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第21話 屋根上の攻防



 隠れ家 屋根上 『ニオ』


 見まわせば町のあちこちから、人々の叫び声や何かが壊れる物音が来こえて来る。

 ステラ達がフェイスや聖獣と戦っている頃。

 ニオ達数人の騎士は隠れ家の屋根上にて、敵を相手に立ちまわっていた。


「ああ、もう大変すぎっ。猫の手も借りたいくらいだよっ、何なのこの状況!」


 髪を振り乱しながら行きつく暇もなく移動。

 状況は叫んでもどうしようもないものだが、ニオは叫ばずにはいられなかった。


 周囲にいるのは以前王都の町で暴れまわっていたという存在、人型でのっぺりとした影の様な存在だった。一応魔物であり、触れられもするしこちらから触れる事も出来る。だが、攻撃を当てるのはともかく、素手で触るのは厳禁だ。触ったら駄目という制約があるらしいので、積極的に攻撃できないのだ。


 ライドを捕縛する為に上に上がって来たは良いが、そういうわけなのでまだ肝心の相手とは何もやりあえていない。


「うぅーっ、馬鹿ーっ、いじわるーっ!」


 思わずその場で地団太を踏みたくなったが我慢。

 度重なる戦闘で傷んできた屋根にうっかり穴を開けてしまってもいけない。


「はは、ニオちゃん頑張ってるな。その調子でそこらで頑張っててくれな」

「人の気も知らないでーっ! ニオ、ホントのホントに怒ってるんだから。ステラちゃん、あんな風に泣かせて許さないんだからっ!」


 相手の面白い見世物でも見る様な気楽な態度を見ていると、ものすごく怒りを表明したくなってくるが、それでも我慢だ。


「ステラちゃん達、大丈夫かな」


 影たちの攻撃を避けながら、斬撃で壊れたらしい屋根の亀裂を見つめる。

 その下では、レイダスとフェイスが戦っているはずだが友人はどうしているだろうか。


 ……ステラちゃんは、あんな風にニオ達の前で泣いたりなんてしないのに。


 なのに、フェイスの影響があると言えどあんな風に涙を流すのは、よっぽどの事なのだ。

 ライドとてステラの事は知らないはずもないし、それなりに交流があったはずだ。

 なのに、どうしてそんな平気な顔を装っていられるのか。


「またひどい事されてないと良いけど、心配だよ……」


 最後に見た時のあの表情が頭から離れない。取り返しのつかない事が起こってしまったような、絶望してしまっているようなそんな表情。ツェルトを失う以外で、ああいう風に彼女が打ちのめされる日が来るとは思っていなかった。


 ずっと傍にいた幼なじみの記憶が消えた時ですら、表面上は平気そうだったというのに。


 ……ステラちゃんって、親しい誰かが死んだところに居合わせた事、今までないんだよね。むしろ死なせようにずっと守ってきた方だし……。


 我が儘になれないのは、皆を守ろうとしてるから……なのだ、きっと。


「心配? 優しいのなニオちゃんは」

「当然でしょ。ニオ友達思いだから。そうじゃないライド君なんかもう、ぼっこぼこにしちゃうんだからっ!」


 ずっとニオはステラに対して、一番を持ってほしいと思っていた。

 我がままに……ほんの少しでも良いので、自分の望みに正直に生きて欲しいと思っていた。

 だが、それは願うだけでは叶わなかったのだ。ニオ達の世話がかかるから。


「友達なんだから一人にさせない、ステラちゃんもライド君も、絶対に。だから今度は強くなってニオの方が対等にならなくちゃ」


 ……ニオが頑張ればステラちゃんだってきっと安心して我がまま言えるようになるはずなんだ……っ!


