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イフ 精霊使いの少女02



 それからしばらくの時間が経った。

 数年の時を経てカルネが少し成長した時、ステラの存在しないカルル村で衰弱事件が発生した。


 表向きには原因不明で起きた事になっている事件だが、カルネだけは犯人を知っていた。

 それは、貴族至上主義である男性領主ラシャガル・イーストの仕業だった。

 村の衰弱事件は、平民に寛容であるステラの両親やステラの血筋などを不快に思っていた彼が行った事だ。


 原因は分かっている。しかし証拠はない。

 権力や何らかの実績があればそれでも、堂々と犯人の名前を挙げる事ができたのだろうが、どれも持っていないカルネには、何にもできなかった。

 別の世界の事が分かっても、信じてくれる人間が母親以外いなかったというのも大きいだろう。


 事件後、ウティレシア領の領主とその家族は、屋敷の使用人と共に行方不明になっていた。

 しかし、彼らはラシャガルの屋敷で捕らえられいて、ひどい拷問を受けたりなんらかの実験をされていたらしい。領主の屋敷の乗り込んだ騎士が救出した生存者は、ステラの弟であるヨシュア・ウティレシア一人だけだった。


 そんな出来事があってか、ヨシュアはその騎士の保護の元で、王都で暮らす事になった。

 彼の保護者となった者達の名前は、ツヴァンとリーゼ。

 一人は、カルネにもよく知っている人物だった。夢の世界で、という但し書きが付くが。


 しかしカルネは、ステラを助けられなかった事を負い目に感じていた為、ヨシュアには会いに行かなかった。

 ツェルトの姿も探そうとなど思ってはいなかった。

 夢の中の景色とは程遠い世界にいるカルネは、前に踏み出す事に臆病になっていたからだ


 それから成長し、王宮に行く事の増えた彼女は、たまにニオ・ウレムと話す機会があった。

 しかし彼女とも、親密と言うほどの関係にはならず、そのうち学校を通うために遠くの地へと離れる事になった。





 そして、成長したカルネは王都の退魔騎士学校に通う事になる。

 騎士学校での思い出は、夢の中で再生される事が多い。

 特にステラやツェルトが絡んだ思い出は、自分のものよりも多かった。


 しかし、状況が変わった為か、彼女はもしもの世界で通っていた騎士学校ではなく地元にある学校へと通う事になっていた。


 学校に通うのは、ただの惰性だった。

 積極的に騎士を目指す意思があるわけではなく、王宮で政治家として働く為に、必要最低限の知識や護身の術を学ぶためだった。


 もしもの世界で、忙しさの中で呪術研究にあけくれたような燃える様な意思と強い思いは、この世界のカルネの胸の中には存在していなかった。


 しかし、それでも王都の学校では様々な出会いがあった。

 

 ステラ程ではないが、夢の中で交友のあったアリアやクレウスと出会い、そしてツェルトとも会う事になった。

 しかし、アリア達は夢の中と何ら変わらない様子であったのに対して、ツェルトの様子は大分異なっていた。

 カルネの知っている、ツェルトという人物の性質はいつでも前向きで明るく、元気で結構意味不明という物であったが、それらの要素が零れ落ちてしまったかのようだった。彼は特に目立ちも騒ぎもせずに、淡々と学校生活を送っていた。


「カルネさん、お昼をご一緒しませんか?」

「ああ、それは良いな。たまには大勢で食べた方が楽しい。他の人も誘ってはどうだろう」

「良いですね! そうしましょう」


 けれどカルネの周りには、優しい友人がいた。

 その光景は最大の幸福の前からは見劣りするものかもしれないが、少女は一定の満足を得ていた。


 小さい頃に信じていたような、ただ見えている宝石箱がそのまま手に入るような希望は失われていたが、それでも宝石の一欠片を手に入れられるのではないかという。希望くらいは持ち合わせていたからだ。


