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第15話 サブイベントが発生しました



 ウティレシア領 屋敷


 甘い味に、サクサクの食感。

 上にジャムをのせたのもいいし、生地に直接味をつけてもいい。

 紅茶と一緒に食べると、また別の発見があって二度おいしい。

 ステラはクッキーが料理長特製のコーンスープの次にクッキーが好物だった。

 それは、屋敷に努める使用人、アンヌの腕がいいという点も影響している。


 コンコン。

 ノックの後に声がかかる。


「お嬢様、頼まれていた紅茶とお菓子をお持ちしましたわ」

「ありがとうアンヌ」


 机に向かって勉強していたステラは、自らドアを開けて使用人のアンヌを迎え入れる。

 時刻は夜。夕食はとっくの昔に済んでいる。

 学校の勉強をしていたのだが、頭を使ったことで脳が糖分を欲しくなったのだ。


「クッキーもちゃんとお付けしましたよ」

「助かるわ。あなたの焼いたクッキーがあれば勉強がはかどるもの」


 夜に物を食べる行為は人が太る原因なのだから、しょっちゅう頼るというわけにはいかない。だが今日は特別だ。

 なぜなら、明日は小テストがあるから。

 剣を振ることに力を注ぎ始めたステラの頭を勉強用に働かせるためには、甘い物の力がどうしても必要だったのだ。


 ステラは今まで勉強はそれほど苦手ではなかったのだが、そのせいで甘く見て油断していたらしい。気が付いたらあっという間に引き離されそうになっていた。

 考えれば当然と言えば当然なのだが、つまり何事も積み重ねが大事だッタと言う事だ。

 剣に夢中になって勉学をおろそかにしてはいけないし、その逆もまた然り。バランスとりが必要なのだろう。

 これからは油断しないようにしようと、ステラは己の心を引き締めて勉強机に向かっている所だったのだが……、


 それでも甘い物は少しだけ油断するのを許してほしい。


「頑張ってくださいね、お嬢様」


 使用人が退室していくのを見届け、ステラは届けられたそれたを指でつまんで口に入れる。


 サクサク。

 口の中で甘みが広がって、上にのせられたトッピングのジャムの味と溶け合う。

 紅茶を一口飲んで、また違ったおいしさが口の中を満たした。


「ふぅ、いつも思うけど。アンヌのクッキーはほんと美味しいわね」


 こんな風にステラも作れたらいいのだが。


 曲がりなりにも貴族で不自由のない生活を送っているため、料理のスキルを磨く機会はない。ステラ自身が何かを手作りした記憶はあまりないのだ。


 山で遭難した際の食べられる草の見分け方等のサバイバル知識は少しはあるが、あれは料理と同じ扱いにしてはいけない気がするし。


「王都の学校を選ばなかったのは当然だけど、あのクッキーのイベントがないのは少し残念よね」


 ステラは前世の知識を引っ張り出して、自分がクリアできなかったとあるイベントを思い起こした。


 それは学校に出没するクッキーさんという謎の人物の正体を探るイベントだ。そのクッキーさんを見つけると、美味しいクッキーをごちそうしてもらえるというイベントだった。


 夜の学校で徘徊するクッキーの着ぐるみを来たクッキーさん。

 そんなクッキーさんを制限時間内に発見しなければならないのだが、確かステラの場合は時間切れになって失敗になってしまったのだ。


「どんなクッキーなのか一度見てみたかったわ……」


 王都に行かない以上、ステラがそのイベントに関わる可能性は皆無。心残りがありつつも諦めきれないのが現状だ。


 しかし、それ以上叶わない願望を抱いていても虚しいだけだ。

 ステラは思考を切り替えて、勉強をこなす方へと意識を変えた。





 しかし、翌日ステラの前に予想もしないチャンスが飛び込んできた。


「どうしてこのイベントがこの学校にあるのかしら」


 心底不思議でたまらない。


 学校の廊下。

 首を傾げるステラの目線の先には掲示版があった。

 そこに掲示されている紙には、クッキーの着ぐるみのイラストがある。

 それは昨夜ステラが思い起こしていたあのイベントに関する物だった。

 本来なら王都の学校で起こるもののはずなのに。


 なぜここに?


