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第20話 死なない為でなく生きる為に



『レイダス』


 見慣れた金髪の人間が、レイダスの視界の中に飛び込んできた。


「遅ぇじゃねぇか、女。テメェ女が、めかし込むのに時間かけてんじゃねぇよ」

「早く来たら来たで、横取りするなとかいうじゃない」


 しばらくぼけっとしてたというのに、いつの間にか用事は片付いたらしい。

 だがステラが加わってからも、レイダスは今だにフェイスを倒せないでいた。


「がああ、このクソがっ!」


 力任せに剣を振るいながら、悪態をつく。

 相手は、最後に見た時よりも格段に良い動きでレイダス達を翻弄していた。

 呪術とやらの影響もあるのか知らないが、単純に技量が上がっているのだ。

 あっさりと、待ち望んできた好敵手との戦闘が叶ってしまった事が腹立たしい。人の苦労を何だと思っているのか。


「テメェ死ねや、このクソが。容赦なくなった途端、腕あげやがって、今までなめくさってたんじゃねぇかよ、おい」


 怒りをぶつけるように、剣を振りまわす。


 悪態を付きつつも、だが気を抜く事はしない。

 はっきり言って相手は難敵だ。

 躊躇を捨てた人間が一皮向けるのは知っていたが、これは想定外すぎる。


 今まで何かが起こってもステラが矢面に立って剣を振っていた為、気が付かなかったが。ツェルトは強い。

 たまに庭園でステラとツェルトが稽古の話をしているのを聞けば、ツェルトは本来は、勇者であるステラよりも強かったという。純粋な剣の腕だけで言えばツェルトという男は、レイダスの次くらいに技量があってもおかしくは無い。


 それがよりにもよって敵になってから完全に底上げされ、一段も二段も、ひょっとしたら三段、四段も格上になるとは……。

 この状況、苛つくなと言う方が無理があるだろう。


 ……やりゃあできんのに、腑抜けてやがって……。


「……しっ」

「チィッ」


 相手からの抉るような突き技で、体に穴が開きそうになるのをどうにか後ろに下がって回避する。

 同時に気配を感じて横に、空白を埋める様にステラが突進する。

 しかし、それもツェルトは見切って難なく対処。


「レイダス、前に出過ぎないで援護できないでしょう」

「うっせぇ、命令すんじゃねぇ」


 ステラとレイダスが二人がかりで相手をしているというのに。

 国の中で実力で最強、総合的に最強である二者が剣を振るっても未だ決着がつかない。


「聖獣とやらじゃねぇんだ、ざけてんじゃねえぞテメェ」


 大ぶりの大上段からの振り下ろし。

 速度と威力の乗った攻撃だが、フェイスは軽々と避ける。


「ツェルトの剣だわ……けど、何か違う。変だわ」

「考えてねぇで、剣振れや」

「貴方が前に出てるんだから、その分考えてるのよ。戦いたいんでしょう、だったらそのまま頑張って」

「テメェ、良い性格になりやがったじゃねぇか」


 ……余計な言葉を一言も二事も付け加えてくれやがって。


 利用されるとなると、素直に従ってやる行動をとるのが癪になるのだが、結局後ろには下がらないでおく。


 前の優等生然とした態度よりは、最近のそれはよほど交換が持てるし、実際戦況を考えてもそれが妥当だし、純粋に前に出たいからというのもあった。


 珍しく気を抜けない戦い。

 一歩間違えたら、死ぬかもしれないそんな戦い。


 今までなら歓喜に振るえていただけ状況で、実際歓迎してはいるのだが、しかしレイダスはその中に僅かな恐怖を自覚していた。


 それは、ステラ達が帰ってくる前、先に戻って来たニオと何故か顔を見せたエルランドと話をしたときに自覚したものだ。


 大勢で群れるのが嫌という毎度の理由と、元廃墟である建物の中にいたくないと屋根上に出ていたレイダスに、エルランドは「強くなるために足りない物は見つけられたか」と問いかけて来た。


