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第13話 リトライに燃えるご令嬢



 まさか彼女も騎士達と一緒に迷いの森に行くつもりなのか、そうステラに問えば返ってくるのは肯定の言葉だった。


 もちろんこちらは、当然慌てた。


「待ってください、何も貴方が行かずとも良いのではありませんか? 他の者に任せるべきです。貴方は騎士どころか、学生にすらなっていないのですよ」

「そうね、でも精霊は困ってるんでしょう? 早く解決してほしそうにしてるけど」


 そこで、テーブルの上で跳ねていた精霊がびくっとして動きを止め、バツが悪そうにステラを見る。


『え、いや……、うむ……じゃがのう、無力な子供に任せるのも……うぬぬ』

「私、こう見えても剣の腕には自信があるのよ」

『いや、だが、うぬぅ……』


 さすがに成人してもいない(それも身なりから貴族だろうと推測できるような)少女を巻き込むことには気が咎めるらしい。精霊は小さな声で呻いていた。


 カルネはステラを見つめて、言葉をかける。

 

「どうか考え直していただけませんか。無茶です。貴方は一度あの森で命を落としかけたはずでしょう」


 危うく二人とも帰ってこなくなる所だったという話だ。なのに、まさか忘れたわけでもあるまい。


「ええ、でもだからこそなのよ。いつまでも魔物に怯えていては駄目だわ。自分の手で乗り越えなきゃいけないの」

「だからと言って、今でなくとも」


 弱い事に甘んじることなく、常に上を目指し成長しようとするステラのその姿勢は、友人としても誇らしいと思っている点だ。立派だ。

 これが普通の日常で起こる事ならカルネはその背中を押していただろう。だが、ステラが今度やろうとしている事は、そういうものではないのだ。一歩間違えれば命を落としかねない……いいや、命を落とす確率の方が確実に高い行為なのだ。


 止めないわけにはいかないではないか。


 頑固な彼女をどう説得すればいいのやら。

 思い悩むカルネの代わりにツェルトが声を上げる。


「俺も反対だ、ステラ。怯えていちゃ駄目ってことは魔物が恐いって事なんだろ? そんなステラをあんな森になんて行かせたくないんだよ。ステラも覚えているよな、あの魔物……トレントに首を絞められてさ。苦しかっただろ。今でも、あの渇いた木の枝が喉にからみついて締め上げる感覚、思いだせるよな?」

「……」

「俺はもうステラにあんな目にはあってほしくないんだよ。俺は甘く見てたんだ。子共だったから、鍛えるとか力をつけることがどういうことか知らなかった。でもこの際だから言うけど、もうステラは剣を握らない方がいい。あれは違うんだよ。練習で打ちあうのは良いけど、あれは本当に死んじまうんだ。俺、ステラには剣を握って欲しくないって思ってるし、この先もそうせずにいられるならそうしてほしいって思ってる」


 長い彼の言葉を聞いているステラは、段々と泣きだしそうな顔になっていく。

 カルネはこういう時に友人にどう声をかければいいものなのか分からない。


「ツェルトは、私が剣を振ってる時そんな事を思いながら見てたのね」

「……ああ、そうだよ」

「分かったわ、ツェルトがそういうなら森へは行かないわ」


 ステラは俯いて、彼の顔を見ずに答えた。

 しばらく部屋の中に重たい空気が満ちていたが外から声がかかった。


「姉様、ツェルト兄様はいらっしゃいませんか?」


 ステラの弟の声だ。

 そういえば、もうすぐステラ達の稽古の時間だったか。


「ああ、ちょっと待ってろ。今行くから」


 ツェルトはステラの様子を気にして何か言葉をかけるか迷うそぶりを見せつつも、何も言わずに部屋を出ていった。


 ヨシュアと稽古をするためにツェルトが部屋を出ていき、カルネとステラの二人きりになった。

 しばらく無言の時間が過ぎる。

 剣の稽古は行かなくていいのかとか、いろいろ言わねばならないことはあるのだが、言葉にできなかった。


 テーブルには、(どういう風に室内の状況を察知したのか分からないが)アンヌという名前の使用人が運んできた食べ物が置かれている。ステラの好物だというクッキーとそれに合う紅茶だ。


