強がってみせるが。


「私は、貴方なんかに屈しないわ。名前すら覚えてないただの駄目男になんか……」

「何だと」


 その一言が相手に火をつけてしまった。


「覚えていない、だと。この僕の名前を。このフェイス・アローラの名前を。なら、一生忘れられないように、最悪の思い出と共にお前の記憶に刻み込んでやるよっ!!」

「……っ、いやっ。ツェルト!!」


 激高したフェイスがステラに詰め寄り、ズボンの上から足をなでで、服に手をかけようとする。

 鳥肌が立った。

 気持ち悪くて不快だった。

 こんな奴に成す術もなく、蹂躙されようとしている自分が情けなくもあり、様々な感情が弾けて頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 だが、ステラが拒絶の言葉を発した瞬間。


「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ」


 ステラの勇者はやってきたのだ。




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