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第35話 裏方の事情


 王宮 廊下


 ステラが勇者の後継者となった日の夜、灯りに照らされた王宮の廊下をツェルトは走っていた。

 やけに時間のかかる任務を押し付けられたと思ったら、こういう事になっていたとは、と思う。

 いつも肝心な時に後手に回ってしまう自分が恨めしかった。


「くそ、ステラ。無茶だ、馬鹿だろ。あんな任務を受けるなんて」


 勇者ですら命を落とした危険な場所に向かうなんて。

 おそらく王都の民に同情するステラの事が王の耳に入ったのだろう。それで切り捨てられることになったのだ。


「何の為の約束だよ、肝心な時に傍にいられないで!」

「どこにいくつもりだ?」


 感情のままに焦る。

 しかしそのツェルトの目の前、曲がり角から女性が現れた。対魔騎士学校の先輩でもあったリートだ。

 卒業した後、彼女はこの王宮で一兵士として働いているのだが、こうしてたまにツェルトの前にふらりと現れるのだ。


「今さら行ったところで間に合いはしないぞ」

「だったら黙って待ってろって言うのか!?」

「そうは言わない。冷静になれといっている。彼女の傍に行くにはもっと効率的な方法があるだろう」

「……? あ、あぁ……そっか。そうだった」


 事情を知っているらしいリートに指摘され、初めは何のことか分からなかったが、徐々に理解が及び、落ち着きを取り戻す。

 焦るあまり精霊の力を失念していたようだ。


「まったく、そういうところはフェイスの事件の時から変わらないな」

「悪い、助かった」

「助かった? 責められる方が納得できるな、今の状況を見れば」

「なんでだよ」


 リートは皮肉気に表情を歪めてみせる。


「彼女の傍にいて守るつもりだった君をこちら側に引き込んだのは我々……前王直属の特務騎士団だ。私達が関わったばかりに君はやり方を変えなければならなくなったし、彼女の危機にすぐに駆けつけられなくなっただろう」


 顔色を変えずに淡々と述べられるリートの言葉を受けて、ツェルトが浮かべるのは怒りの表情などではない。


「そんなの別に恨んでなんかないよ。あるとしたら自分の力の小ささくらいのもんだ」

「その言葉は真実か?」

「当たり前だろ、どうせ俺がやらなかったら絶対ステラなんかが巻き込まれてやってただろうし。やる人間が変わっただけだって思う」

「ふ、なるほど確かにそれはそうかもしれないな」


 その可能性は確かにありえるかもと、珍しく笑い声をこぼし微笑するリート。

 今までの関わってきた中の記憶には存在しない珍しい顔に、軽く驚いた。


 そんな反応を面白がるようにリートは顔をよせて、こちらの耳に囁きかける。


「だがそれでも言おう。君が大切にしていた約束を蔑ろにする様なマネをしてすまない。ふぅ、これですっきりしたな。協力感謝する」

「結局自分の言いたい事、言うんだよなぁ」


 誰もいないだろうにこんな内緒話をするみたいな姿勢をとって、と思いつつも念の為に周囲を見回してちゃんと誰もいないことを確認する。


「その行為は俗に言うフラグ立てというものだぞ。おそらく誰か邪魔者が来るな」

「フラグって何だ、嫌な予想すんなよ。でも、そろそろ本当に誰か来かねないしさっさと行くか」


 精霊の力を使う為にツェルトは目を閉じて外界の刺激を遮断、意識を集中する。


「やれやれ、まったく世話が焼ける後輩だ。だが、仕方あるまい。迷いの森で助けて貰った件もあることだしな。お前は覚えているか?」


 苦笑とともに呟かれたリートの言葉はおそらくツェルトの耳には届いていない。

 そんな事は承知の事とばかりに苦笑をもらし、周囲への警戒へと気を割くリート。

 その彼女の耳に、近づいてくる足音が聞こえた。


「おい、さっそくフラグが回収されたようだぞ」

「いってっ」


 リートはツェルトの耳を引っ張って、意識を戻してやる。


「はっ、取り込み中だろうが邪魔させてもらうぜ!」


 足音の主、それはレイダスだった。





 何とかその場を切り抜けて、魔物の巣一掃という予想外の成果を上げた帰り道。

 立ち寄った町の宿で眠るステラは夢を見ていた。


 ツェルトがレイダスと戦っている。

 場所は王宮の廊下……らしき所だ。

 他の部分、二人の周囲以外はぼんやりとしていてよく見えなかった。


 レイダスは強い。

 でもツェルトも強くなった。ステラよりも強いはずだ。


 次第にレイダスを追い詰めていくツェルトだが、その様子が一変する。

 レイダスがツェルトに対して何かを言う。

 ツェルトはそれに対して、


「ステラが死んだ……?」


 そう言う。彼の声だ。卒業してからはあまり聞くことがなくなってしまった声。


 それが隙を作ってしまった。

 ツェルトは攻撃を受けてしまう。


 レイダスは彼に何か良くないことを話しているようだった。

 言葉を聞く度にツェルトは表情を歪めていく。


 ……駄目、ツェルト。そんな言葉を信じないで。


 ステラは一生懸命そう話しかけようとするが、声は音にならず。言葉は伝わらない。


 やがてツェルトはレイダスに利き腕を切り裂かれてしまう。

 飛び散った血の飛沫にステラは、叫んだ。


「ツェルト!」


 追いうちをかけようとするレイダス。

 だが何かに気付いて立ち止まる。


 ツェルトの手には光り輝く剣が出現していた。

 それは勇者の剣だった。


「ステラ、そっか。生きてるんだな」


 ツェルトは勇者の剣をレイダスへと構える。

 その顔は、先ほどまでとは変わっていた。

 安堵、そして強い戦意をそこに浮かべる。


「なら、俺のやることは一つだ。俺は……」


 ツェルトは言葉と共に剣を振り下ろす。そこでステラの見ていた夢は途切れた。



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