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第27話 いつか夢で(上)



 湖上の施設 屋上


 湖を眺めながら窓辺でツェルトとしばらく話をした後、ステラ達は施設の屋上へと移動するべく階段を上っていく。


 半球状の形をしている施設だが、屋根の部分は開閉できるようになっているらしく、本格的に運用する事になる日には、観光に訪れた人の為に星見の催し物を開こうと予定しているらしい。

 他には、季節ごとにやって来る渡り鳥の観察や鑑賞などにも使用するつもりでもあるらしい。

 それを聞いたステラは、思わず一体どれだけ細かく予定していたのだろうと、企画者の執念に少しだけ戦慄したりもした。


 そんな風に建設にまつわるあれこれを考えながらたどり着いた先は、予想通りに屋根が開けていて白い雲が良く映え青空が見える場所だった。


 心地の良い空の下で準備をしていたのは、ユリシアとリート、その補佐でカルネだ。

 後は周囲に騎士が数人。


「来たか。準備はもう少し待て、そろそろ終わらせる」


 ユリシア達を元の世界に返す為に、リートの力が必要なのは必然なのだが、その他にも色々としなければならない事はあった。


 過去の遺跡や遺物など、考古学に興味をひそかに持っていたユリシアがアンヌの力を借りて収集した遺物を補助に使うため手入れを行ったり、なおかつ確実性を求めるためにシーラの呪術の力も応用するので、専門家であるカルネが今回使う呪術の確認に入っている。万全過ぎる体勢だった。


「確か……、場所も大事なのよね」


 彼女等がこの世界にやってくる時にいた、向こうの世界と全く同じ場所……アクリの町の湖上を選んだのも、その確実性を上げるための方法の一つだ。


 世界を構成する欠片を剥離させるのに便利な場所、という事で不幸にもフェイスに目を付けられ災害を振りまかれてしまった場所だが、大精霊に聞けばそれは他の世界との境界が薄い場所でもあるという事で、不幸中の幸いといっていいのか、ユリシア達の帰還の作業に一番効率的な場所だったのだ。


 こちらの呟きを聞きつけたツェルトが、己の意見をこぼす。


「ただ綺麗な場所にしか見えないんだけどな、俺には」


 隣で、いまいちピンとこないような呟きを漏らすそんな彼だが、ステラの意見だってもちろん同じだった。

 難しい話はどうやってもステラには分からないので、専門家に頑張ってもらうしかなかった。頼りにしている。


 ……こういう専門的な分野なら、素直にそして簡単に人の手を借りられるのに、不思議よね。


 思わぬスポットの思わぬ利点について考えて、そこから個人的な事情を連想していると、階段の方から人の話し声が聞こえて来た。

 

「えっとね、ふぃえのママはね、怒ると怖いんだよ。えでぃのパパが友だちに手紙を書いたときにすごく怒ってた」

「ふぃえじゃなくてフィゼットな。あいつは確かに普段はそうでもないのに、怒ると人が変わるからな。つーか手紙ってなんだ。紙切れ送って人に変な反応されるのは変わんねぇんだな」


 シーラを肩車したツヴァンだ。

 二人は楽しそうに話しをしている。

 似てる所などないはずなのだが、その姿は、まるで本当の親子の様に見えた。


「全然似てないな。先生に似なかったって事は、シーラはリーゼさんって人に似てるのかな」

「そうなるんでしょうね。どんな人だったのかしら。私も先生と一緒に聞いておけばよかったかしら」


 別の世界の自分の母親代わりになってくれた人だ。気にならないはずはない。

 今までも少しずつ聞いてはいたのだが、まだ子供であるシーラは、育ての親である向こうの世界のステラ達の事しか知らないので、ひどく断片的な内容ばかりだった。シーラが生まれたばかりの時に行方が分からなくなったという話だが、一体何をしたのだろう。


