第26話 別れの前に
フェイスとの戦いが終わって約一か月の時間が過ぎた。
引き続いての王宮の復旧作業と、そして被害を受けたアクリの町の支援。
離れた二つの場所を行ったり来たりしながらの日々は、あっという間に過ぎていく。
かねてより進めていたユリシア達三人に関わる例の件の準備も並行して行われて、それらはつい先日にまとめて終了。
そのいうわけなので、本番の作業にとりかるべくステラ達は再び、湖の美しい町アクリへと訪れていた。
目的は当然、遠く離れた場所からの三人の来訪者の帰還、ユリシア達のお別れだ。
アクリ 湖上の施設
昇ったばかりの太陽の光を受けて、白む空を眺める。
目の前には巨大な湖面があって、波紋一つなくまるで鏡の様に空の様子を映していた。
周囲に漂う朝靄は徐々に晴れていく最中だ。
しばらく待てば視界を遮るものはなくなるだろう。
朝の静けさの中、そんな光景を声なく味わったステラは、一息つき黒髪の女性、リートに声をかけた。
「湖の上に建物を建てるって聞いたときはびっくりしたけど、意外と外から眺めてもそんなに違和感はなかったわね」
ユリシアとライドとシーラ、そしてステラにツェルト、リートとカルネ、レイダスにツヴァンと、騎士数名の総勢十数人余りが訪れた場所は、町中は町中でも、ほとんど人が訪れない場所……湖の中央であり、更にはその上にに浮かぶ施設だった。
ステラはそんな珍しい場所の建物の中にいて、窓を開けて外の景色を眺めているところだ。
「ああ、そうだな。私も正直驚いた」
隣に立つ、彼女もステラの内心と同じ事を思っていたらしく、大仰に首を縦に振ってみせる。
施設が湖の中央にあるという事が分かるのは、当然船でここまで移動してきたという事だ。
遺物の力を使い直接やって来る事も出来たが、有事でもないのに無駄に使用する意味はないし、アクリの町の復興状況も確認しておきたかったので、ステラ達は件の施設を、町の中から歩いてくる途中で外から存分に眺める事が出来た。
意外な景観への、その時抱いた感情は、驚きと感動の二つだ。
「湖を観光地として売り出す場所だけあって、そんな所に異物を持ち込むなど正気かと提案の邪魔をしてやっていたのだが、評価を改めなければならないな」
リートが述べるのはグレイアンが統治していた時代の話で、当時の協力者が隠れ家の代わりにこの施設を建てようとしていたという事だ。
資金の無駄遣いだと言い、計画をとん挫させる事に苦労していたらしいリートなのだが、思いもよらない結果に驚きを隠せないようだった。
「ふむ、綺麗な景色だったしな。頭を下げるのは嫌だが、謝罪の言葉位は述べておいてやろう」
極力自分を下げたがらないリートの言葉を聞きながら、凪いだ湖面に波紋を刻みながら船で水上を移動してくるひと時に眺めた景色を思い出す。
湖の中央。湖面の上に浮かぶ半球状の白い外壁の観光用の施設。
アクリの町の権力者が手をまわして作ったそれは、空の色を映し青く、そして太陽の光に煌めく美しい湖の景色を壊すことなく、逆に一つの特徴的なアクセントとしてしっかりと景色に溶け込んで調和していた。絵を描けばきっと良い作品になるだろう。
そんな景色は、ユリシア達がいなければきっと長い間存在しなかっただろう。
彼女達の帰還の為、世界の境界が薄いとされる場所に近づく足場として作る必要が無ければ、存在しなかったはずだ。
そこに第三者の声。
「うーん、ほんとほんと。隠れ家が無かったら困るけど、引き換えに建てたかったってずっと言ってたのも分かる気がするよ。綺麗だもんねー」
二人の会話に入って来るのはニオだ。
つい一か月ほど前に、フェイス討伐の為に使用していた隠れ家は、隠れ家として手が加えられるようになるまでに、ひと悶着あったらしい。その影響を最もよく受けていた人物の一人……ニオの態度は、しかしあっけらかんとしたものだった。
