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第23話 親の役目



 隠れ家 資材置き場


 相変わらず狂暴性の塊みたいな人間だ、とステラは同じ敵に向かっている仲間を見る。


「ぜあぁぁぁっ、ひき肉になりやがれ!」


 よく分からないが、何かがあったのか唐突にレイダスが調子に乗り出した。

 攻撃を繰り出す速度がほんの少し上がって、立ち回りのキレが良くなっている。


 一体何がと思うが、これを利用しない手はないだろう。

 内心で首を傾げつつも、ステラはその勢いに便乗させてもらい、。厄介な相手を追い詰めるべく剣技を繰り出して畳みかけようとする。


 これで戦況を有利に変えられるか、とそう思いかけたが、だがやはり上手くはいかないらしい。


 屋根上に、生き物の気配が突如湧き上がる。


「上よ!」


 視線を向けて確認するよりも前に警告を促し、その場から下がるとフェイスの前に立ちふさがる様にいつか見た聖獣が飛び降りて来た。


 身の丈十メートルほどの巨大な体を持った、伝説の魔物。

 漆黒の体をした脅威がそこにいて、瞳をこちらに向けていた。


 あんな猛獣がずっといたとは考えられないので、タイミングを見計らって呪術で呼んだのだろう。


「こっちに来たのね、黒き聖獣」


 状況が厳しくはなるし大変だと言う思いもあるのだが、それならそれで別に構わなかった。

 その分だけ味方が有利になるのなら、ステラが無茶をすれば良いだけだ。


 だが……。


「野郎、逃げんじゃねぇ」


 レイダスの叫び声が示す通り、隙を突くようにしたにもかかわらずなお、戦って容易に勝てないと判断しただろうフェイスは、その場から背を向けて逃走を測ろうとしていた。


 このまま逃がすわけにはいかない。

 強引にでも聖獣の脇を通って行こうと考えたステラだが……。


「無茶すんじゃねぇっつっただろうが、ウティレシアぁ!」


 背後から聞こえて来た、キレ気味の怒号に思わず足を止めてしまう。

 もう、回復が追いついたらしい。


「クズ生き返らせてんじゃねぇよ」


 足元に振動が伝わって来る、何が起きたのかと思えば一瞬後、頭上から巻き上げられた大量の土砂やら石ころやらが降って来て悟った。傷んだ床を突き破って土を操る魔法を使ったのだ。そして、背後から駆ける足音とレイダスみたいな台詞が聞こえてくる。


「死ねやぁ!」


 斬撃が発せられたと思えば、無数の石ころが、鉄砲玉の嵐の様に聖獣を打ちすえた。

 援護だと思って良いのか分からないが、ステラは目の前の強敵が気を取られているのを見て、その隙に横を駆け抜ける。


「フェイス、待ちなさい。ツェルトは返してもらうわよ!」






『ツヴァン』


 それはステラとレイダスが、黒き聖獣の脅威にさらされる前の事だった。


 生と死の狭間に幽かに揺らぐ命の光は、おぼろげな意識の中で思考を続けていた。


 死んだのだと、そう思っていたのに。ツヴァンは未だに生きている。そして助かろうとしている。

 何故なんだ。……とそればかりを考えていた。

 繰り返し、繰り返し。そんな事ばかりを。


 今までずっと周囲を覆っていた靄が晴れていく。意識が浮上して、瞼を開くと倉庫内の景色が映し出された。


 目が覚めてツヴァンが最初に思った事は、なぜあのまま死なせてくれなかったのかという事だった。


 生きてたって他の人間の迷惑になるだけで、誰一人救えなかったというのに。

 自分の命をかけてやっと、誰かを救う事が出来たとそう思えたというのに。

 なぜ、と。


「そんな事、代わりのない人間だと……代替の効かない唯一の存在だと思われからでしょう。目を覚まされたのですね。お初にお目にかかります、私はステラの母、クレシア・ウティレシアですわ」

「あ? ……?」


 情報を求めて視線を周囲に注げば、クレシアと名乗った人間の手が、ツヴァンの傷口から離されるところだった。

 今まで治癒魔法をかけていたのだろう。

 それだけで、生き返る奇跡が起こるわけがないと、装備品にあるべきものを探す。

 周囲に置いてあった己の所持剣を見れば案の条、血に染まっていた。


 遠くに視線をやると、レイダスとステラがフェイスと戦っている。


「ウティレシアか……」

「ええ、ですけどまだ動かないでください。人を蘇生させた事なんて、しばらくぶりですので」


 起き上がろうとするが、予想外に強い力で抑えられた。

 脈を測られたり、怪我の有無を見られてたりして、体調確認される。


「ステラは、貴方の鼓動が戻った時はとても喜んでましたよ。ツェルト君が友達になった日以来ですわ、あんなに喜んだのは。私が見たものの中で、ですけれど」


 ……余計な事しやがって。


 それでは、自分のやった事の意味がないではないか。また道化みたいに滑稽に踊っていただけだ。


「それにしても、貴方があの手紙を書いた人間とはとても思えませんわ。もっとしっかりした方なのかと思っていましたのに」


 ツヴァンの顔色を見て体調を確認していたらしいクレシアが、初対面にも関わらずそんな失礼な事を言ってくる。

 入学に当たって色々生徒の保護者に説明みたいなのをする場が設けられた事はあったが、ツヴァンは欠席していたし、喋ったのは全部校長だけだったから面識はないのだ。


「……待て、手紙……?」


 そこまで考えて、ツヴァンはおかしな事に気が付く。

 手紙なんて出していない。前にそんな様な物を書いた覚えはあるが、あれは結局出さなかったというのに。


「あの手紙のおかげで、私たちは大事な時にステラの傍にいて、叱ってあげる事が出来ました。感謝しています」

「はぁ……」

「アンヌのおかげですわね。ステラがこの町にいる事も教えてくれて」

「あいつ……っ」


 なぜに送ったはずのない手紙が届いているのか、その疑問が解けた。

 探し物物が得意な彼女なら、ツヴァンが破棄した手紙を捜索して見つけ出すのもおかしくはないだろう。


 ……だからって普通そんなもんを送りつけるか!?