「強いな、君は。眩しいよ本当」


 ライドの呟くような小さな言葉を拾う。そんな立派な物じゃないと言いたかったが、生憎こちらが対処で手いっぱいになってきた。


 影たちが接近してきてニオを包囲しようとしだしたのだ。


「素直に囲まれてあげないからね!」


 卒業試験にて、陽動役として相手クラスの大人数の目を引き付けて来たり、グレイアンの放った追手から逃げ続けて姿をくらましてきたりした、ニオの技術をなめない事だ。


 相手は影、不用意な接近はどういう理屈か分からないが、駄目だ。

 けれど、まるっきり攻撃が効かないわけではないなら、やりようはいくらでもあった。

 剣を足元に突いて、屋根上の板を、剥がす様に動かして、それを引っかける。


「せぇいやっ!」


 簡単にそんな作業ができるのは、何度も戦っている内にはがれかけて来た影響と、それがただ上に乗せて補修してあるだけの資材だからだ。


 影の足元をすくい。すぐさま剣で攻撃を繰り出す。

 こうすれば相手の攻撃を受けず、行動を許す事なく、比較的安全に渡り合えた。


「皆、頑張って! こんなの勝てない相手じゃないんだから」


 そうして仲間達に激励の言葉を飛ばしていくが……。

 そうやってしばらくやりあえていても、集中的に狙われ出してからはその作戦も難しくなった。


 影達に包囲されてしまったニオは、仕方なく状況を打開できそうな他の人間……精霊使いの仲間を呼ぶ。

 一人で頑張りたい所はやまやまだが、頼れる所は仲間を頼っていかないとやっていけない。得意不得意というものが人間にはあるわけだし。


「ヨシュアくーん、ニオ囲まれちゃった。助けてー」

「行きます、下がっていてください!」


 打って響くような返答が返ってくれば数秒後、精霊の力を込めた星雫の剣を閃かせ、ヨシュアが包囲網を破る。相手がフェイスなら魔物と戦う事もあるだろうと、そう思ってここにいてもらったのだ。剣の名前がステラやツェルトのものと同じなのは紛らわしいが、ヨシュアが気に入っているので、そのままの名前を採用している。


「ちょっとひやっとしちゃったよ。ありがとー。それよりどう? 状況の方は」

「表通りの被害が一番大きいみたいです、その次が二番通りで、アリアさんとユリシアさんは五番通りにいます。そちらの方は余裕が出てきたみたいですよ」


 包囲網を切り崩しつつあるヨシュアに、現在のアクリの町の状況を尋ねればよどみなく言葉が返ってきた。

 それらの情報は皆、ヨシュアの周囲にいた精霊達に協力してもらって集めた情報だ。

 最初の方は、「ひとたくさん」「とにかく、たいへん」「けがとけが、けがしてる」みたいに曖昧な情報群ばかりで途方にくれたが、慣れればかなりの助力となる。


 こういう時の伝達に人為が入ると、勘違いや思い込みなどで情報がたまに歪む事があるが、精霊達は人をあまり知らなくて、見た儘をそのまま伝えてくれるからとても助かっているのだ。