 暗い部屋の空気を少しでも明るくするようにと、持ってきてくれたらしい。

 淹れたての紅茶からは安らかな気持ち香りになる香りが漂ってくる。


「あの、ステラ・ウティレシア。元気を出してください」


 とりあえず何か言わねばと思って口を開けば、何のひねりもない言葉が出てくる。


「す、すいません。もっと気の利いた言葉があるのでしょうけど」

「そんな事……ないわ、シンプルだけどあなたの気持ちが伝わってくる」


 そうは言ってくれるが、彼女の優しさに甘えてはいないだろうか。


「魔物が恐いというのは仕方のない事ですし、その、…」

「違うのカルネ、私がショックを受けているのはそういう事じゃないの」

「今よりもうちょっと小さかった時に、私ツェルトと約束したことがあるの。一緒に強くなるって。私、それが結構嬉しかったのよ。彼が一緒に傍にいてくれるって思うと安心できるというか、気力が湧いてくるというか。とにかくそんな感じだったの」


 ステラはテーブルの上のティーカップ、その中身の水面に移った自分を見つめながら内心を語っていく。

 彼女がそうやって己の事を語ってくれることなど滅多にない事だ、嬉しいと思う反面、そんな状況になってしまったという悲しさもある。


「でも、さっきツェルトは私に剣を握らないほうがいいって言って。だからもう一緒に頑張る気がなくなっちゃったんだって、約束破る気なんだって思ったらズルいって思えてきて……。自分一人で強くなろうとするなんて。ツェルトが正しいってことは分かるけど、でもそれでも嫌だって思ったの」