 イラストの下には、学校の夜にクッキーさんというクッキーの着ぐるみを来た人間が徘徊しているらしいので調査してほしい、という内容が書かれている。

 ステラが記憶している内容とまるで同じだ。


 説明するが、ステラがやっていたゲーム『勇者に恋する乙女』にはいくつものサブイベントなるものが存在していた。数が豊富ゆえ、全て思い出せと言われても無理なのだが、ステラはその内容に限ってははっきりと覚えていた(正確には思い出したと言ったほうがいいが)。

 ともかく、こうして掲示物を見る限りではこのイベントはあの『勇者に恋する乙女)に存在しているイベントと、まったく同じものだと断言できた。


 理由は、簡単。内容が一緒だし。徘徊するクッキーのイラストも一緒。

 唯一依頼主の名前だけが違うが。それ以外はすべて同じ、だったからだ。


 ちなみに、乙女ゲームでのイベント達成のメリットは、気に言ったキャラクターを攻略するのが楽になる、という点だ。

『勇者に恋する乙女』では、攻略の際には好感度なるものが存在し、イベントをこなすことで好感度を上げる事ができるようになっているのだ。

 まあ、ゲーム上の設定だしそもそも、その候補がここには一人もいないのだからその点は関係ないだろうが。


 そんな事はどうでもいい。

 ステラは一番重要な事を考える。


 なぜ本来の発生場所でないい場所でイベントが起きたのか。


「一体どういうことなの?」


 もしや、またもやなのか。


 ステラが行動した影響で、世界が変わってしまうというアレなのか。

 前回は村を救った活躍でヒロインを呼び寄せてしまったが、まさかサブイベントの人物も引き続いて呼んでしまったのか。


 だとしたら一体どんな人物が呼び寄せられてしまったというのか。

 気になる。

 これは、確かめておいた方がいいのではないだろうか。


 どうしようこのイベント。こなしてみるべきか。

 クッキーは気になるし、人物も気になるし。


「そんで、どうなったんだよ」

「でさぁ、さっそく隣の教室の女の子に告白して玉砕してんの。面白いだろ」

「あいつら、すごいな色々と。さすが魔法まほうが使える阿呆あほうだ。見境なしの野獣とかそのうち言われるんじゃないのか?」

「はは、面白そうなあだ名だなそれ」

「見てたんだろ、なら止めた方が良くね?」


 そこに聞きなれた声が聞こえてきた。

 ツェルトと確か、同じ教室のライドという人物だ。

 くすんだ赤い色の髪に、鮮やかな赤い瞳の少年。

 魔法の才能はなく、剣技は並み程度。当然平民だ。


「あれ、何やってんだステラ? 徘徊するクッキー? 何だコレ」


 ツェルトはステラの視線の先にある、貼り紙を読み上げる。


「そうなの、これツェルトみたいよね」

「俺、おかしい事はするけど、こんな怪しいことしないって」


 確かにツェルトはおかしくはあるが怪しくはないわよね、と頷く。

 いつものやりとりは置いておいて、ステラは決断しなくてはいけない。


「剣士ちゃん、こんなの真面目に読んでたの? 何? 人助けとか張り切っちゃう人? 物好きな事で」


 ツェルトの隣で面白そうな表情をしながらこちらへと話しかけるライド。

 彼が呼ぶ剣士ちゃん、とはステラのことだ。

 ライドは人を呼ぶとき、名前で呼ばす愛称で呼ぶのだ。


 ツェルトは騎士君で。ニオは活発ちゃん。

 飄々とした雰囲気があってどうにも掴みづらい性格の少年だが、ツェルトの事を気に言ってるのか良くこうして彼の隣で話しているのを見かける。


「ツェルトはちょっとおかしいところがあるけど、友達として仲良くしてあげてほしいわ」

「いきなり保護者なの? まあ、おかしいけど面白いから仲良くはするな。といっても俺は剣士ちゃんの方も興味はあるけど」


 改めてツェルトの事をお願いするステラにライドがそんな言葉を返せば、当然のように彼が嚙みついていく。


「なんだぁライドお前もあいつらと同じ事言うのかそうかそうかそうか」

「たまに面倒だけどな」

「迷惑かけてごめんなさい」


 私の教育が良くなかったばかりに。


 それより聞いておきたい事がある。


「この話、貴方は聞いているの?」


 ステラはライドへとクッキーさん捜索イベントについて尋ねる。


「ああ、まあね。夜な夜なクッキーの仮装した誰かさんが徘徊して、誰も知らない学校の部屋に人知れず出入りしているって話だろ?」


 どうやらステラの知ってるゲームの情報とも、掲示物の内容とも違いはないようだ。


 しかし、誰も知らない部屋なんて、まるで階段話のようだと思う。さぞかしそれを目撃した人間は驚いたに違いない。


 とりあえずステラは決めた。

 用紙をもう一度確認して、内容を頭の中に叩き込む。


「決めたわ、ツェルト。今夜学校に集合ね」


 ステラは珍しく自分から騒動へと飛び込むことを選んだのだった。



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