第25話 ――ただのステラ――
「聞こえるわ……」
隠れ家の資材置き場の奥。
フェイスとの戦闘の狭間で、ステラはその声を聞いていた。
町のどこかに散っているだろう聖獣達が一斉に咆哮を上げるのが聞こえてきて、穴の開いた天井からは、まるで空の星が舞い降りて来たかのような煌めきが見え始めた。
幻想的な光景だが、悠長に見とれてはいられない。
「聖獣、一体だけじゃなかったのね」
伝説の生物が町に何体もいるなど考えたくもない光景だ。
だがきっと、声が聞こえるからには偽物でも張りぼてでも何ででもなく、ちゃんと実在しているのだろう。
このまま好き勝手にやらせていては、大変な事になってしまう。
町の方の援軍はどうなのか分からないので、なるべく早くフェイスを倒して加勢に行く必要がありそうだ。
だが……。
「――――っっ!」
脳裏に再生されたここではないどこかの映像達が、己の意思とは無関係に次々と再生されていき、苦痛を呼び起こす。
激痛に膝が折れそうになるのを必死にこらえながら、まったく変化のない様子でいるフェイスの攻撃を回避。
呪術で、防御策でも用意しているのかもしれない。
「苦しいか、辛いか。そうだろうな。だが、さすがは勇者といったところか。それでも渡り合うとは」
「ずいぶんと余裕みたいね。貴方がそうしている為に一体どんな対価を払ったのかしら。想像したくないわ」
「ふん、有象無象の犠牲など忘れた。どうでもいい」
顔色一つ変えない様子のフェイスを呪術の恩恵のおかげだろうと推測して、以前は言わなかった刺々しい言葉を送りつけるのだが、相手はそれにも表情を全く変えない。
「ごめんなさい、先に謝っておくわ。私、貴方のこと許せそうにないわ。今更貴方が実は被害者で、復讐目的だったなんて言っても信じてあげられない」
ステラだけに害を成したのなら、良くはないが……まだ良かった。
けれど、ステラからツェルトを奪って、仲間の一人を一度殺してしまうような事をしでかしたのなら、もうどうあっても許す事なんてできそうになかった。味方として扱うなど論外だ。きっと彼は、ステラの中で敵のままなのだろう。
「汚れた魂だな、汚らわしい。だがそれでいい、それが人間だ」
「そうね、昔は理解できなかったけど。それが普通の人が戦ったり苦しんだりしている感情なのよね」
誰かを妬んだり、憎んだり、羨んだりする心。
ずっと縁のない生活をしてきたが、目を向けさえすればそれらはこんなにも身近にあったのだ。
今までのステラは前に進む為に、そして強くなるために、それらの悪感情を育ててこなかったし、抱かないようにしてきた。
だが、思いつめなくても良い様になった今はそれが人間にとってどんなに当たり前の感情なのかよく分かった。
「満足したかしら。私への嫌がらせがしたかったんでしょう?」
不意を突く様に前に出て、剣技を見舞う。
出せる速度の限界で。
だが、例の咆哮の影響が出ているせいか、先いつもよりも動きが鈍かった。
「だから、まったく憑りつく必要のないツェルトに憑りついた、違うかしら」
フェイスは器を探しているらしいと情報を得ていた。
学生の時は、その為に騎士学校に生徒として学校に通っていたらしい。
結局自分に合う器とやらは見つからなかったようで、フェイスは姿をくらましたはずなのに、現れた彼はツェルトに憑りつく事を選んだ。それは何故か。直前に負けたステラに嫌がらせをしたかったからだ。
「学生の時も、貴方しつこくしてきたし分かるわよそれぐらい。参考までに聞いておきたいんだけど、私貴方から何か恨みでも買ってしまったかしら?」
「貴様と言う存在の全てが気にくわない、ことごとく邪魔をしてくる貴様が」
「そう」
存在自体が気に入らないみたいだった。
それでは仕方ない。ステラも今はそうだ。
しかし、淀む心を落ち着ける様にして、ステラは冷静にいようと勤める。
踏み込み、前に出て、相手に反撃の手を打たせないように行動。
そんなこちらの行動に、フェイスは攻撃の隙間を塗うようにして正確な一手を挟んできた。
「っ……! はぁ……はぁ……っ!」
打ち鳴らされた剣の一際高い金属音に、遅れてやって来る腕のしびれ。重い一撃だった。
