第20話 一年課程メインイベント
学校外
ステラは今、クラスメイト達と共に山へと向かって歩いていた。
だが、足を進める生徒達の顔色は憂鬱なものばかりだ。
対魔騎士学校、一年課程のメインイベントがやって来た。
内容は単純だ。
生徒同士で班を組んで歩き、とある山の頂上までにかかったタイムを競うという、それだけのもの。
入学してからだと、これが初めての野外活動となる。
山に着いてからの活動は、生徒達だけで行わなければならないので、教師のいない中で危険な獣や障害物を何とかしなければならない。
慣れてない者が緊張するのは当然の事だろう。
それに加えて、このイベントは実力試験も兼ねている。一年の総合成績にかなり影響するという点もおそらく影響しているのだ。
王宮勤めの騎士を目指す者は、ここでいい成績を取っておきたいと考えるのが普通だろうから、どうしても体に余計な力が入ってしまう。
だが、そんな事情もステラには関係なかった。
この学校に入った理由は強くなる為で、別に将来騎士になる予定はないのだから。
「……だからといっても、手を抜くつもりはないのよね」
やるからには常に本気だ。
物事で手を抜く事は好きではないし、自分がどこまでできるかは常に挑戦し続けたい気持ちもある。
だから、今回の野外活動も全力で臨む気でいるのだった。
改めて気合を入れた後、ステラはその備えの一つを見下ろした。
本日のステラはいつもと違う。スカートではなく、丈夫なズボンを着用していた。
虫刺されや、ちょっとした木の枝が作る引っ掻き傷も馬鹿にできない。
そこから良くない細菌が体に侵入してしまうこともあるのだし。
そういうわけなので、ツェルトに残念そうな顔をされながらもズボンを選んだのだ。どこがどう残念なのかは知らない。聞いたら変な事を実践されそうだったので、聞かなかった。
後は、とステラは己の腰にある、貸し出された剣をチェックする。
今回は学校の敷地内ではなく、どんな不測の事態が起こるか分からない野外だ。
念の為にと、生徒に帯剣の許可が下りたのだ。
ステラは過去に起きた精霊がらみの事件で、星雫という剣を扱う事が出来るのだが、あれは魔物にのみ効き目があるのみ。なので、普通の脅威に対抗するには実物の剣がないと困るのだ。
「はーぁ、不安だなぁ。うまくやれるか心配だよ」
自分の格好を気にしてると、隣を歩いていたニオがクラスメイト達と同じような顔をして、ため息交じりに発言。
「そんなに思いつめる事はないわ」
教師だって見てるんだし、失敗したって死ぬわけじゃないんだから、とステラは憂鬱そうな彼女を励まそうとするのだが……。
「将来の道は懸かってるけどね」
と、そんな言葉が返ってくる。
彼女はかなり成績点が気になっているようだ。
「命が懸かってる懸かってないで、緊張するかしないか分かれるとか……、ステラちゃんって一体どんな人生送ってきたの?」
「ごく普通の人生よ。少し人質にされたり、魔物と戦ったことはあるけれど」
「うっそだぁ、おかしいよ。色々、大丈夫?」
話す内に自分でも(あれ?)と思えてきた。
だが、どれも結果的にはそんなに心配されるような大した事にはなってないと思うのだが。
「そんなに私、変かしら」
「あ、何か手遅れっぽいかも」
疑問に思うステラにニオは何かを諦めたらしかった。
だが、軽口を叩き合っている内に、ニオの気が紛れてきたらしい。
ステラに気を使わせるばかりでは悪いと思ったらしく、彼女からも色々な話がもたらされる。
「ニオの知り合いにもよく色々なトラブルに見舞われる人がいるんだけどね。どっか他人事っていうか、ぼんやりしてるんだよね。何とかなるだろうって感じで、見てるこっちはヒヤヒヤしっぱなしなのに」
「ニオが助けてあげればいいじゃない」
「ううん、無理。……というか無理だった、のかな。まだニオが何も出来ない頃だったし」
「昔の事なのね」
私も小さい頃はただの貴族の娘だったわよね。
あの頃の自分は、魔物なんかと遭遇してもきっと手も足もでなかっただろう。