 レイダスはその時、どう答えたのか。覚えてないのだからおそらく適当に答えたのだろう。「失せろ」、「邪魔だ」、もしくはただの無視か。


 だが、結局は話をする事にした。

 ずっと気になっていたからだ。

 エルランドがレイダスを引き入れた時に口にした「本当の強さを得られる」とかいう言葉を。


 ツェルトがいなくなってから、今までの数日。妙に調子が出ない事をレイダスは自分で自覚していた。

 けれどそれは仲間意識とかそういう物ではなく、もっと曖昧としたもので、己の内の深くにわだかまる闇の様な所からくるものだという事くらいは気が付いていた。


 人が消えたら、景色が変わる。

 しかし、景色が変わっても、時間は変わらずに動き続ける。

 そんな世界がひどく歪に見えて、同時に既視感を抱いたのだ。


 何か気になる事が起きていて、前にもそんな状況に陥っていた。

 これを無視してはならない、おざなりにして進んではならないと直感がそう言っていた。


 だから、ずっと何が引っかかるのか気にして考えていた。

 どうしておかしく見えるのか、何故おかしく見えるのか。


 その答えは意外な所からもたらされる事になった。

 アクリの町に来る途中、立ち寄ったウッドトラックの村でステラと会話した時に。


 思い出したのだ。

 自分が一番最初に失敗した時の事を、こんな生き方を選ぶ事になったその原因を。


 ずっと昔、自分の身脆く見守れない子供だった頃。貧民街で生きて、明日がちゃんと来るかも分からない生活をしていた時の事だ。


 その日は確か雨が降っていて、レイダスは凌げる場所を得るために歩き回って、廃墟になった建物の一つに辿り着いたのだ。


 そこには先客がいた。同じ境遇の、同じように明日も分からぬ生活を送る同じ孤児達が。


 仲間意識はなかったが、その頃のレイダスは害がないのなら積極的に人と敵対する事はなかった。

 一つ屋根の下で寝泊まりし、その日を境に数日、連中とは共同の建物を使う間柄となったのだが、ようやく慣れたと思ったある日の晩、何かが起こって住んでいた子供の一人が死んだ。

 首を絞められての窒息死。周囲には漁られた持ち物が散らばって。そいつは建物の中の、レイダスの使っている部屋の隣室でそんな風になっていた。


 朝起きた時、そいつが死んでいるのを見てレイダスは思ったのだ。

 ああ、仲間に殺されたな、と。

 前の日にそいつが同じ建物に住む連中に、良い物が手に入ったのだと自慢話をしていたのを覚えていた。

 だから、襲った人間は仲間である可能性が高いだろうと。


 首を絞められて、昨日まで生きて喋っていた人間が、そうやって死んだ。

 死んだら景色が変わるのだと、その時レイダスは初めて知った。

 生きている人間が大げさなくらい違う行動をとるのだと。

 その時レイダスはそれを不快に思って、そいつの死体を片付けながら建物を出ようと思っていた。

 もう、誰かと共同生活をするような事はしないでおこうとも。寄り集まって群れるような事はしない、と。


 適当な所に運んでいたそいつを放っておけば、何に使うのか知らないが死体漁りの人間が寄り集まり始めた。


 それはそこらに散乱しているゴミよりもよほど、ひどい光景に想えて、レイダスはああなりたくはない。

 死にたくない……と、思ったのだ。

 死んだら、ああなる。だから死にたくない、と。


 それから色々あって、レイダスは死なないように強くなろうと思って体を鍛え、ケンカをして、強くなれば生きている実感が掴めるという事に気が付いて、そのまま争いの場を求めて突き進んできた。


 その時は気づかなかったが、後から思えばそれは、確かに失敗だった。


『レイダス、君は今生きたいって思っているかい? 大切な、守りたいものはあるだろうか。君はそれを見つけられたのかい? そうでないのなら、この作戦からは降りてもらう。君が皆の足手まといになるからだ』


 常にない態度、屋根上に物思いにふけるレイダスと会話を交わした後に、エルランドはそんな風に有無を言わせぬ口調で言って締めくくった。


 つい少し前のその出来事を思い出して、レイダスは剣を振りながら口の端に笑みを刻みつける。


 ……言うじゃねぇか。


 どいつもこいつも、気が強くてレイダスを恐れなくて、掃いて捨てるほどいる有象無象とは違っていて、そしてやはりレイダスをあまり恐れはしない。剣を持てない人間だって、普通にとはいかずとも言葉をかけてくる。


 上等な連中ばかりだ。


 思い出してレイダスは気が付いたのだ。

 レイダスは死なない為に今まで剣を振っていた事を。

 生きる為ではなく、ただ死なない為に剣を振っていたという事を。

 生の実感が欲しかったのは、無意識にその事を考えないようにする為だったのだ。


 ツェルトやアリアやクレウス、あのレイダスにトドメを刺した剣の腕のない貧弱ななヨシュアや、精神が子供のステラですら、生きるために剣を振るっていたというのに。自分一人がそうではなかった。


 だから、それ以上強くなれなかったし、連中に負けてしまったのだ。

 生にしがみつく何かがなかったから。


「クソ共が、テメェ等後で覚えてろよ。これが終わったら、全員血祭りにあげてやらぁ!」


 大切なものなんてないし、守りたいなんてものはレイダスにはない。

 だが、無いと困る物はある。


 だからその為に今は死の恐怖を忘れよう。

 無いと困る、不便になるだろうそれらの為に、不本意だがそんな曖昧なものを守る為に、剣を振るおう。


「俺様が最強。簡単に殺せるとでも思てんじゃねぇぞ」



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