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第22話 駆けつけた援軍



 表通り 『アリア』


 視界は赤の色で満ちていた。

 肌に感じるのは、こちらを焼き焦がさんとする熱。

 轟、と音を立てて燃える火の柱が、天へと立ち昇ってその存在をこれでもかと主張している。


 夜の闇を照らし出す恩恵を与えてくれるもの、火災。

 それはある意味自分達が立ち向かっている相手よりも難しい脅威だ。


 そんなアリアの視線を隣にいるユリシアは、こちらの視線を追って気づき、同意する様に言葉をこぼした。


「これは少々まずいですわね、煙で視界が効きませんし、何よりけが人が増えてしまいますわ」

「はい……、混乱に乗じて誰かが火を放ったのでしょうか、それとも混乱で起きた火の不始末が原因? どちらにしても想定よりけが人が多くなってしまいますね」


 彼女に応じるアリアの目の前には、火災によって重いやけどを負った負傷者。

 たった今治療が終わったばかりだが、念には念を入れなければならない。

 周囲にいた知り合いらしき者にきちんとした病院へ運び込む様にと頼んでおく。


 先程から続くのはこんな事の繰り返しだ。

 度重なる魔法の使用の疲労が、アリアの体には大分たまってきていた。


 ニオの指示に応じて町に出た自分達なのだが、見ての通り混乱に満ちるアクリの町で即座に治療しなければいけない人間が多すぎて、思うように目的を果たせないでいた。それに加えて……。


「やはりこちらに移動する時に分断されてしまったのがいけませんでしたわね」


 他の仲間達と分断されてしまったのが痛い。

 

 もともといた場所での騒動が一息ついたため、混乱の大きい表通りの方に移動しようとしたのだが、その時にグレイアン勢力の兵士達が出現して不意を突かれてしまい、逃げる為に仲間達と別れてしまっていたのだ。


 おそらく彼らはエルランドの目撃情報でフェイスたちに利用されているのだろう。

 巧妙に一般市民に偽装していたので、強襲されればこちらは混乱せずにはいられない。


 透視の力があって、周辺の警戒に気を割いていたユリシアはその事を負い目に感じているようなのだが、騎士でもない彼女にそれを期待するのは酷な話だろう。


「重傷者は他にはいないようですわね。避難者から聞いた話では、この辺りに騎士達の姿はいないという事ですわよ。アリア、移動した方がいいですわよね」

「はい、後の事は地元の人たちに任せるしかないでしょうし」


 アシアが治療を施している間に、騎士達の事を聞いて回っていたらしいユリシアの言葉を聞いて、その場を動く事を判断する。


 状況の困難さに気が滅入りつつも、やる事は変わらない。

 どこにいるか分からない仲間達と合流するのは難しいだろうが、不幸中の幸いか目に見えて近くには火災と言う災害が起きている。

 人々の救助も必要だが、騎士の専門ではない。状況を落ち着かせたら、彼らは驚異への対処へ動き始めるだろう。

 ならば、火元から遠ざかりながら探すのが賢明だ。


 人がいない事を確認して、その場から離れる。


「また、前と同じような事になってしまいましたわ。私とした事が一般市民と兵士を見間違えるだなんて……」


 背後に熱を感じながら、一歩遅れて走るユリシアは悔しそうな声音で呟いている。

 この世界に来る前の、同じ場所での出来事と重ねているようだ。


「あまり気に止まないでください、ユリシアさん。そもそも脅威への警戒は私達の本来の仕事なんですから。ユリシアさんのお力があったおかげで入り組んだ道でも、早く移動できた事は確かなんです。ユリシアさんがいてむしろ助かっている方が多いんですよ」

