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第18話 星見の集い



 タクトに協力する事になった曲の製作。


 ステラはさっそく翌日に一人の女性を連れていくことにした。

 カルネだ。


 歌える人間を探して、一応それなりに得意だという人を何人か見つけはしたのだが、ステラはカルネを推薦することにしたのだ。


 そんなわけで本人に声をかけてみた時の事だが、当然驚かれた。


「私が、歌……ですか」

「嫌なら別にやらなくてもいいわ。貴方にも都合があるでしょうし」

「いえ、大丈夫ですが……。私で良いのでしょうか?」

「良いと思ったから声をかけたんじゃない。もうあまり時間がないし、貴方ならそんな状況でも最後まで投げ出さずにやってくれると思ったの」

「それは任された事であれば、私も全力で応えるつもりではありますが」


 不安そうな顔をするカルネにステラは言葉を続ける。


「とりあえず、放課後に試しに歌ってみてそれから考えればいいわ」

「……そうですね、分かりました。謹んでお引き受けいたします。何事も経験でしょう」


 色々とやり取りは他にもあったが、短くまとめればそんな話の流れだ。





 放課後、カルネをタクトの下へと連れて行く。


 部屋には、昨日まではなかったピアノが置かれていた。

 どこから持ってきたのかと思えば、近くのアクリの町に住む人から借りたらしい。

 さすがにタクトの家からでは運べる距離ではなかったようだ。


 やってきたカルネの姿をみるやいなや、着席していたタクトはバネ仕掛けの人形のように立ち上がった。


「まっ、まさかカルネさんに、僕の曲を歌ってもらえる日が来るなんて……!」


 タクトは顔を真っ赤にさせて、自己紹介をしたカルネの手を握り返す。

 全校生徒の前に立ってもまったく動じない彼女に、タクトはずっと憧れていたらしい。


 一度曲を演奏して見せたのち、メモした歌詞を手渡す。


「でっ、では、僕の曲に合わせてこの歌詞をお願いします…」


 緊張した面持ちで、タクトは指を鍵盤の上に添える。


「ねぇ、あれ大丈夫だと思う?」

「めっちゃ震えてるな、指だけじゃなく全身で。生まれたての小鹿みたいにプルプルしてる」


 心なしか、呼吸もちょっと荒い気がするのだけど大丈夫なのだろうか。

 それはもちろんカルネにも分かったのだろう。

 彼女は落ち着いた雰囲気で声をかける。


「貴方は緊張しているようですね」

「は、いえっ……そんなことは」

「とりあえず何も考えずに一度深呼吸してみてはいかがでしょう」

「はっ、はい………すーっ、はー……」

「どうでしょうか」


 しばらく呼吸音が何回か続く。しだいにタクトの体の震えも治まってきたようだ。


「緊張している場合、一度頭を空にした方がいい時もあります。覚えておいた方がよいでしょう」

「あ、ありがとうございます」


 尊敬するような眼差しをカルネに送った後、タクトは今度こそ演奏に入る。


「へぇ、これがピアノの音か。何か優雅って感じだよな、貴族に似合いそうだ」

「ツェルトの口から優雅って言葉が出るとすごい違和感があるわね」

「ひどくね?」


 貴族の社交場で何度か聞いたことのあるステラはともかく、ツェルトにとっては初めての音となるだろう。

 彼はいつもの騒々しさが噓のようにおとなしくメロディーに耳を澄ませていた。


 滑りだした曲は流れていき、やがて前奏が終わる。彼の指が紡ぎだす旋律にあわせてカルネが歌い始めるた。


 それは、深くどこまでも深く沈むような声で歌われる「夜空の調べ」だった。

 最後まで歌い切り、演奏が終わるとステラは拍手を送った


「ふぅ……。歌を歌うのは初めての試みでしたが、お聞き苦しいところはありませんでしたか」


 心なしか不安そうな表情をするカルネに向けて、ステラは掛け値なしの賞賛を送る。


「すごいわ。文句なんてないわよ。むしろそれ以上ね」

「ああ、意外な才能って感じだな」

「そ、そうですカルネさんにぜひ、僕の曲を歌ってほしいです」


 三人から同時に褒められて、カルネは困ったように微笑んだ。


「私としては、碌な練習もせずに片手間に歌ったものなので、そのように評されるのは心苦しいのですが。ありがとうございます」


 とにかく、これでカルネに決まった事は間違いなかった。


「あまり時間はないですけど、僕の練習に付き合ってくれませんか」

「ええ、私で良ければ力をお貸ししましょう」


 そんなこんなでまとまった話だが、ステラの仕事がなくなったとは言え協力した身でもあるので、それからも毎日顔を出しに行った。


 カルネの歌声は日に日に磨きがかかっていって、細かいタクトの演奏も何度かの改良を加えながら完成に近づいていった。

 

 そして数日後、「星見の集い」の日がやってきた。





 

 退魔騎士学校 屋上


 夜、学校の屋上に集まった生徒達は、空の暗がりに灯る無数の光を見つめながら、思い思いに談笑している。


 誰が持ち込んだのか置かれている簡易テーブルの上には、ちょっとした食べ物や飲み物なども並べられていて自由に手がつけられるようになっている。その近くで教師のツヴァンが退屈そうにしながら酒を飲んでいるのを見ると、自然と人物はしぼれそうに見えるが。