 出さなくて良い状況になったから、出さなかったというのに。


 ここにはいない人間の顔を思い浮かべてイライラしていると、クレシアがこちらに頭を下げて来た。


「っっ!」


 駄目人間と面倒臭がり屋として生きて来たこの頃だ。人に頭を下げられるような事は久しくされた事が無い。正直うろたえた。

 

「あの子の事をよく見て下さってありがとうございます。本来なら親の役目だと言うのに、本当に頭が上がりませんわ」

「いや、別に俺は……」

「自分達の幸せを失いたくないあまりに、娘に酷な事をしてしまいました。私たちは親失格ですね」


 顔を俯けて、どんな人生を送って来たのかわずかに伺えるような事を言うクレシアに、ツヴァンなどがかける言葉など無きに等しいだろう。

 だが……。


「あいつが真っすぐに育ったのは、愛されて過ごしたからでしょう。あー……、あいつのそういう所は嫌と言うほど見てきましたから。面倒で手間のかかるガキでしたけど、善人としちゃ上出来だ」


 慣れない言葉遣いで元担任として思った事を率直に述べれば、微笑みが返って来た。


「ステラが面倒で手間がかかるなんて、聞いた事がありませんわ」


 ……だろうな。あいつの周囲は、万年流行性のウティレシア好きすぎ病を発症させているから。


 だが、それを言うならツェルトだって心の底では侮っているのだから、ツヴァンだけという事はないはずだ。


「本当に感謝してもし足りないくらい、ですけど……」

「っっ!」


 すっと、手を出された手を反射的に握って握手に応じる体勢を見せれば、驚異的な力で締め付けられた。

 女に出せる力じゃない力が、ツヴァンの手を握り潰しにかかっている。

 正直殺る気かと思った。


「ステラの親は私達ですわよ」

「……」


 ……アンヌ。あの野郎、どこまで喋った。ユリシアとやらが話した事知ってやがったな。


 親と言われて思い出すのは、つい少し前に話を聞かされたもしもの世界の話。

 そこでは、ステラの家族は死んでいてツヴァンがその親になったとか言う、大して面白くもないふざけた話だ。


 だが、その反応は親として分からないくはない。

 ステラが会の性格に育つくらいなのだから、よほど大事にされてきた事は分かっていた。

 それでも……。


「そして、ステラの相手はツェルト君ですわ」


 そっちの方は納得できなかった。

 

 ……ちょっと待て、その言葉何でかけられる。


「全てを捨てて娘を王宮から攫って、遠くに逃がすなんて素敵な話ですわねぇ……、まるで恋物語の様」


 にこやかに笑いながら、しかし目だけはそのままで、握った手が離される。

 圧迫された部分の皮膚が赤くなっていた。


 ……痕が残ってやがる……。つーか、そういう意味でも取られんのか、あれは。


 手紙なんてものはあまり人に書いた事が無いから勝手が分からなかった。

 そういえば前に一度リーゼに手紙を書いたときも、変な反応をされたのだった。


「馬鹿言わんでください。俺は教師であいつは生徒。……そもそもそんな事になったら天国にいるらしい世話焼きの同僚に合わせる顔がねぇよ」


 別にリーゼとはそう言う関係でもなかったし、恋心みたいなものは抱いた事はなかったのだが、なんとなくそんな事になって次会ったら殴られそう気がした。


 教師と生徒、どうしても関係がしっくりこないなら、もう親と子でもいい。妥協する。その方がましだった。かなり。本当に。


 体調チェックが終わったのを見て、話を打ち切るようぞんざいに言い放ち、立ち上がる。

 体の調子はほぼ元通りだ。

 全力は無理だが、動けるだろう。


 遠くではフェイスとやり合っているステラとレイダスの姿。

 手こずっているようだった。

 ここで加勢しなければ、ただ私情で決闘しに来ただけになってしまう。

 それが大きな理由だが、さすがにそれは嫌だ。


「血染めの剣は、やりますよ。使ってください」


 先程からあちこちで騒動の音が聞こえてくる、どうせ怪我人もわんさかいるはずだ。あった方が良いだろう。

 便利な剣の、しかし軽く扱えない副作用について説明した後、ツヴァンは駆ける。


 見れば、戦況に新たな敵が現れる所だった。

 頭上から、伝説の聖獣によく似た魔物が降ってくる。あれは黒き聖獣か。


 ……大罪人に伝説の生き物とか、どんだけだよ。


 視界の中で、またステラが無茶をしてその魔物の脇を通り抜けようとしているのを見て叫んだ。

 真っ先に大人が言わないで、誰がそれを言えるんだ。


「無茶すんじゃねぇっつっただろうが、ウティレシアぁ!」


 ……図体ばかりデカくなった、ガキが。



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