第9話 お・れ・の
わらわらと寄ってくる的。見ようによっては可愛いとも思えなくもない土人形を相手にして、ステラは運動場を動き回る。
人形はみな、的確に真っ二つにされており、彼女が通ったところには物言わぬ土くれが残されているのみ。
他の生徒が思わず、わが目を疑って二度見するよう光景だ。
ところどころから賞賛や感嘆の声が上がるが、ステラは不満を感じていた。
一体ずつしか相手にできないという自分の力量の低さに、表情が曇らざるを得ない。
貴族であるにも関わらずステラは何故か魔法が使えない。
なので、敵と相対するときは地道に各相手を撃破していかなければならないのが悩みなのだ。
ステラには、相手を怯ませるという便利な技、威圧があるのだが。
残念ながら、ある程度の知能がある生物にしか効かないのだ。
今後への課題を一つ見つけたわね。
「はぁっ……!」
どうしたものかと考えていると、一体の土人形に振り下ろそうとしていた剣がぶれた。
ほぼ作業と化していた攻撃動作の中、ステラは疑問に思う。
今、何が起きたの?
真っ二つではなく、六対四分割になった土人形を見つめる。
よく見てみると、物言わぬ土くれとなった人形の顔部分には落書きがされていた。
可愛らしい点々の目と、弧を描いたにっこりとする口だ。
「……」
ステラは無言で作業を再開し、可愛らしい変貌を遂げた敵を六対四分割しながら鳶色の頭を探した。
探すまでもなかった。割と近くにいた。
「ツェルト、怒らないから謝るなら今のうちよ」
「何か怒ってるステラ来た!」
怒ってないわよ。ええ、怒ってないわ。まだね。
「どうしたんだよ、何かあったのか」
「とぼけないで、あんなに敵を可愛らしくして。切れなくなっちゃいそうじゃない」
「可愛い? あ、ほんとだ。なんか変わってる。何かなつかれてるみたいで斬りづらいな」
この反応。
どうやらツェルトのせいではないようだ。
彼は何かいたずらしても、開き直って基本はあまり誤魔化さないし、したとしても嘘がへたすぎて隠しきれないのだ。
「違うみたいね。疑ってごめんなさい。残り、頑張りましょう」
「何かよく分かんないけど、おう」
ステラは疑問をいったん棚に上げといて、敵の掃討へと戻る。
ツェルトでなかったら一体誰がこんな真似をしたのか。
淡々と土人形をただの土に返し、ようやく六対四分割が二分割に戻った頃、動き回るステラのスピードについてくる人間がいた。
なかなか俊敏な人物だ。
視線を向けると、茶色の髪をショートカットにし、青の瞳の溌剌とした印象を受ける少女がそこにいた。
「えいや……っ」
彼女は掛け声を上げて、短剣で土人形を切り裂く。
行動不能にこそできなかったものの、良い攻撃だ。
磨けば光るかもしれない。
そう考えていると、横に並んだその女子生徒がこちらを向いてにっこり笑った。
何かしら自己紹介的な言葉を述べてくるものとばかり思ったが違った。出たのは毒だった。
「可愛い顔して戦闘狂なの?」
ステラは色々な意味で衝撃を受けた。
手元が狂って、土人形が九対一分割になったぐらいだ。
退魔騎士学校 運動場 『ツェルト』
ツェルトはステラのいる場所とは離れた所で土人形を相手にしていた。
手ごたえなくばっさりやられる人形を土に返す作業を地道にこなしながら、ツェルトはステラを見たついでに周囲の人間の動きを見る。
ツェルト達からすれば、まだまだ実力は低い者たちばかりだが、様々な戦い方があって参考にできそうだった。
特に魔法を使える人間の情報は欲しい。
平民出身であることやステラの事情もあってか、今まで周囲には魔法の使える人間がいなかった。
