幽霊屋敷の任務01
フェイス撃破からユリシア達帰還までの間の話です。
「はぁ……何でなの」
ステラは嘆きたくなった。
いや、もう嘆いていた。
今のステラには、騎士の任務が入っている。
それは別に良い。
いつもの事だからだ。
問題なのは、その任務の中身だった。
考えるだけで憂鬱になった。
なぜなら今回の任務は、幽霊屋敷……と呼ばれている建物の調査なのだから。
その屋敷が廃墟となって一か月経つらしい。
「幽霊屋敷」と言われるくらいなのだから、住人は当然いないのだが……時折り奇妙な事が起こるらしい。
何でも、夜中に付近を通った通行人が、中から音がするのを聞いたとか聞いていないとか。
それで、内部に素行のよろしくない者達が集まっているのだったら追い払ってほしいとの事だった。
近々解体予定なので、特別に急いで受ける任務でもなかったのだが、たまたま他の大きな仕事が無かったので、ステラ達にまわってきたと言うわけだった。
そういうわけなので、さっそくステラはその幽霊屋敷を調査する為に訪れたのだが、任務地が幽霊屋敷であった事とは他に、嘆息せずにはいられなかった事がある。
「それで、どうしてこのメンバーになるのかしら」
背後には部下達がいる。
これまでの苦難も共に乗り越えて来た信頼できる者達だ。
それは別に良い。
いつもの事だからだ。
問題なのは、横にいる人達だ。
「あ? なんか文句あんのかよ」
任務同行者その一。
特務騎士の猛獣レイダス。
「何で俺まで引っ張り出されなきゃならねぇんだ。あいつどんな説明しやがった、剣の事は前に詫びただろうが」
任務同行者その二。
元担任教師ツヴァン。
「……」
軽い頭痛に見舞われた。
何だろうこのメンバー。
ステラを心労で潰したい誰かの意思でも働いているのだろうか。
「納得いかないわ」
なので、不満と共に額に手をあててそんな事を言えば……。
「「上に言え(言いやがれ)」」
息ぴったりのタイミングで二人同時にそう言われてしまうのだった。
幽霊屋敷は結構広い。
元は相当なお金持ちが住んでいたらしいその屋敷は、下手をすれば一地方を治める領主の屋敷よりも広いのではないかと思えた。
三階建ての建築物で、裕福な家だという事が人目で分かるしっかりとした造り。
ステラ達はそんな建物内を用心深く進んでいくが、室内はかなり薄暗かった。
気のせいかもしれないが、日当たりが悪い事とは別の何かを感じる。
入り口付近高、雰囲気がもう怖かった。
「う……」
だからそんな、いかにも何かが出てきそうな内部の様子に及び腰になりそうなのを、必死に我慢しなければならない。
ォォォォォ……。
「っ!」
うめき声なのか唸り声なのか分からない音が聞こえてきて、反射的に身をすくませる。
「うぅ……」
どこか窓が割れていて、そこから風が吹き込んでいるのかもしれない。
そうだろう。
そうに決まっている。
震えて止まりそうになっている足に力を入れる。
そう思って、気合を入れ直したのもつかの間。
ガシャン。
「ひっ」
何かが割れる音がして、悲鳴が洩れてしまった。
ステラはもう駄目かもしれない。
頑張れないかもしれない。
「ツェルト……」
目の端に浮かんで来た涙が大きくならないように必死にこらえる。
やればできる。やればできる。
幽霊など怖くはない。
生きている人間の方が、よほど恐ろしい。
例えばフェイスとか。
そもそも幽霊なのどという曖昧なものなど、この世には存在しないのだ。
そうだ、そう思いこむ事にする。
先程の物音は、どこかから吹いてきた風で物が落ちて壊れてしまった音か何かだろう。
「だ、大丈夫よ。皆。幽霊なんて、幽霊なんていないわ。そうでしょう? この世にそんなもの存在するはずない。す、進みましょう」
