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第24話 猛獣と猛獣と教師



 道化のように生きた人生は未だに続いている。

 死に損ねて、復活して……。


 土くれを操って攻撃を放ち、戦闘を中断したステラが魔物の横を通り抜けて言った後。


 ツ番は魔法を操っていた感覚が、急速に消えていくのを感じていた。


「これで、最後なわけか」


 血染めの剣の副作用だ。魔力のある人間を蘇らせる代わりに、その魔力を失ってしまうという。


 その場に留まって、剣を振るうレイダスをみやる。

 ツヴァンが来る前より、眉間の皺が増えていた。


 せっかくの強敵が相手だと言うのに、とか思っているのが丸分かりだ。

 好かれているとは間違っても思っていないが、それはそれでやりにくい。


 しかも、ステラと決闘する際に、他の邪魔が部屋に入ってこないよう、レイダスに妨害を頼んでいたのだから余計にだろう。後でちゃんと小細工と逃走なしで今まで逃げてきた分の決着を付けてやるという条件までつけたのだから、尚更。


 その約束がツヴァンの死で反故にされかかったのだから、普通の人間であっても怒りを露わにしない方がおかしかった。


 重い一撃を放って相手からの追撃をかわし、下がって来たレイダスがこちらを見もせずに言う。


「アイツを死ぬ理由に使ってんじゃねよ、死にぞこない野郎」

「……うるせぇ、喜んで死にに行く人間みたく言うな。つーかお前、人の事情に首突っ込むような人間だったかよ」

「突っ込んでねぇ、気に食わねぇ事言っただけだろうが、弱ぇ人間はすっこんでろ」

「そういうわけにいくかよ。お前、協調性って言葉知ってるか」

「あぁ? 俺様に命令すんじゃねぇ、殺すぞ」

「命令じゃねぇよ。ああ、クソ……何で、こんな言葉の通じなさそうな猛獣と協力して正真正銘の猛獣を倒さなきゃなんねぇんだ」


 売り言葉に買い言葉、息を吸うより自然に罵詈雑言を吐きながら、レイダスは聖獣へ再び突撃しに行っている。

 合わせる気が無い。まったくの好き放題だ。


 黒い毛並みの人間より一回りも二回りもでかいその生物は、こちらとは()る気しかないようで、さっそくとばかりに前足を掲げて踏みつぶしにくる。


 それに対して前にいる人間の方の猛獣……、


「はっ、叩きのめしてやらぁ!」


 レイダスは予測していたのか、慣れている様子で対処する。星降りの丘とやらで一度戦った事があると言うのだから当然だろう。

 対してツヴァンには経験がない。


 しばらくは猛獣に猛獣をぶつけて観察しながら、援護するしかないだろう。


「けっ、あの女は何でこんな野郎気にかけんだ。弱ぇばっかじゃねぇか。卑怯(もん)だろ」


 文句が尽きない様子ででぶつぶつ何事かを言っているレイダスは、大振りな攻撃を警戒しつつも、獣じみた動作で飛ぶように駆け、一足で懐に潜り込む。貪欲に、食らいつく様に、喉笛に噛みつこうとする猛獣そのものの様に、前へ前へと進んで行くレイダスに、聖獣は押され始めている。


 顔面近くへ剣技を放てば、相手は分かりやすく攻撃を嫌がり、背後へ移動して距離を開けようと身を動かした。


「レイダス、お前動きすぎだ。俺が下手に動けねぇだろうが」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ、テメェの力なんか誰が借りるか」

