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第7話 私が剣を握る理由



 ウティレシア領 屋敷


 長い初日が終わり、日が傾く頃ステラはようやく屋敷へと帰った。


「お疲れ様です、お嬢様」

「ただいま。戻ったわ」


 出迎えてくれた使用人に声をかけながら、両親の部屋へと向かう途中。

 淡い金髪に金の瞳をした弟のヨシュアに出会った。


「姉様、お帰りなさい。やけに遅かったですけど、何かありましたか? 式は午前で終わるって聞いたんですけど……、その怪我は……っ」


 お人形さんみたいな容姿をしていて、触れたら壊れてしまいそうなそんな儚げな雰囲気を出す弟は、笑顔になって姉を出迎え、訝しげな表情を作って小首をかしげ、最後にステラの手首を見て驚愕した。


 例の乱入者に例によって怪我を負わされた場所だ。

 だが、それを正直に伝えてはヨシュアに要らぬ心配をかけてしまう。


「これなら大した事ないわ。打ち合いをしている時に、ちょっとした不注意で怪我しただけよ」

「そうですか……」


 納得の言葉を言いつつも、ヨシュアの表情は優れない。

 気持ちは嬉しいけど、剣の稽古つけてもらってる時とかに怪我なんてたまにするじゃない。


「学校で頑張るのもいいですけど、傷が残らないように気をつけてくださいね」

「姉の心配するなんてまだまだ早いわよ、ヨシュアこそ気をつけなさい。ツェルトにレットに両方にしごかれたら、体がいくつあっても足りないわよ」


 そうだ、それを言うなら弟の方こそ、だろう。

 ステラと同じくレットの稽古を受けているヨシュアは、同時にツェルトとも剣を打ち合わせてもいるのだ。

 ステラも同じことをしているとはいえ、姉としてやはり心配なものは心配なのだ。

 それに、ステラが学校に行く事になれば、レットの稽古を受ける時間はヨシュアの方が長くなるのだろうし。


 できることなら剣なんてすぐに止めてほしいのが、ステラの正直な気持ちだ。

 姉としては弟に危ない事はしてほしくない。

 それはいくつになっても、どんなに互いが大きくなってもきっと変わらないだろう。

 ステラはヨシュアのお姉さんで、ヨシュアがステラの弟であることはどんなに時が経っても変わらない事実なのだから。


「本当は、剣を握ってほしくはないのだけど……」


 だが、弟は誰に似たのか頑固で。

 これに関しては頑なに自分の主張を曲げようとはしない。

 初めの頃はステラも止めさせようとしたのだけれど、真剣な瞳で「大切な家族を守りたいから」なんて言われたら何も言えなくなってしまった。


 せめて、危ない目には合わないでほしいが、元の世界ほど治安がいいわけではないこの世界ではそうも言っていられないのだろう。





 その後、弟と、そして母と父に学校の事を話し、中庭で少し木剣を振って汗を……搔きたかったが怪我をしていた事を思い出して、大人しく部屋で勉強していた。それから夕食の時間の後は、お風呂だ。


「はぁ……」


 広さ的にはお風呂というよりは浴場といった方が適格な気がするが、ともかく細かい事はおいといてステラはいっぱいに張られたお湯の中に身を沈めた。


「ふぅ……」


 肌を包み込むような液体の感覚がした後、じんわりとした温かさが体の内側へと向かっていく。


「やっぱり、お風呂はいいわよね」


 水は貴重品で、あまり贅沢には使えないというのが普通であるが、お風呂に関しては少しだけ寛容だ。

 衛生的な面からみて、体を清潔に保つ事が健康に良いという知識は一般に広まっているらしい。それなりに人の住む町なら、ステラの家のように各家庭一つとはいかなくとも必ず入浴施設は備わっているのだ。まあ、大抵は大釜だったり、地熱を利用した露天風呂だったりで開放的なものになるが。


「あったかい……」


 体がリラックスしていく感覚にまかせて、手足を伸ばしステラは湯船でくつろぐ。


「贅沢は好きじゃないけど、お風呂は止められそうにないわ……」


 立ち上る湯気の中で、ステラはこれ以上ないくらいに幸せそうな表情になる。

 貴重なリラックスタイムを存分に堪能中だった。


「皆、もっとお風呂を楽しめばいいのに」


 ただ、入浴できるというだけで、お風呂を満喫するという文化はないのがステラとしては非常に残念ではあるが。


「明日から授業が始まるわね、頑張らなきゃいけないわ……」


 何とはなしに、指で水面をつついて波紋が生み出されるのを眺める。

 揺れる波間と、生み出される波紋の中にステラは前世の自分の、最後の記憶を思い描く。


 ステラは前世がある。

 ステラ・ウティレシアという存在は、(原因は分からないが)この世界に転生した存在だった。


 記憶を思い出したのは、七歳の頃。

 ツェルトの住んでいるカルル村で、凶器を持った男に人質にされた時だ。


 幸いにも、ツェルトが助けてくれたおかげでステラは助かったのだが……。


 その時に思い出した前世の記憶を、再び脳裏に思い描いていく。






 今のステラぐらいの歳……十五歳くらいだった前世のステラはその日、ショッピングセンターに向かっていた。

 確か、学校は休みの日で、その日は次の授業の為に文房具を買いに行ったのだったか。


 事件が起こったのは、新しく発売された他の商品なんかに目移りしながら、目当てのものを探していって財布の中身がどれくらいあるか考えてた時だったと思う。


 そのショッピングセンターの中でステラは、突如凶器を持った男に人質にされてしまうのだ。

 確かその男はリストラされたとか言っていて、その店で働く人に恨みを抱いている様子だった。


 男はステラを人質にしながら店員へ話しかけ、自分が持っていたバッグに現金を詰めるよう指示を出す。


 その間のステラは、何もしていない。


 それはそうだろう。前世の自分は、そんな命の危険に遭遇した事のない、どこにでもいる普通の人間だったのだ。なんの力も持たない少女がとっさの事態で行動できるわけがない。


 そんな私にできるのは、


「助けて……」


 せいぜい周りの人に助けを求める事ぐらいだった。


 だけど、その声に応えてくれる人はいなくて、男に指示された店員すら行動を起こさず。


 彼等は、こちらを見捨てるように逃げるだけだった。


 これが、彼らの友人知人だったら違っただろうか。

 それが、失われることが多大な損害と繋がるような重要人物なら違っただろうか。


 だから訪れる結末は、その時のステラにもすでに知れていて。

 結局、助けてくれる人間は誰も現れず、自ら目的を果たした男によって私は殺されてしまったのだ。

 

 そうして死んだステラは、どうしてか転生してこの世界にいる。

 

 魔物がはびこり、人々を守る為に危険に立ち向かう騎士のいる世界に。

 

「……」


 回想を終えたステラは、だからこそと思う。

 明日からの学校生活では剣の力を磨く事に励まなければならない。強くならなければならない。

 

 ステラは、誰もが認めるような強さを手に入れて自分の価値を証明しなければならないのだ。



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