頭痛を……頭の痛みをこらえるのがやはりきつい。体力が見る見るうちに削れて言って、ステラはすぐに荒い息をつくようになった。
「忌々しいにも程がある。俺の邪魔をするな」
「するわよ、その人は私の大事な人なんだから、返してくれるまで邪魔するに決まっているじゃない」
たとえどんなに状況が厳しかたっとしても。
相手からは心の底からステラの事を不快そうに思っている気配を感じる。
まったく、ツェルトの顔でそういう表情をしないで欲しい。
新たなトラウマになったらどうしてくれるのか。
「いい加減、膝を折ればいいものを」
「挫けてなんてられないわ、こんな時に!」
思う事も、考える事もある。
けれど、だからと言って立ち止まってなどいられない。
ステラには守りたいものが、守らなければならない物がたくさんあるのだから。
「剣は……やっぱり出ないのね」
戦いの最中で何度も確認した事実を、今また確認してため息をつきたくなる。
勇者の剣が現れない。
ここぞの時に決め手として使っていた、勇者の証である剣を出現させられないのだ。
おそらく先程のツヴァンと行った決闘の影響だろう。
ステラはその戦いで、勝敗こそはっきりついていないものの、心の中で敗北を認めてしまっていた。
勇者である自分を、勇者として生きて来た自分を否定されたが為に、剣を持つ資格がないとそう思うようになってしまったのだろう。
故に、普通の剣でフェイスを相手をしなければいけないのが、大変辛かった。
相手の腕の方が圧倒的に上なのに、威力まで落ちてしまったら苦戦どころの話ではない。
「っっ……!」
「どうした、反応が遅れているぞ」
「貴方を油断させるために決まってるでしょうっ」
危ういタイミングで振り下ろされた剣から、身を捻って避ける。
剣を持った側……右半身を狙った攻撃。
ステラはそのまま身を退きつつも、左半身で乗り出して体当たりをかまそうとする。だが……、腕で防御された。不発に終わったが回避はしない。距離も取らない。
相手の襟元を掴んで、ケンカするような姿勢で叫ぶ。
「ツェルト! 私の声が聞こえるでしょう! 力を貸してお願い!!」
一人ではきっとどうあっても勝てない。
だから一番頼みになる彼に助力をこうのだ。
ステラは一人ではない。
仲間がいる。
もう一人で戦わないし、困った時は惜しみなく力を借りると決めたのだから。
「貴方の勇者になるから、きっと助けるから。また私に、あの時みたいに……力を貸して!」
おそらくもうステラは勇者ではなくなってしまったし、いられないだろう。
けれど、だからと言って現実を簡単に受け入れるわけにはいかないのだ。ツェルトがステラの勇者であるように、ステラはツェルトの勇者でありたかった。
困った時に助けてあげられるような、苦しい時に手を差し出してやれるような……そんな存在に。
「……喚くな、女が……」
表情をしかめるフェイスは、しかしその場で動けない。
彼が、ツェルトが抗っているからだ。
ツヴァンと戦っている時に、声を聞かせてくれた。呼びかけてくれた。
それは直接二人の決闘に口を挟む内容ではなかった、ただ一言名前を呼ばれていただけ。
けれどそこには、労わられて、心配そうにされて、愛おしまれる様な、そんな様々な思いが内包されていたのだ。
だからあの時、ツヴァン相手にとっさに手を打つ事ができなかった。
視界の中でフェイスが動いて剣を振ろうとするが、ステラはその腕を掴んで抑える。
「ツェルト!」
紫の瞳を見つめる。
いつもこちらを見つめてくれた彼の瞳。
そこに彼の思いを、意思の光を探す様に。
ステラの思いが伝わる様に、と。
「……っ、く……」
フェイスの口から苦悶の声が漏れる。
やがて顔を伏せた彼からは表情は読み取れなくなって……。
動きの止まった彼を気絶させようと、ステラは首筋に一撃を淹れようとして、けれど動きを止めた。
「ステラ……」
懐かしい声音で名前を呼ばれて、胸の内で思いが溢れかえる。
戻って来てくれたのだと、そう思ってた。
頭上からライドの焦ったような声が降ってくるまでは……。
「何してるツェルト……!!」
「――っ」
フェイスが腕を動かす。
閃いた一閃、異変に気が付かなければ避けられなかっただろう。