「分かる分かるよ。こんな景色だったら建てたくなるのが普通だよね! というわけでステラちゃーん、ちょっと飛びついていーい?」
「きゃ……。ニオ……まだ私何も言ってないわよ」
「ごめんねっ」
ツェルトみたいに背中から不意打ちで抱きついてきたニオは、ステラの背中に甘える様にすり寄っている。見えはしないが、その仕草はまるで親猫をみつけて甘えてくる子猫のようだ。
「ふぁ、久々にステラちゃんの膝枕で眠りたくなっちゃったよ。うーん、今日も朝早かったからねー」
相変わらず忙しい日々を送っているニオの生活は変わらないようで、今回の事で早朝に移動してきたのが響いたらしい彼女は、ステラの背中で眠そうに欠伸をしている。
だんだん、体重がかかってきて重くなってきた。
「ほら、ニオ起きなきゃ駄目よ。今日は大事な日なんだから。ユリシアとは話をしてきたの?」
「うん、一応ね。相変わらずだったよ。いなくなっちゃうなんてちょっと信じられないくらい。今はレイダスと話してると思う」
「そう」
少しだけ沈んだ声で報告するニオの表情は見えないが、おそらく寂しく思っているに違いない。
「あ、何やってるんだよ羨ましい。ステラに抱き着くは俺の特権なのに」
そこに、不服そうなツェルトの声が飛び込んでくる。
珍しい施設を一通り見たいと主張し、ライドと一緒に周って行くと言っていたのだが。ツェルト一人だ。もう良いのだろうか。
振り返ったステラの視線に気が付いたツェルトは、どう言ったらいいものかと考えているような、そんな曖昧な表情を浮かべながら理由をこちらに話す。
「あー、まあちょっとお礼の握手とお叱りの一発入れて色々あったから、顔出しにくいんじゃね? しばらく考え事するって、そんな感じだ」
学生時代によく話す仲だった二人にも、色々交わさなければならない会話があったのだろう。
詳しくは聞かない事にした。
ケンカみたいな事になってなければそれでいいのだ。
「ライド君てば、考え事なんてガラじゃないのに。あーあ、ツェルト君来ちゃったか、しょうがないね。ニオは恋人さん達のお邪魔虫になってったくないからどっか行ってるよ。膝枕さえ守ってくれればこっちの物だし、じゃあね。素敵な湖を背景にチューとかギューとかいっぱいしちゃってもいーよ」
ステラの背中から退いたニオは、気を利かせた様子でそんな事を言いながら、近くにいるリートも引っ張ってツェルトが来た方面へと歩いて行った。
こちらの方を邪魔したそうな事を言っているリートと、応援したそうなニオの会話が徐々に遠くなっていく。
二人の後ろ姿を見ながら、考える様な素振りを見せたツェルトが念の為とステラに尋ねてきた。
「俺、邪魔しちゃったか?」
「そんな事ないと思うわよ。ニオはちょっと甘えてただけだもの」
「そっか、なら良いんだけどな。あの分だとライドの所に行くな。顔見てびっくりしなきゃいいな」
「顔?」
何かあったのだろうかと尋ねれば何でもない普通の事だったと返答される。それならいい。
「それはおいといていいよ。だって俺もステラ堪能したいし。俺も抱き着きたい」
ツェルトは適当な調子で話をはぐらかしたのち、自分の欲求を言うやいなやこちらに近づいて、ステラを腕の中に閉じ込めた。
「あー、あったかいしやわこいし、ステラの匂いがする。すごい勢いで俺という生物が癒されてくのが分かるぜ」
「変な言い方しないでよ、もう。いつもの事じゃない」
まるでよく効く栄養ドリンクみたいだ。
フェイスから解放されてから、もう一か月。
その間に色々と、手を握ってきたり、抱きついてきたりしてたけど、ツェルトは欲張りなのか、それでもステラが足りないようで、今みたいにくっ付いてきたがるのだ。
「何だか寂しがり屋の弟みたいよ、貴方」
「心外だ。せめて男って言ってくれたらな」
「弟も男である事には変わりないでしょう?)