 宝石の全てを手に入れようとして、本来手に入るはずだった一つをなくしてしまうのは愚だ。

 カルネは、身近にある幸せを蔑ろにはできなかった。 


「このあいだ、偶然通りかかっただけなのに勘違いされてしまって、チラシ配りを手伝わされてしまいました」

「そういう時は毅然と断るのが手っ取り早いんだが。やれやれ君のその体質は相変わらずだね」


 夢の通りにアリアの巻き込まれ体質は、変わらず。

 アリアの幼なじみクレウスは面倒見が良くて、成績優秀であった。


「それで、ひどいんですよカルネさん! クレウスったら。色々してくれるのは良いですけど、私には何もせずにおとなしくしてろっていうんです」

「そうですか、アリア・クーエルエルン。でも、貴方は時々下手に動き手状況をややこしくしますから」

「あ、もうっ。カルネさんまでそんな事言うんですか」


 そんな風に、アリアと楽しく話をして……。


「あまり怒るものではないよ、アリア。彼女は君の身を心配していっているんだ。もちろん僕だってね」

「ええ、友人ですので、当然です」

「だから、できれば、ほんの少し周りで心配している人の事も考えて欲しい、ただそれだけの事なんだ」


 クレウスとも話す……。


 カルネ・コルレイトの時間は二人の友人を中心にして成り立っていた。


 けれどカルネは、二人と笑っている時に、罪悪感にさいなまれてもいた。

 なぜなら、カルネは彼女らの思い出の中にいたはずの人間を、守れなかったのだから。


「カルネさん。どうしたんですか。何だかすごく辛そうで……」

「体調が悪いのなら、休んだ方が良いだろう」

「いいえ、大丈夫です。ご心配おかけしました。少し考え事をしていただけですので、大した事はありませんよ」

「何か困った事があったらいつでも相談してくださいね。お友達がそんな風に悲しい顔をしているのはたえられませんから」

「ああ、そうだ。一人で悩んでいても、どうにもできない事はある。だから、何かあったら相談するべきだ」

「そうですね、ありがとうございます」


 カルネにかけられるのは、どこまでも純粋にカルネを心配して放たれた言葉だった。

 その優しさを前にした彼女は、何かがあってもこの手に残った彼女らだけでも守ろうと決意した。

 

 しかしその決意は叶わない。

 なぜなら、その後の数日間で、幻惑の森でアリアの死体が発見され数日後にクレウスも教室で死んでいるのが確認されるからだ。






 カルネは我慢ができなかった。


「ああ、それで宿題は全部終わった。これで最後だよ。ほら提出物だ」


 教室の中には平然と、誰かと話をしているツェルトの姿。

 何も大変な事など起きなかったとでも言わんばかりの、そんな光景を見て、どこかで踏みとどまっていた彼女の心にひびが入っていったのだ。

 