なのでそのうち魔法の使える阿呆が出てきた時の為に、対策を練っておきたいと思っていたのだ。
そんな理由で、周囲へと気を配っていたツェルトだが、ふいに他の固まって戦う男子集団の声が聞こえてきた。
「すげぇ、強いなあの金髪の子。誰だ。あの子」
「可愛いな、なんて名前だっけ。聞いたら教えてくれるかな」
「そうかぁ? 可愛いかぁ? おっかないだろアレ」
「いいや、可愛い、俺は彼女を狙う」
ステラの話だ。
彼らは魔法が使える阿呆らしい。
将来撃退する予定の敵項目に、そいつらの顔の特徴をできるだけ丁寧に記していく。
ステラの鮮やかな剣裁きに見惚れる彼らは、彼女の幼なじみが近くにいるなどと知るよしもなくお喋りを続けていた。
当然隙だらけな彼らが攻撃に対処できるわけもなく。
「あでっ」「ぐはっ」「いてっ」「ほがっ」
土人形に躍りかかられ、体当たりを受けたり突き飛ばされたりしている。
「これがステラとか女子だったら、迷わず助けるけどなぁ」
野郎だし、ライバルだしな。と、ツェルトは傍観の姿勢を選択する。
「いてててっ」「こいつちょこまかと」「おい、今こっち攻撃しただろ」「こっちにも魔法が飛んできたぞ」
しかし、かなりいいように翻弄されているようだ。土まみれにされたり、敵に踏みつけられたりしている。
さすがに哀れになってきた。
「貸しだかんなっ」
ツェルトは駆け寄って、小馬鹿にするように体の上で飛び跳ねていた土人形を切り捨てていく。
その中の一人が礼を言う。
くすんだ赤い色の髪に、鮮やかな赤い瞳の少年だ。
「た、助かった。俺はライドだ、あんたは……」
「ツェルトだ。ツェルト・ライダー。それよりお前、ステラのこと可愛いとか言ってただろ、聞いてたぞ」
「何だあれ聞いてたの。いや俺は、「そうかぁ?」の人だ」
何だと、ステラが可愛くないだと。
「そうかそうかそうかぁ。ステラは可愛くないか」
「あ、こいつ関わったら面倒くさそうな奴」
ツェルトの形相を見て、ライドと名乗った男は天を仰いだ。
その隙を見て、これ幸いとばかりに別の人間が話しかけてくる。
「なあお前、あの子の知り合いか何かなのか? 良かったらあの子の名前を全部……」
ツェルトは、目の前に寄ってきた土人形を三回ぐらい余分に切った後、その話しかけてきた少年に顔を向けながらステラを指さした。
「あれ」
そして、
「お・れ・の! ス・テ・ラ!」
一字一句、強調するように宣言。
聞いてきた人間が身を引く中、しかしライドは平然とした様子で尋ねた。
「何、あんた達付きあってんの?」
「……ステラは俺の」
だがそれに対して、ツェルトは文字を反対にして答えた。
どこかいたたまれない雰囲気が出ている。
「あ、何か悪い」
訳ありな空気にライドは思わず謝った。
しかし、ツェルトは落ち込んだ雰囲気を一変させて、どこかへと慌てて駆けて行く。
行き先は、土人形に砂かけ攻撃されて困っていたステラの所だ。
残された男子たちは、お互い顔を見合わせる。
「あれは駄目だ」
「くそう、いいと思ったのに」
「諦めろ。いや、彼女を作る為に入ったなら諦めるな、他にも良い奴がいるさ」
そんな会話をして頷きあったりしている彼らから離れたライドは、離れた所に視線を向ける。
砂かけ攻撃をしている土人形に相対している人間達、二人のクラスメイトを見ながら呟いた。
「ったく、どいつもこいつももうちょっと余裕もって面白く生きたっていいのにな」
ライドはそう言って、すれ違った土人形に落書きをしていく。
その手には教室からくすねてきたらしいチョークが一本握られていた。