イフ 精霊使いの少女01
他のサイトで掲載されたイフストーリーのリライトです。
悪意多めとメンタルブレイク成分多めなので、苦手な人はご注意です。
それは小鳥のような歌声を持つ少女のもしもの話。
あり得たかもしれない、一つの世界の話。
けれど、決して一つとして存在してはいけない世界の話である。
なぜならその話は、希望に満ち溢れて始まり、悲劇に彩られて終わるのだから。
必要なピースのかけた物語に、幸福なエンディングなど存在しない。
そう無言で語るように……。
一つの遺物が見つかった。
それは、ステラ・ウティレシアという時代を動かす少女が生まれる、少し前のできごとで。
そして、カルネ・コルレイトという少女が生まれる少し前に起きたできごとであった。
国の中心部である王都から離れた場所。
小さくもなく大きくもない領地がある事が特徴の、ウティレシア領。
辺境の人の少ない小さな村で、とてつもない力を秘めた遺物が発見された。
名前は、識別のルーペ。
それは、大昔に生まれた精霊を……見えざる気配の源を見る為に作られた物だ。
そしてその数年後。
カルネ・コルレイトという少女は誕生し、運命が導くままに、そのルーペとひきあわされた。
少女はルーペを手にし、精霊が見えるようになった事から、自然と精霊使いになった。
精霊使いになった者には様々な恩恵がもたらされるのが一般的だ。
彼女も、その例にもれなかった。
一定の身体能力の強化と、免疫や体力の向上。
その恩恵は、彼女の周囲に存在する人間にも及んだ。
そういった経緯があり、病に悩み、べッドから体を起こす事もままならなかった病弱なカルネの母親はほんの少し、長年患っていた病状を回復させる事になった
「お母様、お体は大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。今日もあなたの素敵な歌をありがとう」
幼いカルネま毎日のように母親の状態をみやり、自身の得意である歌声を見舞い代わりに披露していた。
精霊をも魅了する歌声を披露しながら、母親と会話をするのがカルネの日課だった。
「お母様が望むなら、私がこれからも歌を披露しにきます。期待していて待っていてくださいね」
「ありがとうカルネ、あなたは優しい子ね」
カルネが精霊使いになったのは、病気がちな母親の為でもあった。
――光は空へ、空に心を。ましろのたましいよ、力を貸したまえ
初めて精霊の姿を見た時。
そして、初めて精霊と契約した時の幻想的な光景を、カルネは忘れないだろう。
精霊使いになったカルネの能力は、夢渡りの力だ。
別の世界の夢を見る力。
その能力は自分の意思では発動する事ができないため、やや不便を強いられていたが、代わりに多くの幸福な時間を小さな少女に送り届けた。
夢の中のカルネ、幼い少女の姿であったり成人した姿であったりと様々だった。
時間も場所も、見る度に違う。一つとして同じ物はなく、脳裏に再生される映像に規則性はない。
だが、夢の光景が幸福である事は間違いがなかった。
困難はあるものの、夢の中のカルネはたくさんの友人に囲まれて、時に友の手を借り時に手助けしながら、楽しそうに日々を過ごしていた。
ステラにツェルト、ヨシュア、そしてアリアやクレウス、ニオといった名前の少年少女に囲まれながら過ごすその光景は、どんな宝石にも負けないまぶしい輝きを放っていた。
「とても素敵な夢ね、でもちゃんと本当の友達作りも頑張らなくてはいけませんよ」
「はい、お母様。大丈夫です。心配なさらないでください。あの、それで……お願いがあるのですが。今度の旅行の機会に……」
だから、カルネがそうした行動をとろうとするのは必然だったのだろう。
しかしその時は、その行為が無情な現実を見る事になる行為だとは、夢にも思わなかったはずだ。
「分かっていますよ。会いにいってみたいのでしょう。その夢のお友達に」
「はい!」
期待に胸を膨らませていたカルネは気が付かない。
必ずしも、もしもの世界がこの世界と同じとは限らないという事を。
もしもの世界は、この世界ではありえない故に、イフの位置に定義づけられているという事を。
ウティレシア領 カルル村
「さあ、カルネお嬢様、着きましたよ。しかし、想像がつきませんね。こんな小さな村にどんな御用があるのですか?」
「未来の友人になれるかもしれない人に挨拶するのです。こんな村などと言ってはいけません」
「また、お嬢様のそれですね。お嬢様も名誉あるアルネ様の事を思うなら、軽はずみな発言は控えた方がよろしいかと」
「……ここまで来ても、やはりまだ。信じてはいただけないのですね」
旅行の工程の一日を削ったカルネは、両親と共にウティレシア領に存在する小さな村を訪ねていた。
そわそわと周囲を見回すカルネに、母は優しげに声をかける。
「早く会いに行きたいのでしょう? いってらっしゃいな」
「お母様……」
カルネの能力は前代未聞であり、他に一人として同じ力を持った者はいない。
