幽霊屋敷の任務02
仲間の姿は相変わらず見つからない。
そして幽霊屋敷は、構造がよく分からない。
前もって見取り図やらは確認しているのだが、そういう書類の情報がまるで意味を成さない状態だった。
廊下へと繋がるはずのドアを開けたら、他の部屋になっているし、その扉を閉めてまた開いたら、なぜか廊下になってるしだ。
同じような景色ばかり続いていた森で迷った時よりも、異常が目に見えて自己主張し、自らが異常である事を訴えかけてくる。なので、分かりやすくホラーしているこの景色が怖かった。
「う……、大丈夫、大丈夫よ、私。これくらい平気だわ。帰ったらツェルトにご褒美もらいましょう。ええ、これならちょっとやる気出てきたかも」
ぶつぶつ呟きながら歩き回るステラの姿は、はた目から見たら不気味なものかもしれないが、そんな事を考えている余裕まではなかった。
と、己の心の整理をなんとか付け直していると、後ろからレイダスに髪の毛を掴まれた。
「い、いたっ! 何するのよ」
足を止めて抗議すると、一人姿が足りない事に気が付いた。
まただ。
人が消えている。
「あの野郎、あっけなく消えてんじゃねぇよ」
「あ」
ツヴァンがいない。
まさかあの人まで消えるとは思ってもみなかった。
ひそかにこういう事に対して、耐性がありそうだと思っていたというのに。
部下達に続いてツヴァンまでもいなくなってしまった……。
連続して失踪していく知人達に背筋が冷たくなる。
できるのなら、この場にしゃがみこんで耳でも塞いでしまえれば良かった。
でも、駄目だ。
そんな事しても何も解決しないだろう。
ここにいる二人で、何とかしなければならない。
「レイダス。何かいつもみたいに失礼な事言ってて」
「あぁ? 頭狂ったかよ」
「このままじゃ恐怖で本当におかしくなっちゃいそう、貴方とケンカして苛々してた方がまだマシだもの」
「だから、俺様をダシにしてんじゃねぇよ。テメェ」
「ありがとう、その調子でお願いね」
「……っ」
レイダスが怒りで表情をひきつらせた。
さて、捜索続行だ。
気の長い方ではない彼が本格的にキレない内に、この事態が何とかできればいい。
レイダスも使い方を間違えなければ役に立つらしい。
何とかと鋏も使い様だと聞いた。
何とかがレイダスだと思う度胸はさすがにない。
そんな事考えていると知られたら、今の比ではないほど怒り狂われるだろうし。
だが、いつものように変わらぬ姿で泰然としてられると落ち着くのは、紛れもない事実だ。
メンバーを組んだ人間はそれを見越していたのかもしれない。
元教師の方は理由がまだ分からないが。
そんな風に気力を回復しつつ、幽霊屋敷の二階部分を詳しく捜索していくとある事実が判明した。
「光ってる、わね」
淡く光を放す宝石の様な石がそこかしこに落ちているという事だ。
「遺物かしら、それがこの屋敷の状況に作用している?」
どんなものなのか、分からなかったので、落ちているものに不用意に触れる事はしなかったが、持ってきて見比べてみれば何か分かったかもしれない。
「私ばっかり頭働かせて、レイダスも少しは考えてちょうだい」
「あ、テメェは俺に何期待してんだ。んなもん興味ねぇ」
「無理とは言わない辺りに可能性を感じてしまうのは、私の我がままかしら」
戦う事しか考えていない猛獣に知恵の働きを期待するほど、切迫しているということかもしれない。
今は猫の手でも借りたい状況かもしれないのだが、レイダスをその気にするには手間がかかりそうだった。
「帰ったらご飯作ってあげるって言ったら手伝ってくれる?」
「却下、こないだ食った」
そうだった。
この間つい、甘やかしてレイダスのリクエストを聞いてしまったのだった。