「そういえば、聞いた? この山って……」
それからも、女の人を攫う幽霊が今から向かう山に出るという話や、その形相がとんでもなくホラーだった話などの噂や、色々な話をして目的地まで歩いていった。
山に着いて一息入れると担任教師のツヴァンからの説明が入る。
「あー、面倒くせ。いいか、皆。聞いてるな?」
同じ様な話は教室でも聞いたけど、念の為という事だろう。
「この山の頂上にたどり着くまでにかかったタイムを競う。途中でトラブルがあった場合は笛を鳴らすか魔法を使うなりして自分の位置を知らせろよ。すぐ行くから、その場をできるだけ動くな、分かったか?」
そう言って、魔法で位置を知らせることができない生徒へと笛が配られていく。
常識的に考えて、広い山の中で笛の音に頼るのは危険だろうが、ないよりはあった方がいいという意味の、気休めの道具だろう。
班の組み合わせは必ず魔法で合図を出せる者をメンバーに組み込むようにしてあるので、一人にならないように心がけていれば、よっぽどの事が無い限り大丈夫だ。
そうしていよいよ、山登りの授業が始まった。
ステラは順番通りに見知った顔が出発していくのを見送る。
その最中にライドに声をかけられた。
「よっ、剣士ちゃん。律儀に見送りとは真面目なのな」
「普通だと思うけど、それより貴方もツェルトの班と一緒じゃないのね」
「ま、な。何やら気難しそうな奴らに追っ払われちまったわけ。俺なんか、お呼びじゃないみたいに。怖い怖い」
ということは一応はツェルトと一緒になるつもりでいたのか。
「あいつも自分でやりゃいいのに、俺に剣士ちゃんのお守り頼んできやがったの。何のつもりだって思うよな」
「そんな事、言われてたの……」
ライドにも事情があるのだろうし、ツェルトの頼みを拒否する権利はあるだろう。
「そうしてやりたいのはやまやまだけどなぁ、あの魔法が使える阿保連中を放っておけないし無理なんだわ」
「別に気にしなくていいわよ。というより私に言う事でもないんじゃないの?」
「違いねぇ」
気にしてもらっておいてなんだが私に言う事でもないような気がしてきた。
その話なら頼んだ当人に直接謝るべきだろうし。
「ま、ようするに気を付けろって事。いつもと違うって事は、いつもと違うような事が起きてもおかしくないって事でもあるわけ。案外その違う何かをどうにかしようとして動いているかもしれないしな」
「そうよね、ありがとう。心に留めておくわ」
どうやら、彼なりの忠告をしに来たようだった。
態度は出会ったころから変わらず軽薄だが、ツェルトは良い友達を得たようだ。
多少面倒くさくても、ぜひこれからもよろしくしてほしい。
そんな風に会話をしてればライドの班が出発して、次はツェルトの番になった。
いつもなら他の人間を押しのけてでもステラと一緒になりたがるというのに、今回は別の班を選んだ彼。
何を考えていてどういうつもりなのか分からないが、考えなしにやってる行動ではないようだから、彼が話してくれるのをもう少し待ってみようと思う。
見送るステラのすぐ近くを通り過ぎるツェルトに声を掛けようか迷う。彼は何やら他の生徒と真剣な表所で話をしているようでこちらには気が付かない。
邪魔しては悪いだろう。
そう思い、口を閉じて見送るのだが。
ツェルトと一瞬だけ視線があった。
彼は嬉しそうな顔をして、それで自分の周りを気にしてバツが悪そうな顔をして、最後に心配そうな顔になる。
なに百面相してるのよ。
今の状況が本意ではないような様子を見ると、ステラは少しだけ安堵できたような気がする。
きっと今こうして、あそこにいるのも彼なりの事情があるのだろう。
ステラは小さく手を振って送り出した。
「なんだかなー。夫婦? 今の完全にいってらっしゃーい、あ・な・た。だったよね」
ニオが他のメンバーに声をかけると一斉に同意の声が返ってきた。
学校外 『ツェルト』
出発してほどなくの事だ、ツェルトは身もだえていた。
ステラのあの顔、あの顔、あの顔っ!