「来た。ステラの天然さん。ちくしょうでも可愛い」
ツェルトのおかしな質問にステラはまともな返答を返したはずなのに、なぜか不満そうな声を出された後、テンションを上げられる。
こういう所はあんまりかわらない。話してると分かってない、みたいな反応を彼に良くされる。
「ステラだなー」
「ニオも甘えん坊だけど、ツェルトもよね」
中々話してくれないツェルトをあやす様に背中に腕をまわせば、より強くこちらを抱擁してきて安堵の息を彼が漏らすのが聞こえて来た。
あの後、ステラがフェイスを倒した後。
念の為にニオの手を借りて駄目だった後、専門家であるカルネの手を借りて呪術を解いて、ツェルトはちゃんと戻って来た。
だがそれからの一か月は、時々だが彼はこんな風になって、急に強くこっちに甘えてくるようになった。
「ん、どうしたんだステラ。俺の顔に何かついてる? それとも惚れ直してたとか。それなら俺もだ、ステラ」
「何もついてないし、そういうのじゃないわ」
見つめていたのがばれて視線を合わせられれば。首を振って否定する。
「ただ、ちょっとツェルトも怖がりな所があるんだってそう思っただけ」
「怖がり、か。そうだぜ。ステラ限定の怖がりだ。ステラと会えないのが怖いし、ステラと喋らないのが怖い、困ってる時に手を貸してあげられないのも、傍にいけないのも凄く怖いってそう思う」
視線を下げるツェルトに何かいてあげたいと思うステラだが、開く口は不意打ちの口づけで塞がれた。
「ん……、驚かさないでよ」
「ごめんごめん。大丈夫だって言いたかったついでにしたくなってな。まあ、そういう事だ」
……ちっともそれじゃあ伝わらないわよ。何がそういう事なの?
「ステラは俺の勇者で、俺はステラの勇者だ。怖いなら、怖い思いがなくなるくらい心配を全部拾っていって、約束も願いも果たしていって、これからもずっと歩けるくらい、皆で強くなればいい。皆でな。ニオとかカルネとか、アリアとかクレウスとか、そんな皆に助けられてここまで来たんだ。だったらきっとこれからもそうしていくのが、きっと一番だろ」
「そうね、その通りだわ」
不安も、恐怖も心配も、きっと際限なく生まれてくるしいつでも抱えてしまう。災難は尽きる事を知らないし、難事もきっと同じように訪れるだろう。
だけど、どんなにくじけそうになっても、くじけて失敗してしまっても……、助けてくれる人が、支えてくれる人達がいる。
だから、ステラ達はこれからも未来を歩いていけるはずなのだ。
「ま、その為に色々やってる事もあるけど、驚かせたいから今は言わないでおくよ」
「なら、驚かされるのを楽しみに待ってるわ。ツェルト……」
「ん?」
名前を呼んで、さっきのお返しとばかりに、口づけをしかける。
そして長い間、果たせなかった事柄について改めて口にして約束したのだった。
「ぜんぶ終わったら、帰って占いね。前に言ったでしょう?」
「ああ、そうだな」
『ニオ』
「ふぅ……」
歩みを止めて、ニオは一息。
徐々に天へと上りつつある太陽の影響で、アクリの町は明るくなっていく途中だ。
朝の静けさが終わり、空を鳥が飛び交うようになって、鳴き声が時折り耳に届くようになった。
ニオが、ツェルトが来た方面を歩いて行ってたどり着いた場所は、施設の外だった。
穏やかに流れ始めた風が感じられる、テラス。
その湖に面した柵の前に、ライドが立っていた。
いつもなら、人物を見かけたら速攻で話しかけるかちょっかいをかけるかするニオだが、一度立ち止まってみることにした。
「うーん、こうしてみると平和そのものって感じ、とても危険に溢れてたとは思えないよ」
目の前にあるのは、平和な景色。
一か月前に、アクリの町で世界の行く末を巡る戦いがあったとはこれっぽっちも感じられない景色だった。
被害はあったが、大切な物は手の中に全部無事にあって、遠くにあった物も戻って来た。
だが、一か月前にあった戦いで確かにニオは見たのだ。
世界の異変と、その影響を。