 この世界で同僚であったというツヴァンに聞ければ、もっと詳しく聞けるかもしれないのだが、亡くなった人間の事を聞くのは少々気後れする。


「何だか最近、俺のステラが俺意外の人を頼りにし始めてる事に驚愕が止まらない。喜んで良い事なんだろうけど、超複雑で焼きもち焼きになるな」

「焼いてるの?」

「ああ、俺ステラにすっごく焼きもち焼いてる、ここ大事だから直接言うぜ」


 ……そんな風に念を押さなくてもちゃんと分かってるわよ。嬉しかったもの。


「先生は先生だし、私が好きなのはツェルトよ」

「嬉しい! けど喜びつつも主張するぜ。気になっちゃうもんなんだよ、こういうのは」

「そういうものなの?」


 首を傾げるステラを眺めるツェルトは、肩を落として「こっちの成長はまだっぽいんだよな」なんて呟いている。


「何だ、保護者代わり。お前らいたのか。ほれ、もう疲れた交代しろ」


 こちらの存在に気が付いたらしいツヴァンが歩み寄って来て、シーラを渡してくる。

 シーラは肩車が楽しかったのか、ツェルトにおねだりしてまたやってもらっていた。


「とりあえず、シーラの面倒をちゃんと見ていてくれたみたいで、ありがとうございます」

「馬鹿言うな。面倒なだけだったぞ……って言いてぇけど、まあ受け取ってやるよ。娘らしいからな、あっちでは。しかし聞いたぞ、お前は相変わらずみたいだな。あんなに苦労して説教してやったってのに」


 礼を言えば、シーラの事については素直に受け取ってくれるものの、ステラの普段の任務について苦情を言いたい様だった。


 横では、はしゃぐシーラを乗せて、ツェルトが走り回っている。

 危なっかしくて、注意したくなるような光景だ。

 落っことさなければいいのだが。


「なあ、ウティレシア。お前は救われたのか?」


 ふいに静かな声で問いかけられるのは、ツヴァンが自分の命を捨ててでも成したいと思った結果の確認だった。

 その答えに嘘をつくのは意味がないだろう。


「歴史表の前の行と次の行との間に追加で数十行も入るような生き方は変わったのかよ」


 見破られるだろう事以前に、真っすぐにこちらを見つめて言葉を待つその様子は、嘘をつく事を許さない雰囲気を出している。


「俺がした事はお前にとって迷惑なだけなただの押し付けだったか?」

「そんな事は、ありません。感謝してます。すごく……」


 今まで隠してきた事を見破られた事をについて何も思わないわけではないが、それでも、誰にも明かせなかった本音に気づいてくれた事には感謝している。それは本当だ。

 あの時は無遠慮な言い方をされて怒ってもいたが。総合的なステラの感情としては、その事を迷惑に思ってはいない。


「決闘の時……先生は私の気持ちを、私が言う前に分かってたんですよね」

「さてな」

「正直、自分中心に考えるなんて難しすぎる課題だと思いますけど、今はこの答えで満足していただけませんか? 私にとって何が何でも一番を守り抜きたい思いは決まりましたし、少し人の手は借りましたけど先生が死んでしまっても立ち上がってみせましたから」

「は、課題かよ。真面目だな。でもそうか、ちゃんと立てたのか」


 力の抜ける様な笑いをこぼした後、うっすらと笑みを刻んで満足そうにツヴァンは言葉を返してくる。


「まあ、ぎりぎり及第点にしといてやる。将来に期待、だ。せいぜい精進するこった。お前がどうなるのか、見といてやるからよ。俺に教師だって言いたきゃ、まず自分が育つんだな」


 いつも不満そうか、面倒そうか、嫌そうか、最近は自嘲気味な様子しか見ていなかったのに、そんな表情は初めて見る。手ごたえはあったようだ。


 ツヴァン自身の問題を遠ざけられているような気がしないでもないが、つまりはこちらもこれから成長してみせて、遠回しにツヴァンの事を証明してみせればいいという事だろう。


「……仮に、認める事ができたところでガキに言えるワケがねぇけどな」


 微かな声量で付け足されるように発せられた言葉があったが、あいにくにも新たに表れた人物の声でかき消されて、ステラには聞こえなかった。


「あぁ? テメェ赤髪。もっぺん言いやがれ。今なんつった」

「あら、聞こえていませんでしたの? ならもう一度。貴方が気にしてらっしゃるお料理の作り主なら生きてらっっしゃいますわよ、と。レイダス、王宮の食堂に顔を出した事ありませんの? ニーナさんなら、王宮の厨房に立ってますわよ。私もつい最近まで知らなかったのですけど……」