優しい雰囲気を纏わせてからのほんのりとした笑顔だ。
最強だった。
心配しつつも、話したそうな表情をしつつ、慌ててそれを隠して、不安そうな表情になりつつも納得して……からの笑顔。
最高だった。
「やっぱステラだよなぁー。ステラだもんなー……いてっ!」
そんな過去世界の虜になっているツェルトの脛を、遠慮なしに思いっきり蹴りつける人物がいた。
どうやったのか一年のクラスに我が物顔で潜り込んでいる二年生のリートだ。
「おい、今すぐその不愉快な表情を消してやるから、こっちに来い。剣のサビになれ」
ツェルトはリートの顔を見る。
目の前には、金髪で橙の瞳ではなく、黒髪黒目のすらりとした体格の長身の女性がいた。
その容姿はここらへんにはあまりないもので、どこか不思議な魅力を醸し出していたりするのだが……。
ツェルトは肩を落とす。
「あぁ、ステラじゃない」
彼女じゃないのが台無しだった。
「今、私はすごくムカついた」
眉間に皺をよせて剣を振り上げるリートだが、慌てた周囲の人間に抑えられている。
しばらくそんな風にしょうもない事で道中を賑わせた後、息を整えたリートは真面目な表情になりツェルトへと尋ねて来た。
「お前は我々と行動する事に不満があるか?」
「いや、ないよ。あるとしたらステラがいない事だけだしな」
「そうか」
真面目にツェルトが答えると、リートは一言だけ答えた後、表情に何の感情も浮かべず先頭に進んでさっさと先を歩いていく。
この先輩、扱いづらい上にやたら偉そうにしている時以外、あまり喜怒哀楽が掴めないのだ難点だった。
そんなやりとりをかわしながら進み、たどり着いたのは一つの洞窟だった。
目立たないように木の葉や石などで巧妙に隠されている。
「気を抜くなよ」
リートに警戒を促され、気を引きしながらも、ツェルト達は中へと入っていく。
洞窟の中は薄暗く、湿気でジメジメしていた。
仲間の一人が魔法でランタンを灯して、先頭へ。
照らされた土の道を歩きつつ、ツェルトは数日前の星見の集いの時の会話を思い返す。
お酒を飲んで誰かに連れてかれてしまったステラを追いかけ、怪しい男子生徒を逃がしてしまった後、ツェルトは入学式の日に出会った女子生徒……リートに声をかけられたのだ。
『あんたは確か……』
目の前に現れた女性に大して、ツェルトは当然の疑問を口にする。
『ふん、存外まともなんだな。もっと頭の出来を疑うようなおかしな発言に悩まされるかと思ったが』
『ケンカ売ってんのか。女子だから買えないけど、怒りはするぞ』
『ほう、面白そうだ受けて立とう』」
『いや、そこは必死になって誤解解く所じゃね? 言ったとたん剣取りだして、何乗り気になってるんだよ』
そもそも授業でもないのに校内でそんなもの出して良いのか。良くないだろ。
ツェルトが頭を抱えてると、
『先ほど走り去った男は、フェイス・アローラだ』
彼女は穏やかな寝息を立てているステラへと視線をやり、言葉を続ける。
『そこで酔いつぶれている女子とお前は、同じ教室の者だ。知ってるだろう? まさか同じ学園の生徒に手を出すとは思えなかったが、やるとはな。間に合ってよかった。下手したら生贄にされていたかもしれない』
『生贄……物騒だな』
『あいつは存在そのものが物騒だがな』
聞き捨てならない単語に眉を顰めるツェルトだが、話の続きを促す。ほかにもっと大事なことがあった。
『どういう事だよ。というかお前、ステラは大丈夫な……げべっ』
『お前ではない、リートだ。話は飛ぶが貴様は呪術というものは知っているか?』
脳天を鞘で殴られた痛みにツェルトは悶絶するがまったなしだ。
説明は進んでいく。
『呪術? 呪いか? 知らないけど』
むしろ聞いた事すらないと断言できる。
それを聞いたリートはようやく意思疎通させるために頷いた。
『分かりやすく言えばおとぎ話で聞く悪い魔法とやらだ。奴……フェイスは、呪術を使って学園の生徒を操って自分の駒にしようとしている』
『何の為に、そんな事を』
『自身にとって最適な依り代を見つけるためだ』
『寄り代?』
また知らない単語が出てきた。考える事はあっても、頭は良いほうではないので理解できるように説明してほしいところだが。
『寄り代とは、まあ寄生先みたいなものでいいか。フェイスは寄生虫みたいなものとでも思っておけ、それでお前には十分だろ』
『すごい軽んじられてるってことが分かった、女性にむかついたのは初めてな気がするな。いや、うっすらとニオがいたか』
アクリの町に一回ステラと遊びに行けるとはしゃいだことがあったが、あれは不発に終わったのだった。
ステラの隣に学生寮に引っ越してきたばかりのニオがいたから。
あの時の気持ちを俺は忘れない!
