果ての神殿
それは、夢の中の話。
起きたら消えて、後に残るものはない。
ただ、胸の中に何かあったという痕跡だけ残していくような。
そんなはかない世界であった、小さな出来事の話。
目をこすりながら、ぼんやりとした意識でその場所に立つ。
目の前に白い光のようなものが存在した。
ステラはそれを見た時に、入り口だと思った。
手を伸ばすと、白い光にはわずかな暖かみ。
向こう側があるようだ。
手を伸ばし続けると、白い光の中にすいこまれていく。
ステラはためらいつつも、少しずつ前に進んでいった。
腕、肩と白い光の向こうに消えていき、やがて視界が真っ白な光でぬりつぶされた。
次の瞬間には、暗い場所。
どこかへの入口のようなところを通ったら、星屑でできた通路の上にたっていた。
足元をよく眺めてみると、金平糖のようなものがしきつられている。
空には星がともる、暗い深淵。
頭上からは、おなじような物体……きらきら光り輝く金平糖がふってきて、甘い匂いが周囲にたちこめている。
とてもおいしそうだった。
お菓子?
なのだろうか。
ちょうど足元に落ちてきたそれをつまんでみる、果物とかからするとてもいい匂いがした。
けれど、落ちてきた物を食べるのは衛生的にも心情的にも、まずいと思うので、再び下に置いとくことにした。
「とりあえず、ここがどこなのか調べなくちゃ」
ここに来る前に、一瞬だけ誰かの声が聞こえたような気がするけど、よくは思い出せない。
星屑の道は続いている。
先が見えないほど長く。
この道をどれだけ歩くのか分からないので、ちょっとやる気がそがれそうになるが、だからといって立ち止まっていたって仕方がない。
不可思議な場所に、気力がもっていかれそうになるのをこらえて頬を叩く。
前を見据えて、一歩。歩き出した。
「前に進むことだけを考える、シンプルでいきましょう」
動き出せば後は何でもない。
不安な気持ちは少しづやわらいでいった。
しばらく歩いていくと、空がひび割れているのが分かった。
まるでガラスのようだ。
今見えているのは本物の星空ではなくて、ガラスに投影された偽物の星空なのではないだろうか。
そのまま、ぼうっと空を眺めていると、声をかけられた。
「ステラ!」
「っ」
その声の調子に、心臓が高鳴る。
彼だ、と一瞬思ったからだ。
だってそれくらい声の調子が似ている。
けれど、視線を向けてみると違った。
ステラの愛しい彼ではない。
そこにいるのは、白髪の……いやプラチナの髪の男性だった。
「合流できて良かった。心配したんだからな」
「えっと……」
男性は親しげな態度でこちらに歩み寄り、頭をなでてくる。
そのしぐさが、また彼を思い出させる。
ツェルトの、彼の手つきにそっくりだった。
まるで彼が己の姿を偽っているのではないかと、そう思えるほどに。
敵意がないので、今すぐこちらに何かするというわけではなさそうだが。
私は彼と出会った事がない、と思う。
彼に似た誰かと会ったような気がするが、思い出そうとすると記憶にもやがかかってしまう。
「あ……」
何かを言おうと思った。
けれど、声を出そうとしても出せない。
なぜか、のどがつっかえたまま、言葉がでなくなった。
『何も言わないで』
と、どこからかそんな声が聞こえてくる。
誰の声だろう。
ぼんやりとしているが、すごく聞いたことのある女性の声だ。
光に満ちた入口からここにやってくるとき、聞こえた声だ。
『彼に謝りたい』
声の主はそんなことを言っていた、はず。
その人は、目の前の人と何か関係がある?
