第14話 やるべき事を
カルネは友人達に手助けすることができない己身を歯がゆく思った。
「――っっ!!」
多様な魔物との戦いに二人は翻弄されるばかりだ。
そして、その戦いの中でステラが怪我を負ってしまう。
「「ステラ!!」」
カルネとツェルトの声が重なる。
彼女の動きが若干鈍くなった。
しかしそこに、森に行った者達とは別に待機していた騎士達が、霧の向こうからやって来た。
「後は我々に、自分の身を守ることを最優先に!」
騎士たちはステラ達を守る様に前へ。
その中の男性騎士に言われ、入れ替わりにステラ達は後ろへと下がる。
騎士達の攻撃に魔物達は見る間に倒されていく。
だが、油断はできない。
「ステラ・ウティレシア。ここを離れましょう」
「駄目よ、何が起こってるか把握しないと」
新たな魔物が森の奥から湧いてくる。
ステラの言っていることにも一理ある。だが、いつまでもここに留まればそれは自分達を守ってくれている騎士たちの重荷になるだろう。
「後ろに通すな! 指一本触れさせるなよ!」
ステラ達に最初に声をかけた男性が先頭に立って魔物との戦闘を行っているが、消耗が激しかった。
もともとは待機の役を任された者達だ。戦闘にはあまり得意ではないのだろう。
初めこそ敵を押していたものの、時間が経つにつれて目に見えて彼らの動きに異変が現れてくる。
訓練された騎士の動きは衰え、精彩を欠きつつあった。
そんな様子を見てか、ステラが再び前に出ようとする。
「息は整ったわ、私も戦わないと……」
「いけません。今出ていてっても足手まといになるだけです」
いくらある程度の実力があり、勇者と並びたてるほどの人物に鍛えてもらっているといっても、玄人である彼らと並び立てるだけの力はまだ彼女にはないのだ。
前に出たとしても、逆に彼らの足を引っ張ることになりかねないのだ。
カルネはそう言い聞かせるが、彼女がいつまで我慢できるか。
どこか少しでも危ないところがあれば彼女は迷わず飛び込んでいってしまうだろう。
そうすればステラは魔物達の脅威にさらされることになる。
そうならないためには、どうすれば良いのか。
時間さえ稼げればいい。
だが逃げることはできない、魔物を野放しにすればそれは近隣の町や村に被害を出してしまうかもしれない。
……私は、頭が固くて頑固で真面目なところぐらいしか取り柄がありません。
けれど、そこが長所だと彼女が言ってくれました。
無力のままでこの場にいる事が許せなかった。
自分にできる事で友人の力になりたかった。
カルネは、戦場と化した一帯を見渡して、状況を探る。
魔物の数は相変わらず増え続ける。
種類は多様で、ゆえに動作も攻撃方法もそれぞれ異なる。それが対処に時間のかかるやっかいなところだ。
騎士たちも必死に応戦しているが手一杯だろう。
魔物は極めて交戦的だ。こちらに人間がいると知ると必ず向かってくる、だがそのおかげで、未だ他の場所へ逃がしてしまう事にはなっていない。
その行動はおそらく後続も変わらないだろう。
「一つ、思いついた事があります」
カルネは声を上げ、ツェルトに言って識別のルーペ越しに精霊に語りけかる。
「精霊が魔物に憑いた場合、どれくらいの時間精霊は自由が効きますか?」
『む?』
「しばらく行動に干渉できるというのなら。魔物の仲間が同士討ちさせてみてはどうなるでしょう」
それでわずかでも混乱を生むことができるかもしれないと、カルネは提案する。
それはわざと精霊を苦境に立たせる行為でもあった。
「魔物に意思というものがあるのかどうかは分かりません。ですが、人間を真っ先に攻撃するという思考があるならば、可能性が無いとは言えないはずです」
『そ、そうかも知れぬが』
「今、私たちに必要なのは時間を稼ぐ事です。そうすれば必ず騎士達が原因を取り除いて、精霊達を解放してくれるでしょう。お願いします精霊様、力を貸してください」
『うむむ……』
ひどい事をいっている自覚はある。
これが例えば友人……ステラだったら提案できていたかどうか分からない。
だが、これが自分たちが持ちこたえる可能性を上げる事ができる……現状でとれる唯一の策なのだ(その代わり、失敗すれば精霊が憑いて魔物が強力になってしまうという不利益も発生するが)。
『承知した、我らは力を借りている身。出来ることがあるのならば行おう』
精霊はそう言って、一匹の魔獣……未だ精霊の憑いていないだろうウルフの体の中へと吸い込まれるように入って行った。
こちらへ向かってくると途中だった魔物は動きを止め、次の瞬間には横にいた魔物を攻撃し始める。
魔物達はその行動に、戸惑いのような反応を返した。
成功だ。
身内の攻撃に魔物達の攻撃が収まっていく。
「一体何が」
「精霊をわざと憑けたんです。騎士様達は今の内に態勢を立て直して下さい」
突然の敵の変化に戸惑う騎士達にはステラが説明を入れている。