 受け取る側が頭を使いさえすれば何よりも貴重な情報源となる。


「精霊、えらいぞー。すごいぞー。凄く誉めちゃうぞー」

「ありがとうございます、精霊達も喜んでますよ」

「うんうん、じゃあ、アリアとユリシアに伝言。表通りの応援に、って。ユリシアには一応無茶しないようにお願いしておいて欲しいかな」

「はい、分かりました」


 こちらの要件を了承したヨシュアは、小さく内容を呟いてここではない場所にいる者達と会話をする。


 違う場所にいる人間と連絡を取る事ができる。それが精霊使いとなったヨシュアの力なのだ。

 それからも出したい指示をいくつかヨシュアに伝えれば、快く応じてくれるし、状況に合わせて臨機応変に行動してくれる。

 本当にステラはできた弟を持ったものだ。


「ちょっと心配だったけど、上手く回ってそうで良かった」


 脳裏に好かないライバルの姿を思い浮かべる。


 エルランドと避難しておけと言ったにもかかわらず、透視の能力を用いて避難者の救助や入り組んだ道の案内を買って出たユリシアの身が若干心配ではあったのだ。

 だが、ここにいるニオにできるのは無事を祈る事ぐらいだろう。


「やっぱり友達も大事だもんね」


 純粋に力になりたいというのもあっただろうが、ユリシアとしては同郷出身のライドの事も気になっていたのだろう。


 そう思う事は自然な事で、仕方のない事だ。

 自分にとって一番大拙な物だけでは生きられないし、生きていけたとしてもきっと苦しくなってしまう。


「何より、困ったさんのライド君が暴れてるみたいだし。さすがにユリシアも、そんなので一人帰れたりはしないか」

「ん、俺は別に困ってないんかいないの、別に誰と敵対しようが俺の知ってる仲間じゃないし」

「嘘ばっかり。見かけによらず隠れ意地っ張りなだから。そんなライド君に告白以外で、良い話聞かせてあげるよ。だからさっさとお縄についてよねっ」


 仲間じゃないと思っているなら、さっさと敵としてこちらに攻撃してくればいいと言うのに、眺めているだけなのだから説得力が無いのだ。

 ニオでなくともきっとそれは分かっただろう、今なら誰でも。


「ただの護衛だと思わないでっ、ニオだって成長してるんだから」


 ヨシュアの持つ星雫の剣が光のしぶきを上げ、包囲網を作っていた影を切り裂く。

 ニオはそれを確かめるようりも前に走り出していた。

 つい数舜前まで影の立っていた、今はきらめきの残滓が残るその空間を賭けて、ライドに接近。


 ……やっとここまで来た……っ。


「どうやっても、俺の邪魔をするんだな。ニオちゃん」

「するよっ、当然!」


 視線の先、ライドのまとう雰囲気が変化した。

 剣を構えて、こちらと交えるつもりだ。

 王宮で、そしてつい半日前に見た真剣な表情を浮かべて言う。


「ほんとに馬鹿だよ。ライド君は」

「そうかもな。けど、しょうがないの。俺が帰るにはこれしか方法はないんだから」

「方法なら……、ううん、今は言わないっ」


 今ここで方法があると言うのは簡単だが、それでは駄目だ。

 口をつぐんでまだ喋らない事を選ぶ。

 思いもぶつけないで、相手を納得させないで、妥協するみたいにそんな和解をしても、きっと意味がないのだから。


「やああっ!」


 短剣でまず最初に突く、と見せかけて切り払う。

 そして、退くと見せかけて、切り上げる。


「フェイントか、やるねニオちゃん」

「これくらい朝飯前っ!」


 そんな事で関心してもらっていては、困る。

 まだまだこちらは序の口だ。


 切り上げた剣を下へ振り下ろしながら、逆の方で拳を見舞おうとするがどちらも避けられた。


「なるほど、機敏だから失敗してもすぐに手を切り替えられるのか、失敗を重ねて次の手に生かす方向に伸ばしたって感じだな」

「そ、ニオはステラちゃん達ほど強くないからね、だったら持ち前の行動力を生かして失敗込みで成長してみました! とってもウロチョロするよ。うっとおしい?」

「まさか、ウサギみたいで可愛く見える」

「あっそ。そんな時まで口が減らないんだ」


 ちょっとは真剣になったかと思えばすぐこれだ。

 やっぱり人ってそうそう変われるものじゃない。


「ライド君はシリアス要員じゃなかったって事だね」

「シリアス要員?」


 下段への攻撃を避けられて突進し過ぎたニオは、そこから立て直しに入る。

 腕をついて、遠心力に任せて足で相手を蹴り上げようと行動。


「いけっ!」

「甘い、な」

「わわっ!」


 しかし、その足を掴まれて逆に空へと放り投げられてしまった。

 だからと言って混乱してはいられない。星煌めく空を見上げて一瞬、体制を入れ替えて屋根上に着地……しようと思って進路変更。


「お返しっ!」

「まだ、来るか」


 かかと落としを見舞おうとするが、ライドが背後へ避けようとする。

 不発か、と思ったが、仲間の騎士の一人が剣を投げてその動きを制した。


 ライドはそれに反応してしまう。

 飛翔した剣を払い落した相手の右腕に、ニオの体重が乗った技が当たった。


「せぇいっ!」

「くっ……」


 腕の骨が折れる音。

 結構いい感じに入ったようだ。

 ライドの顔色が変わるのを見て、ニオは一旦距離をとった。


 まずは手傷を一つ。


 背後から声がする。


「ふむ。ニオ・ウレム。先程のは要らぬ加勢だったか」


 特務騎士リートの声だ。

 後は数名の騎士が増えたような気配。


 待ち望んでいた増援だ。きっと他の場所にも散らばっているのだろう。


「ううん、ありがとう。でもここはニオに任せて欲しいかな。他の所に行ってあげて」

「そうか、ヨシュア・ウティレシア、いいか? 登ってくる前に置いてきた他の者達に指示を出したい……」


 これはきっとニオがやらなければいけない事だ、背後で遠ざかっていく人間の気配を感じながら再び意識を集中させる。


「余裕だな」

「ぜんっぜん。でも頑張りたいし」

「いつも前向きで羨ましいよ、本当に」


 目を細めてこちらを見るライドはふいに、鳥の姿をして手に入れた咎華の剣を自分に突き刺した。


「……っ」

「あ、やばいなこれ死にそうな感じがした。死ななかったけど」


 一瞬ふらついたライドを心配してしまったが、変わらずに言葉が聞こえて来てライドの情報を思い出す。

 死なない、とは本当の事らしい。


「便利かもだけど、辛そうだね」

「ああ、死なないだけで痛いのは相変わらずだからな」


 だが、それはどんな目にあっても死ぬことが許されないという事だ。呪術の研究に利用されていたらしいライドが困らなかったはずはないだろう。

 そんな境遇のライドが、向こうの世界でもニオと知り合いだと言うのだから不思議だ。


「ニオの事、嫌いじゃないの?」

「ああ、王宮側の人間だからって事? それはないな、だって今俺の前にいるニオちゃんは違うニオちゃんだし、俺の知ってるニオちゃんだって、助けてくれたからな」

「やっぱり、ライド君は良い人だよね。お馬鹿さんな事ばっかりしてるけど」


 本当にどうして敵なんかで剣を向けているのだろうと思うくらいに。

 悲しいし、辛い。でもきっとここで止めたらもっと辛い。


「俺としてはここで、可哀想にって同情して剣を収めてくれることを希望していたんだけどな」


 ひょっとしてそれだけの為に、咎華を使ったのだろうか。そうだとしたら、ばかだ。馬鹿ではなく、ばか。


「冗談!ニオは戦うよ。だって友達だからね」

「はいはい、格好良いけど何回もそれ言われる傷つくって」


 大げさに肩を落とすライドは、それじゃ、と学生時代に得意としていた筒状の武器を取り出した。

 きっと結末の見えた、先の見えた戦いになるだろうけど、それでもニオは全力でぶつかる事を選んだ。


「気を取り直して第二戦行きますか、爆発の衝撃で足場が落ちない事を最初に祈っておいて、ね……」



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