第10話 ニオ・ウレム
退魔騎士学校 廊下
色々な出来事があった濃厚な新入生の合同授業は終わった。
その時の出来事の影響してなのか、数日経つ頃には、学校に勤める教師達から期待の新入生として目をかけられるようになった。
当初注目していた先輩生徒達とだけではなく教師とまで剣のと打ち合いをする事になろうとは思わなかったが、それはそれで充実した日々だった。
本日もそんな大変意義のある授業を終えたステラは、放課後に担任教師から押し付け……任された雑務をこなす為、校内の廊下を歩いている最中だった。
窓の外では並び立つ桜の木々が咲き誇っていた花をほとんど散らせ終え、柔らかな緑の葉を身につけ始めている。
「他の先生はステラちゃんの事すごいすごいって誉めてるのに、ツヴァン先生だけステラちゃんに普通だよねー」
授業で使い終わった道具を準備室へと運んでいるステラの横には、不満げな顔をしたクラスメイト、ニオ・ウレムが並んでいる。
彼女はあの初めての合同授業の時、「戦闘狂?」と毒を吐いていった少女だ。
そんな少女ニオの身分は貴族だ。もともとは王都に住んでいたらしいのだが、知り合いの情報を得てここの学校を選び、近くにある寮で暮らしながら登校している。
「それどころか、ニオがそれ言ったらひよっ子をひよっ子扱いして何が悪いんだって言うんだよ。言い方! いつもの頼み事も社会勉強とか言ってるけど面倒な事押し付けてるだけじゃんって、ニオ思うんだけど」
「私が未熟なのは事実でしょう。先生にも予定があるのよ。たぶん」
「それで納得できちゃうんだ! ステラちゃんてばおっとなー」
ニオは初日にちょっと耳を疑うような言葉を掛けてきた少女だが、こうして接してみれば分かる様に彼女は悪い人間などではなかった。
ただちょっと自分に正直というか、言い方が率直過ぎてしまうだけで、ステラの事を考えて怒ってくれている所を見れば、誰だって良い人間である事が分かるだろう。
「ニオはちょっと子供っぱい所あるわよね。お昼の時もニンジン脇によけてたでしょ? 駄目じゃない、食べ物を無駄にしちゃ」
「えー、ステラちゃんまでお母さんみたいなこと言ってる。ニオ、あれ嫌なのにぃ……」
隣に歩くニオは、母親にニンジンについて注意されている時の事でも思い出しているのか、肩を落としている。
二日目に登校してきた時、最初に気安く話しかけられてた時はちょっと面食らいはしたが、初日の授業以来よく言葉を交わすようになったニオは、今ではもうステラの良い友達だ
「ニンジンなんて、なんであるんだろうー。はぁ、ニオ憂鬱だよ……」
ニンジンの存在について悩む少女を見ながら、ステラは胸をほっと撫でおろす。
合同授業の時の彼女に声をかけられた時はある事を危惧していたのだが、杞憂に終わりそうで良かったと思う。
別に大した事ではないのだ。
ステラが前世でやっていたゲームで、自分と同じ名前と顔をした悪役が、魔法が使えない事で周囲にいじめられ、性格がねじ曲がってしまう……なんていう記憶があったから、少々過敏になってしまっているだけ。
ゲーム内では最終的にその悪役は、ヒロインをイジメたりした原因で殺されてしまうのだが、そうならないために(ステラ自身が強くなる為にも)一段階ランクを落としてヒロインが通う学校とは違う学校を選んでいた。
しかし……、
「他の人たちの理由に比べたら全然大した事のない話よね」
そんな事は、きっとつまらない話だと思う。
気にする事自体も。
この学校に通っている者達は、皆真剣に授業に臨んでいるのだから。
ステラの事情なんて、大した事では……全然ないのだ。
「なーに、ステラちゃん。ニオに聞かせてくれるような、何か面白い話でもあったりする? あ、新しい剣の型でも思いついたとか」
「さらっととんでもない事いうわね。貴方の中の私ってどうなってるのかしら」
こちらの顔を覗き込むニオにかけられた、突拍子もない言葉に少々驚く。
学生として、研鑽を摘んでいる状態のステラが、そんな事できるわけないというのに。
「何だがステラちゃんなら、平然とした顔でやりかねない気がするんだよね。玄人っぽい動きしてるし」
「私はまだそこまでの腕じゃないわよ」
「えー、そうなの? あんなに戦場慣れしてそうなのに?」
ニオの中の私って一体どんな修羅場を経験してきた人間なのかしら。
前世関連の考え事から戻ったステラがニオの言葉に翻弄されていると、ふいに廊下に集まってできた人垣に視線が向いた。囲んでいるのは女生徒ばかりだ。皆、黄色い声を上げている。
その輪の中心を見れば、一人の男子生徒が立っていた。
太陽のようなクセのついた橙の髪に青い瞳の、整った……まあ美形ともいってもいい顔の人物だ。
ステラの視線に気が付いたニオが、その少年について説明してくれる。
「フェイス・アローラ君だよ。同じクラスの人、覚えてなかった?」
「そうなの。全然記憶になかったわ。」
「ありゃりゃ、結構モテてるんだよ。顔も良いし性格も良いからって、あんな風に」
「そうなの」
まあ、クラスに一人くらいそういう人間いるわよね。と視線を外す。
こちらにはまだこなさなければならない用事が残っている。
あそこにいる女子生徒に交ざって過ごす時間はないだろうし、そもそもこちらにそうするだけの興味はない。
そんなややそっけないかも知れないステラの態度を見て、ニオは首を傾げた後、ややあって納得した表情を見せた。
「あれ、興味ない? あー、そっか。ツェルト君がいるもんねー」
「どうしてそこでツェルトが出てくるの?」
ニオは、ステラの幼なじみであるツェルトの存在を知っている。
むしろクラスメイトなら、ステラとツェルトの関係について知らない者などいないだろう。
彼は授業の合間の度に、こちらに話しかけてきたり分からなかった所を聞きに来るのだから。
「もー、隠さなくてもいーのに、ホの字なんでしょー」
「ホって? わたしは文字じゃないわよ」
「……ステラちゃんってひょっとして鈍いの?」
ニオとよく分からないやり取りをしながら、ステラは完全にフェイスという男性とその周囲にいる女性達の事を意識から外した。
頭の中で考えるのは、その後の事や剣の練習メニューについてのみだ。
だから、そうして歩くステラの後ろ姿を、フェイスがじっと見つめているなどという事にはまったく気が付かなかった。
ただ、
「何だか寒気がするわ」
そんな得体の知れない、嫌な予感は働いたが。
(※4/21登場人物について情報を付け足しました)