「そう言っていただけるとありがたいですわ……」


 励ましの言葉を受け取るユリシアは、それでも己の力不足に不満そうだ。

 言いたい事は他にもあるが、こればかりはいくらアリアが声を重ねたとしても、簡単に覆せるものではないだろう。


 しばらくそうして火の手のある方から移動するアリア達だが、しかし碌に移動しないまま足を止める事になった。


 小さな平屋を壊して道に出て来た存在がいたからだ。人型の形をしたのっぺりとした影、王都でも暴れたいた存在だ。


 通常なら戦闘を専門にしないアリアは手こずる所なのだが、幸いにもこちらには便利な道具がある。


「貴方達に構っている暇はありません、通してください」


 相手に向けて掲げたのは、形見である月のペンダント。

 王都の町でも効果のあったそれは、どうやら影が嫌う品物らしく、こうして見せつけてやれば近寄ってこなくなるのだ。


「向こうの貴方も使っていましたけれど、便利な物ですわね」

「本当ですね。本音を言えば倒せるのが一番ですけど、さすがにそこまで欲張りになっちゃうと罰があたってしまいそうですし。さあ、この期に早く通り抜けましょう」


 遺跡を動かせるだけでもなく、魔よけの品代わりになるとはつくづくこのペンダントには助けられる縁があるな、と思う。

 以前に王都で影が暴れた時は、ステラの力にもなった事もある。

 遺物の製作者である古代の人に礼を言えないのが心苦しくなるほどだ。


「王宮の方は、エルランド様達は大丈夫……ですわよね」

「見る限り敵は全力でこちらを叩きに来ているみたいですから、きっと大丈夫ですよ。フェイスに、そしてライドさん、影と兵士達がいるのなら……、ほぼ向こうに差し向ける余力は残ってはいないでしょうし」

「それを聞いて安心しましたわ。それなら、きっと……」

「はい、増援も望めるはずです」


 王宮へ戻ったエルランドがどれくらい時間をかけるかは分からないが、現王の性格を考えればないなんて事はないはずだ。


 それからも不安そうなユリシアを励ましたりしながら、そのまま道なりに進み、表通りを順調に駆け抜けていくのだが、そこでまた問題が発生する。


 ただし今度のは、影でも一般人に偽装した兵士でも、人為的に引き起こされた災害でもない。

 目に見えない脅威だった。


「「「――――オォォォォォォ――――」」」」


 獣の発するような雄たけびが上がって、空から無数のきらめきが落ちて来たのだ。

 夜空に輝く星を背景に見るその景色は、まるで綺麗な流れ星にしか見えなかったが、その光景は意味するところは世界の破滅だ。


「これは、まさか聖獣……?」


 しかも聞こえて来たのは一匹分の声ではなく、複数分の声。

 早急に止めなければ取り返しのつかない事になってしまう。


 一刻も早く仲間と合流して対策しなければ……、そう思ったのもつかの間。


「ぁ……」


 視界が移している景色とは別に違う景色が脳裏に浮かんできて、アリアは思わず膝をついてしまった。


 見知らぬ光景、知らないはずの景色。

 そんな様々な物が目まぐるしくアリアの脳裏を横切っては刺激していった。


「アリア、しっかりしてくださいな、ここで倒れては……っ」

 

 隣ではユリシアが同じように苦しんでいる様子だったが、アリアはそちらに気を向けられない。

 知るはずのない情報に脳が圧迫され、呻くアリア達はその場から一歩も動けなくなっていた。

 町に響くあの声を何とかしなければ。そうは思うものの、その思考すらかき消されそうな勢いだ。


「こ、このままじゃ……」


 フェイスの思い通りになってしまう。

 今までの努力が、今も戦っている者達の思いが無駄になってしまう。


 こんな風に自分たちの世界を、未来を壊されるわけにはいかない。


「っっ! この……くらいっ」


 怪我なら治せる。

 幸いにも自分は治癒魔法の使い手だ。


「――――っ」


 だから、アリアは短剣を抜いて、己の手のひらを一思いに切ったのだ。

 鋭い痛みが走って、赤い血が流れだす。

 けれど、痛い思いをしたかいはあった。


 依然、刺激が襲ってくることにはかわりはない。

 が、それでも歩く事ぐらいできそうな状態にはなった。


「ユリシア、さん……。頑張っ、て……」

「っ……」


 肩を貸して、ユリシアと共にゆっくりでもその場を歩き出す。


 諦めてはいけない。

 どんなに状況が厳し手も、自分の尊敬する人間は諦めずに駆け抜けて来たはずだ。

 彼女がここにいたらきっと、アリアと同じように抗うはずだ。


 勇者などという存在よりも、ずっと近しくて身近で親しみのある、自分の目標である彼女なら。


 ……絶対に、こんなとこで諦めたりしないはず……っ!