 けれど、彼女の心が壊れる事はなかった。

 彼女は彼女自身が思うよりも、ほんの少しだけ精神が強かった。

 これはそういう話だった。

 もしもの世界で、前人未踏の誰もなしえなかった呪術の研究者にまでなった彼女の本質は、悲劇などでは変わらない。


 これは、そういう話であったがために起きてしまった、幸福な最初と悲劇の顛末の話なのだ。


 カルネは、帰ろうとしていたツェルトの前に立ちはだかって、この世界には何の関係もない思いをぶちまけた。


「なぜっ、どうしてそんなにも平然としていられるのですか貴方は!」

「……何でいきなり怒ってきてるんだ。えっと、アンタ確かカルネだっけか、いきなりわけわかんない事言われても、困るんだけどな」

「どうして。ステラがいないのに、アリアもクレウスもいないのに、どうしてそんな風にしてられるのですか」

「そんな事言われたって、大して仲が良くもない人間の死にいちいち悲しめるわけないだろ。そいつらがどんな目に遭おうと俺に何か関係があるのかよ」


 何も知らない彼にとってはそれがごく自然な反応だろう。

 それはとても自然な事で、理にかなっていて、当たり前の事だった。

 カルネも十分に理解していた。

 けれど、そうだと分かっていてもなお、彼女にとってはその言葉だけは許せなかった。


「いって、何するんだよ。何でアンタに叩かれなくちゃいけな……って、何で、泣いてるんだ」

「泣いてなどいません」

「いや、泣いてるだろ。どっからどう見ても、見間違え様がないくらい。あー、何だよ俺が悪いみたいじゃんか」

「ツェルト・ライダー。いいえツェルト」

「えっ、何で良く知らない人間から呼び捨てされてるんだ俺。しかもその名前って……」

「宣戦布告です。覚悟していてください。私は絶対に最後まで諦めませんから」


 取り戻せない物は確かにあった。

 失くした物は二度と戻らない。

 けれどカルネはそれでも前を向く。

 残った物を、守らなければと思っていた。





「いいですか、ツェルト。勉強のやり方はこの間教えた通りです、がむしゃらに解くのではなくちゃんと問題を理解しないと、すぐに行き詰まりますよ」

「いや、俺……勉強教えてくれだなんて、頼んでないんだけど」

「言い訳は無用です、さっさと解きなさい」

「言い訳じゃなくて、ごく普通の真実を言ったんだけどな」


 それから、カルネはツェルトと接する機会が増えた。

 話す事も多くなり、時間を共にする事が当たり前のようになった。


 そして、その輪の中には、ヨシュアの姿もある。


「駄目ですよ、ツェルトさん。カルネさんの言う通りちゃんと勉強しないと。今度の試験範囲は広いんですから」

「ヨシュアはカルネの味方なんだよな。あーあ、後輩がいのない後輩持っちゃったな」


 新入生として騎士学校に入学してきた金髪の……ステラと似ている顔立ちの少年を加えて、カルネの日常は周り始めていた。


 けれど、良くなり始めたカルネの身の回りとは打って変わって、国の内部の様子は荒れていた。

 その国の変化は、カルネにとっては既知の出来事だ。あらかじめ知っていることであったし、原因も分かっていた。

 しかしカルネ一人では、多くの言葉等に手を伸ばすことなどできないのだから、それはなるべくしてなった異常だったのだろう。


 そのため必然の様に王都でクーデターが起こり。腕のいい、優しい王の代わりに我がままな暴君が王座に着いていた。


 カルネ達は学校卒業後、全員が王宮に勤める事になったが、そんな状況であるために彼女達をとりまく環境も時間の経過と共に厳しくなっていった。

 まず最初に、騎士の任務でヨシュアが命を落とした。

 その後は、各地を転々としていた元王様のエルランド達のレジスタンスが壊滅させられ、ニオ・ウレムが殺された。

 情勢の悪化が精神に負担をかけたらしく、精霊の力も効かずにカルネの母も死んでしまった。

 