どうにか口を開こうとするが、まるで自分の意思と肉体の意思が別になってしまったかのように言葉がでなくなってしまった。
「ん? どうした? 声が出ないのか? どこかでのどをいためたのか? ちょっと見せてくれ」
そういって、目の前に立つプラチナの髪の男性が、のどにふれてくる。
その手つきはやさしくて丁寧。
まるで壊れ物を扱うかのようだ。
至近距離で眺めるその顔にはやはり見覚えがない。
と、そんな視線に気が付いた男性が不思議そうな表情になる。
「どうした? 俺の顔なんて、いつも見てるだろ? お前の大好きな俺の顔だよ、なんてな」
「……っ」
そのふざけた言動が、心臓をはねさせる。
けれどやはりその男性は、一番の思い人である彼でないと思ったのは……。
一瞬浮かべた、痛みをこらえるかのような、つらそうな表情があったからだ。
「ほら、行くぞ。ここから出ないとな」
腕を引かれて歩き出す。
ツェルトや仲間以外にこんな事されたら、どうにかして払いのけるか拒絶するところだが、そんな気には不思議となれなかった。
腕を引かれてそのまま星屑の道を歩いていく。
すると、また人と出会った。
カルネとそして……ツェルトだ。
かけよろうとしたら、こちらをかばうようにプラチナの髪の男性が前に立った。
その体がこわばる。
「ツェルト、お前か……」
背中しか見えないから表情は分からない。
けれど、ツェルトの名前を口にしたその声は警戒心に満ちていた。
「ん? 誰だおっさん」
対するツェルトは、不思議そうな様子で首をかしげている。
プラチナの髪の男性に心当たりがないようだった。
と、首をひねっているツェルトに変わりに、カルネが声を発した。
「ツェルト、失礼ですよ。初対面の相手にそんな言葉使いで話しかけるのは」
「カルネは、ほんと真面目だよな」
「貴方が不真面目すぎるのです!」
「おかしいな俺、そんな不真面目してた事ないと思うんだけどな」
「私の記憶の中の貴方の九割はそうだったのです」
「あー、お前の記憶の中……」
よくわからない会話だが、二人の距離感が妙に近いのが気になった
今のやりとりも、ステラが知っている二人の物より、気安いものだ。
なんだろう、二人がとても仲よさそうでなんだかもやもやしてしまう。
けれど、こちらの心中など知らないかのように、カルネが改まった態度で挨拶をしてきた。
「初めまして。私はカルネ・コルレイトと申します。貴方の名前はステラ・ウティレシアで良いですか?」
ステラの名前を確かめるように言葉を述べるカルネ。
彼女の態度は他人行儀だ。
どういう事か分からないが、それでも首を縦に振る。
私はまぎれもなく、ステラ・ウティレシアだからだ。
一瞬誰かが『違う』といったような気がしたけど、違和感はすぐに消えていってしまった。
すると、カルネがこちらの手をとって顔をほころばせた。
「ずっとあなたに会いたいと思っていました。貴方がステラなのですね」
「へー、ステラ? こいつが? カルネがいつも変な事いってた奴なのか?」
「こいつはなんですか、ツェルト。あなたの運命の相手になるはずの人だったのですよ」
「あー、……うん。そうか。うーん」
この会話、全体的に変だ。
よそよそしい態度を続けるカルネとツェルト。
二人ともまるで、知らない人間になってしまったかのようだ。
ステラは混乱するまま、助けを求めるようにプラチナの髪の男性に視線を向ける。
が、彼はじっと二人の姿を観察するのみで、何も言わない。
その表情は、様々な感情に彩られていた。
悲しみに疑心に、憤りに安堵。そのほかにも色々。
だが、時期に何かを察したようだった。
「星屑の道。そうか俺は死んだのか……」
星屑の道?
死んだ?