 屋上の隅には運び込まれたピアノが置かれていて、タクトとカルネが最後の打ち合わせをしていた。


 本日は晴天で、空は雲一つのない満点の星空だ。

 二人に声をかけて言葉を送った後、せかっくの機会なので他の生徒と混ざって星を眺めることにする。

 ステラとしてはあまり詳しくないのだが、この時期はそういう季節でもあるのか、見上げているとたまに流れ星が見えることもあった。


「あっ……」


 今も、一筋の光が空を流れていったところだ。


 流れ星って願い事を三回言えば叶うって聞いたけど、どう考えても無理よね。


 ちなみに、星に願いをかけるというおまじないはこの世界にもあるらしいが、方法は全く別のものだ。

 確か、恋に関するもので、意中の人間の顔を思い浮かべながら流れ星を七つ眺めれれらば、その人物とずっと傍にいられるのだとか。


 ステラの知ってるものと違って、ずいぶんハードルが下がっている。

 恋愛事限定ではあるものの、実行不可能な元の方法と比べればこちらの方が好きだ。


 幸運なのか早くも二つ目の流れ星を目撃したステラは考える。


「一緒にいられるって、好きな人じゃなくても効果はあるのかしら……」


 もし、誰かを思い浮かべるならステラはツェルトを選ぶだろう。

 というより彼以外は考えられない気がする。

 いつか自分の傍から離れていくなんて嫌だし、叶うのならば彼にはずっと一緒にいてほしいと思っている。


 約束だからそうする、というのもあるが、ステラとしては純粋な気持ちとしてその思いが本心だ。


「あれー、ステラちゃんツェルト君と一緒にいないの?」


 そんな考え事をするステラの元に食べ物と飲み物を両手に持ったニオが近づいてくる。

 山と盛られたそれを見つめて、彼女が太ってしまわないか若干心配になった。


「ツェルトなら友達に泣きつかれて相手をしに行ったわよ。フラれたとか騒いでたわね」

「あーなるほど、ご愁傷様だね。あ、これ食べる? 美味しいよ」


 初めはステラの傍から頑なに離れようとしなかった彼だが、男達に泣きつかれて仕方なく慰めの会に参加しにいったのだ。

 ニオが差し出した食べ物や飲み物。それを、口にするかどうかは別として適当に受け取っておく。


「告白でもして玉砕しちゃったのかな? どうでもいいけど。まー、はやる気持ちは分からなくもないよね。これって、恋人作りの機会にされてるみたいだし」

「そうなの。それは知らなかったわ」


 それは初耳だ。

 周囲を見渡す。

 よく見てみれば、男女ペアの人たちが多いように見えた。


「ツェルト君と一緒にいた方がいいかもよー。これ幸いとばかりに、余計な虫とかが言い寄ってくるかもしれないしぃ」

「余計な虫って何の事?」

「ステラちゃんと付き合いたい、手握りたい、あわよくばちゅーしたいって思ってる狼達の事ー」


 さすがにステラでもそれで分かった。

 なるほどつまりこちらに対して恋愛感情を持っている人の事か。


「どうかしら、私なんて剣を振る以外魅力がないと思うんだけど」

「もうっ、無自覚! ステラちゃんって、血気盛んなところを除けば意外にいい感じなんだから、皆に狙われてるんだよ。知らなかったの?」


 ニオはこちらの肩をがしっとつかみながら、何やら力説し始める。

 意外にって。

 良くない感じだとでも思われていた時期があったのだろうか。


「ツェルト君が牽制してるから今まで寄ってこなかったけど、そうじゃなかったらもっと困ってたと思うんだよね」


 牽制してたの?

 そうだとしても、それってニオが考えるような意味などではなく、私という遊び相手を取られたくないからというだけなのではないだろうか。


「はぁー、そういうの邪険にする能力持ってなさそうだよねステラちゃん。お悩み相談されても下心ありのとなしのとじゃ区別つかないんじゃないの?」

「え、そうじゃないのがあったの?」


 たまに困ってるところをみかけると手伝う事とかもあるが、純粋にそうなのだとばかりに思っていた。


「これだからなぁ。ツェルト君の気持ちがちょっと分かって来ちゃったよ」


 エル様もこんな感じだしなぁ。とかニオは自分の世界の中に入って一人事を呟いている。


 何気なくツェルトの姿を探してみる。

 男友達を慰めていたらしい彼は、一人の女子に話しかけられている最中だった。

 女子生徒は何やら緊張した面持ちでツェルトに話しかけるが、二、三言やりとりするうちに彼女の表情がどんどん曇っていく。

 

