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第28話 いつか夢で(下)

 


 しばらくの時間が過ぎれば、準備が終わり、リートが声を掛けて来た。

 ユリシア達は屋上の中央へ移動し、ステラ達はそこから離れる。

 リートはちょうどその両者の中央くらいだ。

 

 彼女の傍にはカルネとシーラがいて、彼女等は最後に数か所の確認をしている。


「じゅじゅつはね、カルネお姉ちゃん。ばーっとやって、がーっとするんだよ。りろんをくんでそうぞうするの」

「え、ええ……そうですねシーラちゃん。……基礎構成も、中央、外周構成も完璧なのに肝心の起動陣を直感で組んでるなんて、奥が深いのですね。シーラちゃんには素晴らしい才能があると思いますよ」

「カルネお姉ちゃんもすごいよ。境界の向こうを無意識に覗いてるんだよね。だからえでぃのパパでもシーラのパパでもない、だめな方の別のパパの事も分かるんだよね」

「そうみたいですね。人間の脳の中で、無意識に働かせている部分が呪術の適正に関係しているようなので。素晴らしい発見です。別の世界の駄目なツェルトを知覚してしまって、私が常日頃忌々しい思いをしていた理由が分かってすっきりしました」


 淀みなく語られる専門性の高い打ち合わせが終わって、ユリシア達のいる中央付近へシーラが合流していく。

 最後ら辺で何故か好き嫌いの話が出て来たが、それは緊張をほぐす為のただの世間話(?)だろう。たぶん。


「さて、そろそろやるぞ。別れはちゃんと済んだか」


 リートが場を仕切る様に言えば、お別れの時間がやって来てしまう。

 別れは済ませたつもりでもそれでも言い足りない事はいつでもあるらしく、それぞれ皆は一言二言だけ、ユリシア達に声をかけていくようだった。


「じゃあニオから。ライド君、向こうに行っても元気でね」

「ああ、困らせてごめんな。色々ありがとうニオちゃん」

「ユリシアもそっちのニオ困らせないでよね」

「それは約束しかねますわ。貴方の性格はまったく変わりませんもの」


 ニオがライドや、ユリシアと最後の言葉を交わし、


「赤髪……、俺を困らせんじゃねぇよ」

「あらあら、レイダスもですの。それも約束しかねますわ。それと最後くらい名前で呼んでほしいものですわね」

「はっ、贅沢言うんじゃねぇ」

「まあ、先ほどの一回で許して差し上げますわ」


 次いで思う所があるらしいレイダスがその会話を引き継ぐようにユリシアに言葉をかけ、ニオと同じような事を言い、いつもと変わらない態度で接する。


「ママ、パパ……。また会える?」


 そして、最後に最年少であるシーラがこちらに問いかけてきた。

 今までずっと元気だったのが嘘のように不安げな様子を見せ、泣きそうな表情になっている。


 やはりしっかりしているように見えても、まだシーラは子供なのだ。


「お別れしたら会えなくなっちゃうんだよね。どれくらい会えなくなる?」


 シーラの様子を見るに、自分の本当の両親とステラ達との区別はついているようだが、それでも短くない間ずっと一緒にいたのだ。

 この世界のステラ達と別れるのが寂しいのだと、そう思ってくれているのだろう。


 おそらく別れたら、もう二度と会えない可能性が高いだろう。

 だが、そんな真実を突きつける様な答えはシーラの望むものではないだろう。

 しっかりしている様に見えても、彼女はまだ子供なのだから。


 だからステラは、以前もう一人の母親から聞いた話をする。


「ええ、きっと。夢で会えるわ」

「夢で?」

「私のお母さんが言ってたの。夢は、寂しくないって私達に教えてくれるものだって。貴方は一人じゃない、離れた所には色んな人がいて色んな場所があるんだって、そう教えてくれるもの。だからシーラが思い続けてくれれば夢で会えるわよ」


 ……だって一度、私たちは夢で会えたでしょう?


