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第18話 行き場のない思いを抱えて



 勝った。勝ってしまった。

 傷だらけになった元生徒を見下ろして立っているのは、ツヴァン・カルマエディの方だった。


 そう言えば、一度も威圧を使ってこなかった、と思い出す。

 困惑のままに状況が進んで、それから先は激高だ。偉そうにしてられる精神状態でもなかったからだろう。


「は、良かったな俺。最期はちっと微妙だったが、グレイアンの野郎が王座を降りてなくても勝ててたぞ」


 殺意を膨らませ、憎しみを瞳に宿らせて、なれない役をよくもまあ自分がこなせたものだ。だが、全てが嘘なわけではない。心の底から自分自身が嫌いだったから、説得力を持たせる事ができたのだろう。

 

「ツヴァン・カルマエディ。テメェの覚悟、見せてもらった」


 息を一つ吐いて、今まで使ていた普通の剣をしまい、咎華の剣を手にする。


「私……死にたくなんてないです」

「嫌と言うほど知ってる。けど駄目だ。殺すっつただろ。我が儘言うんじゃねぇよ」


 一瞬、迷った。

 殺すか、殺さないか、ではない。

 ステラか、ツヴァンか、殺すのはどっちかで。


 最初は言葉通りステラを殺すつもりだった。

 ここで殺しておけば、おそらく繋がりが切れてフェイスの影響を断てるし、その利益を計算して行動するだろう……ステラの命を狙う連中の行動を封じる事ができる。


 だが、ただでさえ死の気配にまみれている人間を、それも一度死んだ事のある人間をまた殺すのは気が引けたし、何よりその方法では本当に後悔させることなどできやしない。

 ステラ・ウティレシアには、自分の死よりも他人の死の方が効果があるはずだから。


 かねてから懸念していた……ツェルトが敵として立ちふさがる以上の窮地、想い人がステラの仲間を殺すなんて最悪の未来がやって来た時にも、乗り越える為の力にもなるはずだ。


 重要でも何でもない、代わりがいくらでもいるようなツヴァンの死で、それらの利益が引き出せるのなら安い物だろう。


 後の事なら、ステラの友人達やリートとかいう騎士が何とかするだろうし、後悔した後立ち直れば今度はちゃんと自分の事を考えて行動できるようになるはずだ。


 だから……。


「しっかり支えてやれよ、ライダー」


 ……最初に殺すとは言ったが、誰をとは言ってないからな。


「……っっ、先生!?」

「……っ」


 ツヴァンは咎華の剣先を自分の胸に当てた。


 だが、その時に気が付くべきだった。決闘の影響で壊れて、夜空が覗けるようになった天井、その景色に一羽の鳩が舞っている意味を……。






 ステラは負けた。

 失敗した。


 凶器が振り下ろされるのを見つめるしかステラにはできなかった。その場から逃走するとか回避する、……などという事はできなかった。頭が回らなかった。状況の変貌に混乱がぬけきっていなかったのもあっただろう。


 ステラは、死んでしまうのだろうか。

 また。

 せっかく、あの昔のステラに言葉を届けられて、遥か遠くから持ってきた過去をやっと全て終わらせる事ができたと思っていたのに。


 迫る凶器を見つめて思う。

 剣の刃先を見つめて。


 もう一度ツェルトに会いたい。

 会って話がしたいし、何でもない事で笑ったりしたい。傍にいたい、いてほしい。


 ……また死にたくなんて、ない……。


 しかし、目前まで迫っていた刃はすんでのところで止まる。

 倒れていたステラは、刃先の向こうで、ツヴァンの手が震えるのを見た。

 そして、その表情が歪むのも。


 殺されるのはステラだった、それなのに……、ツヴァンは自分を殺そうとして、けれど殺したのはその背後に現れたツェルト……。


 いや、違うフェイスだった。


 いつの間に、と思う。いつの間にここに来た?

 ツヴァンが身をよろけさせるのを支える様にステラが身を起こすと、唐突な襲撃者と視線があった。ツェルトの物とは思えない、冷たい瞳が光る。


 フェイスの持った剣は変わらずツヴァンの体を貫いているまま、剣先から真っ赤な血を落としている。


「ぐ……、が……、なん、お前……があぁっ!」


 ツヴァンの問いに何の反応も返さず、その背後に立っているフェイスは刺し貫いたときと同じように無造作に剣を引き抜いた。

 傷口から血が溢れ出して、当然支えていたステラも血まみれになって、床に零れた血は血だまりとなり、真っ赤な絨毯を作っていく。 


「どうして」


 思考が上手く働かない。

 すべてにどうして、だ。


 ステラは死ぬところだったのに生きていて、ツヴァンが何故か代わりに死のうとして、けれど死なずに殺されようとしていて、そのツヴァンを殺そうとしているのはフェイスだ。

 ツェルトの顔をしたフェイスが、ステラの仲間を……?