『ぶつぶつ言ってないで耳を貸せ。フェイスは、数百年前に生きていた大罪人の名前だ。信じられないとか言うなよ、信じろ。さもなけば信じるまで殴り続ける。で、だ。こいつは古代の遺物に自分の人格を転写して、長い間湖の底に沈んでいたらしいのだがそれが先日、ひょんな事から引き上げられてしまった。それでヨルダンという少年に乗り移ってしまったのだ』
殴られないように頭を守っていたフェイスは聞き捨てならない単語に反応する。
『色々もっと聞きたいことあるけど。ちょっと待て、少年って? ヨルダンって』
『だから言ったろう、フェイスとは乗り移った人格の名前だ。体の持ち主の人格は別にいる』
『……』
いきなり話が大きくなってツェルトは面食らう。
『これでやっと最初の話に戻れるな、我々はあの者の捕縛命令を受けたとある組織の物だ。ツェルト・ライダー。我々に協力しろ』
そんな事があってツェルトは今ここにいるのだ。
情報集めの手伝いやらで、奔走しなければならなくなって、ツェルトの中のステラが足りなくなったのは言うまでもない事だ。
だが何よりも、ステラが狙われているという話なのだから放っておけるはずがない。
「そういえば、リート先輩。魔法陣のことなんだけどな」
「何だ質問か? うるさい」
「内容聞くような事言いながら、切って捨てるなよ……。あの夜、星見の日の時に連れてかれたステラを見つけた時、何か手の甲に魔法陣が光っていたような気がしたんだけど、あれは……あでっ!」
今まで忘れてしまっていた事を偶然にも思い出したので訪ねて見れば、殴られた。
「貴様、なぜそれを先に言わない。今後こういう事はないようにしろ。くっ、先にあの女子を保護するべきだったか」
リートは焦りに顔を歪ませて仲間と何事かをやり取りする。
何がなんだかさっぱりだが、ステラの身が危ないかもしれない事だけは分かった。
それと同じく、ツェルト達は足を止める。なぜなら洞窟の道は終わっておりそこは行き止まりだったからだ。
ここにフェイスが利用しているという情報を掴んでツェルト達は来たのだが、完全にハズレだった。
「偽の場所を掴まされたか」
リートは生徒に支給された笛を入口の方へ向かって吹いた。
その行動の意味が分からないツェルトに彼女は説明する。
「入口で待機している連中に、保護に向かってもらった。
事を起こす気なら今から走らせて間に合うかどうか分からんがな」
「っそれなら、俺も……」
「もちろん私達も向かうさ。こういう時はどこでも移動できる扉があれば便利なのだがな」
「何だそれ、便利だな」
そういえばステラもツェルトの特技について聞かされた時に同じ反応をしていたようなと思いだす。
そんな風に思いだして気付いた。
……って、そうか。あるじゃんか、移動出来る方法が。