 そう、メディックのもたらした騒動を引き合いに出して述べれば、シーラは納得したように頷いてくれる。


「うん!」


 とんでもない事をしてかしてくれた人間だったが、思わぬところで役に立った。


「だから、それまで元気でね。シーラ」

「パパも会えるよね?」


 シーラは今度はツェルトへと会話を向けると、問われた彼は安心させるように笑って頷きを返した。


「ああ、だから良い子で頑張ってるんだぞ。今度会った時に、シーラの頑張り色々聞きたいからさ。思い出たくさん作っててくれよな。あと、今度は二人でもっとすごい積み木の塔作ろう」

「うん! 約束!」


 そうして、長くはない時間を使えば、区切る様にリートが気合を入れる様にいつもより少しだけ固い声を上げる。


「やるぞ」


 短く、一言。そう言ってリートは、己の手を天高く、空の中央へとかざした。


「我が家の秘伝の魔法、そして世界を救った勇者の血の力、しっかり働けよ」


 練習をしていたからか、その動作には少しの迷いもない。

 失敗などまるであり得ないとでも思っているような自信満々の口調で言い切るなり、周囲に白の淡い光が満ち始める。

 白い光の粒がどこからともなく現れ、やさしく周囲を照らし始めた。


 湖上の白い建物の最上階で、作り上げられる景色。それは美しく、綺麗な景色だった。

 ステラは自分が転生した時の事は覚えていない。今となっては確かめようがないが、あの時もこんな感じだったのだろうか。


「シーラも、ママとパパのところに帰る」


 その光に合わせるように今度は、紫の光が舞い始めた。

 目を閉じたシーラが呪術を使っているのだろう。


 三人の足元に魔法陣の光が浮き出る。

 フェイスの行使するものとよく似ている、けれど決定的に違う魔法の光だ。


 神秘的で、そして温もりのある光の色。


 白と紫、二つの光は徐々に強く大きくなってい記、辺り一帯を眩しく照らしだした。

 

「これで、最後……」


 満ちるまばゆさに目を細めつつも、最後の瞬間までそらすことなく、シーラ達の姿を見つめていようとステラは視線を向け続ける。


 この世ならざる気配のする幻想的な景色の中、しかしそんな光景と状況をかき乱す様に変化が起きた。


「あっ!」


 声を上げたのは誰か、多分ニオだ。

 他の皆もステラと同じように目をそらすことなく見つめ続けていたのだろう、それぞれが変化に気づいて声を漏らす。


 ライドが苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちていた。

 膝をついて、苦しそうに胸元を掴んでいる。


「フェイスの旦那か……、ちょとこれ、さすがに俺も擁護できないくらい性格悪いんじゃないの?」


 膝をついたライド。

 彼の言葉を聞くに、あの大罪人が何かをしたのだという事は分かるのだが、それが何か分からない。

 分からないがステラは剣を手にして走り出した。

 

 彼は、ぎこちない動きで、隣で心配しているユリシアに手を伸ばそうとしている。


「ライド、しっかりなさいな。これは一体どういう事ですの?」

「離れろ、仮面に……触れなくても、奴は憑りつけたんだ……。騙された。近づいただけ……で」


 後ずさる、ユリシアと入れ替わる様にステラは走るより、ライドを取り抑えようとする。

 だが、相手はそれこそ待っていたとでもいうようにその場からとびすさり、ステラに声を掛けて来た。


 誘われた?


「一緒に来てもらおうか、世界の狭間に」


 どうやらフェイスは、この魔法陣の中に、ステラを来させたかったようだ。

 顔を出さずにそのまま隠れていれば無事に逃げ切れたものを、そんなにステラの事が嫌いなのか。


「しつこい復讐者ね、貴方。そんな事になるのは絶対に御免だわ」

「ステラ!!」


 ライド、いやフェイスを挟む様にして、ステラとそこにやってきたツェルトが大罪人へ剣を向けて対峙する。

 

 だが悠長に相手と戦闘していられる時間はないようだった。 

 焦ったリートの声が飛んでくる。


「そこから早く離れろ! 私の魔法は途中で止められないぞ。予定にない人間はどうなるか分からん」

「な、リート先輩そんなの初耳だし聞いてないぞ!」

「こんな事になるなど普通思わんだろうが!」


 リートとツェルトが言い争う間にも、白と紫の光は強くなっていく、視界が効かなくなりそうだ。そうなったら脱出よりも先に身動きが自由にとれなくなって、非常にまずい。 


「出し惜しみしてられる場合じゃないな、こうなったら……」

 