全部が全部意味が分からない。
説明してほしいが、声が出ないので喋る事ができない。
彼は、こちらに何かを説明することなく、カルネとツェルトに向けて告げる。
「あんた達のことは分かった。たぶん俺達の魂は迷い込んだんだろう。女神の領域に。先に進めば、俺達をこんなところに招いた奴に会う事ができるはずだ」
「まあ、他にする事ないしな。進もうぜカルネ」
「分かりました。死んだはずの私達がここにいることに何か意図があるというのなら、この状況の理由を聞いてみたいものです」
カルネとツェルトが歩き出して。
その背中をプラチナの髪の男性が追う。
その前にツェルトが振り返って訪ねてきた。
「ステラは分かった。けどあんたの名前は?」
「っ……アッシュだ」
プラチナの髪の男性の名前はアッシュというらしい。
アッシュは、こちらを見て笑いかけた。
「ほら、行くぞ。大丈夫だ。もうお前が困るような事は、悲しむような事は、この世界では起きない」
差し出された手を、ためらいながらも握る。
先を行くツェルトの背中を遠く感じながら、アッシュの隣に並んで歩き出した。
なぜだろう。
ずっと昔も、この人とはこうして歩いたことがあるような気がする。
星屑の道を歩いていく最中。
空から落ちてくる星屑を掴んだツェルトが、甘い匂いにつられて食べようとした。
それを叱るのはアッシュだ。
「食べるな。食べると呪われるぞ」
「げっ、まじか」
慌てた様子で星屑をすてるツェルト。
いったんは彼の手におさまった星屑は、小さな音をたてて、道端の星屑にまざり見分けがつかなくなった。
その様子をみていたカルネが呆れた声を発する。
「まったく、拾い食いするなんて行儀が悪いですよ。改めなさい」
「拾い食いじゃなかったよな。今のは、えーっと、なんだ。つかみ食いか?
「言い訳をしない」
「言い訳じゃないと思うんだけどな」
ツェルトの隣でああして言い合う役目はステラのはずだ。
けれど、今のステラはあの場所にはいられない。
当のツェルトがステラの事を知らないというのだから。
ステラがあの会話に口をはさんでも、彼は気安く答えてはくれないだろう。
複雑な心境で二人を見つめていると、カルネに話しかけられた。
「ステラも何か言ってください。こういったものはきつく叱ってやるのが道理です」
ツェルトと違って彼女は、なぜか私に初対面のような挨拶をしてきたのに、こうして気安く接してくれる。
それが不思議でならなかった。
できればそれにこたえたかったのだが……
「こいつ、喋れないんだ。のどを痛めてるらしい」
「そうなのですか。それは仕方がありませんね」
事情があって喋れないのだから困る。
のどをさわっていると、アッシュがこちらを気遣うように話しかけてきた。
「大丈夫か?」
首を縦に振る。
けれど、彼はその動作をうのみにしなかったらしい。
ふたたびのどの様子をたしかめられる。
「何か異変があったら俺にしらせろよ? 喋れなくてもそれくらいできるだろ。ただ俺を求めてくれたらそれでいい」
それで分かるから、と話を終わらせる。
ただ歩いている時も、彼はこちらの様子を気にかけてくれる。
だがその様子が、どこかぎこちない。
自然な動作でないようにみえる。
彼はいったいステラを誰と勘違いしているのだろう。
その人と何があったというのだろうか。
ステラと同じような疑問を抱いたらしい。こちらのやりとりを眺めていたカルネがアッシュに尋ねた。
「お二人はどういった関係なのですか? 先生と生徒、でよろしいのですか?」
「……お前は夢渡の精霊使いか。俺とこいつは……幼馴染、そういう事にしておいてくれ」
「何か事情があるのですね。分かりました」
幼馴染?