さすが本物の騎士だ。押され気味だった彼らはその時間で、瞬く間に体勢を整えていった。
しかし、そうして稼いだ時間も長くは続かない。
『うぬぬぬ……、すまぬ。限界じゃ』
途切れ途切れに聞こえてきた細い精霊の声。
精霊の力で作られた剣は大丈夫だろうか、と思いステラ達の手元へ視線をやるが、今の所はまだおそらく大丈夫そうだ。
魔物を翻弄していたウルフは、元の意思を取り戻して再びこちらへと牙を向け始めた。
先ほどよりも強化された魔物が襲ってくる。
再び騎士達と魔物が激しい攻防を繰り広げる事になった。その混乱に乗じて数体の魔物がこちらへ抜ける。
たった数体。それでも自分達にとっては十分な驚異だ。
その中にはステラがいつか戦ったであろうトレントもいる。
「ここまで来たら、戦わないわけにはいかないわよね。ごめんなさいカルネ。貴方が心配してくれているのは分かってるけど、私はどうしても戦わなくちゃいけないの」
「ステラ……」
彼女はこちらへ申し訳なさそうな顔を向けるが、その表情はもう戦う決意で満ちていた、手にしている精霊の剣を魔物へ向かって振るう。
「かかってきなさい、楽に倒せるとは思わないことね。あの時の私とは違うんだから!」
「あっ、ステラ! 一人で前に出るなって」
ステラは声を張り上げて、魔物達へ突進していく。そこを一拍遅れてツェルトが追いかけていった。
トレントは鞭のように枝をしならせて、攻撃を繰り出す。
当たれば大怪我は免れられないそれを、ステラは冷静に回避して近づいていく。
「レットから教わったわ、こういう攻撃をする相手は懐に入ればいいって」
ステラはそのまま突進するような勢いで、枯れ枝の胴体を深々と切り裂いた。おそらく急所に当たったのだろう。
精霊の剣から光のしぶきが上がって、目には見えない何かを断ち切ったように見える。
深く惨劇を受けた魔物はその場に倒れ伏し、そこから何か光輝く小さな球が出ていくがすぐに見えなくなった。おそらく憑いていた精霊だろう。
しかし、敵はそれだけではない。
立ち枯れた魔物の木の背後からステラへと近づいてきた魔物がいる。
しかし、それを
「えりゃ……っ、あっ、やべ」
ツェルトが手にしていた何かを投げて牽制した。
というかあれは識別のルーペなのでは……?
一瞬気にはなったが、……今は正体については気にしないことにしよう。
ツェルトは彼女の死角を補うように傍に寄り添う。
「ツェルト……」
「傍にいるって約束しただろ。ステラ流に言うなら一緒に強くなるって。俺の隣から離れたら追いかけるのが大変じゃんか!」
「ツェルト、私……傍にいても…………。私と貴方は一緒にいてもいいの?」
「そんなの当たり前!」
ツェルトは走り寄ってきた魔物を一撃当てて切り捨てる。
「悩んだ末に、それでもステラが決断してその道を選ぶなら、俺は……えっと何だっけ、そん……尊重する。嫌だって言ってもずっと付きまとうかんなっ!!」
「何よそれ、ストーカーみたいよ」
二人は一瞬だけ顔を見合わせて笑みを交わす。それで充分だった。
ステラは魔物の懐に飛び込むような戦い方をやめて、ツェルトの行動に息を合わせ始めた。
隣に並ぶツェルトはそんな彼女の行動を受けて、的確に足りない部分を補佐し始める。
二人は先ほど戦った時とは比べ物にならない息の合った動作で、遅い来る魔物に剣を振り、数分後には見事倒しきった。
ステラ・ウティレシアは剣の才能はあるようだが決して強い人間ではない。
けれどその弱さから目をそらさず乗り越えようとする姿勢を、カルネは友人として誇らしいと思う。
悩み、不安を抱えながらも、それでも前に進もうとする彼女を自分でできる事で、支えていきたいと思った。
霧が晴れたのは戦闘が終わってすぐ後だった。
迷いの森の奥で魔物の骨の一部を見つけた騎士団は、無事処分し精霊達を解放したようだった。
問題は解決された。
ただ一点、ステラを助けるためにツェルトが投げた遺物だけは大変な有り様だったが。
そこまで思いだしてカルネは、寮の部屋の中で笑みをこぼす。
「あの後のツェルト・ライダーの顔は忘れられませんね」
地面の上で粉々になっていた識別のルーぺ。
不測の事態の為、彼が咎められるようなことはなかったが、本来ならどうなっていたか分からない。
さて、楽しい思い出に少しばかり浸りすぎたかもしれない。
気付けば一刻ほどの時間を空想の中で過ごしてしまったようだった。
カルネは己の行動をたしなめて、気を引き締めてから調べ物へと移る。
ステラが迷いの森へ行くことになったそもそもの原因、ウティレシア領にある何の変哲もない普通の村『カルル村』で疫病が蔓延した件と、その村にあった呪術魔法の痕跡との関係について。
「私が両親の後を継ぐのなら、呪術に詳しい十士なんて前代未聞でしょうね」
反対もあるし、何をやっているのかと言われて呆れられるかもしれないが。
これが私のやりたい事で、やるべき事なのだ。