 悩むステラの向かい、覚悟を決めた様子でツェルトは己の剣をしまった。

 対抗するための武器を収めた彼。

 どうするのかと見ていると、ツェルトはステラが当たり前の様に振り回せていたそれを……、


「ツェルト、貴方……」


 手の中に出現させていた。


 見間違えようがない。

 ずっとステラの力として、この手で振るって来た勇者の剣そのものなのだから。

 今はもう使えなくなったあの剣。勇者の座を継いだ証。


「やっと、騎士になって恰好つけられたぜ。今更って感じもするけど、俺だって男なんだからな」 


 笑みを刻むツェルトはフェイスに、ではなくその内にいるであろうライドに向かって声を掛ける。


「おーい、ライドいるんだろ。俺さ、ちょっとまだ使い始めて練習中っていうか、勇者の剣初心者だから的止めててくんね。お前が王都にいた時に、フェイスの手伝い以外で俺達を助けてくれた事は知ってるんだ、だから期待してるし、言葉掛けるんだぜ? あの時だってそうだ。だから」


 ツェルトは学生時代に王都で起きた難事の事を覚えていたみたいだ。


 駆ける言葉のそれは、いつか強敵を相手にする時にライドに助力を頼んだ台詞とよく似ていた。


「俺にできて、お前にできないわけないだろ。だから、やってくれ、よろしく頼んだ」


 そして、彼は剣を振りかぶるのだ。

 普通ならそんな一撃を受けたら、人間なんて塵も残さず消えさってしまうだろうけれど、ツェルトの頭にはそんな心配はないようだった。


 白と紫の光を新たに塗り潰す様に、勇者の剣の光が覆っていく。

 それは星雫の剣が魔物を斬る時の様な、光のしぶきの色にもよく似ていた。


 ステラは巻き添えにならないようにその場に退避する。


 やがて三つ目の光がおさまる。剣を下ろしたツェルトの前には……、


「……は、はは……まったく、さらっと……そ、んな大変な役、押し付けてくれちゃって……」


 疲れたような、力のぬけた表情のライドが立っていた。


「精霊の力の強化版だ。良かった、ちょっと不安だったけど、骨どころかちゃんと肉も皮も全部残ってるからまあ良いよな……」

「怖い事言って、くれんなよ」

「大丈夫ですの? ライド」

「馬鹿な事言ってないでさっさと退避しろツェルト」


 崩れ落ちたライドを抱えるユリシアと、そして心配そうに見つめるシーラ。

 しかし、リートに言われた言葉に状況を思い出して、視線を参院に一度ずつ返し、ステラ達はその場から離れていく。


「ステラ!」


 差し出された最愛の人の手を握って走り、そして魔法陣の境界を超える。


 その一瞬後、背後で何か大きなエネルギーが膨れ上がり、そして一瞬で消えて行ってしまう気配がする。 


 ――ママ、パパ。


 次に振り替えった時には、そこに見知った三人の姿はなくなっていた。

 ステラ達はもちろん無事だ。

 だが、かなりきわどいタイミングだったらしい。


「ほんとライド君てば、最後までお騒がせなんだから、もうっあっちの世界でニオに叱られててよね」

「お騒がせなのは、こいつ等もだ。言ったそばからまた死にそうになりやがって、阿保か」

「はっ、女が勇者から降りたと思ったら、あの野郎が今度は剣持ちかよ。上等じゃねぇか」

「まったくステラもツェルトも心配させないでいただきたいものです。間に合わなかったらどうなっていた事か」

「本当にだ、ツェルト。殴るのは今日は勘弁してやる、だから海よりも深く反省しろ」


 集まって来た仲間達の声を聞きながら、訪れた別れの寂しさを噛みしめていると、ふいに……、


 ――ママ、パパまた会おうね。


 どこからかそんな声が聞こえて来た。


 ステラはそれに応じる。


「ええ、シーラ」


 きっといつか、またあの少女と顔を合わせる事ができると信じて。


 ――いつか夢で、また会いましょう。





「勇者ご令嬢」の物語はこれにて終了です。

 ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。目を通しただけと言う方も、通り過ぎただけの方もありがとうございます。楽しんでいただけていたら幸いです。

 

(※2017.9.6 別枠「勇者ご令嬢 短編」にて短編を追加掲載しました)

(※2018.2.22 別枠「勇者ご令嬢 短編」でSSを追加掲載しました)

(※2018.7.29 本作品中に短編を追加掲載しました)

(※2018.8.24 「食堂に悪役令嬢がいる!」下敷き作品を公開しました)

(※2018.12.23 別枠「勇者ご令嬢 設定」を公開しました)


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