「よ、りによって……お前に殺されてたまるかよっ!」

「……な、何やって……!」


 とりとめもなく漂っていた思考の海から引き揚げられたのは、血を流し続けているツヴァンの行動だった。取り落としそうになっていた咎華を手にして、再び自分の体へと突き立てたのだ。


 ただでさえ開いていた傷口を抉る様にして、撃ち込んだ剣の刃先は、抵抗もそうなく内部へと深々と突き刺さる。


 そんな事をしたら……。


 栓をするように溢れていた血の勢いは止まり、これから流出するはずだった命の源は留められたが。


「あ……」


 支えていた手に、力をなくした体の重みが伝わって来る。


 死んだ。

 死んでしまった。


 失敗して、しまった。


 その瞬間、ステラが今まで頑張って紡いできた、勇者を目指して勇者でいるステラの物語は、決闘の舞台に立った二人の思惑を超えた形で、終わってしまった。


「――――っっ!!」






『ツヴァン』


 ……そんなみっともねぇ顔してんじゃねぇ。


 最後にそう思って、ツヴァンの意識はプツリと途絶えた。

 けれど、思考は未だに続いている。

 生命を支える柱の様な物がなくなって、確かに死んだと思ったのに。


 人はそう簡単に死んだくらいでは、死にきれないらしい。


 ……。


 ……まだ死なないんだな。


 ……。


 手紙を書いた。

 結局は出さなかったが、一通はもう生きてはいないリーゼに。もう一通はステラの両親に。


 騎士と違って、教師など最初は真面目にやるつもりはなかった。

 生徒とかいう連中がいても、ツヴァンは適当に面倒を見ていて、それで適当に相手をして、やるのはただそれだけだった。


 それなのに、数年経っても辞める事無く、しぶとくその職にあり続けている自分に疑問をもった。

 その答えは出ない。ずっと、今もでないままだ。


 おかしいと思ったきっかけは、リーゼと似た性格のお人よしが入学してきた時からだ。そこから、何かが変わって、おかしくなっていったのだ。


 致命的な間違いを犯して、逃れようのない事実を突きつけられたと言うのに、なぜまだその立場に甘んじるのか、と。


 ツヴァンはステラに期待していた。

 完璧だと思って、勝手に成長していくと思っていた。、元同僚騎士リーゼの、彼女の理想を完璧にしたような人間だと、そう。


 だから面影を重ねて、色んな面倒をやらせて困らせた。面白かったからだ、こんな日々も悪くないとそう思っていた。教師だと認める事はできなくても、居続けたいとそう思うくらいには心地よくて、だからツヴァンは見えていなかったし間違えてしまった。目を刷らす事の許されない、致命的な間違いを。


 ステラ・ウティレシアという人間は、脆い子供だった。


 精神的に未熟で、何か大きな事が起きたら潰れかねない弱い人間。

 それを思い知らされ、どうにも放っておけなくて中途半端に世話を焼いたが、それは裏目にしかならなかった。


 ステラの様子を気にかける様に言えば、幼なじみとその取り巻きはステラがフェイスであると言う疑いを持ってしまい、交換学生の制度で遠くへ押しやれば王都で騒動に巻き込まれる。挙句の果てには、騎士適正を含めた情報を王宮に流し、グレイアンに便利な手ごまとして目を付けさせてしまう始末。


 卒業した後、王宮の騎士として人質をとられて働かされていたのを知って思った。

 きっと潰れてしまうだろう、と。

 精神的に無事だったとしても、いつか使い潰される。


 ツェルトはまだいい。自分にとって一番大切なもの……ステラさえ無事ならあれは生きていける人間だから。

 だがステラはそうではない。一番大事な部分の記憶を失ってただでさえ危なっかしくなっている状態で何かを失えば、取り返しのつかない事になるだろう事は目に見えていた。


 だからツヴァンは決断したのだ。


 どうあってもまっとうな教師でいられ無いのなら、何もかもこなせない半端者なら、どちらも目指さず、なりふり構わずただ一つだけ達成する事に全力を注ごうと。

 救えなかった同僚と似ている元生徒を、下手をしたせいで自分が追い詰めてしまった子供を、救うべきだと。

 悩み続けて今までずっと答えを出したかったものを、抱えてきた全てを放棄して、たった一つだけを救おうと。


 ステラを倒してでも救って、誰にも利用されない、誰からも害されない、簡単に死ぬことがないような場所に逃がしてやろうと。


 結果は御覧の通りだ。


 滑稽な人生劇だった。自分が半端者だと気付かずに、夢を見て似合わない役を演じ続けて来た道化。

 その間抜けな踊りざまを披露したなら、きっと見世物で人気者になれるだろう。


 機会は訪れず、思いは行き場のないまま閉じ込められていて、何者にもなれずただ生きていた。

 これでふてくされるなと言う方が無理だ。運命に負けたのだと、そう思うのが自然だろう。


 そう、思っていたのに。


 ステラは違うとそう言って、救おうとしてくれた。


 ……馬鹿な生徒だ、お前は。まったく。こんな俺を助けてくれようとするなんて。駄目人間だって自覚してるのにな、俺自身。


 ……でも、ありがとうな。


 辞めるべきだと思いながら教師で居続けた事の答えは結局得られず、自分が何者なのかも分からずに、今自分は死のうとしている。


 だが、最後の最後で何か一つ成せたくらいで、最悪ではない程度には自分の人生は悪くなかったと、そう思えるのがひどく不思議だった。



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