頭上からニオやライド達のケンカの声が聞こえてくるがそれどころではない。
騙されるところだった。
ステラは目の前にいる男を睨みつける。
一度までならず、二度までもツェルトの想いを騙って、二人の想いを踏みにじようとしたのか。
「騙したのね……また」
「だから何だ」
「許さないわ、絶対に」
「ふん、今更」
忘れていた、フェイスはこういう人間だった。
人の心の弱い所を突いて、平気で抉って来るような、そんな人間だった。
彼は人の気持ちが分からない人間ではないのだろう。
だからこそ、こんな非道な方法が思いつくし、とる事ができる。
「貴方は、この町で泣いている人達の気持ちが分からないわけじゃないんでしょう、人の不幸が分かるのだから。それでもこんな事をするのはなぜなの?」
「他人が不幸を嘆こうと、悲嘆に暮れようとこちらには全く関係のない話だ。何か影響でもあるのか」
純粋に思った事を疑問として尋ねれば、フェイスはまったく表情を変えずにそんな返答をする。
元から価値観が違うのだと、ステラはその言葉で気が付いてしまった。
説得する事も和解する事も出来ない。
ステラはそんな人間がいるとは思わなかった。
なぜなら今目の前にいる彼は知らないのだ。
「貴方は誰かと笑いあった事も、喜びを分かち合った事もないのね」
「怠惰なだけの時間に価値などない」
「そう……」
誰かと積み重ねる思い出を、紡ぎあげる絆を。
その価値を、尊さを、温かさを。
フェイスは学んでこなかった。
だから分からないのだ。
だから平気で人の心を踏みにじる事ができる。
理解できる事と、想いやれる事は違う事なのだ。
その事に敵意や憎悪とは違う感情……一抹の寂しさを抱いてしまうのは、ステラの甘さだろうか。
そうは思えど、手をゆるめようとは思わない。ここで可哀想などと同情してやる気もないし、そう言っても相手の怒りを誘ってしまうのは目に見えていたからだ。レイダスとの会話で学んだ事が役に立ったようで複雑だが。
……下に見ている人間から馬鹿にされるのは、結構イライラしちゃうものね。
フェイスはステラ達をわずかな時しか生きていない、違う存在には……同じ存在としては見ていないから、そんな風に言われるのが一番不快なのだろう。
そんな、わずかにできた余裕の中でステラは周囲への状況を把握していた。
頭上では何がどうなったのか分からないが、穴を開けた屋根から落下しそうになっているニオをライドが引っ張り上げようとして、口ゲンカしているようだった。
姿が見えないが、その周辺ではヨシュア達が他の敵を相手に動いている気配がする。
レイダスやツヴァンは聖獣を倒し終えていて、頭上で行われている戦闘への援護に移動している所だろうか。
気が付けば、町に響いていた聖獣の咆哮は聞こえなくなっていた。
「皆、頑張っているのね」
だから、ステラも自分のやるべき事を頑張らねばならない。
「勇者でなくなったのだろう。先程からずっと剣を使ってこようとしないのがその証拠だ。それでも勝てると思っているのか」
「勝てるかどうかじゃなくて勝つのよ。負ける気で挑む勝負なんて私にはないわ。すぐに地面の……じゃないわね、床の感触を味あわせてあげる」
仕切り直しだ。剣を構えて、相手の出方を窺う。
フェイスも。
先に仕掛けるべきか、向かってくるのを待つべきか、そう考えれば途中でステラは思考を放棄し、真っすぐ突撃する方を選んだ。
焦れている時間がもったいない。
一秒だって、ツェルトを奪われていたくはないのだこちらは。
再びフェイスと打ちあう中で、ステラは意外に自分が冷静に物事を考えられている事を不思議に思っていた。
……先生に負けて、もっとショックを受けるかと思っていたのに、
積み上げて来たものが否定されて、今までのステラの在り方は間違いだと言われたというのに。
どうしてなのだろうか。
少し前までのステラは、もう取り戻せなくなったと思って、みっともなく取り乱していたはずだ。
それは、離れた場所で行われていた戦闘で、まだ聖獣と戦っていたツヴァンが信じていると声をかけてきたからなのかもしれない。ステラは前に進めるとでも、そう思っている様な口ぶりで。
ステラの人生は間違いだったと言われてしまった。否定されてしまった事は確かな事実だ。
