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第12話 カルネの友人



 ウティレシア領 屋敷


 その日、カルネは友人であるステラの屋敷を訪れていた。

 理由は十士じゅうしの娘の身分ゆえに、この先忙しくなる事が決まったからだ。それで、しばらく会えなくなる事を伝えるためにやって来た。


 だが、屋敷の中に通されて使用人の女性に、ステラの元へ案内されたカルネは、目の前の部屋……厨房からから聞こえて来た内容を聞いて、当初の要件をまるごと忘れ去った。


 耳に入って来たのはひどく憤慨したセリフ。


「いやっ、絶対ぜーったいに嫌よ。ひどい、信じてたのに馬鹿っ。こんなことされたらもう金輪際口を聞いてあげないんだから馬鹿っ! ツェルトの馬鹿っ! 馬鹿ツェルト!!」


 そして、狼狽したセリフが続いた。


「それ困る! 悪かったっ。若気の至りっていうか、つい手が出たっていうか……。とにかく機嫌直してくれよ。ステラと話せなかったら俺、生きてけない」


 中から聞こえてくるのは友人であるステラ・ウティレシアと、その幼なじみであるツェルト・ライダーの声だ。

 何やら激しく口論している様子なのだが、一体何をしているのだろう。


「ステラ・ウティレシア、ツェルト・ライダー、私です。入りますよ」


 疑問に思うも、そのまま部屋の前で佇んでいるわけにはいかない。

 カルネは声をかけた後、部屋の中へ足を踏み入れた。


 視線の先の厨房……『屋敷の人間へ出されるための食事を作る場所だ)部屋の一画では、目当ての少女が幼なじみの少年と予想した通り言い争いをしていた。


 カルネの記憶としては二人がこんな風に喧嘩するのは聞いたことも見たこともない。ゆえに、諍いの言葉を耳にしてなお、まったくそんな光景は予想できなかったのだが……。


「何を……、やっているのですか」


 それを上回る問題があった。二人の体勢だ。


「もうっ……。もうっ、私が中で着替えてるの分かっててやったでしょっ! 馬鹿ぁっ、馬鹿ツェルト」

「だからゴメンって。ほんと気づかなかったんだよ! 泣くなよ。頼むから……」


 そこには真っ赤になって涙を浮かべる自分の友人、変わり者の貴族令嬢……ステラ・ウティレシア。そして、着替え中であったらしい彼女を押し倒している姿勢の平民の少年ツェルトの姿があった……。


 自失状態から立ち直ったカルネはつかつかと歩み寄る。


「一体、何をやっているのかと聞いているのです……っ!」

「カルネ!? ちょっと待って、……あっ」

「ぶげふぅ……っ!」






 落ち着いた頃に、カルネは二人を伴ってステラの私室へと移った。


「あの、カルネ。私は本当に大丈夫だから」

「いえ、こちらこそ誤解してしまいました。謝罪します、ステラ・ウティレシア。申し訳ありません」

「あれ? 俺謝られてないんだけど。たおやかな見た目からは想像できないような、ぐーの拳で結構ボコボコに殴られたんだけど」


 カルネ達は、部屋の中にあるテーブルを囲むように並んで椅子に着席し、落ち着いて話をしている(ツェルトだけは警戒した様子で若干離れた場所に座っているが)。


 先ほどの騒動のきっかけはちょっとした事が原因だったらしい。彼らが屋敷の厨房を使って、アンヌという使用人からもらったレシピを参考にクッキーを作っている最中に起きた事が原因だったようだ。