会話を終わらせたアッシュを見つめる。
ステラの幼馴染はツェルトだ。彼一人だけ。
彼のような人間が周りにいた記憶はないはずだが。
腑に落ちないながら、一応それでも記憶の中を注意深く探りながら、彼らの後をついていく。
だが、どれだけ記憶を掘り返しても、該当する人間は見つからなかった。
そうして歩く続けていると、やがて、終着点へたどり着いた。
そこには、一人の女性がいた。
星くずをたたえたような綺麗な金髪の女性がそこにいた。
うっすらと光を放つ彼女は、こちらを見つめて微笑む。
「ようこそ、果ての神殿へ」
彼女は一体何者なのだろう。
態度からして、自分達をここに呼んだ人間だという事は分かったが。
アッシュは彼女の正体が分かっているようだ。
「久しぶりだな。女神」
と、相手をそう呼んだ。
それにカルネもツェルトも、ステラも驚く。
「女神様、なのですか」
「女神って、神様だよな。いたのか、世界に」
この世界に女神がいるという事はあまり考えた事が無い。
ステラだけでない。
ほとんどの人間がそうだろう。
なぜなら、そういった伝承や話がまったく伝わっていないのだから。
だから、神を必要とせずに発展してきた世界だと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
女神は存在した。
けれど、その女神の存在は何らかの理由によって、人々の記憶や文献から消え去ってしまったらしい。
ステラが前世生きていた世界では、実在しているかどうかすら分からない存在だった。
それがこんな形で出会う事になるとは。
そんな女神に、臆せず口を開くのはアッシュ一人だけだ。
「死人に何の用だ?」
しかし、女神は彼の言葉を手で制した。
まだ、その問いに答えるべき時ではない、とでもいうかのように。
代わりに口にしたのは別の話だった。
「この世界の崩壊を防ぐために、様々な世界に助けを求めました、記憶のかけらを人の心にうつし、転生を調整しました。けれど、それはあまり良い結果をもたらさなかったようです」
それは、ひょっとしたらステラが、中条星奈があの世界のステラ・ウティレシアに転生したことに関係があるかもしれない話。
「特別な力を持つ者を各世界において、転生の秘儀を授けましたが……、シエラの妨害にあって多くの者が死亡してしまったようです」
転生の秘儀。
前世の世界で、リートが星奈を転生させてくれたあの力は、目の前の女神が授けた物だったというのか?
女神は、世界の崩壊を防ぐと言っていたけれど……。
その問題、確か最近聞いたことがある気がする。
記憶があやふやで、はっきりと思い出せないが。
開かない記憶の扉と格闘していると、アッシュがいら立ったような声を出す。
「お前の話は分かった。それで、俺達を呼んだのはどういう理由だ」
「あなた達が死んだあと、あなた達がいた世界は滅びました」
尋ねるアッシュだが、彼にの言葉に女神は今までと変わらない調子で一つの事実を告げた。
その意味をのみこんで、ステラは衝撃をうける。
世界が滅んだ?
しかしアッシュは、カルネやツェルトもさほど驚いた様子はなかった。
「だろうな」
「それは驚きの事実ですけれど……私達は、死んでしまっていますし」
「俺達には、それどうしようもないもんな」
驚いているのはステラだけ、なのだろうか。
みんな。反応が淡泊すぎやしないか。
だって世界だ。世界が滅んでいる。
そんな事言われたら、普通混乱するだろう。
それなのに、その場に集った者達はひどく冷静で。
「私達、自分の事だけけで手一杯でしたから、世界の事を考える余裕がありませんでしたね」
「俺も俺も、復讐するのに手いっぱいだった」
「ツェルトは反省しなさい」
「あ、はい」
それはアッシュも同じようだ。
「俺も、世界なんて今さら、どうでもいいしな」
そう投げやり気味な態度になる。
そんなの困る。
大勢の人が命を落としてしまうのに、そんなやる気のない態度でいられたら。
数えきれないほどのたくさんの人々が、死んでしまうというのに。
だから、彼らの前に出た。
ステラは何とか彼らを奮い立たせようとするのだが、喋れない己の身では、何も言葉を重ねられない。
「ステラ? どうしたのですか?」
「ん、ひょっとして何か伝えたい事でもあるとか?」
何度か口を開け閉めするものの、ただの一音もでてこなくて、ステラは泣きそうになってしまった。
「よくわかりませんが。そんなに悲しそうな顔をしないでください」
「何か、罪悪感わいてくるな。そっか、俺はこんな子と出会えてたかもしれないのか」