「私だって、同じになれる……はずですっ!」


 凄いから、何でもできるから尊敬しているわけではない。

 傷つきやすくて、臆病で、アリアと同じで、好きな人がいて普通の恋する女の子みたいで……けれどそれなのに頑張ろうとして、頑張りきる彼女が凄いと思うから、何でもできる様に努力しているから、アリアは尊敬しているのだ。


 そんなステラにできる事が、アリアにできないはずがないではないか。


 そう思い、痛みや苦痛に抗いつつも先へと向かっていくのだが。


「……っ!」


 不意に足元が揺れて、体が傾ぐ。

 視線の先で、どこからか跳躍してきた聖獣が着地するのが見えた。


 聖獣はこちらに気が付く。

 きっと数秒後には向かって来ようとするだろう。

 逃げないと。そうは思いつつも、体がうまく言う事を聞かない。


 ふらついた足が体を支えきれずに、ユリシア共々固い地面に倒れ込みそうになってしまう。

 そんな事になって、無防備な姿を晒すわけにはいかない。


 けれど、己の意思に反して、視界に移り景色が傾いていって……。


「間に合った……」


 声と共に、その体を支える者がいた。

 数日聞いていない声。男性の声が耳元に届く。

 それは、今までになのアリアの人生の中でずっと聞き続けて来た、頼もしい幼なじみの声だ。


「クレウス……っ!」

「アリア、大丈夫かい?」


 心配げに覗き込んでくるその顔を見て、胸がいっぱいになる。

 彼は本当にアリアが苦しいと思った時に、魔法みたいにいつも駆けつけて来てくれる。

 本当に、いつも……。


「ありがとうございます、ユリシアさんは……」

「こちらも大丈夫ですわ。先程まで続いていた頭痛が何故か治まって……」


 再会できた喜びに浸っていたいが、状況が許さない。

 すぐに対処しなければならない事を思い出すのだが、自分の身に起こっていた異変が治まっている事に気が付く。


 耳を澄ませば町では依然として、あの世界を揺らすと言う咆哮が響いていると言うのに。

 そう不思議に思えば、クレウスがその小さな功労者を紹介してくれる。


 援軍が到着した、とは思ったが、まさかその子も来るとは思わなかった。


「それはこの子の力のおかげだよ」

「アリアお姉ちゃん、ユリシアお姉ちゃん。もう大丈夫だよ! シーラがじゅじゅつで痛いの何とかしたから」

「色々止められはしたけどね、放っておいても一人で行ってしまうよりは同行させた方が良いだろうと思って」


 王宮にいるはずの少女だ。

 まさか来るとは思わなかった。

 危険だと言うのに。


 だが、目を離しても飛び出してくるという話は、もともとユリシアからも聞いていたし、仕方がなかったのかもしれない。

 王宮にいるクレウス達も、ユリシア達の事情については把握できているようだ。


 視界を聖獣の方へと向ければ他の騎士達が、剣を向けて討伐作業にかかっているようだった。

 見る限り、今のアリア達と同じ様にそれぞれ体調に影響などは出ていなさそうに見える。


「さて、遅れた分しっかりと仕事をさせてもらおうか。アリア、後ろは君に任せた」

「はい、もちろんです、二人で……いいえ、皆で勝ちましょう!」


 現れた頼もしい援軍たちと共に、アリアは再び戦闘へと身を投じる。

 離れた所で今も戦っているであろう仲間達の事を信じながら。



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