 視線を向けるステラの様子に目ざとく気付いたニオ。


「嫉妬した?」

「どうして?」


 ニオはため息をついて夜空を仰いだ。


「うーん、ステラちゃん鉄壁すぎるよ。ここ、他の人ならもっとこう違う反応になるはずなのに」


 何か返してほしい他の反応でもあったらしいニオは首を傾げて唸っている。

 と、今度はツェルトがステラ達の視線に気づいたらしい。慌ててこちらの方へと向かってくる


「でも、まあいいや。二人とも天然ならともかく、一方がしっかりしてるみたいだし。頑張ってー」


 何やら諦めたような雰囲気でその場を離れていくニオ。彼女と入れ替わりになるようにツェルトがやってくる。


「違うんだ、ステラ。さっきのあれは」

「さっきのって? 話はもういいの」

「……そういうアレじゃなかったか。もうちょっと、気にしてくれると嬉しかったんだけどな」


 どうやら彼はステラに気にしてほしかったらしい。

 まさか嫉妬でもしてほしかったという事だろうか。

 そんなまさか。


 友達の方は良いのかとステラが聞こうと思ったタイミングで、ピアノの音楽が流れ始めた。

 時間になったのだ。

 ピアノの音が屋上に響き渡った。


 それぞれ思い思いに時間を過ごしていた学生達が一斉にそちらの方に注目する。

 それで視線を感じてしまったのだろう。

 タクトの演奏する手が止まり、音が途切れてしまった。


 ステラ達のところからでも分かるくらいに、彼が取り乱しているのが分かる。

 近寄っていって声をかけるべきかと思ったが、その前にカルネが何事かを彼に話した。


 彼はその言葉を聞いてまた演奏を始める。

 今度の音は途切れなかった。


 しっとりとした夜の雰囲気を表現したメロディーに、学生達はお喋りを中断して耳を傾け始める。

 そして、カルネが歌いだした。


 音のない静寂の暗闇に、凛々と星が光っているようなそんな彼らの音楽に、屋上にいた全ての者達の心は捕らわれてしまった。


 曲が終わると拍手が鳴り、歓声が上がる。

 おそらくは星見の集いの添え物程度の企画として開かれた演奏会だったはずなのに、間違いなく彼らはこの夜の主役となっていた。


 たくさんの人たちの声を聞いて、タクトとカルネは困ったように、そして嬉しそうに笑みを浮かべている。


「趣味っていいわね」


 ニオが置いていった飲み物を少し口に含んでみる。

 甘酸っぱい。


 ……これ何かしら。

 なんか、ちょっと変わった味してるけど。


 視線の先、ピアノを弾くことが好きだというタクトは、今とても嬉しそうだった。

 悩んだり楽しんだり打ち込んだりで、こんな風に夢中になれる事があるのが少しうらやましく感じてしまう。

 ステラにはこれといった趣味は特にないのだから、そのぶん余計に。


 そんな風に考え事をしていると、なぜだか体がふわふわしてくる様な感じになってくる。





 退魔騎士学校 屋上 『ツェルト』

 タクトとカルネの音楽を聴き終えた後、ツェルトは隣にいる少女の状態に気づいた。

 顔が赤らんでいて、体がなんだかふらふらしている。

 少し目を離した隙にステラは酔っぱらっていたようだ。


 一帯誰が未成年に酒を飲ませたのか。

 十六で成人となると決まってるこの国では、飲酒もそれにならって十六からと決まっているはずなのだが。

 