「な、ぁ……!」


 ユリシアとレイダスだ。

 何の話をしているのかは分からないが、食べ物に関する話だと言う事ぐらいは分かった。


 驚愕の事実をもたらされて珍しく絶句してしていたレイダスは、しかし直後に復帰してステラの方へ駆けて、睨み殺しでもしそうな顔をした。


「おい、女ぁ!」


 やってきたついでにそこにいたツヴァンを蹴り飛ばそうとして小さな諍いが起きるが、火種が大きくなる前に何と持ち込んだ本人が消化してしまう。


 紙束の様な物をこちらに突きつけて、要求を言葉にしてきた。


「卑怯(もん)は後だ、テメェ作れ!」

「私の名前はステラだって言ったじゃない、何度言えばわかるのよ、もう」

「どうでもいい、作れ」

「それより何をそんなに動揺してるのよ、貴方。ちょっと落ち着いてちょうだい、作るって何を……」


 突きつけられた紙に目を凝らす。綴られている分の内容はレシピだ。脳内で作っていって完成品をイメージする。それはユリシアが作ってレイダスに食べさせている料理だ。


「食堂なんざ行って、どうでもいい連中に交ざって飯なんて食えるわけねぇだろ。テメェが作って俺に食わせろ」


 先程の会話と繋げて考えると、レイダスの食べたい料理を作れるのは今までユリシアだけだったが、実はそうではなく王宮の食堂にもいた、という事だろう。

 

 だが、だからと言って何でそれをステラが作らなければならないのか。

 捜せば他にも料理が上手そうな人ならいくらでもいるだろうに。


 しかも、確実にレイダスの好みの味付けをしているというのに、それを聞いてなお確実性を求めるのではなく、他の人に味付けの再現を求めてくるとは。


「あの赤髪がいなくなったら、誰が飯つくんだよ」

「私は貴方のご飯係じゃないわよ。作って欲しかったらまず名前をちゃんと呼んでちょうだい」

「テメェ以外の作った飯なんか食えるか、俺様に毒食って死ねってか、はっ!」


 普通ご飯に毒を入れる様な人なんて、探してもそうそういない。

 群れる群れないの問題よりも、そんな理由で他の人間がいる食堂に寄り付かなかったのだろうか。

 

 けれどあの猛獣が、慣れ親しんた食べ物をキープするのに、こんなに必死になるなんて。


 ……レイダスの弱点はやっぱり胃袋なのね。


 弱い所なら、もう少しそれらしい態度で頼み込んでくればステラも考えなくもないのに、どうしてこうまでして自分を曲げようとしないのか。


「ステラ、作れ。ぶっ殺すぞ」


 名前を呼んでくれたがそれは頼んでいるようで、ちっとも頼んでいない。

 ここまで来ると一周回って清々しくすら思えてくる。


 手のかかる問題児の相手に頭を悩ませていると、シーラの相手をして走り回っていたはずのツェルトがいつの間にか近くに来ていて、ステラの前にさっと割り込んだ。

 シーラはもうとっくに下ろしていて、おんぶかだっこでもしてほしいのか、こちらのの背後にくっついてきている。


「お前ら離れろ、仲良すぎだ。何だよ、ちょっと前と全然態度が違うじゃんか。いつの間にそんな距離になってるんだよ。レイダスも先生も知らない間に一体何があったんだ、ちくしょう変な虫は寄ってくるな!」


 ……変な虫って、レイダスも先生も人間よ。


 割り込んできたツェルトは目の前にいる二人を威嚇しながら、ステラの手を握ってその場を離れようとする。


「ステラ、行こう。こんなのと関わっちゃ駄目だ。こいつら絶対俺のステラ狙ってる。ずっと見てるとかご飯作れとか、口説き文句にもなるんだぜ? 俺知ってる。ヤバいから。近づかない方が良いから。な? な? ステラは俺のだし、俺ステラ取られたくない」


 誤解だ。

 口説き文句と言われても、二人共そういう意味で言ったわけではないと思うのだが。


「気にし過ぎよツェルト。だって二人よ。レイダスは単に食べたいだけだし、ツヴァン先生は……私が育つ将来に期待してるだけだもの」

「あぁ? おい女……」

「馬鹿、ウティレシア。お前」


 フォローの言葉を口にするのだが、何故かその瞬間周囲の雰囲気がおかしくなった。ついでに時間が止まったような変な感覚さえある。


「た、食べたい!? 将来に期待!?」


 あ、言葉足らずだったわ。

 ツェルトの悲鳴のような絶叫を聞いて、間違いに気が付く。


 さすがにステラでも今の言葉がまずかったぐらいは、分かった。言ってから数秒くらいは気が付けなかったが。


 ともかくそんなステラのセリフが原因でツェルトの中の譲れない何かに火が付いてしまったらしく、彼は一歩も引かない姿勢で笑顔を浮かべながら、殺気を放ち始めてしまった。


「そうかそうかそうか、よーく分かった、おまら決闘な。条件は負けた方がステラに金輪際関わらない。俺頑張っちゃうぜ? なあ?」


 ……こんな所で頑張らないで、それ誤解なんだから。


 そんな風に集まったそれぞれと、寂しさをごまかすようにかいつもと少しだけ違う会話をしながら、避けられない別れの時が来るのを待っていた。



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