「ああ言えばこう言いやがって、……この野郎」


 一ミリも歩み寄ってくる気配のない人の姿をした猛獣の説得を諦め、ツヴァンが相手の行動に何とか合わせる。

 病み上がりでどこまで動けるか分からなかったが、足を引っ張る事はない。中々調子は悪くはないようだ。


 うろちょろとやかましく飛んだり跳ねたり、飛びかかったりしているレイダスを視線に入れながら、死角を探して動く。


「おい、元教師。調子乗ってんじゃねぇよ」

「どこ見たら乗ってるように見えんだ。お前ホント口が悪いにも程があんだろ」


 魔物の背後をどうにかして取ろうとしてるのに、話しかけてこられたら意味ねぇだろうが。


 そう思っていると、レイダスが声を低くして「ただの悪口じゃねぇ」などと、続けて来た。それ今までのはただの悪口だったって言ってるようなものではないか。


「……テメェは何がしてえんだ。こんなとこまで出て来てふらふらしやがって気持ち悪ぃんだよ。ガキのお守りか、騎士のまねごとか、ただの我が儘か。やりてぇ事も分からねぇで、善人面してしゃしゃり出んじゃねぇ!」


 苛立ちをぶつける様に、腹の底にたまった感情を消化する様に、レイダスの攻撃は段々と大振りに、分かりやすい軌道を描き力まかせになっていく。注意をそらす分には良いが、自分の事もちゃんと考えてるのかと言いたくなる。


 そこに抱いた感情は決して心配などではない。戦力が減ったら純粋に面倒だし困るから、それだけだ。


「テメェが教師だぁ? 笑わせんじゃねぇよ、全部、他の人間を理由にしてるテメェが、人に物教えるとか何様だ。テメェは何にもなれねぇんじゃねえ、やりてぇ事がねぇから、はなっから自分がねぇんだよ。そんな人間、腹ぁ立つ前に、生きてても目障りなだけだろうが」

「……」


 今分かった付きまといの衝撃理由。

 ゴミの掃除屋かと言いたくなる。


 ……そんなんで俺付け狙ってたのかよ。どんだけ気にくわない人間だって思われてんだ。

 

 会話に気を取られそうになれば、聖獣に後ろ足で蹴り飛ばされそうになって焦った。

 気が散るからそれ以上喋るなと言いたいが、そこを無視するのがレイダスだ。


 魔法を使って足止めしたくなる。あればでかい図体の化け物の機動力を、十分に削ぐ事ができるのだが、もう使えない。


「うらぁっ!」


 跳ね上げられた後ろ足の内側へ回り込み剣を突き立てるが、今度は反対の足で蹴られそうになる。


「……余計な世話ぁ焼きやがったのも忘れてねぇからな」

「それもあんのかよ……ッ、この」


 そう言えば昔、感傷の道具にするなと、レイダスに言われた事がある。思い出した。

 ツヴァンは同じようにステラを感傷の道具にしていたと言うのか、利用していたとそう言うのか。


「あの女も利用してんだろ。他人に寄生してよぉ。はっ、そんなんでよく平気な面して生きてられっなぁっ!」

「ん……な、わけあるかあっ! そんだけの理由であんな馬鹿みたいなガキ、守ってやろうなんて考えるかよ!」


 ……リーゼを理由にして、リーゼの代わりとして見ているだと? ああ、そうだ、そうだろうともさ、何せ馬鹿な所がそっくりなんだから。けれど、それだけが理由じゃねぇんだよ。


 ……あいつが俺に、大切な事を押しえてくれる存在だったから、そう予感していたから目をかけてたんじゃないか。


 何せ、ツヴァイを超えて行くと思って実際に超えて行った生徒は、ステラ・ウティレシア一人だけなのだから。


「駄目人間、俺はテメェみたいな自分の意思がねぇ人間が嫌いだ」


 畳みかける。攻撃を繰り出す。怒涛の勢いで剣技を振る舞うが果たして聖獣に人間の剣が効いているのか。いや、効いているはずだ。前に倒せたのだと言うのだから、効かないはずがない。


「意思がねぇ言うな……」


 前は人を救いたかった。

 けど今は何がしたいかずっと分からないで、何者にもなれずにいた。


「決めつけんじゃねぇよ。意思ならある!」


 だが、今回の事で分かってしまった。やらなくても良い事をして、人の世話を焼いてしまうのが、認めたくないが自分の望みだったのだと。


 ……それも含めて俺は、やっぱり人を救いてぇんだ。駄目になったからって諦めて別のもん捜そうとしてたのがそもそもの間違いだったんだよ。騎士でも、教師でもいい、俺は人を救える何かに、ずっとなりたかったんだ。