「飲酒は体に良くないって聞いたんだけどな」


 ツヴァンが飲んでいる酒を何者かがこっそり盗んできたのだろう。脳裏に先程までこの場にいた茶髪の少女の顔が浮かぶ。


「ツェルト、もう馬鹿。本当に馬鹿なんだから。知らないっ」

「えーと、何か急に怒り出したけど、ステラどうしたんだ?」


 何か酔っぱらいの症状が重すぎる気がする。

 酒の匂いは特に感じなかったので、飲んだとしても少量のはずなのだが。

 彼女はそういうのに弱い体質なのかもしれない。


「ふん、いいわよツェルトなんかずっと馬鹿でいればいんだから。だから決闘しましょう、真っ赤にした方が勝ちよ」

「どこでだからになったんだよ。あと真っ赤って言い方可愛いけど、良く考えると怖いよなそれ。嬉し恥ずかしなアレじゃなくて、確実に流血沙汰の方のアレだよな」


 確か普通の水もテーブルにあったはずから、それ飲ませれば少しは落ち着くだろう。落ち着くはずだ。

 ……落ち着くかなぁ。落ち着いてくれるといいなぁ、ほんと。


「ツェルト、どこに行くのよ」


 しかし、水を求めてどこかに行こうとすると彼女はこちらの腕にひしっとしがみついてきた。


「ツェルトは私の傍にずっといなくちゃダメなんだから、約束したでしょ。馬鹿、馬鹿のツェルト。馬鹿ツェルト」

「そんなに馬鹿馬鹿言われるとちょっと傷つくぜ」

「ばかばかっ」

「可愛いっ! けど、ああもうこれじゃあ困るんだよなぁ。このまま水のとこまで引きずってくか、重いけど」


 なんて、人一人分の荷物を腕にぶら下げて移動する決意を固めている隙に、ステラは腕を離した。

 つい数秒前までの様子が嘘のようだ。


「ねぇ、ツェルトはいつまで私の傍にいてくれるの? 他に傍にいてあげたい女の子ができたら、そっちに行っちゃうの?」


 彼女は不安そうな表情でこちらの顔色を窺う。

 ツェルトには、その姿がまるで親に置いて行かれるのを怖がる子供のような姿に見えた。


 いや、事実そうなのだろう。

 貴族であるにも関わらず、魔法が使えないステラはいつ自分と家族の絆が切れるのか、ずっと不安だったに違いない。

 それは今でも変わらずに、絆を育んだ相手が離れていくことは彼女にとってとても恐ろしい事なのだ。


「俺はステラの傍から離れたりしないよ」

「ん……」


 ツェルトは彼女の頭を優しくなでてやる。


 だが、発した言葉とは逆に考える事がある。

 自分は彼女とは距離を置いた方がいいのではないだろうか、と。


 それはどんな事になっても必ずツェルトだけは傍にいるだろうという安心感が、ステラを孤独にしているのではないかという懸念があったからだ。

 約束によって安心しているせいで、新たな人と培った絆に考えを向ける事ができないのではないかという。


「俺だって、色々考えてるんだけどな……」


 呟くが、目の前のステラは不思議そうに首をかしげるのみだ。


「とりあえず、ちょっとここで待っててくれ。すぐに戻ってくるから」

「……分かったわ」


 不安そうにするステラを残してツェルトはその場を離れていく。

 だが数分後、元の場所に戻るとステラの姿はなかった。





 校舎の中、下の階に駆け足で降りていくツェルト。

 近くにいた生徒に彼女の行方を尋ねると、ステラはどうやら誰かに連れていかれたという話だった……。


 ニオだったらいい。けど、そうじゃなかったら。


 いくら何でも校内で物騒なことにはならないだろうと思うが、心配しすぎる事はない。何といったってあの状態のステラで、ツェルトのステラなのだから。