 ツェルトのいたずらで水浸しになったステラが服を着替えているところに、さらに彼がいたずらを重ねてああなった、というのが真相だ。


「この家は本当に、来るたびにとんでもない事が起きてますね。何事もない日常があるならば覗いてみたい気分です」

「それはたまたまそうなってるだけよ。というかほとんどツェルトのせいなの。私の家が騒動の巣窟になっているなんて言われるのは心外だわ」

「なるほど、確かにそうです。ツェルト・ライダーが悪の巣窟なのですね。納得しました」

「いろいろ言い返したいような気がするけど、俺学習したかんな。ここは我慢した方がいい、はず……っ?」

「これから忙しくなるので会えなくなる前に挨拶をしに来たのですが……」


 そんな風に他愛もない話をした後、カルネは家の事情でしばらく会えない旨を伝える。

 寂しい思いがあるが、やるべき事をこなす為には仕方のない事だ。

 自分が顔を出さない間に、ツェルトが一体いくつ先程のような蛮行を働くか、正直気が気ではないのだが、そこは後で釘を刺しておくしかないだろう。


「な、なんか寒気がしたんだけど。俺、風邪でも引いたかな」

「大丈夫ツェルト? 辛いならベッド貸してあげるけど」

「ステラのベッド!? いや、それはちょっと俺には敷居が高いと言うか、試練が強大すぎるというか。逆に休めなくね?」


 身震いをしたツェルトの様子に心配するステラ。

 彼女らはたまに、こんな風に傍から見ると先が心配になるような会話をしだすから不安だ。


 何か話をそらすものでもないだろうか、と考えカルネはある品物に思い至った。 

 彼女らにしなければならない話は、まだもう一つ残っているのだ。


「お二人に見てもらいたいものがあるのですが……」


 ハンカチで丁寧にくるんだ小さな品物を二人へ見せる。

 円形の輪の部分にガラスがはめられたもので、片手で持つことのできる道具だ。手に持って使いやすいように柄がついている。


「ここに来る途中にカルル村でこんな物を子供達から渡されました。井戸の近くで拾ったそうです。こうしてガラス越しに見ると向こうの物が大きく見えるという品物なのですが……」

「ルーペ、ね。そんな高価なものがあの村に?」

「ルーペ。なるほど確かに王宮の調査団の方たちが使用されている物と似てますね。ですが、問題なのは、そこではありません。ステラ・ウティレシア」


 カルネは、ステラへとそれを手渡し、ツェルトの方向へ向けて覗いてみるように言う。

 彼女はそのルーペを使用して、予想通り驚きの声を発した。


「それは識別のルーペと言われる物で、勇者の遺物かもしれない物なのです」

「本当に?」


 何の変哲もないはずの小さな村にそんな品物が落ちていたという事に、ステラは驚きを隠せない様だ。

 当然だろう、カルネもそうなのだから。


 勇者の遺物など、そう滅多な事で見つかる物ではないし、存在するとしても大体は古代の遺跡の中などにあるのが常識だ。


「嘘……」


 絶句するステラ。どうやら見えるべきものが見えているらしい。

 まさかと思っていたのだが、本物だったようだ。

 何が見えているのか、その様子が気になるらしいツェルトは自分もと言うが、


「なんだそれ、何が見えてるんだよ、ステラ。俺にも貸してくれよ」

「貴方は駄目です」

「何でだよ!」

「間違えました。貴方が駄目です」

「ひどくね! 俺、カルネに嫌われるようなことした!?」


 ステラが何かを言う前にカルネが却下した。

 彼は日常的に物の扱いが粗雑すぎるのだ。間違いで壊されてはたまらない。


「本物であれば精霊が見えるのですが、その驚き方からすると見えているようですね」

「ええ、見えてるわ。なんか丸くて、タンポポの綿毛みたいなのが。可愛い」

「可愛い……ですか、見せていただけませんか」


 ツェルトの方へと道具を向けているステラが見えているものについて語ってくれる。

 