 ステラが気にしていたのは、そういう事だったらしい。


「私は一人になっても頑張るつもりだけど、私の隣にツェルトがいないなんて……」


 それで、守る気のない約束をしてしまったのだと彼女は言う。

 ということは、森の件は諦めていなかったのか。


 それは後々考えるとして自分には言わねばならない事がある。


「彼は約束を破ったという意識はなかったのだと思います。貴方の隣をそう簡単に諦めるような人物とは思えませんし」

「そう、なの?」

「ええ、そうだと思いますよ。ただ早急に強くなろうとする貴方の事が心配なだけで、自分一人で強くなろうとしている事にはならないはずです」


 カルネがそう強く言ってやればステラは少しだけほっとした表情を見せる。

 普段、表に出す堂々とした態度とは裏腹に彼女の心はひどく脆くて傷つきやすいようだった。





 数日後、勇者の遺物を父に渡しツェルト等を連れて王宮へと赴いて説明した結果、騎士達が迷いの森にやってくることになった。


 そして騎士達が派遣されてきたその日、ステラ、ツェルト、カルネと、ウティレシア領の領主や、護衛役が数人、そしてレットを加えて迷いの森の前で合流した。


 挨拶や説明の後、迷いの森へと騎士達を見送った後、ステラは隠れて持参してきた剣を手にする。

 それはいつも練習の時に使っている木刀ではなく、刃のある真剣だ。


 彼女は一緒についてきているツェルトの目を気にするようにこそこそと移動していく。


「いい加減に仲直りしたらどうなのです?」

「う……私だって、しようとは思ってるのよ。でもいざ顔を合わせると、言葉が出てこなくて」

「他の人間の説教はできても、彼との仲直りはできないと」

「だ、だって……」


 もしダメだったらとか、嫌われてたら、とか彼女の口から出てくるのはそんな後ろ向きな発言ばかりだ。

 普段の彼女の様子からは到底想像できない姿だ。

 らしくない、と言えばいいのか。

 だが、この姿が本当の彼女の姿でもあるのだろう。


「とにかく行くと決めたにしても、一言声をかけておくべきです。貴方だって自分に黙って彼がいなくなったら心配するでしょう」


 結局カルネでは彼女を説得することができなかった。

 ステラ・ウティレシアはどこまでも強さを求め続ける人間らしい。


 怖くないはずはない。

 それでも彼女はそうする事を選び取ったのだ。

 カルネはそんな友人を眩しく思う。

 自分の弱さを乗り越えていけるステラの強さは、おそらく彼女にとってはどんな宝石にも劣らない、はかけがえのない宝物だろう。 


「そ、そうよね、いつまでも逃げてるわけにはいかないわよね。ちゃんと話すわ」


 納得の言葉を返しつつ周囲を見回しツェルトの姿を探すステラだが、その彼女が息を呑んだ。


「何だか様子が変だわ」

「これは一体……」


 周囲には何の前触れもなく霧が満ちていた。

 発生源を探せば、霧は迷いの森の方から流れ出してきているようだ。


「お嬢様! 大丈夫ですか!」

「ステラ! どこだ!?」


 領主と共にいるレットの声とそしてツェルトの叫び声。

 近くにいたツェルトが霧の向こうからこちらへと走り寄ってくる。


 その手には識別のルーペが握られていた。

 派遣されてきた騎士団の隊員が管理しているはずだが、もしかして盗んできたのか。


 だがここでその行為を咎めている場合ではないことぐらいはカルネにも分かった。


 騎士達の切迫した叫び声。


「散らばっていては危険です、集まってください」


 ステラ達は、彼らの声がする方へ向かう。


「ツェルト・ライダー、精霊に尋ねてください。これは何事ですか!」


 カルネの言葉を受けてツェルトがルーペで精霊の姿を映すと、声が聞こえるようになった。


『聞こえておる。これは、魔物共の力が強くなっておる証拠じゃ。このままでは魔物の巣ができるかもしれぬ』

「なんですって!」


 魔物の巣。それは、魔物が魔物を育む巨大な家のようなものだ。

 ハチの巣の形に近いそれは、幼い魔物が十分に育つまで危険を遠ざけ、安全に個体数を増やすためのものだ。


 そんなものができたら大変だ。


「奥へ向かった騎士達が何とかしてくだされば良いのですが」


 カルネの声に被さる様に、幾人かの叫び声が聞こえて霧の向こうが慌ただしくなる。


「今はそれよりも目の前の事に集中した方がいいかもしれないわ。下がってカルネ」


 ステラが剣を正面へ突きつける。

 合流は難しくなった。

 なぜなら次の瞬間、そこから魔物が飛び出してきたからだ。


 森の中から出てきた魔物の数は多い。いつか見たトレントや四足の獣のウルフ。やっかいなのは俊敏な足の速いウルフだ。


 初めてて対処する相手ばかりという事態、そして背後には戦う力のないカルネ。

 ステラ達にとっては、どこからどう見ても不利な状況だ。


『ふむ、仕方あるまい。人の子よ、やや時期尚早であるが我の力を使うがよい』


 しかし、精霊の声が響いたとたん、ステラとツェルトの手に剣のようなものが現れる。


『精霊の力を込めた剣じゃ、魔の力を退けることにのみ活用できよう』

「私は、精霊使いでもないのに、いいの?」

『……まあ、問題なかろう」

「今、首かしげなかかったか? ひょっとしてよく分かってなんじゃ…」

『そんなわけはあるまい。主らには説明できぬような高等な仕組みであるだけなのだ』


 声が若干上ずって聞こえるのだが、大丈夫なのだろうか。


「とにかく助かるわ」

「さんきゅな」


 疑問の言葉を飲み込んで二人は言葉少なに礼を言い、迫りくる魔物へ切りかかる。


「やああっ」

「おりあゃっ」


 二人は剣を使い、一歩も引かずに魔物たちとやりあっていた。



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