最近少し名前を呼んでくれるようになったからと喜んだら、このツケだ。
「テメェがそのまま俺に食われてくれんだったら、考えてやってもいいがな」
「? 私は食べ物じゃないわよ」
「俺様は、林檎は木になってるもんを食う主義だ」
「ええと?」
「交渉決裂だ、他ぁ当たれ」
内容が分からなかったのだから、そもそも交渉になっていなかったような気がするのだが。
先程の会話は一体どういう意味だったのだろうか。
しかし、助力が期待できないとなると、やはり知恵関係はステラだけで頑張るしかないらしい。
「仕方ないわ。とりあえず地道に見ていきましょう」
ため息を一つついて、調査を続けようとする。
その時。
歩いていた廊下の先から、何か物音がした。
そして人の気配。
ステラは警戒心を高めて、仲間へ一言告げた。
「誰かいる……。レイダス、分かってるわよね」
「命令すんな。……あぁ? この気配……」
なぜかいぶかしむ様なレイダスを背後に、用心しながら前方へと進んで行くと……。
そこには見知った顔の人間がいた。
「いてて、またかよ。この屋敷、空間の歪みの坩堝か。いつになったら俺は、あいつらのいる家に帰れんだ」
「先生?」
つい先程はぐれたばかりのツヴァンだった。
ツヴァンはこちらを見るなり、「あ」という顔して考え込む様な顔つきになった。
その反応は一体どういう事なのだろうか。
疑問に思いつつもとりあえず話しかける。
「無事だったんですね。えっと、他の人達は見ませんでしたか?」
「……あー、いや、見てねぇな。たぶんお前らが最初だ」
煮え切らない様子で返事をしたツヴァンは、こちらに近づいてきてしげしげと上から下まで眺めてくる。
「騎士団所属、団長、今は任務中ってとこか。年齢は二十くらい。レイダスとは、仲悪そうだな。ってぇ事は、ここではその線はねぇか……」
「あの、先生?」
じっと見つめられながらよく分からない事を呟き続けられて、どうすればいいのか分からない。
しかし、気のせいだろうか。
この目の前のツヴァン。
いつも知っているツヴァンとは、何かが違う様な気がする。
そう思っていれば、レイダスが機嫌悪そうに前に、私を押しのけながら前に出ていく。
「あ? テメェ、何なれなれしくしてんだよ、テメェの分際で」
「俺の分際でって、どういう因縁の付け方だ。何するにしたって俺の勝手だろ。そういう態度をとる不良児には、縄でふん縛って害虫風呂に沈めるおしおきしてやろうか?」
やはりそうだ。
普段のツヴァイが、レイダスに対してこんなに強気な態度をとれるわけない。
という事は……どういう事だろうか。
こういう時にありそうな事といえば……、
……とり憑かれている?
いや、もしかしたらどこかで頭を打って少し、気が変になってるだけという線もあるかもしれない。
その場合はどうすれば良いだろう。
……殴る?
さすがにそれは駄目だ、ちょっと正気に戻ろう。
「ステラ……、いやウティレシア? 王女様はないな、ステラード……どれだ? まあ良いか、突然切り殺されねぇんなら、それなりに仲良かったろ」
「いえ、いくら先生が駄目人間でも、さすがに突然切ったりなんてしませんけど……」
妙な様子で妙な事を言っているツヴァイに首を傾げつつ応答すれば、何かしら相手が答えを出したらしい。
「じゃあお前、今のが終わったらちょっと大精霊のいる森に案内してくれねぇか」
「え? それはいいですけど。一体どうしたんですか先生。何かえっと少し変……じゃなくて、全体的に変ですけど」
いつもおかしいツェルトなどとは違うベクトルでおかしい元教師の身を案じてそう言えば、とんでもないセリフが返って来た。
「お前がステラ・ウティレシアじゃなくて、ステラ・フィゼットである世界から来たって言えば通じるか?」