少し前にステラが話してくれた、本来辿るはずだったこの世界の歴史を、ニオはあの時に垣間見ていた。
ステラが死んで、ツェルトがフェイスとして活動して、けれどその先の……、長い苦難の歴史を。
国の状況は悪くなる一方で、民たちは苦しんで日々を生活している。王宮ではクレウスが勇者の座を継ぐものの、ステラ達を欠いた状況でレイダスに勝つのは難しく、グレイアンの統治する国が何年も続いて。
エルランドは無事でいるものの、ニオは反抗勢力狩りに遭って……。
きっとあの世界の自分は思いを告げられていない。
「当たり前のように傍にいたから忘れちゃってたけど、いつ離れちゃう事になるか分かんない。本当なら傍にいる事自体できなかったんだよね。うん、だからいい加減しなくちゃって思ってるんだけど、ああでもどうしよう。いいのかな。やっぱり、うーん」
だからこそ、返事を期待する期待しない、付き合う付き合わないは置いといて、エルランドに……自分の想い人に心の内を伝えておこうと思ったのだが、しばらくぶりの弱気に悩まされてずるずると告白できないままでいた。
風に揺れる湖面を見つめつつ悩んでいると、振り返ったライドに声を掛けられる。
顔を見れは少し頬が腫れていた、きっとツェルトに一発入れられた痕だろう。
「よ、ニオちゃん。どうしたの? そんな頭抱えちゃって」
「ほっといて、そういう気分だったの」
「奴について? 告白するならしちゃえばいいじゃないの。俺を振った時とは思えない悩みぶり見せてくれちゃって」
「うぅ、簡単に言わないでよ」
「そんなんじゃ、付け入る隙あるかもって俺が思っちゃうけど?」
「あ、それはないから安心して」
「はは、そこは直球なのな」
集団の輪に交ざらず、離れた場所にいて一人で考え事をしていたらしいライドはもう用が済んだようだ。
当然の様にニオの隣に並んでくるライドは全く懲りない人間だと思うが、今日だけは距離を開けるのを勘弁しておく。
「俺が仕出かした事を考えれば残って償うのが当然なんだけどね」
「そんなの駄目だって言ったじゃん、せっかく帰れるんだから帰っとかなきゃ駄目だよ。ライド君ずっと帰りたかったんでしょ?」
「ああ、そうだよ。ニオちゃん達を裏切ってまで、俺の知ってる人達がいる世界に帰りたかったんだ」
ライドの提案は一度は聞かされたもので、ニオがその時にきっぱりと拒否したものだ。
帰還の為に準備するのは時間がかかるし二度もやるのは面倒くさいというのもあるし、それに……。
「すっきりして帰るより、ちょっと足りないぐらいで帰った方が良い薬になるでしょ?」
「違いない。相変わらず人が悪いよな、ニオちゃんは」
償いなんてして、綺麗にケリをつけて帰るのは卑怯だと思うのだ。
ニオはステラの様に友人の馬鹿を笑って許せるほど出来た人間していないので、ライドには自分の仕出かした事を元の世界にも持って帰って思う存分悩んだり苦しんだりして欲しいと、そう思っていた。
人としてちょっとひどい事を考えている自覚はあるが、それでなくともその方法が一番ライドにとってもいい薬になるはずだと思っているから。
「でもニオちゃんのそこが好きになったんだ。最後にもう一回聞いときたいんだけど俺の告白の答えは……」
「お断り! ニオは一途な女の子だからね。だけど……、あり得ないけど、仮にニオが良いよなんて言ってたらどうしてたの? 帰っちゃうのに」
「さて、どうしてたろうな」
「教えてくれないの? ずるいんだ」
「はは……そんなの最初から分かってたでしょうに、だって俺ってそういう人間なの」
あっけらかんとした態度で、悪びれもせず笑うライドの態度はとても一か月前まで敵対していた人間のものとは思えない。
ひとしきりおかしそうに笑ったライドは、思い出したように懐を漁って、取り出したそれをニオへと渡してきた。
あるかどうか分からないような頼りない重みが、ニオの手のひらに伝わって来る。
「なにこれ」
「小石」
それは見れば分かる。
手のひらに乗せられたものはライドの言葉通り石だ。透明がかっていてけれど、うっすらと橙色に染まっている石。