 階段を降りきった先で、座りこみ壁に背をもたらせて眠っているステラの姿を見た。


 無事な姿に安堵するがその傍には男の影があった。

 男はステラの手をとって、その手の甲に何かしているようだった、


「ステラ!」


 叫ぶと、男はさっと身を翻してどこかへと駆けて行ってしまう。


「待て!」


 制止の声を放つがもちろん聞き入れられる事はない。

 このまま彼女を放っておくわけにもいかず、追いつけないと分かるやツェルトは追跡を諦めた。


「ステラ、大丈夫か!?」


 近づいて様子を見る、特に変わりはないように見えるが……。


「これは……?」


 手の甲に魔法陣のようなものが浮かび上がっているのが見えて、眉をひそめる。

 だがよく確かめるよりも前にそれは、わずか一秒にも満たない時間でさっと消えてしまう。


「何なんだ……」


 絵本でしか目にしない、おとぎ話の悪い魔女が使うようなものを目にして混乱していると、足音が近づいてきた。

 振り返るが、方向は逆。さっきの男ではなかった。女子生徒だ。


「ツェルト・ライダー。我々に協力しろ」


 その少女は入学式の時に珍妙な出会い方をした生徒だった。












 ステラ・ウティレシアは夢の中にいた。

 体は小さくなっていて子供に戻ってしまったようだ。


 なぜ、どうして、とか普通なら考えるはずの状況であるが、今のステラにはどうでもいい事だった。


 何故だか、ふわふわとした心地の空間にいる自分は、今とても気分がいい。

 空でも飛べてどこでも行けてしまいそうだと、思えるくらいには。


「ツェルト……」


 しばらく空を飛んでいたのだけれど、ここにはステラ一人しかいない事に気が付いた。

 誰もいない。


 その事に気が付くと、途端に寂しくなった。

 一人でいる事がこんなに寂しいなんて、今まで知らなかった。


 だって、完全に人一人になった事なんてなかったから。

 大変な日常を送ってるけど、なんだかんだいって彼女の周りにはいつも誰かがいてくれた。


 その彼女の前に、見知った鳶色の頭の少年が現れる。


「ツェルト! そこにいたのね」


 ステラは彼に向かって走っていくが、距離はまるで縮まらない。

 それどころか開いていく一歩で、ついには彼の姿は見えなくなってしまった。


「待って、行かないで。私を一人にしないで。一人ぼっちは……」



 ……。



「一人ぼっちは嫌……。……ん」


 声に出して、ステラは目を覚ました。

 今まで夢を見ていたらしい。


 窓の外を見ると、もう早朝を通り越して朝になっていた。

 日課のトレーニングを逃してしまった。


「むにゃ、エル様ぁー」


 隣ではニオが幸せそうな顔をして眠っている。

 楽しい夢でも見ているのだろう。


 昨日は夜遅くまで「星見の集い」に参加していたので、家には返らず寮住まいのニオの部屋に泊めてもらったのだ。


 帰寮した時点で眠ってしまえばいいものを、ニオに引きずられてベッドの上でだらだらお喋りしてしまった(ほとんど聞き役で記憶も何故か曖昧なのだが)ので、こんな様なのだろう。


「ふぁ……」


 ともかく欠伸をしながら体を伸ばす。

 気持ちを切り替えよう。新しい一日の始まりだ。


 学校が始まる頃にはステラは夢の記憶を全て忘れ去っていた。



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