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第11話 カルネ・コルレイト



  ステラの通う退魔騎士学校はただ学校と呼ばれるだけでなく、湖水の学校と呼ばれている。つまり別の名前があるのだ(それは他の騎士学校と区別するためのもので、名前の由来は周辺にある湖が綺麗な町アクリにちなんでのものだった)。

 

 その湖水の対魔騎士学校の大きな特徴としては、他の学校と比べて設備やも敷地の広さが劣ってしまうというマイナスの点が目立つのだが、一点だけ大きく誇れるものがあった。


 それは図書室が他の学校より大きく、蔵書の種類が充実している事だ。


 学校が立つ周辺や、ウティレシア領を含んだこの辺りの地域では、他の土地ではあまり残っていないような勇者伝承や、おとぎ話、古い言い伝えなどが多く残っている。そのため、必然的に資料関連の扱いが丁寧になってきて、多くの蔵書が良い保存状態で保管されているのだ(それらは一つ一つが貴重な品物らしく歴史家や考古学者の間から注目されている者も多いと聞く)。


 とにかく、そういうわけなので、ステラの通う学校には胸を張って誇れるような立派な図書室があるのだが、逆にそういうわけだから授業に反映されてしまうという悲しい事情もあった。


 それは学生の悩みの種、調べ物関する事。


『せっかく貴重な資料が多く残っているのだから、調べ物を取り入れよう』


 ……と、この学校にいる教師達は皆ことごとくそう考えるらしいため、必然的に生徒達へ出される宿題の中には、調べ物が含まれる物が多くなってしまうのだ。


「はぁ……」


 心の中だけでつくはずだったはずのため息が思わず漏れてしまう。

 用事を片付け、ニオと別れたあと資料を借りるために図書室の扉を開けるのだが、部屋内に入ると同じような宿題を出されたクラスメイト達がいた。

 皆そろってため息をつきたくなりそうな表情をしていたものだから、それがうつってしまったのかもしれない。


 ステラとしてもこういった調べ物は時間はあまり歓迎したくない。

 剣にかける時間が少なくなるからだ。


 だか、出されてしまったからには、やるしかなかった。


 そんな風に憂鬱な気分になりつつも図書室の中で資料を探しながら歩いていると、部屋にいる学生たちの顔の中に二年生の生徒の顔が交ざっている事に気が付いた。

 青い髪に水色の瞳をした、一つ年上の少女……カルネだ。


「あ……」


 ステラの声に気づいた向こうからも、同じように視線が向けられる。


「久しぶりね」

「こちらこそ久しぶりです……というのは変でしょうか。顔だけなら先日も窺いましたからね、ステラ・ウティレシア」


 先日というのは入学式の事だろう。

 