「隊長、大丈夫ですか?」
「私達、前変わりましょうか」
「隊長、むしろ私にお任せを!」
「へ、平気よ。問題ないから」
他ならぬこの自分が一時期幽霊になって前の世界をさ迷っていたかもしれない疑惑がある事は、都合よく忘れる事にする。
証明できないのなら、無かった事と同じだ。
信じない。
部下に心配されるという少し前だったら考えられないやりとりをこなしながらも、必死の思いで任務を続行。
だが、そんなステラの体たらくを不満そうに見ていたレイダスが、小馬鹿にする様に喋り始めた。
「はっ、ビビってんじゃねぇよ金髪。いるんだかいねぇんだか分かんねぇもんより、生きてる人間の方がやっかいに決まってんだろうが。こんなクソ下らねぇ事さっさと終わらせて、剣でやりあってた方が何倍もマシだろうが」
それは激しく同意だ。
剣を振ってた方が何倍も良い、それに生きてる人間も結構怖い。
妙な所で息があう。
こんな所で狼狽して時間を潰すなど、下らないか下らなくないかの一点を覗けば、ステラもレイダスに同意して心底そう思うだろう。
ただ……。
「騎士の任務に下らない事なんて、ないわ。で……でも、剣の修行なら後で良いわよ。最近ちょっと、試してみたいものがあったし」
「けっ」
と、そんな風にステラが言えば、どこかが気に食わなかったらしいレイダスは、不満げな一言を発したのち、会話を終了させてしまった。
相変わらず気分の上昇と下降のツボがよく分からない人だった。
そこに話かけるのは、ツヴァンだ。
「おい、ウティレシア」
「何ですか?」
ここまであまり無駄口をあまり挟まずついてきたツヴァンは、眉間に皺を寄せながら、ステラの背後を示して一言。
「気ぃ抜いてっと痛い目見るぞ、今回の任務は……。だからあいつがここに俺を向けてきたのか」
「え?」
ステラは振り返る。
見れば、そんなツヴァンの反応の理由が分かってしまった。
いない、のだ。
ここまで背後についてきていたはずの部下達の姿が。
部下達が忽然と姿を消してしまった。
その事に、軽くうろたえてしまったが、落ち着いて状況を整理する事にした。
「一旦外に出た方が良いかしら、それとも皆を探した方が良い?」
だが、悩みつつもステラは元来た道を戻っていくのだが、そこで何故か見覚えのない景色に出てしまって、結構狼狽。
屋敷内部に入って数十分で、本格的に仲間達とはぐれて、迷ってしまったらしい。
「……やっぱり、幽霊がいるんじゃ」
弱気な発言をすれば、レイダスに顔をしかめられた。
もとからしかめ面だったが、一層に。
「あ? ウジウジしてんじゃねぇよ。面倒くせぇな」
「だ、だってしょうがないじゃない、怖いものは怖いのよ。これでも頑張って我慢してるんだから、私はレイダスみたいに何でもかんでも平気ってわけじゃないのよ」
「はっ、開きなおってんじゃねぇ」
「――っ」
呆れた態度を崩さないレイダスに怒りの感情が湧いてくる。
他人事だと思ってる彼には所詮関係ないのだろう。
少し時間がかかるだけの面倒事だとしか思っていないのだ。
「冷血漢」
「今さらだろうが、テメェは俺様に何期待してんだ」
「非常識」
「あぁ? それは、いま関係あんのか?」
「協調性無しの一匹狼」
「……」
少し、すっきりした。
普段好きなように振り回してくるので、やり返したかったのだ。
「ここでじっとしてても仕方ないわね。もう少し進んでみましょう」
「テメェ、俺様をテメェの整理のダシにしやがったな」
「窓を開けて……一旦外に出てみるのはどうかしら。……駄目、開かないわね」
「いい性格になりやがってよぉ……」
額に青筋を立てたレイダスが何か言ってるが、どうせそんなに中身のない事なのだろうから、聞かない事にした。