 どんな風に可愛いのか少し気になった。


 それはともかく……、識別のルーペとは、精霊の力を込められた過去の勇者の持ち物であり、精霊の姿を見て意思を疎通させることができるという道具だ。

 本当であるならば、カルネ達は記録に残っていない精霊の姿を見る事ができるのだが。


 ルーペを受け取って、不満そうにそっぽを向いているツェルトへと向ける。


「……確かに、可愛らしいですね」

「でしょ?」


 予想をななめに裏切った姿が見えた。

 彼の近く、そこには白くてやわらかそうな小さな物体が、ふわふわと宙に浮いている。

 つぶらな点々とした二つの目があって、何とも愛らしい。


 その綿毛……ではなくおそらく精霊と、カルネの目が合う。


「……」

『……』

「…………」

『…………! 人の子よ、我の姿が見えるのか!!』


 視線に気づいた一瞬後、内容はともかく何とも愛らしい声がカルネの耳に聞こえてきた。

 子供の男の子のような声だった。口調は偉そうだが。


 綿毛は宙を飛び跳ねて驚きを体で露わにしながら。吸い寄せられるようにルーペに近づく。


『我は見世物ではないわ!』


 そんな風に憤慨した様子で言葉が返ってきた。

 綿毛は、テーブルの上に乗って元気よく弾み始める。ボールみたいだと思った。言わないが。


『まったく、近ごろ魔獣が調子に乗っておると思ったら、今度は人間か』

「なんだこれ、地面にぶつけたらよく弾みそうな奴だな」


 声に興味を引かれてか、ツェルトがカルネに寄ってきてルーペ越しに眺める精霊についての感想を述べた。


 ツェルト・ライダー、その発言は危険ですよ。

 貴方の近くにいるということはあなたが契約した精霊になるのですから。あえて言わないが。


『馬鹿者! 誰が力を貸してやっとると思っとる』

「あ、やべなんか地雷踏んじまったっぽい? とりあえず頭下げとこう」


 心無い謝罪を受けて、唸り声を上げる精霊の様子は世間一般の認識からするとかなり得意だろう。

 人間味に溢れていると言ってもいい。

 前にツェルト本人から聞いた話では、なんとも表現しようがない曖昧な生き物だと聞いたのだが、契約した事によって変わりでもしたのだろうか。


『ごほん、……それはともかく、こうなってしまったからには良い機会と思う他なし。主らに頼みがある、ありがたく聞くがよい』

「なんだか、偉そうだな」

「精霊ってもっとファンシーな生き物だと思ってたわ」


 机の上であらかさまに肩を落としている二人だが、精霊は構う気はないようで説明し始める。


 彼(なんとなくそう分類しているが性別とかはあるのだろか)の話によると、ここ数年、草木に宿る精霊が誤ってトレントに憑いてしまう事件が多発しているらしい。精霊達自身にも原因が分からず、困っていてその究明をカルネ達にお願いしたいようだった。


「それが真実であれば、由々しき事態です、すぐに騎士に協力を要請して力を貸してもらいましょう」

『真実であればも何も、嘘を言ってはおらぬ。我の言葉は真実である』


 憤慨する精霊はテーブルの上を可愛らしく飛び跳ねて抗議してくる。

 ステラはその様子を見て癒されているようだ。弟に向ける様な視線を向けている。

 カルネとしても可愛らしいとは思うのが、少々小生意気だと感じてしまう。


「まあ、本当の事だってのは精霊使いの俺が保証するぜ、実際に前に森に行って感じたからな」

「ツェルトが言うならそうね。騎士の件はカルネ経由で頼むとして、実際の原因は何なのかしらね。行ったはいいけど分からずじまいだと困るだろうし」


 それに関してはカルネに心当たりがあった。

 ちょうど今自分が調べ物をしている時に、関連して知った事柄だ。


「似たような話なら知っていますよ。王都にある幻惑の森という場所で、過去にトレントが狂暴になったという話があります」


 その森のトレントが凶暴化した周辺では、古代に生きていた巨大な魔物の骨が発見されたらしい。

 生物学者の話ではそれは、古代の魔物の骨には強い力があって、何かの拍子……地崩れなどで姿を現してしまい、他の魔物へ強い影響を及ぼしたのではないかという話だった。


「遥か昔、とある魔法が盛んだった頃はその魔法に魔物の骨を用いていたという話もあります。その話が真実であるなら、精霊様の話の原因となりえるでしょう」


 つまり古代の魔物の骨が迷いの森でも、何らかの形で表に出てしまい、精霊に悪影響を及ぼしているのだ。そして、精霊たちは普通の草木ではなく魔物に憑りついてしまっている。


「なるほど、迷いの森でも同じかも知れないということね」

「その可能性が高いと」


 ステラの言葉に、カルネはそう結論づける。

 これでこの話題は終了だ。


 勇者の遺物を王宮の専用の考古学者に提出する。そして……

 あとはカルネが責任をもってこの話を父に話し、騎士たちに依頼するだけだ。

 ……と思った矢先だった。


「なら、その日までに力をつけておかないといけないわね」


 ステラがそんな事を発言したのだ。



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