けれどそれは、今まで積み重ねて培ってきた物がまったく無くなってしまったというわけでないのだ。
経験として残ってそして糧となっているからこそ、ツヴァンはあんな風に言ったのだろう。
ただのステラでも、勇者であった自分を引き継いで、今まで歩んできたすべてのステラの軌跡を生かして、また未来へ……前へと歩いて強くなっていける、と。
思えば今までのステラは、勇者という目標を失ってから不安だったのだ。
自分がなくなってしまったような感じがして、だから何者であるべきか探そうと花嫁修業に精を出したり、自分磨きに勤しんだりしていた。
何物でもない、素の自分……ただの自分でいる事がたまらなく怖かったのだ。
だから、勇者となった責任に甘えて、勇者で在ろうとし、己を律し続けて、周囲に求められるままに行動する事をやめられなかった。だが……。
周囲はそうでないステラも認めてくれると分かったのだ。
嫉妬してて、子供っぽくて、臆病で、弱虫で、泣き虫なステラを、周囲は遠ざけるどころか近づいてきてくれた。
ならば、ただのステラとなっても、歩まないわけにはいかないではないか。
皆はそんなステラを受け入れてくれて、きっとまた一緒に歩いてくれるのだから。
「感謝してあげるわ、一つだけ。貴方のおかげで私は自分に素直になれた……」
悪影響だとしか思えない、負の感情をもたらした大罪人との繋がり。
だがそれが、ステラに大事な事を気好かせてくれたのだ。
それだけは、その一つだけは、本当に感謝している。
「貴様は……」
不快そうになるフェイスを見て、ここが揺らしどころだとステラの勘が訴える。
逆効果にしかならないと思ったが、こういうのもたまにはいいだろう。逆に生かしてみせよう、……とそのくらいの意気でやってもいいはずだ。
「可愛そうな人ね。貴方には仲間がいないから、きっと一生分からないわ。過去から生きた大罪人なんて全然大した事ない。ただ古臭いだけの、馬鹿な研究に身をささげただけの哀れな人間だわ」
「――――!」
激昂の気配が伝わって来る。なるほど彼の沸点はこんな所にあったのか。
なりふり構わず剣を振るうその姿には、今までに見た事が無いくらいの憤怒の気配がまとわりついている。
……なんだ、そんな人間らしい一面もあるんじゃない。貴方に、大罪人なんかじゃなくて、人間である部分があって良かったわ。
「――――勝つのは、私よ――――!」
我を忘れた相手に、一番効きやすいであろうタイミングで、威圧を放ってほんの数舜動きを止める。時間はそれだけあれば十分だろう。
それでもステラの声に屈せんと動こうとするフェイスだが、直後に濁っていた瞳に強烈な意思の光が瞬く。
きっと演技などではない。ツェルトの想いが運命に抗って、奇跡を掴み取ったのだ。
「……す、てら、来い……っ!」
「ええ」
腕を広げた彼の求めと飛び込んで、その体を抱きしめる。
ステラは長い間触れていなかった想い人に触れ、その身を寄せた。
「ツェルト、私は貴方の勇者になれた……?」
抱きしめて、気絶させて問いかければかすかに聞こえてくるのは彼の静かな呼吸音。
けれどそれは安らかなもので、良い夢を見ているようなそんな彼の表情を覗き込みステラは安堵した。
『カルネ』
「勝ちましたか。ステラは勝利したのですね」
フェイスへの対処として送られてきたカルネは、ステラとツェルトの状況を見て、安堵の息をこぼした。
どうやら問題は解決したらしい。
後はカルネがかけられた呪術を解くだけだろう。それで全てが終わるはずだ。
「私も頑張らなければなりません」
最初にどう労いの声を掛けようか。
そんな事を考えながらステラ達の元へ歩み寄ろうとしたカルネだが、背後に気配を感じて振り返った。
「ウティレシア隊長! エルランド様からの命で危急の要件が……」
耳慣れない声だが、その声の主は確かに増援の要員に含まれていた者の声だった。
だが……。
カルネは、一つの大きな戦いを終わらせたばかりである己の友人達へと、急いた様子で歩み寄ろうとする騎士を止める。
「待ちなさい」
観察眼を働かせてその者の挙動を見たカルネは、正しい意味で仲間ではない事を悟っていた。