 見た感じ変わったところはないように見える、他人行儀な挨拶をする所も。

 いい加減フルネームではなく、名前で呼んでくれればいいのにと思うのだが、言ったところで無駄だろう事はこれまでの付き合いで分かっている。


「少しだけ丸くなったような気がしたのは気のせいかしら」

「人はそう簡単に変われるものではありません。それは貴方の方がよくご存じなのでは?」

「確かにそうね」


 そのまま図書室でお喋りするわけにもいかないので、さっさと互いの目当ての本を探しだして借りた後、二人は部屋を出る。


「もう少し早く貴方と話がしたかったのだけど、放課中に尋ねてもいつもいないから……」

「すみません、いろいろと調べなければならない物がありまして。特にこの学校にしかない文献などは卒業までに一通り目を通したかったので」

「ずいぶん熱心なのね」


 彼女の抱えている本を見る。

 どれも分厚いものばかりだ。ステラだったら途中で力尽きてしまうだろう。

 できるかどうかはさておいて、少なくとも彼女はやる気らしいのが見て取れた。


「調べ物って、貴方がこの学校に来た理由と関係あるの? というか驚いたじゃない、なんで言ってくれなかったのよ」

「それは申し訳なく思っています。ここ一年ほど、貴方の家に行こうかと思っていたのですが、予定が立て続けに入っていたもので」

「まあ、貴方の立場からしたら仕方ないとは思うけど……」


 すまなさそうにする彼女を見て、ステラはそれ以上追及できなくなる。


 彼女の身分は貴族だ。

 だが、普通の貴族ではない。


 彼女の父親が、国の政治に関わる者、十士じゅうしの一人なのだ。

 将来は親の後を継ぐことになるであろう彼女は、身に付けなければならない事も多く多忙であるし、安全を考えればそう簡単には出歩けない身なのだ。


「説明しますが、私がこの学校に来たのは私の身分や立場には関係しないものです。個人的な調べ物ですよ」

「そうなの? よく許してくれたわね」

「ええ、譲歩を引き出すのに大変でした」


 彼女は例によって多忙の身であり、こなさなければならない事もたくさんある。それなのにその彼女が、自分の都合を優先させるようなことをするのは本当に珍しい。


 カルネの父親には一度あった事があるが、強面な顔を裏切らない厳しい人だったのを覚えている。

 基本的に父親の言うことには逆らわないカルネだが、一体ステラの知らない間にどんな心境の変化があったのだろう。


「そうまでしてここに来た理由ですが、そう大層なものではありません。少し……とある特殊な魔法について調べておきたかったので」

「特殊な魔法」

「ええ、貴方の領地、カルル村を訪ねた際に少し気になって。すみませんがこれ以上は言えません」

「そう、なら仕方ないわね」

「助かります」


 誰しも人に言いたくないことの一つや二つはあるというものだ。

 これが、ツェルトだったら迷わず尋問しているところだが、聡明なカルネが言わないのであればそれにはきちんとした理由があるのだろう。


 ツェルトの場合は普段ふざけてるから何か言ったとしても、そのまま信じて良いのか迷う時があるのよね。

 特に同じ言葉を二回繰り返すときとか、とっても嘘くさいし。


「今、ツェルト・ライダーについて考えていましたね」


 そんな事を心の中で言っていると、カルネに内心考えていたことを言い当てられた。


「え、そうだけど。よく分かったわね」

「口角がわずかにあがりました。あと眉間に一瞬作られた皺が消えましたので」

「私、そんなところまで観察されてるの?」


 ステラはどうやら、そういう表情をしている時はツェルトの事を考えているらしい。

 細かいどころじゃない彼女の観察眼に戦慄する。

 同時に、これは代表として入学性の前に立つはずだと納得。


「コルレイト家の人間としては本来はこのような場に通うことは許されなかったでしょう。ですが私は今ここにいます。ステラウティレシア、これからよろしくお願いします。私はこの縁を大切にしたいと思っていますので」

「そ、そうよね……、分かったわ。よろしくねカルネ」


 大真面目な顔をして奇跡の再会でも果たしたかのように言われ面食らうがステラだが、自分とて同じ気持ちであることに変わりはない。なので素直に彼女の言葉に同意した。


 少しばかり迷うそぶりを見せたのち、カルネはこちらへと手を差し出す。

 握手だ。

 ステラが握り返すと、荒事には向いていない柔らかな手のひらの感触があった。


 調べ物の為とはいえ、よくこんな所まで来たわね。


 一秒、二秒、三秒……五秒してカルネが声を上げる。


「あの、ステラ・ウティレシア。離していただけませんか。私の手を気持ちよさそうに揉まないでほしいのですが」

「あ、ごめんなさい。つい……。前にツェルトが私の手をふにふにしてたことがあって、それでつい。女の子の手をこうやって握ることってなかったから」


 しっとりしていて、柔らかい。

 普通の女の子の手ってこんな風なのね。


 ふにふに。


 ステラも昔はこんなだったかもしれないが、今は度重なる剣の修練の影響で皮膚が固くなってしまっている。


「困った事があったら言ってちょうだい。カルネはしっかりしてるから大丈夫だと思うけど。力になるわ」

「ふふ、ありがとうございます。私の方が先輩なのですが、それが友達というものですからね」


 友達なのだからステラで良ければ力になる、とそう述べれば彼女から柔らかい微笑みが返ってきた。





 退魔騎士学校敷地内 女子寮 『カルネ』


 調べ物の本を手にして、ステラと別れたカルネは自らが生活する寮の部屋へと戻った。


「彼女が入学してきたならば、学校はきっと賑やかになりそうですね」


 部屋の中はきっちり二つのゾーンに仕切られている。主に机まわり……実務的な作業をこなすスペースと、ベッド周り……くつろぐスペース。きっちり半々だ。


 ベッド周辺には女性らしい小物や飾りなどが置いてあるのに対して、机周りには事務的な物がほとんどで飾り気などまるでない。

 けれどカルネ自身はこれが最善だと考えていた。

 公私をきっちり区別する事は、よりよい生活を送る為に重要な事の一つだからだ、


 カルネは机の上で借りてきた本を広げて、考え事をする。

 内容は少し前に学校で会ったステラの事についてだ。


「彼女と知り合ってから、どれくらい経つのでしょうか。確かあの時は十三歳くらいでしたね」


 十六歳になるまで、それからここ最近の会えなかった期間を除けばおよそ二年の付き合いとなる。

 決して長くはない時間だし、彼女に会う機会も数えるほどしかなかった。

 だが、それでもその二年間はカルネにとっては何にも代えがたい貴重なものであった。


「貴方といると本当にとんでもない目にばかり合ってる気がしますね」


 言葉とは裏腹に、カルネは自分が楽しそうな表情を浮かべてしまうのを自覚していた。

 彼女といると、大変な目に遭うのは事実だが、それだけで終わらないから友達として素晴らしい事だからだ。

 いつも真っすぐで力強く、ひたむきに成長を続ける彼女を、カルネは誰よりも誇らしい友人であると思っている。


 頭の中にいくつかの思い出を再生していく。

 特に鮮烈に焼き付いているのはやはりあの時の記憶だろう。今からちょうど一年前ぐらいの頃。

 精霊と話をした事など、世界中を探しても自分達以外にはいないだろう。


「あの時は驚きましたね……」


 カルネは楽しげにその時の事を思い出す。



(※11/10 地域伝承について加筆修正しました)

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