よく見て見ると、ニオがエルランドにもらったお守りの意思のサイズに似ていた。
「考えてみればニオちゃんに贈り物とかしたことなかったなってね。お詫びも兼ねて」
「エル様のに似てるんだけど、ひょっとして」
「そうそう、対抗心」
「隠さないね、ライド君。意外に」
いずれ旅立つ友人の贈り物を大事にしてやりたいが、そこまであからさまに恋心を出されて贈り物をされた経験のないニオとしては、複雑な心境にならざるを得ない。
「受け取ってくんない? ずっとここにいたくないって思ってたけど、初めてこの世界に俺がいた証を残しておきたいって思ったわけ。預けるなら当然好きな子の手元に決まってるじゃないの」
「ん、そういう事なら仕方ないなあ。ライド君の成長の証だもんね」
そういう真面目な気持ちを出されたは断る事も出来ないではないか。
エルランドの前に見せる事はしないし、持ち歩くような事もしないだろうが、大切に保管しようと決めた。
ハンカチで包んでポケットに大事にしまっておく。
「ニオって橙色って感じなの?」
「ああ、何か元気で活発でぴったりだと思って」
「ライド君は、色々な色だよね。とりとめがない感じ。レイダスがステラちゃんに贈った石みたいな感じだな。あっちは灰色だったけど、ライド君のは色んな色が混じった小石だよ」
「俺、道端の石なの? まあ、ニオちゃんが選んでくれた物なら何でもいいけど」
それからしばらくどうでもいい話をして、時間を使う。
離すのはほとんどニオの話ばかりだ。
友人についても、仕事についても、家族についても。
ライドからは何も話す事はない。
「ねぇ、この世界のライド君って……」
「俺が存在するのに邪魔になりそうだから殺した。……って、言ってもいいところだけどな。正直よく分かんないだ。まだあの頃は今ほど決心が固まってたわけじゃなかったし。だからひょっとしたらどこかで生きているかもしれない。最後見てないんだ」
「そっか」
この世界に来たばかりのライドが何を思って、自分と同じ人間に害を成そうと思ったかは詳しく知らない。けれども、平気でも何でもなかったのは、今本人を見てれば分かる。
許してはいけない事だろうし。許されない事だと思うが、ニオはそれを人に話そうとは思わないし、糾弾しようとも思わない。
「大変だったんだね。今まで頑張って来たね」
「ああ……そうだな。間違ってたかもしれないけど、俺は頑張って来たんだ」
こちらに背中を向けて、わずかに視線を上げるライド。
その表情は見えないから分からないが、声が、背中が震えていた。
「一人になっちまって、頼れる人もいないで、だけど、好きな人達のいる場所に帰りたかったから頑張ったんだよ、俺は」
「うん」
この一か月の間に元教師に言われた事を思い出す。ニオの友人についての事。
詳細をぼかされつつも話された決闘の成り行きについて教えられ、その後でツヴァンに叱られた事だ。
その話でニオは、友人の事に気づけなかった事を悔しく思った。
彼女は誰に相談する事もなく秘密と気持ちをずっと抱え込んでいた。あんなにも周囲に人がいたと言うのに。
だから、今度は間違えないようにしたいと、そう思っていたのだ。
ライドも同じ様に一人で頑張っていたのだろう。誰にも言えない秘密を抱えて、本心を押し込めて。
……敵になったからって、とんでもない事をしちゃったからって言っても、ライド君が辛い目に遭ったのは無視して良い事じゃないよね。
「ライド君は偉いね。誉めてあげるよ」
「……」
「もう、本当に迷惑ばっかかけて、仕方ないんだから。ちょっとだけ、ここでの事なかった事にしてあげるよ。世話が焼けるなぁ。いくらでも格好悪い事してたらいいよ」
「はは、これじゃあ……男じゃなくて、まるで……ニオちゃんの手間のかかる弟、みたいだよな……」
「ほんとにね」
視界からライドの姿を外して、背中を向ける。
言葉はこれ以上必要ないはずだ。
背後から聞こえてくる、恰好悪いそれを何もかもをなかった事にしながら、落ち着くまでの間、ニオはただ静かに傍に居続けた。