最近のカルネの友人である彼女の周囲にいる仲間達はなんというかこう、もっと頑張り屋の子供を見つめる困ったお母さん……みたいな視線をしているので、最初に勇者としての敬意と畏怖の感情を瞳に浮かべた時に違和感を感じたのだ。
詳しく述べれば他にもっとこまごまな理由は、並べればいくらでもあるのだが、証明については一旦後にする。
抱いた懸念を考えて、カルネは自分はどう行動すべきだろうか。
観察で導き出された事柄はしょせん推測であり、百パーセント事実を保証するものではない。
ここでカルネが余計な行動に出てそれが間違っていた場合、国を支える十士となる道は遠のく事となるだろう。
そうでなくとも他ならぬ自分が、おのれの立場を考えずにうかつな行動をとる事を許せはしないだろう。
故にカルネは、確証もなしに行動するような事はしない。
だが、それは以前の自分ならば、の話だ……。
「貴方達の思う通りにはさせませんよ」
今の自分はもう違う。
カルネは護身用に身に着けていた剣を、慣れない手つきで構える。
騎士学校に通っていたのだから、戦闘訓練の基礎は受けていた。
ステラ達のそれには遠く及ばないながらも、日々最低限の練習も欠かさなかった。
「剣を下ろしていただけないでしょうか? ステラを殺して、精神の繋がっているフェイスを殺そうと思ったのでしょうが、生憎とそれは解決されてしまったようです。呪術の問題も私の腕をもってすれば必ずや克服してみせますでしょう。それでいても貴方は、剣を向けるのですか?」
ここで素直に白状されなくても、やる事は同じだったが、相手は尻尾を出す事を選んだようだった。凄く助かった。
もちろん出来るだけ剣を交えない方向で話をしたかったが、そうはいかないのがステラの友人として当然の事態らしい。それが普通だと皆言っていた。
相手は剣を見せてこちらに突進してくる。
それに気づいたステラの叫び声。
「カルネ!」
……心配には及びませんよ。無策で敵の前に出るほど愚かではありませんから。
「これが私の答えです……」
カルネは悩んでいた。
二つある道のどちらを選ぶべきか。いや、二つとも大事なのは変わらない。悩んでいたのは、どちらを優先すべきなのかだ。
カルネは器用ではないし、他の人間ほど柔軟な思考は持ち合わせていない。
自分の性格を考えれば、二つの道を全く同じように歩く事など無理な事なのだ。
だから、選択を委ねたのだ。
有事の際の自分の心に。どちらを選び取るのかと。
それが今判明した。
十士ではなく、一人の友人として、友を助ける為に、カルネは行動するのだ。
風邪の魔法を叩きつけて、不意を突き。接近する。
戦場に縁のないカルネの挙動に相手は虚を突かれたらしく、成功した。
それならばもう勝利したも同然だ。
自分は力のない人間だから、カルネが攻撃を通す為には剣を振りかぶって相手を傷つける……のが普通であるが、生憎カルネの周りには普通の人間などあまりいなかったのだ。
「受け取りなさい!」
決め手に選ぶのはやはり自分の長所に限るだろう。そう考えた。
何度もステラの屋敷で、お邪魔虫を殴ってきた。
そのせいで不本意ながらも鍛えられてしまった拳を握り、カルネは思いっきり相手を殴り倒した。
「私に何度も殴られたかいがありましたね。ツェルトも」
魔法も、人のいない所で練習をしておいて良かったと思う。
ちょうどよくツェルトが寝城にしていた小屋が人目を忍ぶのに便利そうだったので、掃除がてら魔法を使わせてもらったのだ。おかげで上達したし、小屋も綺麗になった。
「……? レイダス、どうかしたのですか」
視線を戻すと騒動に気づいたのか、屋根上で戦っていたらしい彼が降りて来たが、心なしかあっけに取られたような表情でこちらを見つめている様に見えた。
「は、愉快な女ばっかだな、おい。大人しくしてらんねーのかよ」
「ステラの友人ですよ。それは無理な相談です」
「……だろうな。テメェ等はあのステラの周囲にいるもんだ。は、どいつもこいつも楽しませてくれやがって」
何はともあれ、これでようやく終わったのだ。
色々とやる事は多く、まだまだ山積みであるのだが、一番大切で厳しい場面は解決した。
ステラ達は、大罪人フェイスに勝利したのだ。