ただ、無意味に二人を悲しませただけ。
あんまりな結果に、ステラは己の無力さを痛感するばかりだ。
そんな中、アッシュだけは「お前、まさか……」という顔をして、別のリアクションをとっている。
彼の態度が気になったが、女神が話を進めるようだ。
「今の所、希望の芽が残っている世界は少ないようです。けれど、あなた達が願えば、ほしかしたら今まさに瀬戸際にある世界に、少しの奇跡を、救いを届けられるかもしれません。ですから……」
願ってくださいと女神は言った。
ここにいるステラ達に向けて。
すでにもう死んでしまっているステラ達に向けて。
困惑する一同の前、その場に大きな光が出現する。
その光はとても暖かくて、見てるだけで心まで温もりに満たされそうな、そんな光を放っていた。
光の中には、様々な光景が見える。
様々な人々が様々な場所で頑張っている光景。
ステラはそれらを守らなければ、と自然に思った。
最初に行動に出たのは、カルネとツェルトだ。
二人は光に手をかざして、目をつむった。
「それなら、私が願うのはただ一つです。ステラがいる世界が救われますように。この気持ちが報われるのなら、私の生にも大きな救いがあったのですね」
「俺はそこまで思えないけど、でもまあ。別の世界のカルネ達には幸せに生きてほしいからな」
それぞれ己の願いを口にする。
とたんに、二人の姿が消えていった。
「これでやっと……。ツェルト、次もまた喧嘩をしましょう」
「喧嘩好きだなぁ。二回目だぞ、それ。カルネはほんと物好きだよ」
最後に残した言葉の意味は知らない。
けれど、二人のその最後が、あたたかな物だったというのは分かる。
次に前に出たのはアッシュだ。
「女神、答えなくていい。だから好きに推理させろ。俺とあいつはまだ死んでないんだよな。死にかけているだけだ。なら、俺が願いのはあいつの平穏だ。そのために、元の世界に希望を届ける」
光の前に立つ彼は、最後にこちらを見て「あいつの声が聞こえたから」と述べる。
「間違えて悪かった。恰好悪かったよな。お前は……幸せに生きろよ」
そう言葉をこぼしたアッシュの姿が消えていく。
彼が誰なのかは最後まで分からなかった。
けれど、悪い人ではなかったのだろう。
私と同じ顔をした誰かを、おそらくずっと守っていたのだろうから。
彼が消えていったのと同時に、なぜか私の体から何かが消えていったのが感じられた。
『ずっと先生に謝りたかった、彼の代わりにしてしまってごめんなさい。傷つけてごめんなさい。――だと言えなくてごめんなさい。だから今度は、本当の私で、本当の言葉で……』
それは、ステラがここに来る前……光の入口に立った時に聞こえた声の主だ。
「先生って? それって……」
脳裏に浮かんだ可能性。
アッシュという人物の正体に思い当たるものがあって、ステラは問いかけるが、答えを返してくれる気配はなかった。
ステラの中から抜け出した何かは、遠くへいってしまったのだろう。
残されたのはステラ一人だけ。
自分はどうするべきなのだろうか。
ステラも死んでしまったのだろうか。
けれど思い出せない。
自分がどうして、死んでしまったのかを。
どういった行動をとればいいのか分からないでいると、女神が話しかけてきた。
「大丈夫、あなたは死んでいませんよ。だからあなたの世界に帰りなさい」
「え、そんな。だったらどうして……」
声が、思った言葉を吐き出した。今までは出なかったのに。
やはり、ステラの中にいた何者かの仕業だったのだろう。
「ただ、私の気配をあなたの魂に刻みつけたかったのです」
「気配?」
「勇者を継ぐはずだったものに、気づいてもらうために」
「それは一体……」
勇者を継ぐもの、と言われるとクレウスの顔をしか思い浮かばない。
けれど彼から、女神云々の話は聞いた事が無かった。
疑問の言葉を放つのだが、どうやらもう終わりのようだった。
「あなたがつづった勇者の物語は終わった。けれどあなたの物語は続いていく。貴方の魂はまぎれもなく今もまだ、前を向いている」
目の前の光景がぼやけていって、白く塗りつぶされていく。
「勇者ユースが、魔物の巣で抗った……その、意味を……」
王宮の中の一室。
目を覚ましたステラは、首をかしげる。
フェイスとの闘いが終わって、シーラ達も帰った。
ここの所は、大きな問題は起きてなかったはずなのだが……。
なぜか分からないがひどく胸が痛んだ。
「ちょっと朝早いけど、ツェルトに会いにってみようかしら」
大切な彼の顔を思い浮かべて、ステラの一日が始まっていく。