「どこに、んなもんがあんだよ。搾りかすのゴミ屑野郎が」 

「あるっつったらあんだよ。口の減らねぇ猛獣だな」


 俺がこうやって動いてるのがその証拠だ、それ以外に何がある。


 ステラを助けるのは俺の意思だ。誰を理由にもしない。最初の理由はそうだったが今はリーゼにも関係ない。


 ステラ自身が望まない選択を押し付けに来たのがその証拠ではないか、頼まれてもいないし、歓迎されてもなかった。それでも来たのだ。救うために。


 レイダスではなく、離れた所で戦っている元生徒に対して、叫ぶ。


「勇者だ英雄だ、立派な騎士だって、人間馬鹿にしてんのか! んなもんなくとも人間一人くらい救いやがれ!! ただの、自分で……っ!!」


 ……形にばかりだまされて大事なもんがぬけてんじゃねぇか。俺も、お前も。


 まったく嬉しくない似た者同士だ。

 運命に踊らされ、それを何とかしたいが為に、力の象徴である形なんかにこだわって捕らわれてしまっていたのだ。

 大事なのはガワではなく、中身だという事にも気づかずに。  


 聖獣に攻撃を叩き込む。まだ倒れない。急所を突こうと回り込もうとするが、防御が固くなってきた。だが、相手がその反応なら効いている。


 レイダスは、そこらに散らばった木片を蹴り上げて掴み、前足にどうにかして突き立てた。


 痛みにもがく聖獣が滅茶苦茶に暴れ始めるが、期を見れば登るのはわけないはずだ。上を取ろうとしているのだろう。


「ぜりゃあっっ、こな……クソがっ!」


 剣を突き、斬撃を見舞い、聖獣はとうとう姿勢を崩す。


 その体勢が低くなった巨躯の上を雄たけびを上げ乍らレイダスが駆け上がっていった。


「死ぬなんてもうしねぇよ。だからウティレシア、お前もこだわんな」


 背中に取りついたレイダスは、振り落とされないようにしがみ付きながらも、剣を振るっている。狙いはもちろん頭部。

 急所を、弱い部分を、抉って、突いて、切って切って、いやらしいほどひたすら切り刻んでのひたすら猛攻。


 ツヴァンは立ち上がろうとするそいつの足を、剣で縫いとめるように貫いて一閃、二閃引き裂く。一度動きを止めて地に伏せてしまえばこちらの物だ、爪を剥がして、傷つけて、生物なら必ず嫌だろう攻撃を加えて追い詰めていく。


「失敗した事にして、前向いて歩いて行けよ。俺は期待してもいるんだ。お前ならそれでも歩いて行けるかもってな。だから信じさせろ、ステラ」


 体をものすごい勢いで削られていく聖獣は動けなくなったのを見て、自分の状況を何とかするのを捨てたようだった。代わりに咢を大きく開き、息を吸う動作。

 咆哮だ。


 世界が危なくなるどうたらとか小難しい話よりも前に、行動を許せば至近距離で発せられる騒音で自分達が身動き取れなくなる。


 だが……。


 同時にレイダスが力任せにすでに陥没している頭蓋を叩き割って剣を差し込んた。


 まったく上品でない戦いだったが、それで聖獣との決着はついた。

 光の粒となって消えていく巨躯を見上げるツヴァンの横にレイダスが降りたつ。


 急ごしらえの連携としては上手く行った方だろう。

 合わせる気のない人間に合わせるのは疲れたし、もうやりたくもない共同戦闘だったが。


「おいてメェ、気安く名前呼んでんじゃねぇよ、部外者」

「ちっとは浸らせろや、野生児。つーかお前の事なんで呼んでねぇだろ」

「あの女の事に決まってんだろうが。次言ったらぶっ殺すぞ」

「はあ? うっかりしただけだろうが、何でそんな過剰反応しやがんだお前」



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