 カルネの周りからはことごとく親しい者達が消えていった。

 親しくない者達も、すさんだ国の内部で苦しんでいる。


 ここにいたって、カルネは思い知る事になった

 自分が見た世界の、宝石箱の様な状況は奇跡的なものであり、並大抵の苦労で成し遂げられる物ではないという事を。

 そして、その世界は自分一人が頑張ったくらいでは修正が効くはずのない、はるか遠くにあった世界なのだと。


 今、名前のある父親の補佐をしながら王宮に勤めているカルネに残された知り合いは、ほんのごくわずかしかいなかった。


「今日は、遅かったのですね」


 任務の帰り、王宮へ戻って来たツェルトを出迎える。

 貴重な知り合いである彼を出迎えたり、他愛のない話をして時間を潰すのは最近の彼女の楽しみであった。

 彼の話には任務で行った土地の珍しい物にまつわる内容で溢れているので、退屈にはならない。


 最近では、部屋の中にある変な仮面の話を持ち帰った話や、東方にある国のたたみやお茶の話が、とても興味深く感じられた。


 けれど、そんな話を聞ける機会はもう来ない。

 カルネがツェルトを出迎えるのは、これで最後になるだろう。

 彼女はとうとう気が付いてしまったのだ。

 世界がこんな状況になることになった、原因の一つに。


「別の世界の幸せな記憶なんていりません。こんな事になるくらいなら。こんな記憶、知らなければ良かったのです。私は強くもなく、人を動かす力もないのに」

「カルネ、か。何をぶつぶつ言ってるんだ。いくら安全な王宮って言ったって、新しく入った兵も増えて来たんだ。こんな時間にうろついていたらどんな目にあっても文句を言えないぞ」

「なぜ、私などにこんな力が与えられたのですか」

「おい、カルネ?」

「アリア達を殺したのは、ツェルトだったのですね。ヨシュア君も。そしてニオも貴方が」


 ツェルトは否定はしなかった。

 カルネの心にあった淡い希望を打ち砕く様に、ゆっくりと首を振る。


「そうか、知っちゃったのか」


 カルネがその真実の一端を掴んだきっかけは、些細な事だった。

 アリア達の死の真相に気が付いたらしいヨシュアが綴った手紙を、部屋の掃除の時に発見してしまったという……ただの偶然の産物だったからだ。

 ヨシュアは任務で死んだのではなく、ツェルトに呼び出されて殺されていた。


「だったらカルネも殺すしかないよな」


 カルネの目の前で、冷徹な顔を覗かせたツェルトが剣を抜く。


「なぜなのですかツェルト! どうして貴方が、よりによって貴方が!?」

「それは、俺が貴族が大嫌いだからだ。だから貴族や、貴族に関係している人間は殺す。俺の両親は貴族に殺されたんだ。俺が小さい時に、ムカつく貴族に石ころなげたのが原因で。たったそれだけの事で、クマに殺された事にされちゃったんだぜ? 笑えるだろ?」

「そんな……」


 どこで、運命が狂ってしまったのか。

 それがようやく判明した。

 そのできごとが、多くの悲劇の引き金だったのだ。

 それが巡り、こじれて、こんなにもたくさんの物を失わせてしまったのだろう。


 凶器を持ったツェルトが、カルネへ近づく。


「でも、安心しろよ。カルネは貴族にしてはあんまりムカつかない方だったからさ。苦しまないように殺してやるから」


 カルネの物語は希望に満ち溢れた幸福から始まって、どうしようもない絶望へと辿りつき、救いどころのない悲劇で終わる。


「最後に言い残す事はあるか? それくらいなら聞いてやるぜ」

「今度機会があったら、また訳の分からない事を言い合ってケンカをしましょうね。私も楽しかったですよ……さようなら」


 彼女は最後にそう言った。

 ツェルトが最後に見る友達の顔が、悲壮感や絶望感で彩られた物でないようにと、笑ってみせながら。





 出られるはずのない鳥籠の中から、青空を見つける事しかできない鳥の歌声が周囲に響き渡る。

 まばゆい光を表現するかのようなその声を汚す事は誰にもできない。

 なぜならば鳥籠の外と中は、完全に隔絶しているからだ。


 ゆえに小鳥を観賞する者も、籠の中へ手を伸ばす事はできない。

 二つの世界が交わる事は、永遠にない。





※分岐条件は推測できる部分もあるかもしれませんが一応不明という事にしておきます。


メンタルがブレイク過ぎて立ち直れないという人に向けて、

悪役令嬢が働いている食堂の話も更新したので、ちょっと見るとメンタルが少し回復するかもです。

そっちは比較的のんびりしてます。


おまけをつけたしすぎて一体いつ本当に終わるのか分からなくなってるような気がしますが、読んでくださった人へ、ありがとうございます

楽しんで……。楽しんで? いただけていたら幸いです。

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