そのため、周囲にいる者達はカルネの能力に理解がなかった
父は仕事で忙しい為、相談する以前の問題だ。。
その代わりに、母はいまでもカルネの味方だった。
「ありがとうございます!」
逸る思いを抱いて駆けだす。願っていた再会がすく近くにあるという思いでとても冷静になどいられなかった。背後で、護衛の物達や使用人達が慌てている気配があったが、思考の中にはすでに彼らの存在はなかった。
場所は迷わない。
カルネは、一度のその場所に来た事が無いにも関わらず、町のどこに何があるのかを詳しく知っていたからだ。
しかし……。
「おや、まあ……。貴族のお嬢様がこんな辺鄙な村に何用でしょうか」
カルネが期待したような出会いは得られなかった。
村長を名乗る者に所在を尋ねれば、ツェルトは王都に引っ越したと聞いたからだ。
何でも二年前くらいに他の貴族がたまたま村を訪れたその日の夜。不幸な事に彼の両親が森でクマに襲われて死亡したという話だった。
「ツェルト君も可哀そうに。その日のお昼に貴族を怒らせて、大層な怪我を負わされたばかりなのに」
「そんな……」
実在していたけれど、夢の記憶ではここにいるはずの人物がいない。
予想していなかった状況にカルネは戸惑っていた。
幼い少女には想像もつかなかったのだ。
すぐに手が届く様に見える宝箱の宝石が、実は鏡に映った鏡像のように、決して触れられないような存在だという事を。
「あの、ステラは……、その時何をして……」
「ああ、ステラお嬢様の事かい? そういえばその日は遺物が拾われた井戸が気になって仕方がない様子だったらしくてね、井戸の近くで護衛の者と一緒に遊んでいらしたね。なかなか元気そうなお嬢様だった。でも無事で良かった。そのクマが昼間に出て来たらお嬢様の方が大変だっただろうに」
村長らしき人間は、目の前にいる少女が名のある貴族の少女とは知らずに、しみじみとその当時の事を語って説明し始めた。
カルネはありがたく思いつつも、その話の流れに不穏な物を感じていた。
そして、その予感は的中する。
「ツェルト君も一緒に遊んでいれば貴族さんを怒らせる事もなかったのに」
「え? そんな……」
「お嬢ちゃん? どうかしたのかい」
カルネは動揺のあまりに、頭をかかえていた。
そんな事はありえないはずだった。
ステラとツェルトは知り合いのはずであり、幼なじみでとても仲良しであり。カルネが焼けるくらいの仲の良い友達になる。
それはすでにカルネの頭の中では決定事項だったからだ。
カルネはその中に自分の姿を加えて楽しみにしていたのだ。
彼女は、その気持ちをどこに持っていけばいいのか、分からなくなっていた。
しかし、混乱は短く、代案を得るのは一瞬だった。
カルネは二人を引き合わせる事にしたのだ。
出会いがないのなら、自分で作ってしまえば良いと、そう考えたのだった。
そうすれば夢の通りになるはずだと、そう考えていた。
幼いがゆえに思い付いた安易な想像。
しかし彼女のその思考を正確に読み取って、正しく訂正できるものはその場にはいなかった。
そこに……。
「村長さん、大変だ。ステラ様が……」
息を切らして村人らしき人間がやってきた。
そして、その人物は、財産をなくして自暴自棄になった男に、ステラ・ウティレシアが人質にされた事を伝えたのだった。
「まさか……」
カルネは、それがどんな結末を辿るのか知っている。
どんな流れを経て、解決するのかを知ってしまっている。
それゆえに、最悪の可能性を思い浮かべてしまった。
顔を真っ青にした彼女は、知らないのに知っているその現場……村の広場へと向かっていた。
ステラがそのくらいの歳の時に、そのような目に遭った事は知っていた。
それでも、今まで大丈夫だと思っていたのだ。夢の中の世界では、この村にいるはずのツェルトが助けたのだから。
けれどもし、そのツェルトがいないのだとしたら……。
「ああ、ステラ!」
「やめろ、娘を離すんだ!」
「ねえさま!」
つき抜ける様な快晴の空の下。村の広場。
人の輪には、村人とステラの家族がいて、その中心には刃物を突き付けられたステラと、余裕のない表所で血走った眼をする男がいた。
「た、たすけて、だれ、か」
恐怖に表情を歪ませる少女は、淡い金色の髪に橙の瞳。
知らなかったのに、知っているカルネの大切な友人となる、一人の少女ステラ・ウティレシアその人だった。
けれど、男を止める者は誰もいない。
特別な力があるといえど、一般的な成人の身体能力と比べるべくもない非力なカルネに出来る事は少なかった。
「や、やめなさい!」
カルネがかけよって、制止する時間すらない。
状況は小さな少女の願いを置き去りにして進んでしまう。
男は刃物を振りかざす、想像した通りの光景をなぞって、赤い血の花が宙に舞った。
「ステラ!」
一つ年下の小さな少女の体が倒れる。
こうして最悪の形で、カルネに現実が付きつけられた。
友達になれるかもしれなかった、少女の命が消えてしまった事で。